こんにちは。これです。前回が終わったばかりなのですが、早くも5/6に行われる第三十回文学フリマ東京に申し込ませていただきました。現在そちらで頒布予定の長編小説を執筆中です。開催が近づいてきたら、またお知らせするので何卒よろしくお願いしますね。


それはそれとして、今回のブログは映画の感想になります。今回観た映画は『ブルーアワーにぶっ飛ばす』。2016年のTSUTAYA CREATORS' PROGRAMで審査員特別賞を受賞した企画の映画化です。CMディレクターとする箱田裕子監督の初監督作品だそう。夏帆さんとシム・ウンギョンさんが共演しているということで、このタイミングになりましたが観に行ってきました。


では、感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いします。




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―目次―


・「何もない」が大事なのかも
・私たちには「生」がある
・「人」が描けている稀有な映画
・箱田監督の次回作が楽しみ





―あらすじ―

30歳の自称売れっ子CMディレクター・砂田は、東京で日々仕事に明け暮れながらも、理解ある優しい夫もいて満ち足りた日々を送っている…ようにみえるが、口 をひらけば悪態をつき、なにかあれば毒づいてばかりで心は完全に荒みきっている。
ある日、病気の祖母を見舞うため、砂田は彼女のコンプレックスの根源である大嫌いな故郷に帰ることに。 ついて来たのは、自由で天真爛漫な秘密の友だち清浦。砂田は幼い頃、夜明け前に清浦と出会い、砂田が困った時には必ず清浦が現れてそばにいてくれた。しかし、故郷で2人を待ち受けていたのは、愛想は良いが愚痴っぽい母、骨董マニアで自分勝手な父、引きこもりがちで不気味な兄…再会した家族の前では、都会で身に着けた砂田の理論武装は全く通用しない…
やがて全てを剥がされた時、見ようとしなかった本当の自分が顔を出す―。そして夕暮れに差し掛かる時間、清浦との別れが迫っていた…。 こんにちは、本当の自分。さようなら、なりたかったもう 一人の私―。


(映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』公式サイトより引用)




映画情報は公式サイトをご覧ください。






※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。













・「何もない」が大事なのかも


確かこの映画の存在を最初に知ったのは4月頃だったと思います。夏帆さんが腰に手を当てて立っているビジュアルに「自分探しとか、ほんとうの私とか。んなもん、クソくらえだバカ野郎」というコピーがハマっていて、ビビっと来たんですよね。これは公開されたら観ようとなりました。




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でも、公開は10月だったんですけど、長野ではなかなか公開されなくて。11月も終わるというタイミングでようやく公開されたので、観に行ってきました。かなり高い期待値を持ちながら。


ただこの映画、観終わった後の印象としては正直あまり良いものではなかったんですよね。というのも劇的な展開が何もなくて、基本ただただ日常を映しているだけ。もっと主人公の砂田に感情移入できると思っていましたが、あまりの普通っぷりにそれも出来ず。


唯一の劇的な要素と言えば、天気予報で晴れだと言っているのに、大雨が降ったことぐらい。でも、それも全然許容できる範囲ですし、本当に腰が抜けるほどの「何もない」日常ばかりで。私って劇的な展開が好きなんだなと思わざるを得ず、評価はそれほど高くありませんでした。


しかし、今考えてみるとその「何もない」ことが重要だったのかなと思います。


この映画の主人公・砂田夕佳は東京でCMディレクターをしている30歳の女性。口は悪いですが、そこは一人の大人。撮影中のトラブルにも穏便に対処し、夫と一緒に何気ない日常を過ごしています。それでも、日々に不満を抱えては酒を飲み、不倫に走るなど良くない一面も抱えていました


これ思ったんですけど、同じくCMディレクターをしている箱田監督そのまんまですよね。名前の読み方も同じですし。箱田監督も日々に不満を抱えていて、それをこの映画にぶつけたのかなと感じます。いわば箱田監督の半自伝的作品みたいな。でも、これほどまでに自分のことを書けるなんて実は凄いことだと、私は感じています。その理由は後程。


砂田には自由奔放な親友・清浦あさ美がいました。清浦はテンションが高く、何物にも縛られない人物。それは、ある種東京で仕事や夫との生活に縛られている砂田の理想でもあったのでしょう。清浦は砂田が生み出した空想上の友達として、この映画を観るということも可能だと思います。


まあ私は清浦は清浦で、ちゃんとした一人の人間だと思ってるんですけどね。ラストシーンも後ろで寝ているだけだと思ってますし。映画が終わった後、砂田とは疎遠になっていそうですけど。




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ある日、砂田の元に親から電話がかかってきます。「祖母がある程度元気になったので、実家に帰ってこい」と。渋る砂田でしたが、清浦はノリノリ。「15の夜」を歌いつつ、購入した中古車で砂田の実家がある茨城へと向かいます。(ちなみに箱田監督も茨城生まれだそう。こんなところにも)


