Subhuman

ものすごく薄くて、ありえないほど浅いブログ。 Twitter → @Ritalin_203



こんにちは。11月24日、第二十九回文学フリマに参加させていただくこれです。ただいま頒布予定の四冊のうち二冊を入稿。あと三週間できる限り頑張ります。


さて、それはそれとして今回のブログも映画の感想になります。今回観た映画は『閉鎖病棟―それぞれの朝―』。箒木蓬生さん原作の、実は長野を舞台にした映画です。だからかは分かりませんが、地元の小劇場でも上映していたので、ていよく観に行ってきました。


では、感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いします。




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―目次―

・キャストはいいけど、話がきつい
・あの病院はまるで「塀のない刑務所」のよう
・最後の着地に疑問





―あらすじ―


長野県のとある精神病院。
死刑執行が失敗し生きながらえた秀丸(笑福亭鶴瓶)。
幻聴に悩まされるチュウさん(綾野剛)。
DVが原因で入院する由紀(小松菜奈)。
三人は家族や世間から遠ざけられながらも心を通い合わせる。
彼らの日常に影を落とす衝撃的な事件はなぜ起きたのか。
それでも「今」を生きていく理由とはなにか。
法廷で明かされる真実が、こわれそうな人生を夜明けへと導く――。

(映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』公式サイトより引用)


映画情報は公式サイトをご覧ください。




※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。












・キャストはいいけど、話がきつい


最初に、この映画は、長野県の精神病院を舞台に、入院患者の生活と再起の様子を描いています。彼ら彼女らは精神病を抱え、坂の上にある病院で暮らしています。正直、最初に『閉鎖病棟』というタイトルを見たときには、ホラーかサスペンスかな?と思いましたが、蓋を開けてみればヒューマンドラマでしたね。患者さんたちの生活に重点を置いた。


閉ざされた病院で暮らす患者さんたち。しかし、その雰囲気は必ずしも悪くなく、一つのコミュニティが出来上がっているようにすら見えます。その中で暮らす秀丸は元死刑囚。趣味の陶芸にいそしんでいます。この秀丸を演じたのが笑福亭鶴瓶さん。穏やかで含蓄のある雰囲気が印象的でしたね。人を思いやる心に溢れているというか。でも、その一方で狂気的な一面ものぞかせていて。母親を殺したときの「もう世話する人おらへんなぁ」のサイコ感がなかなか強くてよかったです。


続いて、患者の一人で、幻聴に苦しむチュウさんを演じたのは綾野剛さん。やるせなく儚い空気が、人生上手くいっていない感を印象づけていました。幻聴のときの演技は迫真のものでしたし、全体的に諦めていたんですけど、終盤になって再起していく中で、目線に力が宿っていったのが個人的には好きでした。『楽園』もそうでしたけど、綾野さんは影のある役が似合いますね。


そんな彼ら彼女らの病院での日々は、少しの不穏を抱えつつ、つつがなく過ぎていきます。そこにやってきたのが女子高生の由紀。父親からDVを受けていて、心を閉ざしている彼女を演じたのは小松菜奈さん。長身で持ち前の存在感は言葉が無くても人をひきつけますし、徐々に心を開いていく過程も抑え目の演技で表現していました。物語の途中から病院に入る由紀は、いわば観客の目線でもあるので、結構な重役だと思いますが、見事に役割を果たしていましたね。深夜の絶叫も良きです。あと個人的には髪が短い方が好きでした。


ただ、ちょっと気になったんですけど、由紀だけ服装変わりすぎてません?入院患者ってあんなに頻繁に服装変わるものじゃないと思うんですが。服を持ち込んでいる描写もないですし。まぁみんな複数パターンの服を持っているのかもしれないですけど、それにしては殺された男の服はずっと変わらず紫のままですし。他にも気になったことは、いろいろあったんですけど、まずここが一つ気がかりでした。




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さて、最初は固く心を閉ざしていた由紀。それでも、秀丸やチュウさんとの交流で徐々に心を開いていき、喋ることができるようになります。カメラ小僧をはじめとした他の患者の様子もこの映画では描かれていて、隔離された人々にも生活やコミュニティはあるんだなと感じられます。特に外出許可を得て、秀丸、チュウさん、由紀、カメラ小僧の4人が街に繰り出すシーンは、なんか青春!みたいな感じがありました。紫の男の嫌な感じはありましたが、それもコミュニティにはよくあることでしょう。まぁ彼ら彼女らの生活は、観ていてあまり良いものではありませんでしたけどね。


