Subhuman

ものすごく薄くて、ありえないほど浅いブログ。 Twitter → @Ritalin_203



こんにちは。11月24日(日)東京流通センター第一展示場にて行われる第二十九回文学フリマ東京に参加させていただくこれです


この文学フリマでは四作品を頒布させたいただく予定なのですが、実はそのうちの一作品に絵本作家レイモンド・ブリッグズに強く影響を受けた作品があります。というか正直ほとんどそのまんまと言ってもいいかもしれません。


なので、書いてしまったからには仁義を通すのが筋だろうと。というわけで観に行ってきました。『エセルとアーネスト ふたりの物語』。レイモンドが両親のことを描いた絵本が原作のこの映画。公式サイトを見る限りどうやら普通を描いている様子。実は、私のまた別の作品も普通を書くことがテーマになっているので、これは鑑賞必須です。


それで、あまり上映されていなくても、意を決して観てきました。もうですね、普通とはこんなにも素晴らしいものなのかと。暖かい気持ちにさせてくれる良い映画でした。それでは、感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いいたします。




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―目次―


・手描きのアニメーションに感動!
・普通でいることの尊さに大感動!





―あらすじ―

1928年、ロンドン。貴婦人のメイドとして働く少し昔気質で生真面目なエセルはある日、陽気で楽天的な牛乳配達のアーネストと出会い、2年後に結婚。ロンドン郊外のウィンブルドン・パークに小さな家を25年ローンで購入する。大理石の柱に、鉄の門、風呂に水洗トイレまでついて、希望に満ちた新婚生活が始まる。
3年後、待望の息子レイモンドが誕生。その成長を見守る一家の幸せを、戦争の影が脅かす。しかしつらい日々の中にも、レイモンドが疎開先から送ってくる手紙や、つかの間の再会が、ふたりに喜びをもたらしてくれる。

1945年、終戦。レイモンドは、グラマースクールに合格し新しい制服も新調して、エセルは大喜びだ。しかし青年へと成長したレイモンドは美術の勉強をしたいと言いだし、両親をがっかりさせてしまう。50年代から60年代へと社会の変化は加速し、ブリッグズ家にも電話、冷蔵庫、TVなど多くの電化製品が登場する。1961年、レイモンドが独立し、ふたりだけの時間が訪れる。しかし、紅茶を飲みながら交わされる夫婦の会話は、日々の細事から政治、経済にまで及んで、楽しいおしゃべりには終わりがない。1969年、人類が月に偉大な一歩を記す頃、ふたりに老いが忍び寄っていた…。

(映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』公式サイトより引用)




映画情報は公式サイトをご覧ください。











・手描きのアニメーションに感動!



この映画は、まず原作者であるレイモンド・ブリッグズ本人の実写のシーンから幕を開けます。いきなりアニメーションだと思っていたので、このまさかの『翔んで埼玉』方式に面喰いました。しかし、レイモンド本人は紅茶にミルクを注ぎ、いたって執筆机に向かうといういたって普通の生活を送っています。さらに、本人の語りでもこれから描かれる両親の物語は普通であることが強調されます。それが多くの人に読まれているのは妙な気分だったとも。


レイモンドが両親、エセルとアーネストをラフスケッチで描き、レンズを通して見る私たち。そしてレンズがどかされると画面は一気に手描きアニメーションの世界へと移り変わります。映し出されたのは1928年のロンドン。まずここでいきなりおっとなりました。上手くタッチをぼかして、やわらかな遠景を見せておきながら、実際の街並みになると、色鉛筆の繊細なタッチが躍ります。何重にも塗り重ねられたその絵は質感が優しく、はっきりとしない輪郭がふわりと包み込まれるような気持ちにさせてくれます。


さらに、エセルやアーネストといった人物画もとても暖かみのあるもので。パステルでオレンジ色を塗り重ねることで肌の質感を表現していたのは見事でしたね。目がとても小さく、表情が分かりにくいところを、肌色を変えることでカバーしていたのは凄かったです。


加えて、部屋の内装も良くて。壁紙をぼんやりぼかして自然なものにするテクニックが好きでしたし、家具もクレヨンの塗り重ねが絶妙で、懐かしさを覚えます。家具がどんどんと増えていくんですが、こちらもほんのりと淡い色彩を心がけることで、背景に絶妙にマッチしていました。公式サイトによると、美術部門は309の衣装、686個の背景、250の小道具を手描きで作成したようで、その苦労のかいもあって、とても自然に見ることができました。


あの今、手元にレイモンドの『スノーマン』という絵本があるんですけど。見返してみても絵全体を覆うクレヨンのザラザラした感じは流石に無理ですが、背景やキャラクターなどの温かみのある描写はそのままで。その優しいタッチの再現度の高さに驚愕するほどです。さらに、これはアニメーションなので、絵が動くんですよね。それもかなり滑らかに。冒頭のアーネストが自転車を漕ぐシーンは、新鮮な分ダイナミズムが凄かったです。絵本が動いているという、往年の感動をしてしまいました。


