こんにちは。11月24日(日)東京流通センター第一展示場にて行われる第二十九回文学フリマ東京に参加させていただくこれです


この文学フリマでは四作品を頒布させたいただく予定なのですが、実はそのうちの一作品に絵本作家レイモンド・ブリッグズに強く影響を受けた作品があります。というか正直ほとんどそのまんまと言ってもいいかもしれません。


なので、書いてしまったからには仁義を通すのが筋だろうと。というわけで観に行ってきました。『エセルとアーネスト ふたりの物語』。レイモンドが両親のことを描いた絵本が原作のこの映画。公式サイトを見る限りどうやら普通を描いている様子。実は、私のまた別の作品も普通を書くことがテーマになっているので、これは鑑賞必須です。


それで、あまり上映されていなくても、意を決して観てきました。もうですね、普通とはこんなにも素晴らしいものなのかと。暖かい気持ちにさせてくれる良い映画でした。それでは、感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いいたします。




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―目次―


・手描きのアニメーションに感動!
・普通でいることの尊さに大感動!





―あらすじ―

1928年、ロンドン。貴婦人のメイドとして働く少し昔気質で生真面目なエセルはある日、陽気で楽天的な牛乳配達のアーネストと出会い、2年後に結婚。ロンドン郊外のウィンブルドン・パークに小さな家を25年ローンで購入する。大理石の柱に、鉄の門、風呂に水洗トイレまでついて、希望に満ちた新婚生活が始まる。
3年後、待望の息子レイモンドが誕生。その成長を見守る一家の幸せを、戦争の影が脅かす。しかしつらい日々の中にも、レイモンドが疎開先から送ってくる手紙や、つかの間の再会が、ふたりに喜びをもたらしてくれる。

1945年、終戦。レイモンドは、グラマースクールに合格し新しい制服も新調して、エセルは大喜びだ。しかし青年へと成長したレイモンドは美術の勉強をしたいと言いだし、両親をがっかりさせてしまう。50年代から60年代へと社会の変化は加速し、ブリッグズ家にも電話、冷蔵庫、TVなど多くの電化製品が登場する。1961年、レイモンドが独立し、ふたりだけの時間が訪れる。しかし、紅茶を飲みながら交わされる夫婦の会話は、日々の細事から政治、経済にまで及んで、楽しいおしゃべりには終わりがない。1969年、人類が月に偉大な一歩を記す頃、ふたりに老いが忍び寄っていた…。

(映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』公式サイトより引用)




映画情報は公式サイトをご覧ください。











・手描きのアニメーションに感動!



この映画は、まず原作者であるレイモンド・ブリッグズ本人の実写のシーンから幕を開けます。いきなりアニメーションだと思っていたので、このまさかの『翔んで埼玉』方式に面喰いました。しかし、レイモンド本人は紅茶にミルクを注ぎ、いたって執筆机に向かうといういたって普通の生活を送っています。さらに、本人の語りでもこれから描かれる両親の物語は普通であることが強調されます。それが多くの人に読まれているのは妙な気分だったとも。


レイモンドが両親、エセルとアーネストをラフスケッチで描き、レンズを通して見る私たち。そしてレンズがどかされると画面は一気に手描きアニメーションの世界へと移り変わります。映し出されたのは1928年のロンドン。まずここでいきなりおっとなりました。上手くタッチをぼかして、やわらかな遠景を見せておきながら、実際の街並みになると、色鉛筆の繊細なタッチが躍ります。何重にも塗り重ねられたその絵は質感が優しく、はっきりとしない輪郭がふわりと包み込まれるような気持ちにさせてくれます。


さらに、エセルやアーネストといった人物画もとても暖かみのあるもので。パステルでオレンジ色を塗り重ねることで肌の質感を表現していたのは見事でしたね。目がとても小さく、表情が分かりにくいところを、肌色を変えることでカバーしていたのは凄かったです。


加えて、部屋の内装も良くて。壁紙をぼんやりぼかして自然なものにするテクニックが好きでしたし、家具もクレヨンの塗り重ねが絶妙で、懐かしさを覚えます。家具がどんどんと増えていくんですが、こちらもほんのりと淡い色彩を心がけることで、背景に絶妙にマッチしていました。公式サイトによると、美術部門は309の衣装、686個の背景、250の小道具を手描きで作成したようで、その苦労のかいもあって、とても自然に見ることができました。


あの今、手元にレイモンドの『スノーマン』という絵本があるんですけど。見返してみても絵全体を覆うクレヨンのザラザラした感じは流石に無理ですが、背景やキャラクターなどの温かみのある描写はそのままで。その優しいタッチの再現度の高さに驚愕するほどです。さらに、これはアニメーションなので、絵が動くんですよね。それもかなり滑らかに。冒頭のアーネストが自転車を漕ぐシーンは、新鮮な分ダイナミズムが凄かったです。絵本が動いているという、往年の感動をしてしまいました。


公式サイトによると、このアニメーションはTVpaintというソフトウェアを使っているらしくて。これは紙の上に直接手描きするように、PCスクリーンに描けるという優れ物で、この新たな技術が短い期間で完成度の高い手描きアニメーションを実現させたという事実にまず感動します。それでも9か月かかっていますが、レイモンドは3年かけて書いたようなので、その時短は驚異的。エンディングに実際のエセルとアーネストの写真が映されるのですが、上手く手描きのアニメーションに変化している様子が見られて、最後までとても面白かったです。


この映画は、エセルとアーネストの普通の生活を描いているのですが、こういった完成度の高い染み入るような手描きのアニメーションのおかげで最後までワクワクしながら見ることができました。特に終盤の今までとは違う乱雑で冷たいタッチの絵が印象的です。今年観たアニメ映画の中でも、アニメーション自体の感動は上位に入りそうです。『スパイダーバース』や『プロメア』といったグワングワン動く「動」の感動とはまた違った「静」の感動を味わうことができました。これは是非とも観ていただきたいですね。本当に素晴らしかったです。




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※ここからの内容は映画のネタバレを多少含みます。ご注意ください。









・普通でいることの尊さに大感動!