ただ、あらすじを見て、この後殺人事件が起こるのは分かっていたので、それを考えると展開が少し冗長かなという感じはしました。事件が起こった後の患者さんたちの揺れ動きがメインなのかなとおもいましたが、そちらはあまり描かれず。描かれるのは事件が起こる前の病院での日々がメインでした。それでも、なかなか話が進まない。回想中は話が動かないというのもありますが、一番の疑問はあんなにカラオケシーン要る?ということです。一曲分は短くできたんじゃないかなぁと。必要なシーンですが、3曲も歌われると流石にダレるので、ここは結構きつかったですね。


それに、殺人事件が起こってからの展開がよりきつい。由紀を強姦した紫の男を秀丸が殺すというのが事件のいきさつなんですけど、ここからの何が大変かってもう病院関係なくなっちゃったこと。それまでは三人が病院で居場所を見つけたみたいな展開だったのに、事件が起こるやいなやチュウさんは退院して、せっかくの居場所を失ってしまっているんですよね。まぁずっと入院しているわけにもいかないので仕方ないんですけど、病院内での展開が嫌いじゃなかった私は、少し心が離れてしまいました。


それに、強姦の被害を受けた由紀が、結構放置されていたのも個人的には辛かったです。由紀のその後はなかなか明かされないんですよね。チュウさんの話の最中も「いや由紀は?」とずっと思っていて、あまり集中できなかったのが少しきつかったです。でもって、再登場した裁判のシーンもですね、なんか邦画の悪いところ出てると思うんですよ。裁判シーンで涙目に思いを語るの過剰演出だなって。あれじゃ証言が有力な根拠にはならなくないですか。もう少し淡々と答えた方がよかったのではないでしょうか。


あと、終わり方も「え?これで終わり?」となるような、唐突な終わり方でしたし(シーンのチョイス自体は間違ってないと思うけど)、個人的には事件が起こった後よりも、事件が起こる前の方が面白かったですね。そういう意味ではわりと希有な映画な気がします。




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・あの病院はまるで「塀のない刑務所」のよう


思うに、後半がハマらなかった一番の要因となったのが、回想シーンでの由紀が普通に外を出歩いていることではないかと。外出は一応許可制なのに、あんな簡単に外に出られてしまって、管理体制どうなってるんだと突っ込まずにはいられません。というかこの病院、全体的に緩いんですよね。外出の際も職員がついていく様子はありませんし(単に人手不足かもしれない)、おばさんの虚言を見過ごして外出させて、結果的に死なせてしまっていますし。それに部屋も管理されていませんし、こういうとアレなんですけど、ぶっちゃけあの病院って自殺しようと思えば、いつでもできる状態だと思うんですよ。一応精神科の病院で、そういったリスクを人一倍背負っている人たちを抱えているからには、もっときちっとした方がいいんじゃないかとは思います。


ただ、これにはちゃんと理由がありまして。それは患者さんの人権の保障なんですよね。あまり厳しくすると刑務所になっちゃいますから。なんかの本で読んだんですけど、刑罰って受刑者から様々なものを剥奪するものなんですよね。仕事を剥奪し、収入を剥奪し、居住権を剥奪する。収監された状態は自由の剥奪でもあるでしょう。そして、これは入院患者さんたちにも言えると思います。彼らは、住む場所を追われて、収入もありません。閉じ込められて、隔離されているという意味では、あの病院の状況は刑務所とさほど変わらないと言えるのではないでしょうか。端的に言えば、あの病院って「塀のない刑務所」だと思うんです。


だって、これ分かる人少ないでしょうし、協力してくださった病院にも失礼なんですけど、そもそもあの病院の外観自体が刑務所っぽいんですよ。あの平たい造りが長野刑務所っぽいなと。あと、陶芸を作る小屋。あれと似たような小屋、実際に長野刑務所にありますからね。いや、入ったわけじゃないですよ。先月に矯正展があったので、そこに行ってきただけです。でも、その第一印象で、刑務所だここ!と思ってしまったのは、映画を観るうえでかなり大きかったですね。患者さんたちの生活が、受刑者の生活に見えてしまったのが、個人的には辛く感じました。


また、患者さんたちは病院でつつがなく暮らしていますが、決して病院での暮らしを気に入っているわけではありません。常に退院したいと思っています。それは旗振り男にしてもそうですし、前述した虚言おばさんが亡くなったときに、自分たちもこのまま死んでしまうのではないかと、分かりやすくパニックに陥っていたのもそうです。私は昔二週間ぐらい入院したことがありますし、実際入院してみると思うんですが、「なんで自分はこんなところにいるんだろう」ってなるんですよね。もちろん感謝はしていますけど。二週間の私ですらそうでしたから、長く入院している人は外に出たくて出たくてしょうがないと思うんです。受刑者の方も早く出所したいと思っている方が多そうですし、このあたりも共通しているのかなと感じます。