公式サイトによると、このアニメーションはTVpaintというソフトウェアを使っているらしくて。これは紙の上に直接手描きするように、PCスクリーンに描けるという優れ物で、この新たな技術が短い期間で完成度の高い手描きアニメーションを実現させたという事実にまず感動します。それでも9か月かかっていますが、レイモンドは3年かけて書いたようなので、その時短は驚異的。エンディングに実際のエセルとアーネストの写真が映されるのですが、上手く手描きのアニメーションに変化している様子が見られて、最後までとても面白かったです。


この映画は、エセルとアーネストの普通の生活を描いているのですが、こういった完成度の高い染み入るような手描きのアニメーションのおかげで最後までワクワクしながら見ることができました。特に終盤の今までとは違う乱雑で冷たいタッチの絵が印象的です。今年観たアニメ映画の中でも、アニメーション自体の感動は上位に入りそうです。『スパイダーバース』や『プロメア』といったグワングワン動く「動」の感動とはまた違った「静」の感動を味わうことができました。これは是非とも観ていただきたいですね。本当に素晴らしかったです。




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※ここからの内容は映画のネタバレを多少含みます。ご注意ください。









・普通でいることの尊さに大感動!



この映画は、エセルとアーネストの普通の生活を描いているというのは最初に述べた通りです。ポスターでも普通を強調しており、どれだけ普通か懐疑的な部分もあったのですが、観たところ本当に普通でした。エセルとアーネストが結婚してから亡くなるまでを描いた物語。大きな事件も特になく、9割以上は二人の平穏な日々が描かれていました。


エセルは屋敷でメイドとして働いています。一方のエセルは牛乳配達で生計を立てる青年。二人は恋に落ち、結婚します。思い切って購入した我が家で、どう暮らそうかと話を膨らませる二人はとても微笑ましく、時事問題を二人で話し合う姿はとても慎ましいものでした。家具も少しずつ増えていき、子供も生まれ、暮らしは変わっていきますが、二人の生活は大きく変わることはありません。普通におしゃべりをして、普通にご飯を食べて、普通に暮らしています


この映画ではずっと普通の生活が描かれていて、これを聞くだけだと退屈だと思われるかもしれませんが、実際観てみてそんなことは一切ないと断言できます。それは、二人の生活の外、政治や社会を取り巻く情勢が刻々と変わっているからです。映画ではアーネストはよく新聞を読んでいて、ラジオからのニュースもたびたび流れます。ドイツではヒトラーが台頭して、イギリスとの戦争に発展していく詳細が報道され、実際に戦争の悲惨なシーンもいくつか挿入されるなど、この映画は意外と社会派な一面をも持ち合わせていました


この物語を引っ張るのは、エセルやアーネストといった個人ではなく、社会や世界というもっと大きなものだったように見受けられます変わりゆく世界に翻弄される市民の姿を描くというのは、かの『この世界の片隅に』も共通して見られたことで、そこでは個人の生活が社会によって方向づけられています。鉄は戦闘機を作るために集められ、都市部の子供たちは地方に疎開していく。それは個人が進んでしたことではなく、世界が、社会がそうさせたことです。




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ここで大切なのは、戦時中は上記のような状態が普通であったということです。普通の内容は時代によって変わっていきます。アーネストが防空壕を作り、そこに避難する二人。戦争に駆り出されるアーネストと息子のレイモンド。ガスマスクを被って喜ぶ三人の姿はなかなかショッキングなものでしたが、それも当時では普通のことだったのでしょう。


さらに、時代は進んでいき、技術は進歩していきます。脱水機は姿を消し、ラジオはテレビに切り替わり、ダイヤル式の黒電話が登場し、車もブリッグズ家のような労働者階級も持てるように。二人が過ごした40年で、生活は大きく変わりました。40年前の昔と、今では普通の中身も大きく違うでしょう。つまり、普通は絶えず変化していくものであり、普通であったエセルとアーネストもまた変化し続けていたのです。本人たちに自覚はないかもしれませんが、時代時代に合わせて変化し、普通を続けるその姿は、とても重大なことのように私には感じられました。


ただ、変化を続けているからといって、二人が話すささやかな描写はなくなったわけではありません。時代が変わっていく中でも、二人の関係性は全く変わっておらず、計り知れない尊さを覚えます。変わる普通と変わらない普通。その二つともが揃っていたエセルとアーネストはまさしく普通であり、同時にそれはひどく困難なことでもあるので、普通でいることの有難みをひしひしと感じました。こうなりたいなって。


だから、終盤になってその普通が奪われる展開が堪えるんですよね。アーネストのシーンの悲しさったらなかったですし、そこで猫が寄り添うっていうね。きついですよ。そして、二人は凄惨な死を迎えるでもなく、あくまで普通に死んでいきました。二人は普通の一生を全うした。それだけなのに、終わってみると感動している自分がいました。泣きそうになるくらい。


それは胸を打つ手描きアニメーションのおかげもありますし、普通になれない私の羨望なのかもしれません。でも、普通の人生にも特別なサッカー選手の自伝本や、背伸びをした料理本と同じかそれ以上の価値がある。普通でいることは大変なことで、実は物凄く価値のあることなんだなと当たり前の事に改めて気づかされました。実に清々しい気分で映画館を後にすることができましたし、上映館数は少ないですけど、一人でも多くの方に観ていただきたい傑作アニメーションです。機会があればぜひどうぞ。




