Subhuman

ものすごく薄くて、ありえないほど浅いブログ。 Twitter → @Ritalin_203



こんにちは。これです。今回のブログも映画の感想になります。


今回観た映画は『弱虫ペダル』。累計発行部数1700万部の映画ですが、私にとってはこれが初体験。果たしてどうなるだろうかとおっかなびっくり観てきました。結論から言えば良かったとは思いますよ。少し惜しい気もしましたけど。


それでは感想を始めます。拙い文章ですがよろしくお願いします。




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―あらすじ―

千葉から秋葉原にママチャリで通う、運動が苦手で友達がいない高校生・小野田坂道(永瀬廉)。
念願のアニメ研究部に入ろうとしたが、休部を知りショックを受ける。
そんな時、坂道の自転車の走りを見た同級生の今泉俊輔(伊藤健太郎)からレースの勝負を申し込まれる。自転車で走る楽しさを初めて感じた坂道は、秋葉原で出会った同級生・鳴子章吉(坂東龍汰)に誘われて自転車競技部に入部する。マネージャーの寒咲幹(橋本環奈)や部長の金城真護(竜星涼)、巻島裕介(栁俊太郎)、田所迅(菅原健)ら尊敬できる先輩たちとの出会いによって、自転車選手としての思わぬ才能を発揮する坂道。そして迎えた県大会。レギュラーメンバーに選ばれた坂道は、初めて出来た「仲間」とともに、インターハイ出場を懸けたレースに挑む。

(映画『弱虫ペダル』公式サイトより引用)



映画情報は公式サイトをご覧ください












週刊少年チャンピオンで連載中の『弱虫ペダル』。タイトルは知っていましたが、漫画は基本ジャンプしか読まない私は、原作もアニメも未見の状態で映画館へと足を運びました。観る前は不安しかなかったのですが、ところが観てみてどっこい、想像以上の良作に仕上がっていました。ラストのレースは思わず胸が熱くなりましたし、原作は知りませんが実写化成功の部類に入るのではないでしょうか。


ただ、一方2時間の映画でできる限界も感じたんですよね。ロードレースはちゃんと俳優さんたちが漕いで、撮り方も工夫されていますし、盛り上げどころが複数あったのもよかったと思います。それでも、いかんせん描写不足なところが目立ち、惜しいという感じはしました。





※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。







この映画は春、入学するシーンから幕を開けます。主人公・小野田坂道はアニメ好きで、高校ではアニメ研究部に入ろうと意気揚々。しかし、アニメ研究部は休部になっていて、再開するには5人の入部者を集めなければなりません。しかし、それは友達がいない坂道にとってあまりに高すぎるハードルでした。


この映画で小野田坂道を演じたのは、アイドルグループKing&Princeの永瀬廉さん。普段ジャニーズ系にも疎い私にとっては、はじめましての方です。率直に申し上げますと、慣れていない感じはどうしても見受けられました。おどおどした口ぶりが同族嫌悪で少し嫌だったりもしました。でも、終盤につれて良くなっていたと思いますし、アニ研がなくなるシーンに代表されるように漫画チックな演技は、そうそう悪いものでもありません。でも、お風呂では眼鏡を外した方がいいのではと感じます。


坂道は40km先の秋葉原まで自転車で行ってしまうほどの健脚。20%の上り坂も立ち漕ぎなしで登ります。それに目を付けたのが、自転車競技部に入る気満々の今泉俊輔。坂道に勝負を仕掛けます。突き放してもついてくる坂道に驚く今泉。一人しか知らなかった坂道が、誰かと何かをするという楽しみを見つけるという筋書きは実に自然なものでした。


この映画で今泉を演じたのは、伊藤健太郎さん。『惡の華』などで何度かお見かけしたことある俳優さんだったのですが、今作でも抜群の安定感を披露。淡白なところがある今泉を、オーバーになりすぎることなく演じていました。熱くなりきれないからこそ、終盤の展開に意味がありますしね。ただ、伊藤さん自体は良かったんですけど、伊藤さんを見てキャーキャー言う女子たちは、ちょっと、いやかなり気になりました。ああいう安直な演出はそんなに好きじゃないです。