ただ、精神科病院は当たり前ですが、刑務所ではありません。だからこそ、規制を緩くし、患者さんの意志をある程度は尊重しています。まあそれにしても屋上の柵のなさや、危険性の高い陶芸を許可していることは看過できませんけどね。でも、ある程度の自由は保障されています。加えて、今作での病院と刑務所には大きな違いが二つあります。まず一つが、ゴールの有無。受刑者は多くの場合刑期が分かっていて、ゴールが見えているのに対し、患者さんたちはどれほど入院するかも分かっておらず、ゴールが見えていません。このゴールの有無が患者さんたちを不安にさせて、不穏な空気を生み出していました。



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・最後の着地に疑問



そしてもう一つ。こちらがより重要なのですが、自責かどうかということです。冤罪などの場合を除いて、受刑者は自らの罪で服役していますし、それは納得をせざるを得ないものでもあります。しかし、患者さんの精神病は自らのせいではありません。精神病は自分のものですが、その発病には遺伝的要因や環境的要因が大きなウェイトを占めている場合も多々あります。発病したくて発病した人はいないはずです。自分でも苦しんでいるというのに治療のために隔離されるのは、自分のせいだと分かっていても納得しがたい方が多いように、この映画では思えました。


この映画の主役、秀丸、チュウさん、由紀は半ば厄介払いのような扱いを受けて、入院しています。居場所を奪われています。懲役も、犯罪を犯した人を隔離するのは一種、健全な(そうあるべき)社会からの厄介払いな面もありますし、それは介護等においてもそうでしょう。介護施設等に預けるのは、本人のためだとは言っていても、預けたことで自らの負担が軽減されたというのは、多くの方によって偽らざる本音だと思います。


実は私もですね、自分が厄介払いされてもおかしくない存在だとは常々思っているんですよ。何の生産性もないし、役に立たないし。人と喋れなくて、話題も思いつかなくて、頭がおかしい。実際、診断名もちゃんとありますし、それを口実に隔離されてもあんまり不思議ではないなーみたいに思っているんですよね。なので、患者さんたちの境遇には結構共感するものがあったんですよ。病院は理想じゃないけれど、この世の終わりでもなくて、厄介払いされた人にもちゃんと生活があって生きていけるみたいに観て安心した面もあったんですね。


だからこそ、前半は観るのが辛かったり、冗長だったりもしたんですが好きでしたし、厄介払いされて生きる希望を失くしていた人たちが、同じ境遇の人たちとの交流を通じて再び立ち上がっていくという展開に勇気を貰うことができました。それだけに、後半、特に裁判が終わった後の秀丸にチュウさんが言ったセリフが受け入れ難かったかなと。


なぜなら、チュウさんが「俺、退院したよ!」って何度も叫ぶんですよね。それは、秀丸を勇気づけるためでもありますし、自らの前進を確認する行為でもあるんですが、ちょっと病院をないがしろにし過ぎかなと。まるで病院がいちゃいけないところみたいじゃないですか。いや、本人たちにとっては痛くないところなんでしょうし、社会生活への憧れや義務感もあるんでしょうが、このセリフ、自らの居場所だった病院をばっさり切り捨ててしまっているように感じてしまったんですよね。


チュウさんは自ら退院していますし、彼にとっても病院はいたくなかったところなのでしょう。あたかも刑務所のように。看護師さんに「いつでも戻ってきていいのよ」と言われても、本音は「もう戻りたくない」でしょうし。それがあの叫びに乗せられていたと私は受け取ってしまいました。社会に居場所を求めることは間違いなく正しいことですが、病院を否定して患者さんたちとの関係までも捨ててしまう必要はあったのかなと、感じてしまいました。


なので、『閉鎖病棟―それぞれの朝―』は、描かれていることはこの上なく好きなんですけど、看過できないツッコミどころと最後の着地が気がかりで、いくつか疑問も残ってしまう映画となりました。一言で言うと惜しいですね。でも、全く悪い映画ではないので、興味のある方はご覧になってみてください。




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以上で感想は終了となります。『閉鎖病棟―それぞれの朝―』、ツッコミどころは多数あるものの、少なくない人数に受け入れられそうな映画です。機会があれば観てみるのもいいのではないでしょうか。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 


閉鎖病棟 (新潮文庫)
帚木 蓬生
新潮社
1997-04-25



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こんにちは。これです。今回は、まず最初に告知があります。


この度、私これは11月24日(日)、東京流通センター第一展示場で開催される第二十九回文学フリマ東京に参加させていただくことになりました。『あの広い屋上に花束を』、『柘榴と二本の電波塔』、他一編(タイトル未定)の中編小説三作と、それらをまとめ、さらに書き下ろし短編を収録した作品集(タイトル未定)の計四冊を頒布させていただきます。ブース番号オ-36、「胡麻ドレッシングは裏切らない」という謎のサークル名で頑張ります。ただ今加筆修正中。詳細はこちらのWebカタログをご覧ください。当日は何卒よろしくお願いいたします。