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以上で感想は終了となります。『エセルとアーネスト ふたりの物語』。普通でいることの尊さをこれ以上ないほど感じられる良い映画でした。絵本の中に飛び込んだような贅沢な感覚が味わえるので、個人的には大好き。オススメですよ。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 


エセルとアーネスト ふたりの物語
レイモンド ブリッグズ
バベルプレス
2019-08-29



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こんにちは。11月24日(日)東京流通センター第一展示場にて行われる第二十九回文学フリマ東京に参加させていただくこれです。現在二冊入稿していますが、頑張ってあと二冊は頒布できるようにしたいと思っています。頑張らなくては。


そんな最中ですが、今日も映画を観に行っていました。今回観た映画は『マチネの終わりに』。平野啓一郎さんのベストセラーを映画化した一作です。予告からはNot for meな雰囲気が漂っていましたが、いざ観てみたら、意外と楽しい映画でした。潔く振り切っていたので。


それでは、感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いします。




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―目次―

・キザな前半はまるでコントのよう
・後半になって反転する展開が面白い
・ちょっとした不満点





―あらすじ―


世界的なクラシックギタリストの蒔野聡史は、
公演の後、パリの通信社に勤務するジャーナリスト・小峰洋子に出会う。
ともに四十代という、独特で繊細な年齢をむかえていた。
出会った瞬間から、強く惹かれ合い、心を通わせた二人。
洋子には婚約者がいることを知りながらも、
高まる想いを抑えきれない蒔野は、洋子への愛を告げる。
しかし、それぞれをとりまく目まぐるしい現実に向き合う中で、
蒔野と洋子の間に思わぬ障害が生じ、二人の想いは決定的にすれ違ってしまう。

互いへの感情を心の底にしまったまま、
別々の道を歩む二人が辿り着いた、愛の結末とは―


(映画『マチネの終わりに』公式サイトより引用)




映画情報は公式サイトをご覧ください。









※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。














・キザな前半はまるでコントのよう



映画の冒頭、蒔野聡史は言いました。

人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。

映画が終わった今、振り返ってみれば、『マチネの終わりに』はこの言葉に集約されるような映画でした。


コンサートホールでクラシックギターを弾く蒔野。冒頭からどれだけ回るんだというくらいカメラが回り、演奏している福山雅治さんの魅力を存分にアピールします。私が観た回は年齢層が高く、見るからに福山さん目当ての女性がたくさんいましたが、これにはうっとりとしたことでしょう。


コンサートを終えて、ぐったりする蒔野。マネージャーの三谷早苗に人払いをさせ、部屋から出るとそこにはレコード会社の是永と、彼女の旧友・小峰洋子がいました。何のためらいもなく、「実は舞台の上からお誘いしていたんですが」などと歯の浮くようなセリフを口にする蒔野。いくら福山さんとはいえ、ここはキザすぎて思わず笑ってしまいます。


もう、この映画の前半って福山さんがキッザキザのキザなんですよ。低く甘い声に、もったいつけた喋り方。洋子に送ったメールに代表されるポエミーなセリフな数々。あまりのかっこつけっぷりにこんなやつ現実にいねえよ!となりました。もう人間じゃなくて、麒麟とか鳳凰とかその辺の空想上の生き物みたいに感じていましたね。あの福山さんの力をもってしても、正直引きました。


そして、その相手をつとめる石田ゆり子さんもなかなか。確かに大人びた雰囲気は魅力的でしたが、文語的なセリフの数々に、諭すような口調。演技もやや濃い味付けで、見続けているうちに少し胃もたれがしてくるほどです。特に蒔野とのキスシーンはえぐかったですね。演じている感じをひしひしと感じました。


別れた後、蒔野は仕事を中止し、洋子はパリでテロを取材し、自らもテロに巻き込まれます。PTSDを発症し、工事の音でも怖がる洋子を、蒔野はスカイプ越しに優しく慰める。この辺り、原作ではじっくりと二人の心理描写がなされていたのですが、映画ではそれを逐一説明するわけにもいかないので、二人の二度目の再会まで、物語は実にあっさりと進んでいきます


これは、福山さんと石田さんの演技が悪いわけではなく、まず単純にテンポが速すぎること。また、二人に現実に即したリアルな演技をさせるのではなく、思いっきりキザな方向に振り切ることで、感情移入をさせないような作りになっていると感じました。極端に言ってしまえば、この辺りで私は二人のことを、人形や動物園の柵の向こうの存在のように感じていました。




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そして、二人がレストランで再会してからは、ポエミーなセリフの応酬。日常会話でめったに使われない言葉がバンバン飛び出し、小説の固いセリフはそのまま読み上げられ、過程も省略されているので、もはやついていくことができません。何急に「君が自殺したら、僕も死ぬよ」って言ってんの?という感じです。飛躍しすぎでしょう。


個人的に、このレストランのシーンはもはや映画というよりも、コントに近い空気を感じました。例を挙げるなら、ジャングルポケットしずるでしょうか。あの人たちは、コテコテなストーリーをオーバーリアクションで演じることで、笑いを取ることを得意としている印象があります。もう、このレストランのシーンもまさしくそうで、深刻なことを言っているのにおかしくてしょうがありませんでした。