この映画は、エセルとアーネストの普通の生活を描いているというのは最初に述べた通りです。ポスターでも普通を強調しており、どれだけ普通か懐疑的な部分もあったのですが、観たところ本当に普通でした。エセルとアーネストが結婚してから亡くなるまでを描いた物語。大きな事件も特になく、9割以上は二人の平穏な日々が描かれていました。


エセルは屋敷でメイドとして働いています。一方のエセルは牛乳配達で生計を立てる青年。二人は恋に落ち、結婚します。思い切って購入した我が家で、どう暮らそうかと話を膨らませる二人はとても微笑ましく、時事問題を二人で話し合う姿はとても慎ましいものでした。家具も少しずつ増えていき、子供も生まれ、暮らしは変わっていきますが、二人の生活は大きく変わることはありません。普通におしゃべりをして、普通にご飯を食べて、普通に暮らしています


この映画ではずっと普通の生活が描かれていて、これを聞くだけだと退屈だと思われるかもしれませんが、実際観てみてそんなことは一切ないと断言できます。それは、二人の生活の外、政治や社会を取り巻く情勢が刻々と変わっているからです。映画ではアーネストはよく新聞を読んでいて、ラジオからのニュースもたびたび流れます。ドイツではヒトラーが台頭して、イギリスとの戦争に発展していく詳細が報道され、実際に戦争の悲惨なシーンもいくつか挿入されるなど、この映画は意外と社会派な一面をも持ち合わせていました


この物語を引っ張るのは、エセルやアーネストといった個人ではなく、社会や世界というもっと大きなものだったように見受けられます変わりゆく世界に翻弄される市民の姿を描くというのは、かの『この世界の片隅に』も共通して見られたことで、そこでは個人の生活が社会によって方向づけられています。鉄は戦闘機を作るために集められ、都市部の子供たちは地方に疎開していく。それは個人が進んでしたことではなく、世界が、社会がそうさせたことです。




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ここで大切なのは、戦時中は上記のような状態が普通であったということです。普通の内容は時代によって変わっていきます。アーネストが防空壕を作り、そこに避難する二人。戦争に駆り出されるアーネストと息子のレイモンド。ガスマスクを被って喜ぶ三人の姿はなかなかショッキングなものでしたが、それも当時では普通のことだったのでしょう。


さらに、時代は進んでいき、技術は進歩していきます。脱水機は姿を消し、ラジオはテレビに切り替わり、ダイヤル式の黒電話が登場し、車もブリッグズ家のような労働者階級も持てるように。二人が過ごした40年で、生活は大きく変わりました。40年前の昔と、今では普通の中身も大きく違うでしょう。つまり、普通は絶えず変化していくものであり、普通であったエセルとアーネストもまた変化し続けていたのです。本人たちに自覚はないかもしれませんが、時代時代に合わせて変化し、普通を続けるその姿は、とても重大なことのように私には感じられました。


ただ、変化を続けているからといって、二人が話すささやかな描写はなくなったわけではありません。時代が変わっていく中でも、二人の関係性は全く変わっておらず、計り知れない尊さを覚えます。変わる普通と変わらない普通。その二つともが揃っていたエセルとアーネストはまさしく普通であり、同時にそれはひどく困難なことでもあるので、普通でいることの有難みをひしひしと感じました。こうなりたいなって。


だから、終盤になってその普通が奪われる展開が堪えるんですよね。アーネストのシーンの悲しさったらなかったですし、そこで猫が寄り添うっていうね。きついですよ。そして、二人は凄惨な死を迎えるでもなく、あくまで普通に死んでいきました。二人は普通の一生を全うした。それだけなのに、終わってみると感動している自分がいました。泣きそうになるくらい。


それは胸を打つ手描きアニメーションのおかげもありますし、普通になれない私の羨望なのかもしれません。でも、普通の人生にも特別なサッカー選手の自伝本や、背伸びをした料理本と同じかそれ以上の価値がある。普通でいることは大変なことで、実は物凄く価値のあることなんだなと当たり前の事に改めて気づかされました。実に清々しい気分で映画館を後にすることができましたし、上映館数は少ないですけど、一人でも多くの方に観ていただきたい傑作アニメーションです。機会があればぜひどうぞ。




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以上で感想は終了となります。『エセルとアーネスト ふたりの物語』。普通でいることの尊さをこれ以上ないほど感じられる良い映画でした。絵本の中に飛び込んだような贅沢な感覚が味わえるので、個人的には大好き。オススメですよ。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 


エセルとアーネスト ふたりの物語
レイモンド ブリッグズ
バベルプレス
2019-08-29



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