勝負は今泉の勝利。今泉は坂道を自転車競技部に誘っていますが、坂道はイマイチ踏ん切りがつきません。ある日、秋葉原で坂道が出会ったのが、コッテコテの関西弁を話す鳴子章吉。坂道の自転車を褒め、そのまま自転車競技部に勧誘します。この鳴子を演じたのは坂東龍汰さん。今までもいくつかの映画でお見かけしたことはありましたが、名前を意識して観たのはこれが初めてかもしれません。漫画チック、アニメチックに振り切った演技を披露。先輩との練習のシーンは流石にうるさいなと思いましたが、ここまで吹っ切れているのは個人的には嫌いじゃないです。




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鳴子に連れられて坂道は自転車競技部に入部。さっそく一年生の実力を測るレースに出ることになります。ここ本当に展開速かったですね。あと『ぐらんぶる』でアホほど脱いでいた竜星涼さんがちゃんとしていて、少しすかした部長になっているのは笑いました。それと、29歳の柳俊太郎さんに高校生の役はそろそろ厳しいのではと思います。


自転車でレースに出ようとする坂道ですが、流石にそれは部長がストップ。代わりに純正のロードバイクを貰って走り出します。遅れてスタートした坂道ですが、先にスタートした同級生を次々追い抜き、先頭を走る今泉と鳴子に追いつきます。そして、二人を抜いて真っ先に山頂を通過。そのあとすぐに倒れてしまうわけですが、え?坂道めちゃくちゃ才能型じゃん。努力型だと思ってたら才能型じゃん。脚力については説明があったからいいものの、ちょっと教えられたぐらいでいきなりダンシング出来ます?才能の塊ですよ。


で、この才能型主人公・小野田坂道の脇を努力型のキャラクター、今泉と鳴子で固めているんですよね。ああこれは人気出るわなと。無双と努力が実を結ぶ、両方のカタルシスを味わえますもん。鉄板ともいえる構図だと思います。


それからは合宿のシーンを経て、舞台はインターハイ千葉県予選へ。6人のエントリーメンバーに名を連ねた坂道は(ここレギュラーの誰かが怪我して、坂道が代わりに出る展開だと思ってた)、初めての公式戦に臨みます。とってつけたような強キャラ?不動(ここは原作を読んでないと分からないなぁ)も参戦し、レーススタート。


このレースは観ていて、頭は冷静でしたけど、胸は熱くなったんですよね。何が良いかって、坂道、今泉、鳴子の三人それぞれに見せ場が与えられていることなんですよね。鳴子が序盤チームを引っ張り、坂道が得意の上り坂で今泉を先導し、最後に今泉が決めるという。カメラワークも一点に集中しないで工夫されていましたし、熱さと勢いがあったと思います。一人で誰からも役割を与えられなかった坂道が、役割を得て奮闘するという描写もグッドです。(ライバルチームの行為は進路妨害とかで反則にならないの?とは思いましたけど)










終わり方も(締めのセリフ以外は)良かったですし、原作を見ていない一見さんでも十分に楽しめる映画になっていると感じました。ただ、最初に述べたように二時間の映画に収めるには少し描写不足かなと思うところもあります。それは言ってしまえばキャラクターの掘り下げ方なんですが。


この映画って坂道以外のキャラクターの掘り下げがあまりないんですよね。辛うじて今泉の過去がチラ見せされるぐらいで、その他のキャラクターに至ってはほとんど皆無。おそらく原作ではしっかり描写されているのでしょうが、2時間の映画に収めるためにカットしてしまったあまり、キャラクターにのめり込むことができず、最後のレースにも熱さがもう一つ足りない気がしました。


きっと、この映画のターゲットは既に原作やアニメで『弱虫ペダル』を履修している方なのでしょう。その方たちはキャラクターの背景を知っているから脳内補完して楽しめますし、漫画やアニメに寄せた俳優さんたちの演技を諸手を挙げて受け入れるでしょう。ただ、原作もアニメも見ていない私にはその背景知識がないんですよね。2時間の映画に収めるための取捨選択の結果としては理解できますが、この映画は原作を見ていなくても楽しいけど、原作を見ていれば超楽しいという映画になっていると感じました。(悪口のように書きましたけれど、全く悪いことではないです)




