こんにちは。これです。今回のブログも映画の感想になります。


今回観た映画は『いちごの唄』。銀杏BOYZの曲がモチーフになった小説の映画化です。私は、小説も読んでいませんし、銀杏BOYZに詳しいわけでもありません。でも、好きな俳優さんが何人か出ているので、観たいとは思っていたんですよね。公開は7月だったんですけど、長野では遅れてこのタイミングでの公開となりました。よくあることよ。


そして、観たところ傑作かどうかは置いといて、個人的に超好きな映画だったので、その感想をこれから書いていきたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いします。




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―目次―

・キャストについて~コウタのレンズで観た若手女優さんたちが超魅力的~
・ストーリーについて~「正しくない」を肯定する優しさ~






―あらすじ―

恋をした。七夕、親友の命日にだけ会える、僕たちの”女神”に。


コウタは不器用だけど優しい心を持つ青年。たったひとりの親友・伸二は、中学生の頃2人が“天の川の女神”と崇めていたクラスメイトの千日を交通事故から守り亡くなった。10年後の七夕、伸二の命日。コウタと千日は偶然高円寺で再会する。「また会えないかな」「そうしよう。今日会ったところで、来年の今日・・・また。」毎年ふたりは七夕に会い、環七通りを散歩する。しかしある年、千日は伸二との過去の秘密を語り「もう会うのは終わりにしよう」と告げる・・・。

(映画『いちごの唄』公式サイトより引用)





映画情報は公式サイトをご覧ください。











・キャストについて~コウタのレンズで観た若手女優さんたちが超魅力的~



まず、この映画の主人公である笹沢コウタを演じたのは、古舘佑太郎さん。『ひよっこ』などの出演作を持ち、ミュージシャンとしても活躍している彼ですが、個人的には初めましての俳優さんです。しかし、今作での彼の演技は凄まじくよかったんですよね。特筆すべきはそのピュアさと、計り知れないチェリー感です。


顔はカッコいいのに、情けなさと冴えなさが凄くて。かつて「天の川の女神」と見ていた天野千日(あまのちか。通称:あーちゃん)に偶然再会した時も、挙動不審さが凄く、女の人に免疫がないんだろうなと窺わせます。一方的にまくしたてたり、不器用に笑ってみせたり。特に好きだったのがリュックの紐を触る仕草です。分かる…!分かるぞその気持ち…!女性と喋る時って脳がフル回転しているから、手が落ち着いていられないんだよな…!私もリュックしょってるし、よくやるわ…!チェリーしぐさを凄い研究してるな…!


私が映画を評価する基準って、ちゃんと物語に筋が通っているかとか、ストーリーが破綻していないかとか理論的なものではあまりなくて。ぶっちゃけよく分からないですし。それよりもキャラクターに感情移入できたかという感覚的なものを大事にしているんですよね。私もチェリーですし、思春期拗らせ真っ最中のコウタには、自分の分身かと見間違うほど移入して観てました。古舘さんの演技は過度にデフォルメされてましたけど、それも個人的にはプラスに働いています。私はあんなに喋らないですけど、大体コウタと似たような感じですね。


そのコウタが「天の川の女神」と称する天野千日を演じたのは、『夜空はいつも最高密度の青色だ』『きみの鳥はうたえる』などで知られる石橋静河さん。高い鼻と中分けの髪型が明るいんだけど、どこか影のある千日という役柄にぴったりでしたね。初対面の時は、コウタのテンションに押されて、頷きがちだったんですが、2回目に会った時の笑顔がこれまたいいんですよね。それまでの感情を抑えている感じとのギャップで、うわっ…マジでミューズやん…!ってなりました。コウタと反対の自然体の演技はいいコントラストになっていましたし、言い表せない神秘性がありましたよね。それが後半の展開に効いてくるのも良かったと思います。


