こんにちは。9月16日を迎えてテンションが上がっているこれです。好きなバンドの結成記念日なのです。10月にアニバーサリーライブが横浜のどこかであるので行きますよ。今年最大の楽しみです。


それとは関係なく、今回のブログは映画の感想です。今回観た映画は『台風家族』。今の時期にこの映画を観るのは申し訳なさを感じますが、このタイミングを逃してしまうともう観れない気がしたので、意を決して観に行きました。


では、感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いいたします。




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―目次―

・タイトル通り台風の性質を持った映画
・鈴木家のクズっぷりがエンターテイメントとして面白い
・終盤の展開には疑問も
・最後に




―あらすじ―


紙袋を覆面代わりに被った老人が地方銀行で2000万円を強盗。金ピカの宮型霊柩車で逃走し、妻と共に行方をくらました。強盗事件はあっという間にニュースになったが、老夫婦の行方も、霊柩車も、奪われた2000万円も不明のまま月日は過ぎていった──。

時は流れ2018年。台風が近づくある夏の日、鈴木小鉄は妻の美代子と娘のユズキを連れて実家へと車を走らせていた。10年前に銀行強盗をして世間を騒がせた両親の葬儀に参列するためだ。葬儀といっても、死体はおろか霊柩車すら見つかっていない。にもかかわらず形式的な葬儀をする理由は、きょうだいで財産分与を行うためだった。

すっかり朽ち果てた実家に一番乗りで到着したのは小鉄たちだ。葬儀屋を併設した古びた二階建ての日本家屋、表札には「鈴木一鉄」とある。店のシャッターには「盗人」「バカ」などとペンキで描かれ、当時の記憶がよみがえる。鈴木家の居間には2つの棺桶が並び、小さな写真立てには28年前の両親が映っている。

しばらくして長女の麗奈がやって来る。麗奈は両親の事件のせいで離婚、現在つき合っている男性はいるが独身だ。ほどなく住職の萬福寺さんがやって来て、“見せかけ”の葬儀が始まり、遅れて次男の京介も到着する。兄の小鉄とはあまり仲は良くなく、小鉄が遺産を独り占めしようとしているのではないかと勘ぐっている。残るは兄姉から可愛がられていた末っ子の千尋だが、なかなか姿を現さない。葬儀開催のハガキが届いていないのだろうか……。葬儀が終わっても千尋がやって来る気配はなく、仕方なく3人で財産分与についての話し合いをすることにする。

「預金や保険も一通り調べたけど、大した額じゃないから、遺産はこの家と土地だけだ」と、いかにも長男らしく振る舞いその場を仕切ろうとする小鉄。どんな仕事も長続きしない彼にとって「遺産」という二文字は何にも代えがたいほど魅力的だったのだ。おまけに少し前、勤務中に玉突き事故に巻き込まれてむちうちになり、首にはサポーター、頭には包帯が巻いてある。何としても遺された家や土地をお金に換えたい、一番多くもらいたい、というのが小鉄の本音だ。

財産分与について話し合う最中、玄関のインターフォンが鳴る。ようやく千尋が来たのだろうか? しかし、そこに立っていたのは千尋ではない、茶髪のチャラチャラした男だった。見知らぬ訪問者によって、話し合いは思いがけない展開に転がっていく。きょうだい同士がこれまで溜めてきた想い、小鉄とユズキの間にある親子の溝、そして10年前に両親が起こした強盗事件の背景に何があったのか?


刻々と台風が近づく中、鈴木家にも嵐が渦巻いていた……。


(映画『台風家族』公式サイトより引用)






映画情報は公式サイトをご覧ください。










※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。











・タイトル通り台風の性質を持った映画


台風。北太平洋の南西部に発生する熱帯低気圧のうち、最大風速が毎秒17.2メートル以上に発達したもの。その風速は中心から数十キロメートル離れたところが最大で、中心では静穏になっていることが多いといいます。『台風家族』はタイトル通り、台風のそういった性質を持った映画だと感じました


10年前、鈴木一鉄は銀行強盗をして2000万円を奪います。昔ながらの派手な装飾が施された霊柩車で逃走し、行方をくらましてから10年が経った8月18日。彼の子供である小鉄京介麗奈が実家に再集合します。その目的は一鉄の遺産の分配。失踪手続きをしてある程度の期間が経つと、戸籍上は死亡とみなされ、遺産相続ができるようになります。彼らは遺産分割を目的とした協議のために集まったのです。