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先ほど、ラストのレースで頭は冷静だったと書きました。なんで私が冷静でいられたかというと、うっかり「良いんだけれど、『ちはやふる』には及ばないかなぁ」と思ってしまったためです。いや、二部作三部作と一本の映画を比べることができないのは分かっているんですよ。でも、自分の中で高校部活ものの物差しとして『ちはやふる』が確固たる存在になっているんだなとは感じました。



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では、何が『弱虫ペダル』には足りなかったのでしょうか。若宮詩暢のような強力なライバルキャラクターでしょうか。でも、聞き及ぶ限りでは『弱虫ペダル』にも強力なライバルキャラクターはいるようですし、そもそも映画で若宮詩暢が登場したのは『下の句』からで『上の句』には登場しませんでした。そうやって少し考えた結果、『弱虫ペダル』と『ちはやふる』で最も違うのは「広がり」だと私は感じました。


『弱虫ペダル』も『ちはやふる』も、競技に熱中する高校生、プレイヤーはしっかりと描けています。ですが、『ちはやふる』には支える人、サポーターという視点があるんですよね。『上の句』で最も象徴しているのが、千早たちの師匠である原田先生でしょう。まぁ原田先生も名人戦に挑戦するくらいのプレイヤーではあるんですが、それ以上に千早たちを支えるサポーターとしての役割を担っています。


『上の句』で、新に勝てないと思い悩む太一に贈った「青春全部かけてから言いなさい」という言葉はあまりにも有名です。この言葉は太一の心の灯火になったたいへん重要な言葉なのです。(というか『ちはやふる』は原作からして"支える人"の描写がめちゃくちゃ上手いから読んでください。「産みの苦しみを知りなさい」とか痺れますよ)


一方、『弱虫ペダル』にはこういったサポーターとしての視点が希薄です。例えばマネージャーの寒咲幹。彼女を演じた橋本環奈さん自体は悪くはなかったのですが、問題は寒咲がいなくても(映画上では)物語が成立してしまうという点なんですよね。だって彼女、何かしました?坂道に発破はかけましたけど、あれって分かりきってることじゃないですか。というか喋っている暇があったら早よ行けやとさえ思ってしまいましたし、彼女の父親にしてもロードバイクを坂道に与えるという役割しか果たしていないのが現状です。


それに、これは観終わってから疑問に思ったんですけど、なんで総北高校自転車競技部には顧問がいないんですか?インターハイ常連校に顧問がいないのっておかしくないですか?こういうところもサポーターの視点が希薄だなと思ってしまいます。プレイヤーだけで完結しているおかげで「広がり」が足りていないというのは、この映画だけで見れば決して悪いことではないのですが、高校部活もののマスターピースである『ちはやふる』と比べてしまうと、どうしても一枚落ちてしまう印象を受けてしまいました。




それと、最後にこれはどうしても言っておきたいのですが、この映画の締めのセリフが私は一番違和感を覚えました。「誰にだって輝ける場所はある」という言葉。とっても良い言葉なんですが、それを才能型主人公が言うかねぇと。それじゃ何も良いところのない凡人の私は立つ瀬がないですよ。思わず「ケッ」と思ってしまったので、ここはもうちょっと考えてほしかったなと正直思います。




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以上で感想は終了となります。映画『弱虫ペダル』。最後の方は『ちはやふる』との比較で、ちょっと悪く言ってしまいましたが、単品の映画としては良作であることは間違いありません。原作を知らない方でも楽しめるようになっているので、興味のある方はぜひ観てみてはいかがでしょうか。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 





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こんにちは。これです。今回のブログも映画の感想になります。


今回観た映画は『映画ドラえもん のび太の新恐竜』。毎年春休み恒例のドラえもん映画ですが、今年はコロナ禍の影響もあり、夏に延期に。観れなくてやきもきもしましたが、しかし、これが夏休みにぴったりの気持ちいい映画となっていたのだから驚きです。ドラえもん映画でも屈指の"夏"感がありました。


それでは、感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いします。



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―あらすじ―

のび恐竜博きょうりゅうはく化石かせき発掘はっくつ体験たいけんつけた1つの化石かせき絶対ぜったい恐竜きょうりゅうのたまごだ! としんじたのびが、ドラえもんのひみつ道具どうぐ“タイムふろしき”で化石かせきもと状態じょうたいもどすと…まれたのは双子ふたご恐竜きょうりゅう! しかも、未発見みはっけん新種しんしゅだった。