思えば、この前半って全てをシリアスなコント調に見せることに、針を振っていたような印象があるんですよね。伊勢谷友介さん演じるリチャードのコテコテなアメリカ人像もそうですし、フィリップの手を持ち上げて肩をすぼめる動きはわざとらしすぎました。福山さんを主役に起用したのも、小説のセリフをそのまま読み上げていたのも、振り切ってコントっぽくするためなら納得がいきます。登場人物も全員もったいぶった演技で、ここではないパラレルワールドへ飛んでしまったかのようです。「今、私は映画を観ている!」というのは、今年観た映画の中でもトップクラスに感じました。


ただ、これはもしかしたら、恋愛というものはいくつになっても盲目なものだということを表したかったのかもしれません。蒔野の「君が自殺したら、僕も死ぬよ」というオーバーな発言は恋愛の推力の強さ、衝動性を表していたように思えますし、あのポエミーなメールも少年がこっそりスマホに打ち込む恋文と何ら変わりがないように感じます。好きになったからには、相手を我が物にしたい、独占したい。周囲が見えていないその姿は、他者からしてみればとても滑稽なもので、喜劇のようでもある。そのことがこのコントの域にまで振り切ったキザな演出に現れていると、個人的には解釈しました。


その中で、全てがコント調でパラレルワールドな前半において、桜井ユキさん演じる早苗の現実感、俗物っぽさったらありませんでしたね。蒔野と洋子が廊下で初対面したときの蚊帳の外感よ。その後のバルでの二人の雲を掴むような会話に混ざれていないのが、何より象徴的でしたね。不審な目がいいです。演技も前半はわりと抑え目で、節度を持って演じており、こういう人実際にいるわーとなりました。はっきりとした劇の中で、彼女だけが現実を担っていて、登場するたびにワクワクしていました。とても素晴らしく途中までは、この映画のMVPだと思っていたくらいです。


と、このように前半はあえてシリアスコントっぽく見せているというのが私が受けた印象でした。いや、やりたいことは分かるんだけど、もっとオーソドックスにやってもいいんじゃないかというのが正直なところでしたが、この印象は後半になって一変することになります。それは、最初に上げた言葉を反芻するものでした。




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・後半になって反転する展開が面白い


映画が後半に入って、何が変わったかと言えば、まず分かりやすいのは俳優さんの演技でしょう。特に変化が顕著だったのは桜井さんです。


その兆候は中盤から徐々に出始めていて。洋子が日本に帰ってきて、蒔野と4度目の対面を果たそうとするというシーンがあるのですが、ここで桜井さん演じる早苗は、洋子に嘘のメッセージを送り、二人の仲を引き裂きます。注目したいのは、この辺りから桜井さんの演技が徐々に過剰なものになっていくこと。自分がしでかしてしまったことに対する動揺が十分に表現されていてよかったのですが、「あれ?桜井さんこの世界に順応してきた?少しずつコント畑の住人になってきてない?」とも感じてしまったんですよ。溜めも増えてきましたし。


あの、私が桜井さんを初めて知ったのってたまたま見た『だから私は推しました』というドラマなんですけど。ここでの桜井さんの役柄がある事件を秘匿するOLというものでして、その睨むようでもあり呆然とするようでもあった目つきが好きだったんですね。で、この映画の早苗も隠し事をしはじめて、影ができてきたので、近しいものを感じたんですよ。視線に狂気が滲み出るみたいな。良い母親に渦巻く不自然さみたいな。だから、この変化はすんなり受け入れられたんですけど、同時に彼女が向こうの世界に行ってしまったら、こっちの現実には誰もいなくなるんじゃないかという危惧も感じたんですね。


でも、そんな心配は無用で。反対に福山さんと石田さんの演技が徐々に抑えられていくんです。最初は濃い味付けに慣れてきたかもしれないと思ったんですが、明らかに福山さん演じる蒔野が情けなくなっていっているんですよね。表情もキメにキメることはなく自然なものになっていっていますし、セリフも口語的になってきている。これは、やはり抑えていると見るのが妥当だろうと。暗い部屋に立っているシーンが増えたのも象徴的で、今度は彼に感情移入させようとしているように思えました。


それに、舞台が四年後に移った後の石田さんの佇まいも、心なしか穏やかなものになっているようでしたし(伊勢谷さんは全然変わってなかったけど)、三人とも展開によってグラデーションのように演技を変えていて、やっぱり俳優さんって凄いんだなと感じさせられます。特に桜井さんの振れ幅が印象的でしたね。一気にファンになりました。今度近くの映画館で出演作の『アイムクレイジー』やるみたいだし観に行こうかな。




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また、後半の展開は前半の展開を反転させたものにもなっていまして。早苗の嘘をついて二人の仲を引き裂いたというのは、とても愚かな行為じゃないですか。一般的に見れば。まあ私は原作でもこの展開が一番人間臭さを感じて好きでしたし、いけいけやっちまえーぐらいに楽しんで観ていたんですけど。