さて、告知も終わったところで、いつものブログに参りましょう。今回のブログも映画の感想です。今回観た映画は、『IT イット THE END/"それ"が見えたら、終わり。』。ホラー映画歴代興行収入No.1を記録した『IT イット/"それ"が見えたら、終わり。』の続編です。前作はホラー映画ながら、青春物語としての色も強く、好きな映画だったので、CHAPTER ONEの文字を見た時から楽しみにしていた映画です。ちなみに前作の感想は、私が初めて書いた映画の感想でもあります。


その意味でも楽しみだった一作。では、これから感想を始めたいと思います。拙い文章ですが、よろしくお願いいたします。




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―目次―

・続編になって、恐怖がパワーアップ!
・27年前のペニーワイズ退治は、ルーザーズにとっての青春だった
・その青春との決別





―あらすじ―

子供が消える町に、"それ"は現れる。

小さな田舎町で再び起きた、連続児童失踪事件。
幼少時代、"それ"の恐怖から生き延びたルーザーズ・クラブの仲間たちは、27年前に固く誓い合った〈約束〉を果たすために町に戻ることを決意する。
だが、"それ"はより変幻自在に姿を変え、彼らを追い詰めていくのだった……。

なぜ、その町では子供が消えるのか?
なぜ、事件は27年周期で起きるのか?
"それ"の正体と目的とは?

果たして、すべてを終わらせることができるのか!?


(映画『IT イット THE END/"それ"が見えたら、終わり。』公式サイトより引用)




映画情報は公式サイトをご覧ください。











※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。










・続編になって、恐怖がパワーアップ!


この映画は、いきなり前作のラストシーンから幕を開けます。ルーザーズの7人が、「それ」(=ペニーワイズ)がまた現れたら、ここに戻って来ようと草原で誓うシーンです。前作を見ている人なら、オッとなって引き込まれること請け合いですし、前作を見ていない人もその後のシーンと合わせて、話の大体の筋を理解できる親切設計になっていました。


舞台は27年後に移り、遊園地に人が集まっています。遊園地を楽しむ同性愛者のカップルでしたが、不良にリンチに遭い、一人が橋から川に投げ落とされてしまいます。この投げ落とされた人、名前をエイドリアンというので、彼氏がエイドリアーン!と叫ぶシーンは『ロッキー』を彷彿とさせましたよね。溺れるエイドリアンでしたが、ペニーワイズに抱えられ、一度は助かります。その後ガブリといかれていましたが。そして、これでもかと赤い風船が飛びまくり、タイトルが映し出されました。


ペニーワイズの出現を知ったマイクは、ビル、ベバリー、リッチー、ベン、エディ、スタンリーといったかつてのルーザーズを招集。27年経ったルーザーズはそれぞれ立派な大人になっていました。ベバリーの相変わらずの男運の悪さと、シュッとしたベンには思わず笑ってしまうほどでしたけどね。あとリッチーは良くも悪くも全く変わっていませんでした。


中華料理屋で再集合するルーザーズ。久々の顔合わせに話が弾む姿は、まさに同窓会という趣でした。いや、行ったことないけど。しかし、話が「それ」の話題になると空気が一変。誰しもが、「それ」のことをそんなに覚えておらず、さらにスタンリーはマイクの招集に応じてはいません。フォーチューンクッキーが不吉なメッセージを浮かび上がらせ、さらに、赤ちゃんの顔や目玉に足が生えて動き出すなど、ペニーワイズから最初の洗礼を浴びます


なんとかして中華料理屋を出ると、電話でスタンリーが昨日、死んだことがルーザーズに知らされます。仲たがいするルーザーズ。しかし、ビルとマイクはペニーワイズをやっつける方法を知ります。それは先住民のスピリチュアルな儀式で、ペニーワイズを箱に封印するというものでした。まさかのジャパニーズ魔封波方式です。


しかし、マイクが言うには、ペニーワイズを封じ込めるには、それぞれの思い出の品が必要となるとのこと。ここからスタンリーを除く6人が、それぞれの思い出の品探しに赴きます。記憶を辿る6人。この映画はその6人のシーンをカットすることなく、全て映し出すので、ここがこの映画の169分という長い上映時間の主な原因を占めていたと考えられます。でも、私はこれをあまり長くは感じなかったんですよね。