のびてちょっとたよりないキューと、おてんばなミュー。個性こせいちがいに苦労くろうしながら、おやのように愛情あいじょうたっぷりにそだてるのびだったが、やがて2ひき現代げんだいきていくには限界げんかいがきてしまう。

キューとミューをもと時代じだいかえすことを決心けっしんしたのびは、ドラえもんや仲間なかまたちとともに6600万年まんねんまえへと出発しゅっぱつ! キューやミューの仲間なかま恐竜きょうりゅうたちをさがたびがはじまった。

ドラえもんのひみつ道具どうぐ恐竜きょうりゅうたちのちからりながら、恐竜きょうりゅう足跡あしあとってすすむのびたちが辿󠄀たどいたのはなぞしま恐竜きょうりゅう絶滅ぜつめつしたとされる白亜紀はくあきける、キューとミュー、そしてのびたちの運命うんめいとは──!?

(『映画ドラえもん のび太の新恐竜』公式サイトより引用)





映画情報は公式サイトをご覧ください。












前作の『のび太の月面探査記』の後に流れた予告映像。そこには恐竜が映っていました。『のび太の恐竜』および『のび太の恐竜2006』が既にあるのに三本目は……と少し不安に思ったのですが、今作『のび太の新恐竜』は、そんな心配を吹き飛ばしてくれるような映画でした。今までの二作品とははっきりとした違いがあり、思うところがないわけではありませんが、多くの人が楽しめる良作であったと思います。


さて、結論から申し上げますと、『のび太の新恐竜』は主に3つの点で新しいドラえもん映画になっていると私は感じました。それは、


1.恐竜のCG作画
2.のび太たちが一見間違った行動を取ること
3.のび太が目に見える成長をする



という3点です。では、それをここから簡単に見ていきたいと思います。




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『のび太の新恐竜』。その導入はぶっちゃけて言えば、『のび太の恐竜』と大体同じです。博物館の恐竜博を訪れたのび太たち。レプリカのティラノサウルスにビビるのび太をスネ夫とジャイアンは笑います。化石を発掘するコーナーでもからかわれたのび太は、スネ夫たちに本物の恐竜を連れてくることを宣言します。もしできなかったら目でピーナッツを噛んでやるとも。のび太が恐竜の卵の化石を拾い、タイムふろしきで復元。生まれたのが双子の恐竜、キューとミューであることを除けば、ほとんど一緒と思われるかもしれません。


しかし、この映画では今までの二作と大きく異なっている部分があります。それは恐竜の描き方です。今回、恐竜はなんとCGで描かれています。特にオープニングは背景までCGで作り込まれ、まるで違う映画を観ているのではないかと驚いてしまうほど。未知の生き物であるという印象を与えてきて、迫力も大きく増しています。ここが今までとは大きく違う、というかドラえもん映画でも初めての試みではと思える部分で、これだけでも2020年に「恐竜」を描いた意味があったのではないかと。これは観なければ分かりませんね。


キューとミューを育てるのび太とドラえもん。『のび太の恐竜』の大きな魅力の一つとして、ピー助がかわいいということがありますが、今作のキューとミューも負けず劣らずのかわいさを発揮。好奇心旺盛で活発なミューは軽々と飛んだり、ひみつ道具の玉子を口に入れてしまったりとおてんばなかわいさを。少し臆病だけれど頑張り屋さんのキューは、慎重な姿勢と飛ぶために何度も練習を繰り返す健気なかわいさを。二匹を演じた釘宮理恵さんと遠藤綾さんの力もあって、観る者を惹きつけて放さないかわいさを振りまいていました。気に入らない人はそうそういないんじゃないかと思うほどです。お子さんも親御さんも楽しめますね。













※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。











育ったキューとミューは、のび太の部屋では飼うのが難しいほどの大きさになります。そこでドラえもんはひみつ道具のジオラマセット(正式な名前は失念)を出して、スモールライトでキューとミューを小さくし、そこで遊ばせます。ミューは簡単に飛べるようになる一方、キューは体が小さかったり、しっぽが短かったりして、なかなか飛べるようになりません。(ここで大事なところでキューが飛べるようになるんだなということは薄々分かってしまうのですが、しっかりとやってくれたので私は感動しました)


