広い室内にキーボードを叩く音とマウスをクリックする音、それにいくらかの話し声が響いている。モニターに向かって、テンキーを使って数字を入力しエンターキーで見送る。数字は四角の奥深くに一瞬で吸い込まれ、また新しい入力画面が飽きもせずに姿を現す。その繰り返しに、川田祥平はすっかり慣れてしまっていた。
 

 それは、ハローワークの求人票の「誰にでもできる簡単なお仕事です」という言葉通りに、機械に疎い祥平でも、少し教えてもらえれば難なくこなすことができた。ノルマもないし、残業も少ないし、周囲も優しくしてくれるしで、給料が最低賃金ギリギリであることを除けば、半年で辞めた前職とは違って、この仕事は長く続けられるかもしれない、と考えるくらいには祥平は今の仕事に概ね満足していた。人と喋るのが苦手という克服しなければならない課題はあったが、人から見れば、至って平々凡々な日々を送っている部類に入るだろう。

 



 ある昼休みのことだった。祥平が思い切って共同の休憩スペースで昼食を摂っていると、同僚の髙木が話しかけてきた。それは「川田さんって休みの日には何してるんですか?」というありふれた話題だった。


「サッカー観戦をしていることが多いですね。」
「あぁ、そういえば確かチームあったね。長、なが...。」
「AC長橋パートナーズですね。」
「そうそう長橋。で、長橋って強いの?」
「いや、三部で13位ですからそこまで強くないですね」


 祥平は口に出すことで、自分の応援するチームが弱いことを改めて思い知らされ、悲しくなった。長橋は去年こそ5位だったものの、それまでは2位3位と念願の二部リーグ昇格にあと一歩のところまで来ていたのだ。それが今年になっていきなり13位。守備の堅さの代わりに得点力不足に苦しんでいたチームは、オフの期間に攻撃的な選手を多く補強していた。シーズンが始まり、得点は増えたがその分失点も増え、祥平は、現実はなかなかうまくいかないものだなと思った。


 毎年監督が代わるチームにあって、せっかく留任していた監督もシーズン途中で交代となったのも祥平の落胆に拍車をかけた。求めれば嫌な素振りなど一切見せず、握手やサインに応じてくれるなど人柄は最高だったが、勝負の世界ではそれとこれとは別だという厳しい現実が、口を開けて待っていたのだ。それは、長らく5年前の日本サッカーリーグ、通称JSL優勝という成功体験を引きずってきた長橋に用意されていた、底の知れない落とし穴のように祥平には感じられた。






 三部リーグはチーム数が少なく、それによって試合数も一部や二部と比べて少なくなっていた。しかし、シーズンが終わるのは一部や二部と同じ十二月の初め。日程の調整のために、三部には夏に約一か月の中断期間が設けられていた。その中断前最後の試合である秋山サンダーズ戦に祥平も足を運んでいた。じりじりと照り付ける日差しが雲を寄せ付けず、相当に暑い日のことだった。


 暑さによる消耗を避け、自陣でパスをつないでチャンスを窺う長橋とは対照的に、秋山はボールを持った選手を他の選手がどんどん追い越していくという、躍動感にあふれるサッカーを見せていた。長橋は、前半に秋山の7番の選手に息を呑むほど美しいループシュートを決められ、後半にはカウンターからのオウンゴールで追加点を許した。その後は、サイドバックの松岸のヘディングのゴールで1点を返したものの、その後は秋山の集中の切れない守備の前に、シュートチャンスすら作ることができず、1対2で負けた。肩を落としながら帰るサポーターと呼ばれる熱心なファンの姿を見て、祥平は「どこかの国の大学が、サッカーファンは幸せになれないっていう論文を発表していたけど、あれは当たっているのかもしれないな」と感じた。


 クラブは毎年のように「今年こそ二部昇格」という目標を掲げていたが、それは今年も達成されそうになかった。毎年毎年期待を裏切られておきながら、サポーターはなぜ応援をやめないのだろうと祥平は考えた。彼らが言うには「応援し続けた方が昇格したときの喜びが大きいから」ということだったが、もしそうならかなりのマゾヒストではないか。祥平は、自分がそんなに忍耐強い方ではないことを思い出し、自分の中で長橋を応援する気持ちが薄まっていることに気づいた。少なくとも、大学に通っていたころの、毎試合高速バスに乗って東京から応援に来ていたころの自分はもういなかった。なぜスタジアムに行くのかと聞かれれば、「惰性」という言葉が今の自分に一番合っているような、そんな気分だった。


 そんなことを思い出していたため、髙木との話はそれ以上続かなかった。祥平は自分の席に戻り、午後の変わり映えのしない仕事に取り組み始めた。時間が過ぎるのが少しずつ遅く感じられるようになっていた。それでも仕事を終え、祥平が家に帰ると郵便受けから顔を出しているものがあった。少し考えたのちに、一昨日注文した本が届いたのだと理解した。