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その最大の理由は、ペニーワイズによる脅かしのバリエーションの豊富さでしょう。前作に比べ尺が長い分、ホラーシーンの物量が単純に多かったのもありますが、今作のペニーワイズは、怖がらせるために様々なテクニックを駆使。カタカタと近づくのは当然のこと、わざと弱った振りを見せ、相手を近づけてみたり、周囲の人をも巻き込んで追い詰めてみたり。目を開けたら近くにいる、振り向いたら真後ろにいるなどの王道の演出だけでなく、こういった変化球も混ざてきていたので、最後まで新鮮なまま観ることができました。特に鏡の迷路のシーンは怖かったですよね。あそこカメラが頻繁に切り替わって緊張感がありました。


それに、この映画の脅かしはペニーワイズだけに頼っていなくて。ゾンビや死体、顔からタカアシガニみたいな足が生えたクリーチャーや殺人鬼、地形攻撃に心理攻撃など、「それ」は様々な形に姿を変えルーザーズを追い詰めます。特にCGを駆使した気持ち悪いクリーチャーのバリエーションの豊富さには目を見張るものがありました。個人的にはエディのシーンの病原菌ゾンビが好きでした。おどおどしさという面では、この映画でも1,2を争う出来だったと思います。


それに、俳優さんたちの力も大きいですよね。この映画の特徴って子供が怖がっているよりも、分別のついた大人が怖がっていることなんですよね。ほら、子供の方が感情を表出しやすいですし、私たちも未来ある存在が奪われるのは嫌なので、ホラー映画って被害者は若い人になりがちじゃないですか。でも、この映画は被害者を40台の大人に設定していて。そのハンディキャップは大きかったと思うんですけど、俳優さんたちの恐怖の演技は本当に迫真のもので、説得力があり「それ」やペニーワイズの恐怖をダイレクトに伝えていましたリッチーが個人的には一番好きでしたかね。最後泣かされそうになりました。


また、観ていて大きいと感じたのが編集の力です。この映画ってシームレスな場面転換が多かったじゃないですか。星空をパズルピースに見立てたり、血の滴りを繋げたり、大人からカメラが外れた次の瞬間には、子供のシーンになっていたり。とにかくシーンごとの移行がスムーズだったんですよね。そこで引っかからずに観ることができたのは大きいと思います。大人のシーンの要所要所で、子供のシーンを挟む構成もテンポが良かったですしね。飽きずに観られました。




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・27年前のペニーワイズ退治は、ルーザーズにとっての青春だった


さて、思い出の品を探す6人。それは、自らのトラウマと向き合う作業をも意味していました。前作で、「それ」は各キャラクターが一番恐れるものに、姿を変えて現れてきました。それは大人になるためには越えなければならないハードル。前作は、そのハードルに立ち向かうルーザーズの青春物語とも言うことができると、個人的には考えています。


そして、この映画ではそのルーザーズのトラウマが掘り起こされます。ビバリーの父親は相変わらず怖いですし、ベンは体型をとやかく言われることを気にして、リッチーは秘密を誰にも言えないでいました。前作では、最後ペニーワイズが何者かに引きずり込まれるという結末でしたし、ルーザーズはペニーワイズを、大人になるためのハードルを乗り越えることができていません。その意味でルーザーズは10代に、青春時代の中に取り残されていたと言えないでしょうか。青春は過ぎ去ってから青春だったと気づくものだとするならば、彼らが「それ」をあまり覚えていなかったのは、まだ青春の中にいてそれを自覚できていなかったということができるのではないでしょうか。


思えば、ペニーワイズ退治は、ルーザーズにとっては悪夢でありながらも、間違いなく青春でもありました。だって、ルーザーズという仲間ができたのですから。それに前作では誰も死んでいません。なので、27年前のペニーワイズ退治は、恐怖の思い出よりも、それに関連した楽しい思い出の方が勝ってしまったと私は考えます。


この映画で、過去のスタンリーが成人の儀式の際に「いい思い出は忘れてしまうけど、悪い思い出はなかなか忘れられない」という趣旨の発言をしていたけれど、まさにこの通りだと思うんです。スタンリーは、一応は形式上区切られて大人になったので、境目がない他のルーザーズとは一線を画しています。なので、スタンリーはもう「大人」で、ルーザーズでの日々は青春だったと振り返ることができてしまったのでしょう。そこで、ペニーワイズの恐怖の記憶ばかりが呼び起こされ、自殺してしまったのだと思います。


そして、それはバワーズにも言えることでした。バワーズは父親を殺したという悪い思い出があり、服役中は否応なく、それを思い出させます。そのまま年を重ねてしまって、悪い思い出を引きずったまま。バワーズにとっての10代は、ルーザーズと違って悪いものなんですよね。で、ずっとその中にいたため、風船を見てしまって、また安易に全員ぶっ殺すとなってしまったのではないでしょうか。