コウタの親友で映画のキーパーソンとなる伸二。こちらは物語の都合上、中学生のみの登場でしたが、演じた小林喜日さんの爽やかさがよかったですね。映画を前に進めていくエンジンとなっていました。レタス畑にダイブしたときの「世界に勝った気がする」は名言だと思います。コウタと二人でだいぶする時の青春感半端なかったですよね。行為的にはいけないし、中二なんですけど、圧倒的な清々しさがありました。




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あ、ここからは大体若手女優さんの話になります。基本気持ち悪いですが、どうかご容赦を。


さて、千日の中学生時代を演じたのは『ちはやふる―結び―』などの出演作を持ち、今話題の清原果那さんです。その特徴と言えば何と言っても目力の強さですよね。睨まれたら動かなくなりそうなくらい。これほどまでに視線に強さを感じる女優さんはなかなかいないのではないでしょうか。セリフがあまり多い役どころではなかったのですが、視線に強弱をつけたりして感情を表現する様子は凄まじささえ感じます。微かにほほ笑む表情にやられました。


続いて、コウタがボランティア先で出会う被災者の女の子(名前は明かされなかった)。彼女を演じたのが蒔田彩珠さんです。『三度目の殺人』など是枝裕和監督の作品に多く出演している蒔田さんですが、去年観た『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』での演技がめちゃくちゃよかったんですよ。あの冷めているようで、実は不安でいっぱいな弱いキャラクターを好演していて。今回『いちごの唄』を観に行ったのも、蒔田さんが出演しているからというのが大きな理由の一つです。


で、観たところ期待を上回る演技を見せていたんですよ。彼女は震災で両親を失ったというキャラクターなんですが、それを存分に感じさせる佇まいに、小さく首を横に振る仕草。ほしいものはある?という問いかけに対する音楽という呟きはとても切実なものでした。再びコウタのもとを訪ねるシーンでも完全に立ち直ったわけではないことが、表情から滲み出ていて。顔立ちは結構はっきりとしているんですけど、その弱さがとても印象的でした。


さらに、コウタの隣人のアケミを演じたのが岸井ゆきのさん。岸井さんと言えば直近で言えば『愛がなんだ』の怪演が記憶に新しいですよね。好きな相手に全力で尽くす様は、依存と言っても差し支えなく、ホラーに近しいものを感じた覚えがあります。その『愛がなんだ』で、自分の中で一気に注目の女優さんとなってしまって。今回『いちごの唄』を観たのも、岸井さんが出ているからという理由がだいぶ大きいですしね。


結論から申し上げますと、『いちごの唄』では『愛がなんだ』とはまた違ったパンクな岸井さんを見ることができます。赤みがかった黒髪に棘のついた革ジャン。目元のメイクも濃く、やさぐれ感も大幅アップ。これまた基本酒を飲んでいるのですが、酔っ払いの命令口調が逆に清々しくて好きです。コウタの部屋に乗り込んだときの怪演は必見。まあ、さすがに暴力はやりすぎだと思いますけどね。血が出るほど殴ってますし。惜しむらくは前半で退場してしまったことでしょうか。もっと長い時間観ていたかったですけど、そうなると今度は物語が進まないので難しいところです。




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他にも今週公開の『アイネクライネナハトムジーク』に出演する恒松祐里さんも少ない出番ながらよかったですし、『いちごの唄』って若手女優さんが凄い魅力的なんですよ。これはどういうことかと考えたときに、この映画がコウタ視点で描かれているのが大きいなと思ったんですよね。コウタはチェリーで、終わらない思春期の真っただ中にいるピュアピュア野郎です。思春期って女性がやたら魅力的に見えるじゃないですか。いや、別に思春期終わっても魅力的ですけど、なんか第二次性徴という身体的な変化も合わさって、3割り増しぐらいで魅力的に映るんですよね。コウタのチェリー、思春期というレンズを通して観た女性たちは、それぞれその魅力を最大限に発揮していました。