この映画の主人公と言える長男の鈴木小鉄を演じたのは、草彅剛さん。説明不要のスーパースターですが、金のためなら何でもするクズな小鉄を好演していました。穏やかで朴訥な口調から放たれる、「俺が全部貰う」などの悪びれのないワードの数々。特に開き直る瞬間が最高でしたね。目元も何を考えているか分からず怖くてよかったです。もう普通に優しくしていても(この映画にはそんなシーンなかったけど)裏があるようにしか見えない。一方で後半では、父親の顔や息子の顔も覗かせており、そのギャップもまたよかったですね。


続いて、次男の鈴木京介を演じたのは、新井浩文さん。包み隠さず申し上げますと、彼が強制性交罪で逮捕されたことが原因で、『台風家族』は当初の6月公開予定から上映が延期になっています。映画のホームページからもその存在は抹消され、キービジュアルからも排除。たぶん最初のキービジュアルでは新井さんもいたんだろうなぁ。というかいなきゃおかしいですよね、話の展開的に。


ここで私見を述べさせてもらいますと、確かに新井さんのしたことは許されることではないかもしれません。判決として記録にも、被害者の心の傷として記憶にも残り、それは消されることはないでしょう。被害者感情に配慮して、公開を中止するという判断も可能だったはずです。


でも、公開を中止しろと言っている人の多くは、事件とは何の関係もない外野なんですよね。勝手に斟酌して、分かった気になって。被害者やその周囲が直接、公開を中止してほしいと言えば話は別ですが、そんな外野の声に屈する必要はないと感じます。


なので、延期になったとはいえ、公開するという判断は英断だと思います。というか、嫌なら観に行かなければいい話ですし。自分の視界に入ってくるのが嫌だから公開するなと言うならば、目線をずらして違う方を向けばいいだけですよ。別に観ることを強制されているわけじゃないでしょう。観ない権利を行使すればいいのでは?と思わざるを得ません。


話を元に戻しましょう。この映画で新井さん演じる京介は、何らかのビジネスに成功した勝ち組として描かれていました。眼鏡を掛けて真面目な印象を与えますが、中は新井さんなので当然怖い。カタギじゃない雰囲気がビンビンに出ています。基本冷静ですが、家族のことを捨てているようなドライさが言葉の端々から滲み出ていて、映画に緊張感を与えていましたね。夜中突然前に立たれたら、私なら確実に逃げます。


さて、長女の鈴木麗奈を演じたのはMEGUMIさん。こちらも棘のある口調がぶっきらぼうな麗奈というキャラクターにマッチしていました。最初にサービスシーンを見せてくれるだけでも、出演した価値はあったのですが、それよりも厳とした口調で場を乱し続けるのがよかったですね。遺産が欲しい理由もまたくだらなくて好きですし、兄弟の板挟みになるシーンが多かったですけど、自分のエゴを通そうとする姿勢が逆に好感を持てました。まあ現実にいたら嫌ですけど、それも含めて。




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・鈴木家のクズっぷりがエンターテイメントとして面白い


800万円の遺産を兄弟で4分割しようと提案する京介と麗奈。しかし、当然そうはいくはずもなく、小鉄は「遺産は全部俺のものだ」などと言い出します。「俺は長男と言うだけで、おやじに家の仕事を散々押し付けられて好きなこともできなかった。好きにやらせてもらったお前らとは違って。だから我慢した分、俺には全部貰う権利があるはずだ」と破綻した理論を振りかざします。京介は京介で、「こんな家には興味ないけど、小鉄に全額入るのが嫌だから」というだけで抵抗していますし、麗奈も含めて誰もが自分のことしか考えていません。その言い争いはとても醜く、その醜さが逆にエンターテイメントとして成立していました。台風が近づきはじめたような荒れっぷりです。


特に小鉄のクズっぷりがよかったですよね。玉突き事故の影響で頭に包帯を巻き、首にサポートをしているんですけど、連れてきた娘のユズキに、老夫婦が自動販売機に忘れていったお釣りを掠め取ったことを暴露されるんですよね。そうすると、首のサポーターを叩きつけて「元気ですけど、何か?」と開き直る。治療を延長して保険金も騙し取っていますし、この突き抜けたクズっぷりが草彅さんのあっけらかんとした表情も相まって好印象でした。