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・その青春との決別


そんな青春の中に取り残されたルーザーズたち。彼らは年齢を重ねていますが、内面はそれほど変化していません。だからこそ、同じハードルにぶち当たったのでしょう。ただ、彼らが年齢を重ねてしまったことで、相対的にペニーワイズの立場は変化していると感じました。


前作でのペニーワイズは、ベバリーの父親や、スタンリーの肖像画など、どちらかというと未来を縛るものだったと感じます。ビルのジョージの失踪や、マイクの両親の焼死など過去の事件もありますが、それも心に影を落として、自己の変容を制限するという意味では未来を縛るものであると言えると私は考えています。


一方、今作のペニーワイズ。見せるトラウマの内容は前作と一緒ですが、前作と違って、ベバリーの父親は亡くなり、ベンは痩せています。直接的なトラウマは、そこにはもう存在していません。彼らが年を重ねたことで、変わらないペニーワイズは相対的に未来を縛るものから、過去を想起させるものへと変化していたのではないでしょうか。また、前述したようにペニーワイズ退治は、どちらかというとルーザーズにとっては楽しい思い出。青春の一ページです。今作のペニーワイズはそんな楽しかった思い出の具現化。ルーザーズの拠り所。いわば、青春の残滓であると私は感じました。


青春時代の思い出は美化されがちで、また再び味わいたいと思う人もいるかもしれません。私は戻りたいとはこれっぽちも思いませんが(昔は昔で辛いし、今は今で大変)、戻ってみたいという人も少なからずいるのではないでしょうか。今作のペニーワイズも、あの頃に戻らないかとルーザーズに手招きします。ずっと人生のいい場面だけを繰り返していられたら、どんなに幸せなことでしょう。


ですが、知っての通り、一度過ぎてしまった青春は二度と訪れることはありません。「大人」になるためには、どこかで青春と決別しなければ、青春を終わらせなければならないのです。良い体験だけではなく、悪い体験もしなければならないのです。映画終盤に正体を現したペニーワイズ。青春の残滓たる彼の姿は、鋭利な節足が不気味なとても醜いクリーチャーでした。そして、「やったか!?」→「やってない!」と、エディが刺されて重傷を負ってしまいます。27年前に戻りたいと思うことは、とても致命的なことであることが示されていると感じます。


しかし、ルーザーズは映画終盤、それぞれの過去のトラウマを乗り越える姿を見せます。ベバリーは父親の所有物ではないと宣言し、ビルはジョージを殺してしまったという自責の念から解放されます。それは大人になるためのハードルを各自がようやく乗り越えたという描写であり、青春を過去のものとして見ることができるようになった瞬間のように、私には思えます。


再び、ペニーワイズと対面したルーザーズは既に5人。彼らが編み出した解決策は、ペニーワイズを小さな存在だと自覚させること。彼らはペニーワイズに「小心者」だの「ただのピエロ」だのありったけの言葉をぶつけます。戻りたくないかと手招きする青春の残滓たるペニーワイズは、ただのピエロ、道化でしかないと。それは、彼らが自分自身に言い聞かせているようにさえ、感じられました。




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四十歳は青春の老年であり、五十歳は老年の青春である」とは西洋のことわざです。ルーザーズは2人の犠牲を払いながらも、ペニーワイズを倒すことに成功しました。それは彼らが青春と決別したということを表していると考えられます。27年前と違って、ペニーワイズを倒したことを覚えているルーザーズ。それは彼らが、青春をもう過ぎ去ったものとして認識したことの表れではないでしょうか。それは、スタンリーとエディが死んだという悲しい思い出とともに、彼らの心に記憶されています。


それでも、彼らの人生は続いていきます。ビルは仕事の調子を取り戻し、ベバリーは夫と歩み寄る。マイクは、27年以上自分を縛り続けたデリーから旅立ちます。きっと彼らには、大人になったことに対する祝福、「老年の青春」が待ち受けていることでしょう。『IT イット THE END/"それ"が見えたら、終わり。』は、ルーザーズが27年前から続いていた青春を終わらせて、「大人」として新たな人生を生き始める映画であると私は感じました。前作以上の爽やかな終わり方で、ホラー映画にもかかわらず後味は良好です。前作を観ていなくても楽しむことができると思うので、よろしければ映画館でご覧ください。



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以上で感想は終了となります。『IT イット THE END/"それ"が見えたら、終わり。』。前作の続編としては、ほぼ完璧に近い内容だと思います。機会があれば、ぜひどうぞ。オススメです。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 