 機械で均一的に行われたであろう外装を丁寧に開いて、中身を確認した。「ディス・イズ・ザ・デイ」。それが本のタイトルだった。著者の津村記久子氏は「ポトスライムの舟」で芥川賞を受賞し、その後も次々と作品を発表している名うての小説家なのだという。「ディス・イズ・ザ・デイ」はその津村氏が朝日新聞に連載していた、Jリーグサポーターを主人公としたいくつかの物語が一冊の本になった、連作小説だった。正直、その存在を祥平は発売されるまで知らなかったのだが、ある著名なブログで好意的に紹介されているのを見て、買ってみてもいいかなと思っていた。

 
 届いたその本は、表紙にユニフォームを着た人、また着ていない人が温かなイラストで描かれていた。帯の下にも、折り返しにもたくさんの人といくつかのサッカーボールが描かれていた。表紙をめくってみると日本地図が真ん中に置かれ、その周囲を見たことのないエンブレムが飾っていた。左下に小さく「※順位は第41節終了のもの」と書かれている。そして目次に書かれている話の数は11。これは22チームの場合に1節で行われる試合数だ。これらを合わせて考えると、どうやらこの本は二部リーグの最終節をそれぞれの視点でオムニバス形式に書いた本らしい。リーグ最終節は公平を期すためにすべての試合が同日同時刻にキックオフされる。「ディス・イズ・ザ・デイ」の「ザ・デイ」はそのリーグ最終節を指しているのだろう。






 ページをめくって第1話を読んでみる。第1話は、以前は見たかというチームの応援をしていたがいつのまにか離れてしまった主人公が、好きな選手が監督に就任したことをきっかけに、また試合に観に行くようになるという話だった。


 三鷹は、三部でもあまりさえない成績で、中位をさまよっていたからだった。三部で中位なんてもう、また二部に昇格するのに何年かかるのだろうと思っていた。三鷹がいつ、自分がクラスで好きだと話しても恥ずかしくないチームになってくれるのか、貴志には見当もつかなかった。
(第1話 p13)


 まさに、長橋のことを指している、と祥平は思った。長橋は二部に昇格したことはないが、今の状態では二部に上がるのに何年かかるかしれないという点では、三鷹と同じだった。そして、これは二部を一部に、三部を二部に置き換えても成立するのではないか。むしろその方が共感する人が多いのではないか。この一節だけで祥平は、この本と自分との距離が一気に近づいたように感じた。


 その後も「ディス・イズ・ザ・デイ」には祥平が思わず頷いてしまう描写が続いていた。「ディス・イズ・ザ・デイ」には様々なチームが登場した。1位のチームもあれば22位のチームもあった。カングレーホ大林や琵琶湖トルメンタスのような調子のいい、未来への希望に満ち溢れているチームよりも、オスプレイ嵐山やモルゲン土佐といった調子があまりよくなく、はっきり言ってしまえば停滞しているようなチームに、祥平はより多くの共感を覚えた。それは現在、長橋が置かれている状況とよく似ていた。






 オスプレイ嵐山は二部で屈指の資金力を持っていながら、その使い方が下手で苦しんでいるというチームだった。


 他チームの分析をさぼってんのかコネがないのか強化部長が斜め下なことばかり考えてんのかブランド好きなのか分からないのだけれども、資金力のわりにとにかく補強が下手だと思う。ヨシミが鶚の試合を観に行くようになってから、五年が経つので、少なくともそれだけの期間、オスプレイ嵐山というクラブは、名前はあるけれども本当にチームに必要なのかという選手ばかりを高額で獲得しては、その後安く放出するということを繰り返している。
(第3話 p75)


 鶚とはオスプレイ嵐山の愛称のことだ。主人公であるヨシミは停滞に停滞を重ねる鶚に関心を失いかけており、そこが自分と似ている、と祥平は感じた。長橋も三部では屈指の資金力を持っていながら、それを有効活用できていない。昇格に手が届きそうで届かないという同じようなシーズンをもう何年も繰り返しており、待つのに疲れて離れていったサポーターも少なくない。事実、三部リーグにおいては有数ではあるものの、その観客動員は少しずつ減り始めていた。こうなると気持ちが塞いでネガティブなことばかりが思い浮かんでしまう。それはヨシミも変わらなかった。


 ヨシミは手あたり次第、彼らに、どう思います? このままプレーオフ行けても惰性だと思いません? もうこの試合なんか落として、今年は徹底的に望みを絶って、フロントにヤキを入れた方がいいと思いません? などと終末論者のような話を吹っかけてしまいたい衝動をこらえる。
(第3話 p83)