砂田曰く、実家のある茨城は「何もない」場所のこと。田舎出身の人が自分の地元を、時に謙遜して言う言葉ですが、砂田は卑下の意味で使っています。確かに、砂田の地元には田園風景が広がり、高層ビルなど一つも建っていません。家々も密集しているというわけではなく点在しており、雑草の伸び切った公園では方言丸出しの学生たちがたむろしています。


これらを見れば、確かに砂田の地元は「何もない」ということができるでしょう。でも、それはあくまで東京に比べたらの話です


私も4年間東京に暮らしていたことがあるんですが、東京って「何でもありすぎる」んですよね。実に1000万人もの人であぶれ、23区内には交通網がきめ細かい網のように敷かれています。仕事も娯楽もチャンスもピンチも有り余っている。「何もない」がない街といえるでしょう。


また、砂田は自分のことを卑下している様子にも見受けられます。本来、人間とは曖昧なもので、あるものもないものもあります。それこそ昼と夜が混在するブルーアワーのように。ただ、砂田は自分の中に「ないもの」ばかりを見ていたのでしょう。自分に「ないもの」が「ある」人間に追いつきたくて、走り続けていたのでしょう。


彼女は自分に「ないもの」を清浦に観ているようでしたし、「止まったら死ぬって、だったら半分死んでるわ」という砂田の呟きは、彼女の強迫観念を象徴しているようでした


さらに、それはカメラワークにも表れていると感じていて。砂田が不倫相手の富樫と車で帰るシーンや、清浦と茨城に帰るシーンで、カメラは車窓の外を映していましたよね。それもフロントガラスから前を向いたショットです。これ車内映さないの面白いなーと思いながら見ていたんですが、もしかしたら前しか、自分に「ないもの」がある人の背中しか見ずに走り続けていた、砂田の心情を表していたのかもしれませんね


そして、砂田の地元である茨城もまた曖昧なものでした。しかし、「何もない」なんてことはありません。茨城には田園があり、家があり、人が暮らしています。茨城にも「あるもの」があるのです。草木が生えない砂漠でもあるまいし。砂漠にも砂が「ある」し。「何もない」ところなんてそうそうないのかもしれません。その曖昧さを表すかのように、茨城に入ってから砂田の実家に向かうまで、カメラは車の横窓の外の風景を撮っていましたね


実家に帰った砂田。実家でのシーンで特筆すべきところは、正直「何もない」です。本当に普通すぎて。農作業で腰が痛いという母親も、骨董にハマる父親も、引きこもりがちな兄も一般的すぎて、正直観ている最中はあまり面白みがないなと思ってしまったぐらいです。普通にご飯を食べて、お風呂に入って、寝て起きる。ただ、それだけ。劇的なことは「何もない」のですが、それが却って砂田にとっていい影響を与えたのではないかと感じました。




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・私たちには「生」が「ある」


繰り返しになりますが、人間とは曖昧なもので、見方によっては「何かある」ようにも「何もない」ようにも見えます。砂田は「何でもありすぎる」東京にいて、自分に「あるもの」を見失っていたのではないでしょうか。しかし、「何もない」地元、「何もない」日常は却って砂田の中に「あるもの」を浮き彫りにします。それで徐々に砂田は再生されていったように感じました。口は悪いままですけど。


砂田の中に「あるもの」。その最たるものは「生」、つまり生きていることでしょう。それは、ラスト付近の砂田が祖母の元を訪れるシーンに表れていると思います。祖母はよぼよぼですが、回復して砂田と面会することができています。爪も死んでしまってはもう伸びることがありません。


生きているからこそ爪を切ることができますし、その様子をビデオカメラに収めることができるのです。「半分死んでる」砂田は、祖母の姿を見て自分も「生きている」こと、「生」が「ある」ことを実感したのではないでしょうか


つまりは自分を卑下することを止めて、認めることをした。自分に対する見方が変わったんだと思います。それが、最後に清浦という理想と別れることを彼女に決意させたのではないでしょうか。きっと「何でもありすぎる」東京の中で、砂田が自分自身のことを埋没していると感じることは、もう無いことでしょう。夕焼けが照らす、砂田の笑顔は開放感があってとても印象的なものでした。


ここで大事なのが、砂田が「振り返る」ことです。ここで初めてカメラはリアガラス(後ろのガラス)からの景色を映します。そして、砂田は過去をも「振り返る」。日の出前のブルーアワー(理屈抜きで大好きなシーンです)で、彼女が振り返った先には、子供の頃の自分がいました


おそらく、祖母に庇護されていた彼女は「何もない」なかで、自分に「あるもの」をしっかりと見つめられていたのではないでしょうか。それが「何でもありすぎる」東京で見失ってしまった。子供の頃の彼女は、30歳になった砂田の理想でもあったと私は考えています。