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こんにちは。これです。今回のブログも映画の感想です。今回観た映画は『ジェミニマン』。ウィル・スミスvsウィル・スミスの近未来SF映画です。アクションが主体で見る前からNot for meな感じはしていましたが果たして……。


では、感想を始めたいと思います。拙い文章ですが、よろしくお願いいたします。




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―目次―


・アクションやキャストはいい
・ストーリーが普通すぎるのがまずい





―あらすじ―

引退を決意した伝説的スナイパーのヘンリー(ウィル・スミス)は、政府に依頼されたミッションを遂行中に何者かに襲撃される。
自分のあらゆる動きが把握され、神出鬼没な暗殺者に翻弄されるヘンリーだったが、その正体が秘密裏に創られた"若い自分自身"のクローンだという驚愕の事実に辿り着く。
なぜ自分のクローンが創られたのか?なぜ彼と戦わなければならないのか?謎の組織"ジェミニ"とは…?
ヘンリーの監視役として潜入捜査を行っていたアメリカ国防情報局のダニー(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)も、暗殺者の正体を突き止め、ヘンリーと共に"ジェミニ"の陰謀に立ち向かうことを決意。
追われる身となった2人は、謎の核心に迫っていく――。
"経験"と"若さ"のどちらが有利なのか?そして、ヘンリーが最後に下す究極の選択とは…!?

(映画『ジェミニマン』リーフレットより引用)















※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。









・アクションやキャストはいい


この映画を観終わったとき、私の頭にはある一つの言葉が浮かびました。それは普通です。この映画普通すぎるんですよ。


いや、アクションシーンは非凡なんですよ。ヘンリーとクローンのヘンリー、通称〈ジュニア〉が最初に撃ち合うシーンからカメラはガンガン動いて臨場感たっぷり。手投げ弾を銃で撃ち返すのには唸りました。そして、そこからのバイクチェイスは、街中でのアクションで、〈ジュニア〉が徐々にヘンリーを追い詰めていく緊張感もあり、手に汗握ります。バイクの後輪で、人って殴れるんですね。とても痛そう。〈ジュニア〉のバイク捌きは見事で、ここまでバイクを有効にアクションに取り入れた映画ってあまりないんじゃないかと思わされます。この映画の最大の見どころで、後の展開の期待も高まりましたね。終わってみたら正直ここがピークだった感は否めませんけど。


でも、その後のシーンがシンプルな殴り合いっていうのがまたいいんですよね。ブタペストの強制収容所を舞台にしていて、不気味な感じがありますし、ヒロインのダニーのピンチに颯爽と駆け付けたヘンリーはかっこよかった。経験を見せつけて面目躍如ですが、そこから感情をむき出しにした殴り合いになるのがいいんですよ。開放感のあった最初のシーンと違って、どちらが優勢かも分からないほど薄暗くて、閉鎖的。そのギャップが良かったですね。


さらに、最後の銃撃戦。マシンガンの雨あられで、店内が荒らされていく様子は圧倒されますし、そこからヘンリーとダニーが銃を握って、敵をバッタバッタとなぎ倒していく様が決まっていました。ダニーみたいな女性がごつい銃をぶっ放すのっていいですよね。まあどうして死なないんだろうというご都合はバリバリに感じましたけど、それを言ってしまったらおしまいでしょう。この三シーンとも臨場感はたっぷりで、この映画の一番のセールスポイントになっていました。3Dで見たらより凄かったんだろうなぁ。




それに、CG技術も凄くて。この映画って51歳のウィル・スミスと、23歳のウィル・スミスが共演しているんですけど、当然23歳のウィル・スミスはCGなんですよね。まず普通にウィル・スミスに演技させておいて、そっから顔のシワを修正し、体型を修正し、その他細かい部分まで修正して。さらにそれをアクションを支えるスピーディーな動きやカメラワークに対応させなければならない。どれだけの作業量なんだと途方に暮れてしまいそうです。でも、それを最新技術(詳しくは分からない)で可能にしていて、ウィル・スミスの全く異なる演技と合わせて、目を見張るものがありましたね。


この映画のウィル・スミスは、まあ凄いのは説明不要なんですけど、23歳のどうしようもない若さを存分に押し出していたのが個人的には好きで。本当、〈ジュニア〉の世の中を知らない子供っぽさたらなかったですからね。でも、それは引退間近のヘンリーにも共通していて、これからどうしていけばいいのか迷っている様子が感じ取れました。


また、ヒロインのダニーを演じたのは、メアリー・エリザベス・ウィンテッド。黒髪でコケティッシュで洗練されていて。まあ単純にタイプでした。今年観た洋画の中でも一二を争うぐらいには。足を引っ張っていないのが好感が持てます。