鈴木家には4人の息子がいて、そのうち千尋だけがまだ姿を見せていません。玄関から音がして、千尋かなと思いきや、そこには見知らぬ茶髪の男が経っていました。彼は麗奈の今の彼氏で、名前を佐藤登志雄。登志雄はお焼香の仕方も知らず、他人の家で抜くなどこちらもなかなかのキャラクターです。というか、この映画がPG12指定になっているのはほとんど彼のせいです


そんな登志雄を演じたのが若葉竜也さん。個人的には『愛がなんだ』での情けない仲原青役が印象に残っているのですが、『台風家族』では正反対の役柄でビックリしました。でも、おずおずと発言するシーンが何か所かあって、そこはチャラい見た目とのギャップを感じられて好きです。


兄妹の醜い争いに、登志雄が加わって変化が起こるのかと思いきや、別にそんなことはなく、相変わらず事態は平行線です。ここで争いに入れず、おどおどしている小鉄の妻の美代子がよかったですよね。演じたのは尾野真千子さん。なんて贅沢な起用の仕方でしょうか。


しかし、み、水...と言いながら倒れこんでくる三男・千尋の突入によって、映画は次の展開へと進みます。この鈴木千尋を演じたのは、中村倫也さん。俗に言うイケメン俳優なんですけど、あそこまで情けない感じを出せるのは凄いなと。それはUFOに茄子が吸い上げられる謎Tシャツだけじゃなくて、猫背気味の佇まいが、「何もない」感を強調していました。千尋は兄姉3人に向かって「お前らキャッチ―なんだよ!俺はただのコンビニバイトだったのに!」と言って、Youtuberになるとかほざいてましたが、分かるぞその気持ち…!何者かになりたいんだよな…!と変な共感を覚えてしまうほどです。


さて、そんな千尋によって、鈴木家にはカメラが設置されていて、言い争いの模様は生配信されていました。ここで小鉄は配信を止めさせようとしますが、金になると聞いて続行。両津勘吉を彷彿とさせる金の亡者っぷりです。そこから「最低で結構~♪、クズで結構~♪」と、よく分からないダンスとともに、強烈な開き直りを披露。ここまで道化になれるの凄いと思いますし、「まっ、まっ、満足~~~~~」というコメントには思わず笑ってしまいました。メタフィクションや。


ただ、ここで生配信されているのが、実は結構重要だと個人的には感じていて。それは世間の好奇を剥き出しにするという意味が一つ。「お前らなんか死んでも誰も悲しまない」などといった心無いコメントは、この後の展開に効いてきています。そう大事なのはコメント、もっと言えばその量です


配信が始まるにつれて、コメントはどんどんと増えていく。それはつまりは風速の強さを可視化しているのだと感じます。コメントでびっしりと画面が埋め尽くされたシーンはその極致です。でも、詳しくは言えないのですが、映画の終盤は鈴木家は、家にはいないんですよね。外に出かけていて。となると鈴木家を映す画面には何ら変化はなくなり、何も起こらないとなると視聴者数は減っていく。そうするとコメントの量も少なくなり、風速は弱まっていく。いわば台風の目に近づいてきており、それはこの映画の展開ともシンクロしていました。




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・終盤の展開には少し疑問も


物語は銀行員の山田や、謎の女・富永の登場などによって、少しずつ核心に近づいていきます。それは台風の目に近づくという行為。雨は弱くなり、風は穏やかに凪いでいきます。物語もそれに呼応するかのように、徐々にハートウォーミングな方向にシフトしていきます。その根底には「家族愛」が根付いていました。正直に言ってしまえばベタな展開ではあるのですが、それでも繰り返されるのは、べたな展開が大きな威力を持っているからでしょう。今までのキャラクターの印象も反転し、確かな感動が胸に沁みこみます。賽銭箱を漁るシーンや、絶叫するシーンが不思議と愛おしく思えてくるのです。いい話です。