ここからが過去二作と違うところなんですが、この映画ってのび太の成長をも描いているんですよね。キューとミューの成長に被せる形で、のび太の学校生活が描かれていて。テストは3点、かけっこでは転倒とお決まりのダメっぷりを発揮していますが、その中でも何度も描かれたのが逆上がりができないということ。この映画はキューの飛翔とのび太の逆上がりを、両者が超えるべき壁として重ね合わせていて。キューと同時にのび太にもスポットライトが当たっているんですよね。ここまでのび太に光を当てるのって、全部のドラえもん映画を観ているわけじゃないんですけど、ありそうでなかったなと感じました。


さて、のび太はスネ夫たち三人にキューとミューを認めさせようとしますが、その過程でドラえもんのミスにより二匹の存在が近所にバレてしまいます。もう現代では二匹は暮らしていけないと、のび太は二匹を白亜紀に帰すことを決意。いつもの5人で白亜紀に向かいます。『のび太の恐竜』ならここで敵の妨害があったのですが今作ではなし。その代わり、のび太のせいで、5人はジュラ紀に着いてしまいます。


ジュラ紀で一悶着ありながらも、なんとか白亜紀に辿り着いた5人と二匹。キューとミューの仲間を探す旅に出かけます。CGの恐竜たちは迫力満点。プテラノドンの大群には懐かしさを覚え、タヌキと同化したドラえもんには笑わされます。


桃太郎印のきびだんごやキャンピングカプセルなどの『のび太の恐竜』に登場したひみつ道具は極力使わないという頑張りも覗かせつつ、5人は二匹と同じ種類の恐竜の足跡を辿って崖に到着します。ここで名前のない巨大翼竜に襲われ、飛べないキューは崖から落ち、助けようとしたのび太と一緒に海に落下してしまいます。


しかし、なんとか一命をとりとめたのび太とキューは謎の島に到着。そこではキューとミューの仲間の新恐竜たちが群れを作って暮らしていたのでした。すぐに馴染むミューとは対照的に、飛べないキューはなかなか仲間に入れてもらえません。爪でひっかかれるシーンは、こんな痛々しいシーンドラえもん映画で出すんだと思ってしまいましたね。




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話は変わるんですけど、この映画の予告には謎の猿や怪しそうに企む女性が登場しました。まあ明らかに敵と思わせているんですがこれはミスリード。実はこの二人はタイムパトロールだったんですよね(ネタバレ)。白亜紀末期に隕石が衝突して恐竜が絶滅する。その歴史を改変させないようにのび太たちを見張っていたんです。


『のび太の恐竜』にはじまり、けっこうな数のドラえもん映画は、止めるべき敵や悪役がのび太たちの前に立ちはだかりました。でも、『のび太の新恐竜』ではそういった悪役は登場しません。それどころか、のび太は絶滅する恐竜を救おうと、ある種の歴史改変さえ叫んでしまいます。いつもは止める側ののび太たちが、今回の映画では止められる側に回っているんです。正しくない、間違った行いをしようとしていると言ってもいいかもしれません。こういう間違った行いを堂々とするというのは、個人的にはなかなか新鮮でしたね。正しくないことしていいんだって。挑戦的とさえ思いました。


見ごたえのある隕石の落下や熱風のアニメーションが危機感を煽り、制限時間は一時間もありません。まあ言ってしまうと、丁寧に前振りしていた通り、窮地のところでキューは飛べるようになり、ピンチは救われるという展開が待っているんですが、ここで注目したいのが、のび太たちの行動ありきで歴史が作られていることなんですよね。


翼を広げて滑空する他の新恐竜に対し、キューは羽をはばたかせなければ飛ぶことはできません。でも、これが鳥類の先祖になっているんですよ。恐竜が鳥類に姿を変えて生き残っているという説は有名ですし、のび太たちがいなければ人類だって生まれていなかったかもしれないんです。少し変わった存在が、間違ったように思える行動が歴史を作る。帰ってきた後の電線に止まるスズメの描写が心憎いです。


予告編の「歴史は変えられないんだ!」というドラえもんのセリフが最高のフリになっていたことに、観終わった後気づきました。『のび太の恐竜』さえフリにしているようなこの解釈はけっこう新鮮で、正直観ている最中は受け止めきれなかったんですけど、今は好意的に捉えています。だってこれ以上ないくらい前向きなんですもの。