でも、彼女はそれにも別れを告げることを選んだんですよね。前だけ見て走るのは止めて、それでも振り返ってばかりでは進めない。エンドロールでは、二人が茨城に来たときと同じように、横のガラスからの光景が映されました。これも、曖昧な砂田自身を表しているように思えて、私は好きです


そうなんです。私がこの映画が好きなのは「曖昧」だからなんです



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・「人」が描けている稀有な映画



この映画って、そういう「曖昧」な「人」っていうものを、ものすごく良く描けていたように思うんですよね。キャラクターが動かされているんじゃなくて、キャラクター自らが動いている感じ。この感じは今年観た映画の中でもかなり上位に食い込んでくるかもです。


もううまく説明できないんですけど、口悪くしたり、方言言わせておけばいいんだろみたいな表面的な部分じゃなくて、もっと深層部分で「人」って感じがしたんですよね。それはさりげない所作に表れているというか。砂田が靴紐を結ばずに靴に入れたところとか、富樫が助手席に物を置くところ。砂田と夫との「駅前で猫見た」「よかったね」で終わる会話や、砂田の母親が散らかったキッチンでテレビを見ているところとか。本当に人間的な血の通った所作が積み重ねられていて、すごく好印象でした。靴紐は伏線にもなっていて、こちらも好みでしたね。


これはまず俳優さんの力が大きいんじゃないかなと思います。主人公の砂田夕佳を演じた夏帆さんは、サバサバしたキャラクターをオーバーになりすぎずに演じていましたし、本意とは違う微妙な表情がとても上手かったです。言い捨てる感じよかったなぁ。夏設定なので、鎖骨が常時見えていたのも好きでした。おかげで鎖骨フェチになってしまいそうです。


また、清浦あさ美を演じたシム・ウンギョンさんも、天真爛漫なハイテンションで物語を明るくしていましたし、片言の日本語もいいアクセントになっていて好みでした。夏帆さんとのコンビは安心感さえ感じられましたね。『新聞記者』とはまるで正反対のキャラクターで驚くばかりです。でも、『SUNNY』ではこういったキャラクターで認知されたみたいなんですよね。


他にもでんでんさんや、南果歩さん。渡辺大知さんや、ユースケ・サンタマリアさんなど錚々たる顔ぶれが自然な演技で好演。特に伊藤沙莉さんの田舎のクラブにいそう感は脱帽ものでしたし、こういった「普通」を演じられる実力派のキャストを揃えられたことが、まず一つの大きな勝利ですよね。おかげで、生活感が半端なくて「人」という感じが、じわじわと感じることができました。本当にああいった町ありそうです。


さらには、撮影の近藤龍人さん(『万引き家族』など)、照明の藤井勇さん(『天然コケコッコー』など)、録音の小川武さん(『ぐるりのこと。』など)。これらの他にもスタッフ全員が力を合わせて、これだけ良い映画を作っていますが、やはり一番凄いのは何と言っても監督・脚本をつとめた箱田優子監督ですよね。



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・箱田監督の次回作が楽しみ



これだけ「何もない」日常を描けるというのは、観察眼が人並外れて優れていることの証左ですし、それを伝えられる言語化能力や、コミュニケーション能力にも優れているのでしょう。半自伝作品と言っても、徹底した自己分析をするのは決して容易なことではないと思います。だってまず恥ずかしいし。なんかこういうこと私には全然できないので、すごく憧れちゃいます。


先にも述べた通り、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』はすごく「人」が描けていて、この点では今年で言うと今泉力哉監督の『愛がなんだ』や『アイネクライネナハトムジーク』に並ぶレベルにあると思います


また、同じ女性監督でいうと思い浮かんだのは山戸結希監督ですかね。『ホットギミック ガールミーツボーイ』は凄まじかったです。でも、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』を観て、箱田監督も山戸監督とは違うベクトルでの天才性を持っていると感じました。そう遠くない将来に今泉監督や山戸監督と同じように、TAMA映画賞の最優秀新進監督賞を受賞するのではないかとさえ思えます。


『ブルーアワーにぶっ飛ばす』、観終わった後はそうでもなかったんですけど、色々と考えていくうちに、その凄さが身に染みてくるような映画でした。今では傑作とさえ思えます。これだけ評価が変わった映画は初めてですね。箱田優子監督の次回作も楽しみですし、公開されたら観る機会を貰えれば絶対観たいと思います。また、好きな映画、好きな映画監督が増えました。本当にありがとうございます。




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以上で感想は終了となります。『ブルーアワーにぶっ飛ばす』、今となってはとても良い映画だと胸を張って言うことができます。ぜひ映画館で観てみてはいかがでしょうか。オススメです。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 





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