でも、早苗も蒔野に対して好意以上の感情を持っていて、盲目になっていたんですよね。「蒔野の人生の名脇役になりたい」とその献身を明言していますし。いわば前半では恋愛、というより単純に愛と言った方が正しいのかもしれない、に盲目になっていたのは蒔野と洋子なのに対し、後半では早苗になっているんですよね。蒔野と洋子は別れて4年半の年月を経て、もう目が覚めているんです。


そして、その目が覚めた未来から振り返って、あの時は気づかなかったけれど、蒔野と洋子は愛に支配されて盲目になっていたと観ている人に突き付けるのが、この映画版の特徴となっているように感じます。蒔野と洋子も会えなかった4年半を経て変わっていますし、映画の中でも外でも「未来が過去を変えている」んですよね。その構造が面白いなと。


しかし、二人が真相を知ったときには、また強めの演技が取り戻されます。蒔野は素手でコップを割り、洋子は遂に泣き出してしまいます。ここは、二人の愛が復活して、視野狭窄に陥るほど、相手のことしか考えられなくなっていたシーンのように思えます。映画の終盤で蒔野が弾き、洋子が聴く「幸福の硬貨」は、身を切るような切なさと包み込むような優しさがありました。


前述したように、愛と呼ばれるものが人を盲目にするならば、目隠しをして右往左往している姿は、人から見たら喜劇のように映るでしょう。原作では「愛という曲芸」という言葉が登場しました。曲芸とは熟練されたもので、離れ業とも言い換えられます。しかし、映画で描かれた蒔野と洋子の恋愛は、大人っぽく見せていますが、本質は10代のそれと変わりなく、熟練されたものとは言えないと思います。そのために、二人の愛は一度は失敗に終わってしまいました。


それでも原作では、「この世界では遂に、愛という曲芸に成功することがなかった二人が、……彼らはきっともう失敗しないでしょう、……」と書かれています。映画も二人が会う前で終わってしまいましたが、失敗した過去を大切な思い出にできるような未来を歩んでいくのではないかと、期待を抱かせる終わり方でした。原作の精神やテーマを上手く踏襲した、良い映画化だったのではないかと個人的には感じました。




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・ちょっとした不満点



まあそれでも、この映画化に不満がないわけではありません。一つは、原作ではジャリーラはイラク戦争の難民という設定になっていましたが、映画版ではただの洋子の仕事仲間となっていて、マチネのシーンに大きな感動を抱けなかったこと。一つは、ソリッチが既に故人となっていて、好きだった洋子とソリッチの会話シーンがなかったこと。一つは、原作では武知という蒔野とタッグを組んでコンサートツアーをするキャラクターが登場し、それが蒔野の復活に大きな影響を与えていたのですが、こちらもカットされていたこと。


他にも全体的に駆け足でしたが、文庫版で450ページもある原作を2時間の映画に収めるためには、様々なところを削らなければいけないということは、『蜜蜂と遠雷』で学んだので、正直ここはそれほど大きく不満ではありません。完全な映画化を望むのは無謀であり、しょうがないと納得することだってできます。


それでも、思わず惜しいと感じてしまったのが、終盤のベートヴェンの件。「通してからもう一度見ると、今までのシーンがまた違って見える」という内容の会話がありましたが、ここまで触れてきたように、これってこの映画の構造そのものなんですよね。正直、ここで分かりやすく種明かしをしてしまうのは野暮なように思えました。実は、原作でもこの件はありますが、それは序盤だからいいのであって、終盤になって「こういう風に観るんですよ」と説明されると萎えてしまいます。そこで、関心が少し冷めてしまいました。本当に惜しいです。


ですが、私がこの映画に抱いた大きな不満というのはこれくらいですし、全体を通して見ればいい映画だったので、興味のある方は映画館でご覧になって見てはいかがでしょうか。意外と笑える楽しい映画ですよ。




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以上で感想は終了となります。映画『マチネの終わりに』。キザな面と情けない面の複数の顔を見せる福山雅治さんが見られるのでとても楽しい。ファンのみならず多くの方に観ていただきたい映画です。構えなくても大丈夫。やっていること10代とあまり変わらないので。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 


マチネの終わりに (文春文庫)
平野 啓一郎
文藝春秋
2019-06-06



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こんにちは。11月24日(日)第二十九回文学フリマ東京に参加させていただくこれです


いきなりですが、今回のブログも映画感想になります。今回観たのは『映画 スタートゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて』。プリキュアシリーズ16作目『スタートゥインクルプリキュア』(通称『スタプリ』)の劇場版です。最近ツイッターを開くたび、「プリキュアの映画を観ろ」という圧が強かったんですよね。行くかどうかはちょっと迷ったのですが、まぁプリキュアの映画を観たところで失うものは私にはないし、なんか得るものは多そうなので、観に行ってきました。


私はプリキュア自体は、初代とマックスハートは見ていて、たぶんスプラッシュスターの途中ぐらいから見なくなったように記憶しています。なのでちゃんと観るのは実に10年以上ぶりですね。では、それも踏まえて感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いします。




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―目次―

・映画自体が面白い!
・親御さんにも響くテーマ
・子供が初めて見る映画として最適





―あらすじ―

ある日突然、プリキュアの元にやってきた不思議な生き物・ユーマ。
言葉が通じないユーマに、ひかるとララは振り回されっぱなし・・・。
ユーマと気持ちを通じ合わせる方法、それは<うた>!?
<うた>を通じてユーマとの絆を育んでいくひかるたち。
しかし、突如謎の宇宙人ハンターが現れて、大ピンチ!
さらには、ユーマとはいずれ離れ離れになることが告げられてしまう・・・。
ユーマを、そしてみんなの思いを守るため、プリキュアが立ち上がる!!