先ほど述べたように、この映画ではキューとのび太が似た存在として描かれています。周囲に馴染めず、能力も足りないストレンジャー。でも、キューが飛んだことに勇気づけられて、映画の最後ではのび太も逆上がりを成功させるんですよね。この逆上がりの出来ても何の役にも立たないところが最高で。踏み出す一歩は大きな一歩じゃなくてもいいんですよね。でも、一歩を踏み出したらその後の歴史も変わるわけで。入道雲が浮かぶエンディングは、図らずしも夏にぴったりの終わり方でした。


でも、初めて観たときはこの終わり方にも驚いたんですよね。「のび太、成長しちゃうんだ」って。そりゃ『のび太の恐竜』でも精神面での成長はありましたよ。でも、ここまで目に見える成長をするっていうのは年を取らないドラえもんのような作品では、あまり見られないじゃないですか。成長しないことが最大の特徴(もしくはしてもリセットされる)と言えると思います。


だから、主人公が未知の存在と出会って、なんだかんだありつつ、最後には成長するっていう単作夏休み映画のフォーマットを、ドラえもんでやるのってけっこう珍しいなって思ったんですよ。でも、ちゃんと感動しましたし、お子さんのみならず、大人の方にもエネルギーを与えていて、この新しい試みは成功していると感じました。ドラえもん映画の枠がまた一つ広がった瞬間を目にした幸福感が胸に残りましたし、私はこの映画好きです。




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以上、『のび太の新恐竜』の新しいポイントを主に3点に絞ってみてきました。どれをとっても「新」恐竜の看板に偽りなしの作品になっていると思いますし、今年のドラえもん映画もどなたでも楽しく観ることができます。コロナ禍で一席空けての鑑賞というのは、親子連れには不安な部分もあると思いますが、よろしければ映画館でご覧ください。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 





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こんにちは。これです。立て続けの投稿である今回のブログも映画の感想になります。


今回観た映画は『アルプススタンドのはしの方』。教室の隅で霞を食うような学生時代を過ごした私は、この映画の存在を知ってから観たいなと惹きつけられていたんですよね。松本でやってくれるということで遠路はるばる観に行きましたが、観終わってその甲斐があったなと感じました。かなり好きな映画でした。


それでは感想を始めます。拙い文章ですが、よろしくお願いします。



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ーあらすじー

高校野球・夏の甲子園一回戦。夢の舞台でスポットライトを浴びている選手たちを観客席の端っこから見つめる冴えない4人。「しょうがない」と最初から勝負を諦めていた演劇部の安田と田宮、ベンチウォーマーの矢野を馬鹿にする元野球部の藤野、エースの園田に密かに想いを寄せる宮下の4人だったが、それぞれの想いが交差し、先の読めない試合展開と共にいつしか熱を帯びていく……。

(映画『アルプススタンドのはしの方』公式サイトより引用)



映画情報は公式サイトをご覧ください。






※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。







元々は高校演劇が原作のこの映画。首都圏等の一部地域では1週間前の7月24日に公開。すると始まるやいなやSNSでは好評が相次ぎ、Filmarksでも初日満足度1位を獲得。元々観るつもりではあったのですが、あまりの評判の高さに期待も膨らんでいきました。


そして、観たところその高い期待を上回る映画となっていました。もう本当私は冴えない学生時代を過ごして、楽しいことと辛いことが1:9みたいな感じだったんですけど、この映画はそんな主役になることはできない者たちにスポットライトが当たっていて、そのあまりの眩しさに目がくらみ、思わず泣き出しそうになりました。私もこういった学生時代送りたかったなって。


舞台は甲子園球場。しかし、球児たちが熱戦を繰り広げるグラウンドではなく、アルプススタンドと呼ばれる観客席。それも華やかに見える吹奏楽部や悔しい気持ちを呑み込んで応援する野球部が陣取る中央ではなく、目立たない最上段の端っこです。


東入間高校の生徒全員が応援に駆り出されていて、それは今作のメインである安田藤野田宮宮下の4人も例外ではありませんでした。


安田と田宮は演劇部に所属していて、無理やり連れてこられたことに不満たらたらです。「野球部のヤツらはなんか偉そう」と敵対視までする始末。分かる…分かるぞ。その気持ち。私の学生時代も学校のグラウンドはほとんど野球部の独占状態だったからな…。野球部ってだけで何かのステータスを得たように振る舞うんだよアイツら…。