あとは、仲間のパイロットを演じたベネディクト・ウォンですかね。ガタイのいいアジア系で、戸惑うときに細めた目が印象的です。恥を忍んで言いますけど、私ずっとマ・ドンソクだと思って観ていたんですよね。『新感染』や『神と共に』の。あと『邦キチ!映子さん』でもおなじみの。でも、私はあまりマ・ドンソクの出ている映画を観たことが無くて。で、現れたときにテンションが上がったんですよ。ああこの人がマ・ドンソクなんだって。




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(ベネディクト・ウォン)


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(マ・ドンソク)




で、そこからはマ・ドンソクっぽい人の一挙手一投足に目を奪われていて。だらだらサッカーを見るマ・ドンソクっぽい人、歌いながらノリノリで飛行機を操縦するマ・ドンソクっぽい人。話についていけず戸惑うマ・ドンソクっぽい人。お亡くなりになられたときには合掌しましたもん。さらば、マ・ドンソクっぽい人って。


映画も終盤になって「マ・ドンソクっぽい人に持ってかれたわー」みたいな感想を書こうとも思ったんですけど、エンドロールを見たらなんと別人ではないですか。調べてみたらベネディクト・ウォンも『アベンジャーズ』に出演するくらいの著名な俳優さんで。ただただ私の無知を思い知らされた形になりました。まぁベネディクト・ウォンはベネディクト・ウォンで愛くるしかったからいいんですけどね


とにかく、このスリーマンセルは魅力十分、アクションも凝っていて視覚的には楽しかったんですが、ただそれを打ち消してしまうだけのストーリーのまずさがこの映画にはありました。本当に普通すぎたんです。




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・ストーリーが普通すぎるのがまずい


まず、ヘンリーは殺しに迷いが出てきて引退しようとします。それを狙う怪しげな黒幕の動きを、この映画は親切にもすべて説明してくれます。さらに、不穏な音楽でこれから襲われますよーというのを存分にアピール。この親切すぎる設計は序盤からかなり不安になりました


ヘンリーと〈ジュニア〉の最初の対決の後、〈ジュニア〉はヘンリーのクローンであることが判明します。続いて、ヘンリーと〈ジュニア〉の二度目の対面。ヘンリーから自分がクローンであることを知らされ、〈ジュニア〉は自らの存在意義に悩むようになります。黒幕であるヴァリスに嘘をつかれていたことにショックを受ける〈ジュニア〉。武器として造られたことを突きつけられ、自我との葛藤が芽生えます。武器という役割を失くした自分は、これからどう生きていけばいいのかと迷い始めます(『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』みたいだ)。


別にこの葛藤自体はいいんですけど、ただこういった葛藤って、それこそもうドリー問題が表出した20年くらい前にやり尽くされていると思うんですよね。答えは出てないですし、出るようなものでもないんですけど、2019年になってクローン技術も進歩した現代だからこそ、もっと踏み込んでほしかったかなというのはあります。今さら20年前から進歩しない議論を焼き直されたって、時代は進歩して価値観も変化しているわけですから、それはもう過去のものになってしまって、新鮮な気持ちでは受け取れないですよね。でも、この映画って20年前と同じような議論に終始してしまっていて、単刀直入に言えば普通だなって感じます。近未来SFに初挑戦したアマチュア作家ですか。大のハリウッドが。


黒幕であるヴァリスのクローンを作る理由も、最強の軍隊を作ることができれば、戦争は無くなり誰も傷つくことはなくなるみたいな理論でしたが、それってただの恐怖政治でしょう。そこに対する議論もないですし、もうちょっとそこの動機付けを、作りこめなかったのかなとは正直……。もっと考えさせるような理由がほしかったですね。このあたりも先進的とは言えないと思います。


ただ、期待はしていたんですよ。どんでん返しがあるかもしれないって。このやり尽くされた議論をひっくり返す何かがあるかもしれないって。ただ、本当に何のどんでん返しもなく、ヴァリスの処理もめちゃくちゃ雑。そういう意味では、『彼方のアストラ』は凄かったんだなと思わざるを得ません。さらに、最後もまぁそうなるやろなというなんか良さげなシーンで締め。


もう普通すぎてびっくりします。このご時世にここまで普通な映画作られるんだなって。期待を越える展開が一個もない。もうちょっと単純なエンタメではない刺さる展開があったらなと。かなりの物足りなさを感じました。別に奇をてらってすべっている映画よりは全然いいんですけど……。いや、挑戦して結果すべってしまったのなら、それはそれでいいな。置きにいってすべるのが一番よくない。普通じゃない展開が見たかった……。残念です。




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以上で感想は終了となります。映画『ジェミニマン』、私はあまりオススメしませんが、アクションは凝っているので、興味のある方はよろしければ。結末まで書いておいてなんですけどね。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 





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