(『映画 スタートゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて』公式サイトより引用)


映画情報は公式サイトをご覧ください。







※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。









・映画自体が面白い!


まず感想を始めるにあたって、前提として確認しておきたいのが、プリキュアは児童向けのコンテンツだということです。もちろんプリキュアには長い歴史があり、継続して見続けている"大きいお友達"と呼ばれる方々が大勢いることは知っていますし、その大きいお友達の方々がグッズを買ったりイベントに来てお金を落とすことによって、プリキュアシリーズが続いてきたことに疑問の余地はありません。


ただ、そうは言ってもやはりプリキュアは小さい子供をメインターゲットにしているように私には思えますし、大きいお友達の方々もそれを承知の上で、そのこともひっくるめてプリキュアを好きになっているのではないでしょうか。というかそうじゃなかったらちょっとマズいと思います。


となると、そのプリキュアの映画を観に行く人も自然、児童、子供が多くなるはずです。児童というのは大人に比べて集中が続きません。それは小学校の授業時間が45分と短いことにも表れているでしょう。なので、集中を持続させるという意味において児童向けの映画って実は結構大変なんですよね。ダラダラ冗長な展開をやるわけにもいかないですし、飽きないようにところどころに印象的な絵を用意しなければいけない。しかも、70分という短い時間で起承転結を盛り込んでとなると、それなりのハードルの高さがうかがえます。ただ、この映画はそのハードルを見事にクリアしているんですよね。


まず、最初に壮大な絵を見せておいて、開幕バトルシーンで一気に子供を引き込む。いきなりテレビサイズでいうところのクライマックスからスタートして、盛り上げて注目させるのは上手い手法だなと感じました。いかにもプリキュア!児童向け!というノリに、実は最初ちょっとついていけなかったんですけどね。宇宙でも普通に呼吸できてるのは、別に気にしなくてもいいところなんでしょうけど。


このオープニングで、住処にしていた宇宙船が飛んでいってしまったプリキュアたちですが、次のシーンでは、普通に地球に戻って生活しています。どうやって戻ったのかは気にしちゃいけない。この映画のメインどころとなるひかるララが二人で寝ているところに、黄色い金平糖のような謎の生命体が侵入。未知の生命体に最初は警戒するララと対照的に、UMAが好きなひかるはその生命体を好意的に受容します。生命体はワープ能力を持っていて、二人は先輩のえれなまどかが修学旅行に行っている沖縄にワープします。ここまで大体15分ぐらい。スピーディ。


ただ、沖縄でトラブルがあり、生命体は逃げ出してしまいます。生命体を探す二人の様子が沖縄の風景をバックに描かれていて、ここでも子供を飽きさせません。オルゴールに聴き入る生命体を見つけたのはララ。生命体はまた逃げ出しますが、ララは自らが宇宙人であることを間接的に吐露し、オルゴールの歌を歌う。ここ赤い花畑となっていて絵的に派手でしたね。似たような境遇であることを知って、仲良くなる二人の描写は、不和が解消されたという安心感を覚えます。ここまで大体30分ぐらい。


その後、ひかるによって生命体はユーマと名付けられ、ユーマに連れられてひかるとララの二人は世界の名所を観光します。いや、沖縄ちゃうんかいと少し思いましたが、ギアナ高地やイースター島など、音楽とともに世界の様々な名所が映し出される様子は、掛け値なしに楽しいものでした。好奇心が旺盛な子ほど心が躍りそうです。




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しかし、ユーマを狙う怪しい敵の影もこのあたりから少しずつちらつき始めます。ひかるとララが帰ってきたところに、5人の敵(宇宙人)が襲撃。2人に加えて、えれなとまどか、さらに離れていたユニも合流し、5人はプリキュアに変身。口上もしっかり述べて、バトルシーンのスタートです。水に溶け込んだり、影に隠れたりと多彩な攻撃をする敵にプリキュアたちの攻撃は通用せず、押される一方。ピンチに陥り、観ている子供をハラハラさせます。


しかし、ここで入場者プレゼントのペンライトの出番が訪れます。プリキュアの映画はプリキュアたちがピンチになったら、ペンライトを回して応援するらしいというのはなんとなく聞いていましたし、実際に映画の前にそういったアナウンスが流れるんですよね。ここ上手いなと思うのが、たぶんこのピンチになるシーンが上映時間の45分あたりに訪れていることなんですよね。あくまでも体感ですけど。45分といったら小学校の授業時間であり、それに準拠すれば児童の集中力の限界でもあります。ここでペンライトを振って体を動かすことによってリフレッシュし、集中力を回復させる。すごい児童のことを分かってるなぁと感じました。