まあそれはさておき、この映画で安田を演じたのは小野莉奈さん、田宮を演じたのは西本まりんさんです。恥ずかしながら個人的に小野さんははじめまして。西本さんも『そうして私たちはプールに金魚を、』でうっすら観たことある程度でした。

でも観ていて、2人ともいい感じに諦めていて、冷めていて、でも仲が悪いわけではない微妙なムードはまさにディスイズ女子高生という感じでした。映画が進むにつれて熱くなるんですけど、そこもいきなり感はあまりなかったですしね。



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そして、その隣には元野球部の藤野がいます。彼はピッチャーでしたが、ライバルでエースである園田の壁は高く、途中で挫けて退部してしまったというキャラクターです。これも運動神経悪いのにサッカー部に入っていて、高2のときに辞めてしまった私からすれば他人事とは思えません。


彼を演じた平井亜門さんは嫉妬や羨望等々の感情がごちゃ混ぜになった藤野を、重くなりすぎないように丁寧に演じていた印象があります。イケメンなんですけど、爽やかすぎない雰囲気も好きでした。


また最上段で見守るのは帰宅部の宮下。学年でも成績がトップクラスという勉強家ですが、気弱で応援は全く得意ではない様子。燦燦と降り注ぐ太陽の下も似合わず、全員参加という名目の連れてこられた悲哀を立ち姿からしてまとっています。


個人的にはこれも分かってしまうかなぁ。私も勉強はできなくはなかったんですけど、勉強ができるよりも部活とかに熱中して友達がいっぱいいた方がいいだろみたいに腐ってましたから。宮下は辛うじて腐ってはいなかったですけど、演じた中村守里さんは周囲に溶け込めないオーラを放っていて、宮下というキャラクターにリアリティを加えていましたね。


さて、この4人は表舞台に立つこともできなければ、クラスの中心になることもできない、いわゆるその他大勢と言うことができるでしょう。グラウンドに立てる9人+αの野球部や、スタンドで注目を集める吹奏楽部とはまるで違います。選ばれなかった者たちとも言い換えてもいいかもしれません。


でも、実際学校や社会においては選ばれなかったその他大勢が大多数を占めているんですよね。そういった人たちが選ばれた、キラキラ輝いて見える人たちを前にしたときの反応は大きく分けて2つ自分とは違う世界の住人だからと諦めるか、俺や私の苦労をアイツらは分かってない、苦労している私の方が偉いんだと自分を守って慰めるかのどちらかだと思います。
 







この映画で登場した選ばれた者といえば、姿が映らない野球部の面々の他に、花形のトランペット担当で吹奏楽部長、さらに勉強も学年一位とまさに文武両道を地で行く久住でしょう。彼女はキラキラした存在で、いつもクラスの中心にいるようなキャラクター。演じた黒木ひかりさんはパッと見で分かる華と爽やかさがあり、これは人目を引くだろうなという久住の人物像に説得力を与えていました。


でも、そんな久住は久住で真ん中でいるためにそれなりの苦労と努力をしているんですよね。宮下にスポーツドリンクを渡すシーンにそのことが現れています。向こうから歩み寄ってくれているのに、宮下はそれを拒否する。それは勉強もできて、さらに吹奏楽部長も務める久住を認めてしまったら、勉強しかできない自分が惨めったらしく感じられてしまうと思ったのかもしれません。


また、藤野は下手くそでも野球を続けている矢野よりも途中で辞めた自分の方が正しいと正当化していますし、安田と田宮は部員がインフルエンザにかかってしまい、大会に出場できなかった経験から、どんなにがんばっても結果として実を結ばなければ意味がないと諦めてしまっています。4人は今の状況になったのは自分のせいじゃない、自分にはどうしようもない運命めいたもののせいだと自らに言い聞かせているように私には見えました。


しかし、それはグラウンドの上で戦っている野球部も同じ。一介の公立高校にすぎない東入間高校と違って、相手は甲子園の常連校。プロ注目の有望選手も抱えています。奇跡が起きない限り、東入間に勝ち目は薄い