ここから映画は終盤へと向かうのですが、ぶっちゃけここからの展開は疑問の連続で、素直に感動することができませんでした。まず、あそこにいて10年間見つからなかったというのは、シンプルに無理があると思いますし、あんなに綺麗に白骨化するものなんですかね?あと、当然のように登志雄もついていっていましたけど、富永はともかくお前関係ないやんけ。写真の演出もやや安直ですし。それに、オチも少し不満で。あのオチだと二人は既に海に行っていることになりません?せっかくの感動を自ら帳消しにしているような印象さえ受けてしまいます。


でも、富永や登志雄が一緒にいたのは、『台風家族』というタイトルから考えてみると妥当なものではないかと思うんですよね。よく台風が過ぎ去った後のことを「台風一過」というじゃないですか。これはダジャレになってしまうのですが、「一家」も同じ読みをしますよね。子供のころ「台風一過」を「台風一家」と間違えていたというのはよく聞く話です。となれば、この映画のタイトルも「台風一家」で別にいいのではないか。


ただ、「一家」と「家族」には違いがありまして。手元の電子辞書を引くと、「一家」は「一つの所帯」とあるのに対し、「家族」は「夫婦とその血縁関係にあるものを中心として構成される集団」とあります。ここで、「その血縁関係にあるものを中心として」ということは、別に血が繋がっていなくても「家族」という概念に算入することは可能だと私は考えます。つまり、『台風家族』というのは単に鈴木家だけではなく、富永や登志雄も含んだ広範な概念なのかもしれない。そうなると、『台風家族』というのは、実に懐の深いタイトルということができますね。


この映画は、最後にまた一悶着ありそうな予感を残して終わります。映画の最後で彼らは台風の目の中にいて、これからまた激しい風雨に晒されるのだと思います。願わくば平和的解決をして、彼らが無事台風一過の青空を拝むことができますように。そう思わず彼らの行く末を案じてしまう映画でした。オチはともかく、こういった終わり方はかなり好きです。気になるところはいくつかあるので、傑作とはいかないまでも、良作とは十分言える映画ではないでしょうか。残り10日しか公開期間ありませんが、よろしければご覧ください。




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・最後に



最後に一つ。どうしても触れておきたいことがあります。それは小鉄の娘・鈴木ユズキを演じた甲田まひるさんについてです。今回が演技初挑戦とのことですが、もう何回か作品を経験しているのではないかというくらい堂に入った演技が好印象でした。隈があって、病んでいるかのように見上げる目がいい意味でゾクッとします。この映画のタイトルシーンとラストシーンで、甲田さんのみ映されるという映画の印象を左右する非常に重要な役どころを担っていましたが、それに打ち勝つ存在感がありましたね。


また、ユズキはこの映画でもとりわけ重要なキャラクターで。過去の遺産に囚われる大人とは対照的に、ユズキは未来を一手に引き受けているんですよね。ピアノのコンクールでも優勝し、海外留学も視野に入っている未来へ向かう存在です。大人たちの言い争いでもときおりインサートされていたり、二回ほど、大人たちを画面の外に置いて、彼女のみを映しているシーンがありましたよね。こういった対比が、未来を一人背負うユズキの孤独さを表していたように思えます。


ただ、この二つのシーンには明確な違いがありまして。一つ目のシーンでは大人たちは右から左に向かって動いているんですよね。それが二度目のシーン、まあラストシーンなんですが左から右へと動いています。このラストシーンなんですけど、大人たちの矢印は未来へと向いているんですよね。となると、一つ目のシーンでは矢印は過去に向いているということになります。


過去から未来へというのは物語における理想的な展開の一つです。このラストシーンでは、ユズキと大人たちの矢印が一緒に未来へと向いているということになるかと思います。ここでユズキは孤独から解放され、自らを取り巻く環境を受容することができたのではないでしょうか。最後のセリフもまあ言葉は酷いもんですが、不思議と爽やかさが感じられます。完全な納得はしていないものの、いい着地点だとは思いますし、それをバッチリ表現する甲田さんの今後にも注目ですね。また、一人ニューヒロインが誕生したと感じました。




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以上で感想は終了となります。映画『台風家族』、上映期間も残りわずか。諸般の事情でソフト化はおそらく難しいと思われるので、この機を逃すと二度と見られないかもしれません。興味があれば、映画館でご覧になってはいかかでしょうか。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい


台風家族
市井点線
キノブックス
2019-05-22



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