そして、これは私も同じことでした。私のチェリーレンズを通して見ると、映画の中はまた違った世界。あぁ石橋静河さんと談笑してぇ。清原果那さんに睨まれてぇ。蒔田彩珠さんをかばいてぇ。岸井ゆきのさんに罵られてぇ。メチャクチャにされてぇ。悶々とした思いを抱えながら、羨ましく観ていました。きっとコウタも同じように感じていたんだろうなぁ。


繰り返しになりますけど『いちごの唄』って、コウタのチェリーレンズを通して見た世界の話なんですよ。なので結構チェリーならではの妄想が酷くて。「天の川の女神」なんてその代表例ですし、登場する女性もどこか理想的。最後の展開なんてチェリーの妄想の極致みたいな展開ですし、そのあどけなさや恥ずかしさは確実に見る人を選びます。もう思春期を卒業した"大人"の方には正直キツいかと。でも、その分刺さる人にはぶっ刺さる映画になっていますね。はい、私はぶっ刺さりました。これだけで100点満点中20000点くらいはあります。本当に。




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※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。






・ストーリーについて~「正しくない」を肯定する優しさ~


『いちごの唄』の物語は、コウタと千日が再会するところから幕を開けます。女性に慣れておらず、適切なテンションが分からないコウタ。入ったラーメン屋でも一方的に喋り続けます。それを千日は若干ひいてはいますが、面倒臭がる様子も見せず、ちゃんと聞く。二人の邪魔をせず、ただ見守る峯田和伸さん演じるラーメン屋の店主。上手く二等分されない割り箸。この最初のシーンだけで「あ、この映画好きだわ」という予感がありました。なぜなら、このシーンに私は「優しさ」を感じたからです。


私が思うに、『いちごの唄』って誰も否定されていないんですよ。コウタの話を千日は否定もせず聞き続けてくれていますし、ラーメン屋の店主もそう。コウタが「こんなラーメンより会社の冷凍食品の方が美味い」と言った後にも、フォローが入っています。さらに、コウタの来年も会おうという提案をも千日は否定せず、聞き入れます。


ここから、コウタは千日に再び会える日を待望する恋は盲目状態。半年も前から心待ちにし、カレンダーを破き、それを見ながら食事をするというなかなかのヤバさを発揮します。千日を「天の川の女神」だと盲信しており、理想的な存在として捉えています。ここのチェリー感半端なかったですね。実際には途中で卒業しているんですけど。


ただ、3度目の再会時。千日はコウタに伸二との秘密を告白します。伸二は千日を交通事故から守り亡くなった(事故の描写に結構力が入っていた)。ここまではコウタも知るところですが、千日と伸二は同じ孤児院出身でした。千日が孤児院「いちご園」を出て、中学生になってまた戻ってきた。千日は伸二に近づきたいがそうするといちご園育ちであることが発覚してしまう。そんな千日の心情を思い量って、伸二は千日に敢えて話しかけないんですよね。アンニュイな千日の心情を肯定していると感じます。


さらに、コウタの家族もコウタの話を無下にせず肯定していますし(たとえう〇この話でも)。忌まわしい記憶を持つ自転車さえも、「自転車に罪はない」などといって肯定しているんですよね。極めつけはいちご園の園長と千日のカフェのシーン。ここで園長は自信のない千日を肯定。さらに、千日を捨てた両親のことさえ、肯定はしていませんが、明確な否定もしていません。なんという優しい世界でしょうか。素敵です。





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また、『いちごの唄』で、重要な要素となっているのが「正しくなさ」だと思います。この映画って大体が世間一般の常識に照らし合わせてみると、「正しくない」んですよ。それは、自転車で畑にダイブするという行為は言わずもがな、キャラクターの設定もです。世間的にはチェリーなんて早く捨てておくに越したことはなく、24ぐらいにもなってまだ思春期を引きずっているコウタは「正しくない」。まあ私にもブーメラン刺さってますけど。