でも、野球部が投げ出すかといえばそんなわけはないんですよね。相手は同じ高校生なんだからきっと勝てると信じて必死に戦う。この映画ではそんな彼らの姿はついぞ映されませんでしたけど、この映画に主役も脇役の境目なんてやいということを考えれば、意味のある演出だったと思います。




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野球部の姿を見てわずかに心を動かされていく4人。しかし、4人が決定的に変わるきっかけとなったのは、やはりこの映画の主役の1人ともいえる厚木先生の存在があったからでしょう。


この厚木先生は熱血を絵に描いたようようなキャラクター。みんなで一丸となって一つのことを成し遂げるという青春信仰に囚われ、乗り気でない4人も「精一杯声出せ」と迫ります。正直言ってうざったいことこの上ないキャラクターです。

それでも厚木先生だって選ばれなかったその他大勢に属しているので、憎むことなんてできるはずがありません。野球部の顧問をやりたかったのに、茶道部の顧問をしてますからね。彼を演じた目次立樹さんも純粋で悪気のない厚木先生を芯で捉えていて、同情も誘うキャラクターにしていましたしね。


厚木先生は必死に声を出しすぎて、喉を痛めてしまいます。それはもう血を吐くほど。でも、格上に立ち向かう野球部の姿や久住の心情の吐露、そして声を枯らす厚木先生などいくつもの熱情に当てられて少しずつ心動かされていく4人。


とどめに厚木先生の「しょうがないことなんてない」という言葉を聞いて、堰を切ったように安田が頑張れと声を上げる。この映画の最大の転換点で、もうここからは感動のラッシュでしたね。できうる限りの声を出して応援する4人には鳥肌が立ちました。








前述したように、安田と田宮は部員のインフルエンザにより大会に出ることができませんでした。演劇の大会は全国大会が翌年の夏に行われ、3年になる安田と田宮は出場できません。ラストチャンスを不可抗力によって2人は逃してしまったわけです。


しょうがないことだと自らに言い聞かせて納得していた2人。舞台に立てなければ意味がないと諦めていた2人。でも、安田は声を上げたわけですよ。舞台に上がれなくても、クラスの中心になれなくてもできることはあると。頑張れという声は誰にも止める権利はない。言うだけ自由だと。


そして、感動的なのがこの安田の声援によって野球部が息を吹き返しはじめるということです。少しできすぎ感はありますが、それでも安田の率直な気持ちが伝わったのだと感動しました。次々に声を上げる4人。この日一番の演奏をする吹奏楽部。それに呼応するように巻き返す野球部。


そこには一握りの選ばれし者とその他大勢という区別はなくなっています。モテモテの野球部のエースも、文武両道のキラキラ女子も、不可抗力に諦めかけていた4人も、うざいくらい熱血な先生も、みんな地続きで同じ空の下。画面にはうねるような一体感が生まれて、私はどんどんとスクリーンに引き寄せられていきました。


そして、「しょうがないことなんてない」という言葉を体現するかのように、ずっと補欠で藤野から下手くそと評される矢野がついに打席に立ちます。矢野に課せられたサインは送りバント。矢野は見事その指示を完遂し、間接的にですが東入間に1点をもたらしました。


この試合で東入間が挙げた得点は2点。もう一点は犠牲フライによるものです。この2点に共通するのは自らがアウトになってまで、チームに貢献したバッターの存在があったということ。胸を張れるような主役じゃなくても、その他大勢の一人に過ぎなくてもできることはあるというメッセージを伝えてくれているように私には感じました。とても優しいメッセージで励まされた思いがします。



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この映画では、ラストシーンでも4人は注目されるような人物にはなっていません。だからといってそれが何だっていうんですか。地味でも輝けなくてもいいじゃないか。あの夏の日の出来事は4人に確かな変化をもたらし、私自身のつまらない過去ですらちょっと救われました。


私は胸がすくような、世界が開けたような気持ちで映画館を後にすることができましたし、ぜひとも多くの方に観ていただきたい映画だと心から感じました。秀作であり、快作です。



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以上で感想は終了となります。映画『アルプススタンドのはしの方』、輝かしい学生時代を送れなかったその他大勢の人を元気づけるような映画でした。眩しくて清々しいです。85分と上映時間もコンパクトですし、よろしければ十分注意した上で、映画館でご覧ください。お勧めです。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい





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