そして、プリキュアたちは形勢逆転。バトルはわりとあっさりめに終わり、5人の敵はすんなりとお縄につきます。バトルシーンを期待していた人には、少し物足りないかもしれませんが、私はこのあっさり感好きです。


そこから終盤にかけては、絵的に派手なシーンが続き、クライマックスを盛り上げる。特に最後歌いだすところ。あのシーン、いきなりミュージカルになり、動かし方も今までとは明らかに変わって面喰ったんですけど、ただそれを上回る高い演出力がありました。あんなことされたら感動しないわけがないですよ。子供も大人の心もがっちり掴み、強い印象を残すことでしょう。着地も最高でしたし、しっかりと一本の映画として面白かったです。


ただ、映画の内容はもちろん良かったんですけど、個人的にはどちらかというと映画外の部分のところに感動したんですよね。次はそのことについて書きたいと思います。




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・親御さんにも響くテーマ



最初に書いたように、プリキュアは児童向けのコンテンツです。しかし、そのメインターゲットたる児童は、彼ら彼女らだけでは映画館に行くことができません。親と一緒に行く必要があります。私が観た朝9時の回でも、一人で来ている私以外は大体親子連れでしたし、そのリアクションからも親子で観るのが一番合っていると感じられました(もちろん大きいお友達をないがしろにしているのではないです)。そして、作り手もそのことをバッチリ想定していたのか、この映画は親子連れでの鑑賞、特に親も観ることを最大限に意識した内容になっているんですよね。


この映画で描かれたのは「子育て」であるように、私には感じられました。ユーマは生まれたばかりの星の子供、いわば赤ちゃん。養育環境によってどう成長するかは分かりません。ひかるは最初からユーマを受け入れる一方、ララは警戒します。どんな危険があるか分かったものではないと。この辺り、実子というよりもステップファミリーや養子のような感覚を覚えました。


それでも、子守歌のような歌とともにユーマと打ち解けていくララ。これは微妙な親子関係の和解そのものでしょう。この和解に共感を覚えた親御さんも少なからずいそうです。同じ宇宙人という共通項もあり、いつしかひかるよりもララの方がユーマと親しくなっていきます


しかし、物語の中でユーマは成長すると惑星になる「スタードロップ」であり、地球では暮らしていけないことが明らかになります。星空刑事に保護されんとするユーマ。しかし、ララはユーマと離れたくないと引き留めます。これは子離れの困難さを表しているように思えます。二人は良好な関係を築いていたので、その幸せな時間を手放したくはなかったのでしょう。しかし、子供はいつか親から巣立っていくもので、いつまでも自らの元に引き留めておくのは、自立を阻害する親のエゴでしかありません。このシーンは身につまされる親御さんもいそうです。


そして、ララのエゴから子離れは失敗。敵の一人にユーマを奪われてしまいます。敵の悪感情に苛まれていくユーマ。触れた人間によってスタードロップは大きく影響を受けるというのは、子育てそのまんまやん!となりました。結果、ユーマは邪悪な惑星へと変貌を遂げてしまい、膨張し続け、このままだと地球をも飲みかねないという事態になってしまいます。


ここからがこの映画の大好きなポイントなんですけど、ひかるとララがユーマを直接説得するために惑星に飛び込むんですよね。そこにあったのはギアナ高地やイースター島、かつて二人がユーマと共に巡った世界の名所だったんです。それは、ユーマの将来なりたい自分と映画では説明されていて。


ここすごくないですか。ひかるとララと巡った場所、つまり二人から受けた養育が、将来なりたい自分像として表れているんですよ。この親の養育が、子供の夢になるというのこれ以上ない子育ての理想だなと。多くの親御さんたちが理想的な子育てができない中で、こんな子育ての理想が描かれていたら、涙ぐむ親御さんが出てくるのも当然のように思えます。


それに輪をかけるのが高い演出力特にウユニ塩湖で歌い出すシーンなんて息を飲む美しさですよ。さらにミュージカルシーンでは、動物たちがバーッと登場して、そこにユーマも混ざっていてとにかく壮観。意趣返しの快感が波のように押し寄せてきて、とても気持ちのいいシーンでした。親と子供が一緒に見た風景というのが、また涙を誘います。




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そして、最後の展開も見事で。言ってしまえば、この映画は本編とは独立した映画なので、最後に別れるのは決まっているんですけど、この映画が優れているのはそれを子離れとして表現したことなんですよね。しかも、最後は親のエゴを封印し、ユーマを、子供のことを一番に考えて別れるという。これ以上ない子離れなんですよ。親御さんも一緒に見に来ている子供からは、いつかは離れなければならないじゃないですか。このシーンに自らの子離れを重ねると涙してしまうのも分かりますし、この映画は子離れを肯定的なものと捉えていて、こんな子離れしてぇ……と子供のいない私でも感じました。で、別れた後も繋がっているという着地は、観終わった後の気分を清々しいものにしてくれますし、この映画は子供だけじゃなく、親御さんにも向けられた映画なんだと思います。