それに、恋することによって相手の良い部分しか見ないことも、あまり「正しくない」ように思います。人間にはいい部分、悪い部分あって両方を見るのが大事なのではないかと。仕事をバックレて千日と一緒にいた男に殴りかかるのも「正しくない」行為ですしね。まあそれもこれも、恋によってコウタが盲目になっていたことが原因で、この後千日から痛いお返しを食らうんですけど。


コウタは千日を「天の川の女神」として神格化していますが、千日の口からそんなことないと否定されてしまいます。友達もいないし、彼氏とも長続きしない普通以下の女の子だと。これも世間的な「友達はいた方がいい。彼氏とすぐ別れる女は軽く見られる」という認識からすると、「正しくない」。千日もまた正しくないキャラクターだったのです。ここで、コウタは千日のことを否定しなかったのは流石だなと思います。


この映画は銀杏BOYZの曲を原案にして書かれた小説が原作だといいます。私は銀杏BOYZのことはよく知らないんですが、パンクバンドであるということぐらいは知っています。パンクという音楽は商業化したロックに対する反発に端を発していますし、社会や道徳に対する攻撃的な姿勢、やり場のない怒りを表現しているといいます。もし、商業化したロックや社会や道徳を「正しい」ものとするならば、パンクは「正しくない」ものになってしまうでしょう。『いちごの唄』はこの「正しくない」という点で実にパンク的だと感じます。


でも、パンクってその「正しくない」ものを信じていますし、肯定しているんですよね。それは、この映画の姿勢とも全く同じで。それを体現していたのが蒔田彩珠さん演じる被災者の女の子ですよね。彼女は家族を震災によって奪われています。もし天寿を全うするのが「正しい」死に方だとすれば、彼女の家族の死は「正しくなく」、またぽつんと残された彼女も、家族が存在していた以前を「正しい」とするならば、今置かれた状況は「正しくない」と位置付けることだってできます。かなりの暴論ですが。


でも、パンクはそんな「正しくない」を肯定するものですし、「ぶっ殺す」などといった「正しくない」言葉を叫んでいても、そのメッセージは真っすぐ。実際、彼女はその「正しくない」音楽によって生き延びることができるわけですし、音楽が人の力になったという実に真っすぐで美しいシーンだと思います


それに、この後流れる曲が「ぽあだむ」というのがまたいいんですよね(画面にちゃんと曲名が表示されるので誰にでも分かる)。掻き鳴らされるギターのリフ。「涙は似合わないぜ 男の子だから」という歌詞を泣きながらコウタが泣きながら聴いているのが、銀杏BOYZを知らない私にも刺さりました。もう「正しさ」とか「正しくなさ」とかごちゃ混ぜになった感じが胸に来たんですよね。エンディングの「いちごの唄」もよかったですし、銀杏BOYZを聴いてみたい気になりました。今度ツタヤに行ってCD借りてこようかな。




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と、ここまで褒めちぎってきたんですが、映画としては正直そこまで完成度は高いとは言えないと思います。演技は過剰気味ですし、セリフですべてを説明しすぎなのは明らかな欠点です。さらに、チェリー色が強いこともあって合わない人もいることでしょう。


でも、私はこの映画がたまらなく好きなんですよね。コウタというレンズを通したピュアな優しい世界が好きなんです。銀杏BOYZの曲には「正しくない」自分も肯定された気がしますし、柔い心にかなり刺さりました。現時点での下半期のベスト候補ですね。上映から2ヶ月が経って、観られる機会も減ってきていますが、ぜひとも観ていただきたい映画です。強くオススメします。




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以上で感想は終了となります。映画『いちごの唄』、人は選びますが、銀杏BOYZを知らなくても十分に楽しめる内容となっています。機会があればぜひ映画館でご覧ください。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい


いちごの唄
岡田惠和
朝日新聞出版
2018-05-21



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