 
 それは祥平が時折考えることと全く変わりなかった。どうしてこんなことまで分かるのだろうか、と祥平はゾッとした。まるで自分の頭の中が高精度のカメラで見透かされているようで、底知れない恐ろしさがあった。実際こんなことを言う人を祥平はスタジアムで見たことがある。それはたいがい熱心なゴール裏ではなく、メインスタンドと比べて料金の安いバックスタンドでの話なのだが、そんな不安定なサポーターの心情が過不足なく描かれていた。






 第8話に登場するモルゲン土佐もまた、長橋と似ているチームだと祥平は感じた。土佐は6年前にカップ戦で準決勝まで進んでおり、その成功体験に後ろ髪を引かれ、そのときの選手を変えられずに世代交代が進まないまま、残留争いを演じていた。


 土佐がファンを増やしたのは、カップ戦で準決勝に進んでからで、それからも中位、中位の上位、プレーオフ圏内と順調に順位を上げ、その間大体同じ選手を中心にやってきた。私らはずっと、土佐が右肩上がりな状況が普通で、それを長く担ってきた選手を私らは大事にすべきだし、クラブもそうあるべきやと思ってきた。しかし、もしかしたらそういう姿勢がこの停滞をもたらしたのかもしれん。でも、選手を責めることは出来ん。とはいえこのいきなりの凋落は何なが。ここまでツケが回ってくることをクラブや選手や私らがしたがやろうか。理不尽じゃないが。
(8話 p255-256)


 特に最後のニ文が祥平の心に刺さった。長橋は昇格争いを演じるべきチームだという驕りが、長橋に関わる人々の心のどこかにあったのかもしれない。上位にいるチームと下位にいるチームは決まっていて、それが逆転することはないと思い上がっていたのかもしれない。ただ三部は一部や二部と違って降格のないリーグで、下位にいるチームはその利点を最大限に利用し、自らが志向するスタイルに向けて必死にチームを作り上げていたのだ。過去の成功体験に縋り、年齢を重ねて少しずつ衰えていく選手たちを重用し、その年の昇格を狙うだけのチームになっていた長橋は、いつしか自らのスタイルを突き詰めていたチームが上位にくる三部の流れに取り残されていたのだった。


 そのことを祥平は薄々気づいていたものの、気づいていないふりをしていた。そんな現実から目を背けるように、大声で応援することで忘れようとしていたのだが、胸のしこりは試合ごとに大きくなっていくばかりだった。そして今シーズン、その現実が避けることのできない波になって長橋に襲い掛かった。祥平はその重くのしかかる現実に耐えきれず、長橋にどうしてほしいのかが分からなくなっていた。






 第8話にはこう書かれていた。


 スタジアムに来る人達は、どんな状況のときでも応援しているチームには目の前で勝ってほしいものだと思いますよ
(第8話 p244)


 第3話にはこうも書かれていた。 


 いつもの鶚なら、多分引き分けに持ち込んでいただろうと思われる展開で、試合終了直前で一点を取って勝ったのは、ヨシミには大きなことのように思えた。自分はこのチームに勝って欲しかったのだ、と思った。どれだけしょうもない試合をしても、でも最終的に勝つところをどうしても見たいと自分は思っていたのだ、とヨシミは気が付いた。
(第3話 p93)


 祥平の中で濁った気持ちが浄化されていった。そうだ、自分は長橋に勝って欲しかったのだ。どうせ嫌いになることなんてできるはずもない。心が多少離れたとしても、その気持ちは変わらないはずだ。そのとき、祥平は気づいた。そう思っているのはスタジアムにいる人全員なんだ。応援するチームの違いはあれど、勝ってほしいという思いは変わらない。その気持ちのぶつかり合いがあり、そこに生まれる感情のうねりが感動をもたらしてくれる。だから自分はサッカーが、Jリーグが好きなのだ。


 思い返せば初めて長橋の試合を観に行ったときは、長橋に勝ってほしいと思う一心のみだった。それに余計なものが混ざるようになったのはいつからだったろう。「ディス・イズ・ザ・デイ」が祥平の中に眠る初心を呼び起こしてくれたことに、祥平は計り知れない感謝をした。この本に出会えてよかったと心の底から思えた。








 リーグ再開初戦、祥平はスタジアムにいた。8月も終わりに差し掛かっているというのに気温は相変わらず下がる様子を見せない。しかし、祥平はもう知っている。長橋のロゴがプリントされたタオルで汗を拭っている若い男の人も、うちわを扇ぐことで涼を取ろうとしているおばあさんも、日陰のコンコースに避難している親子連れも、みんな長橋に勝ってほしいと思っていることを。その事実が、祥平の心に再び火を灯している。試合開始を告げるホイッスルが鳴った。祥平は以前よりも大きな声で応援歌を歌った。空はあの日と同じように、どこまでも青く澄み渡っていた。



おしまい




ディス・イズ・ザ・デイ
津村記久子
朝日新聞出版
2018-06-07