これはどうしてかというと、今放送しているスタートゥインクルプリキュアって16作目らしいんですよね。いつの間にそんないってたんだってビビりましたけど、思えば初代プリキュアが放送されていたのは、確か私が小学4,5年生ぐらいのときだったので、まあそれもそうだなと。ということは初代プリキュアをリアルタイムで見ていた小学生は、もう20代も半ば。子供がいても全くおかしくない年齢なんですよね。当然それ以上の年齢で見ていた人もいるでしょうし、初代世代が親になってきています。


今回の映画はそのことを織り込んだ映画で、だからこそ「子育て」をモチーフの一つにしていたのでしょうし(前作の『HUGっと!プリキュア』では出産も描かれていたらしい)。親と子供が一緒に観て、感想を語り合うことで真の威力を発揮するのではないかと。それこそ映画の中で描かれた世界旅行のように。


で、この映画って児童も楽しい!面白かった!だけじゃなく、少し成熟した子なら「こういう子育てしてみたいな」と思う子もいそうなところが素晴らしいんですよね。未来に思いを馳せるという意味でとても重要ですし、観た子が今度は親の立場になったら、子供と一緒に観ることができる作品にもなっていると思います。自分の感じた感動を子供にも感じてほしいといったような。教育的にも文句なしですし。


だとすれば、その行為はまさしく子育てでしょうし、同じものを観るという点で、映画と同じ構造になっているんですよね。映画で描かれた子離れを含む子育てと、現実の子育てが重なるとでもいいましょうか。本編70分だけで完結せず、その先へと繋いでいくという意味で、この映画の持つ価値は非常に大きいと感じました。それってすごく理想的なことで、なんか凄いなって。




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・子供が初めて観る映画として最適


それと、今回初めてプリキュアの映画を観て思ったのが「最後列に座ればよかったな」ということで。映画自体も面白く楽しめたのですが、ペンライトを振る子供も込みで観た方がより感動したんじゃないかって思ったんですよね。


話は変わりますけど、先日『プロメア』の応援上映に行ってきたんですよ。私は応援上映というものに、あまりいいイメージを描いていなくて、この世の地獄みたいに思っていたんです。でも、実際観てみるとそんなことはなくて。意外と声援に統率が取れていましたし、クライマックスで一斉にペンライトを振り回すところとか、後ろから見ていて普通に感動してしまったんですよね。通常の上映形態とは違う一個のショーとして成立していると感じました。おそらく稀なケースではありますけど。


で、そのときの光景がきれいだったので、ビジュアル的にもいいものだとは分かっていたんですけど、何より感動するのがそれを子供がやっているということなんですよね。子供にとっては、これが初めての映画館だという人もいると思うんですよ。このファーストインパクトは、子供がこれからも映画館に行くかどうかを左右する極めて重要なもので。やっぱり一番は楽しくなきゃいけないと思うんですよね。


その楽しさを提供するために、プリキュアの映画はペンライトを振るという参加型のスタイルを取り入れているわけですよ。子供からすればただ一方的に見せられるよりも、自分から動いて参加した方が思い出に残ることが多いでしょう。まず、暗闇の中で光るペンライトは幻想的で綺麗ですし、体を動かすことで集中力も回復する。さらに、他の子も振っているとなれば、そこには一体感が生まれますし、ただ座っているだけでは味わえない楽しみがあります。これって鑑賞というよりはもう体験なんですよね。内容的にも環境的にも、子供の初めての映画鑑賞としては最適なのではと思わされます。


さらに、この映画ではペンライトを振るタイミングが二回あることで、よりその体験を深化させていきます(あからさまな誘導に少し笑ってしまいましたが)。そして畳みかけるようにきらびやかなミュージカルシーン。子供にとっては自発的に楽しめて、通常以上に思い出に残るかもしれません。そして映画館という環境が気に入ってくれたら、また足を運んでくれるかもしれないし、休日のお出かけの選択肢に映画館が増えるかもしれない。それってとても凄いことなんですよ。


いわば、プリキュアの映画ってスクリーン上で完結するものではなく、観ている子供を含めた一種のショーなんですよね。で、そのショーをより楽しむには最後列から観た方がいいと。映画が始まる直前に気づいたのに、移動しなかった自分が少し悔やまれます。


まとめると、初めてプリキュアの映画を観た感想は、想像以上にすごいなと。観た後の親御さんとの会話もそうですし、子供を虜にする仕掛けもそうですし、映画外の価値の提供にめちゃくちゃ長けているんですよね。これは思っている以上にじっくり考えられているなって。なんか凄かったです。うん、凄い。当然のことながら映画自体も面白いですし、少しでも気になっている方はぜひ観てみてはいかがでしょうか。




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以上で感想は終了となります。『映画 スタートゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて』。一この映画としてちゃんと面白いし、その外に目を向けるとさらに味わい深くなるいい映画でした。プリキュアということで抵抗を感じている方にもお勧めできる映画だと思います。機会があればぜひ映画館でご覧ください。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 


『映画スター☆トゥインクルプリキュア ~星のうたに想いをこめて~』主題歌シングル(CD+DVD)
キュアスター(CV:成瀬瑛美)ほか、吉武千颯、知念里奈
Marvelous Entertainment Inc.LDC(PLC)(M)
2019-10-16



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