あけましておめでとうございます。これです。旧年中はたいへんお世話になりました。今年もできる限り映画を観て、ブログに感想を書いていきたいと思っていますので、2020年も何卒よろしくお願いします。がんばります。


さて、時は去年の11月。映画界に彗星のごとく現れた『映画すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』。様々な方面から称賛する声が相次ぎ、公開初週の興行収入ランキングでも3位にランクイン。SNSでも実質ジョーカーだの、攻殻機動隊だっただの、様々なパワーワードが飛び交い、トレンド入りするなど大きく話題になりました。


ただ、長野県では公開は松本のイオンシネマのみ。長野から松本までは電車で一時間以上かかるので、距離的な面倒くささがハードルになって、なかなか観ることはできませんでした。しかし、この度、新年になって長野市でも上映が開始。公開初日に観に行くと、座席は8~9割が埋まっているという盛況ぶり。もちろん親子連れがメインでしたが、ヒットの噂を聞きつけたのか大人だけのお客さんの姿もちらほらと。私の隣は、両隣とも10~20代の女性でした。言うまでもなく私は一人です。


そして、観てみたところ、泣きました。その優しい世界にとても泣きました。両隣の女性もグスングスン泣いていましたし、新年一発目からとてもいい映画を観ることができて、清々しい気持ちです。話題になるのも納得の面白さでした。観てよかった……!最高……!


では、感想を始めたいと思います。拙い文章ですが、よろしくお願いします。




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―目次―

・初心者の私でも問題なく観られた
・思っていたより笑えて楽しかった
・誰にだって居場所はあるという優しい世界に泣いた





―あらすじ―

いつもの喫茶店、いつものすみっこ。
その地下室に隠された、不思議な絵本とは・・・?

ある日すみっコたちは、お気に入りのおみせ「喫茶すみっコ」の地下室で、古くなった一冊のとびだす絵本をみつける。
絵本を眺めていると、突然しかけが動き出し、絵本に吸い込まれてしまうすみっコたち。
絵本の世界で出会ったのは、どこからきたのか、自分がだれなのかもわからない、ひとりぼっちのひよこ・・・?
「このコのおうちをさがそう!」新しいなかまのために、すみっコたちはひとはだ脱ぐことに。

絵本の世界をめぐる旅の、はじまりはじまり。

(『映画すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』公式サイトより引用)






映画情報は公式サイトをご覧ください。









・初心者の私でも問題なく観られた


まず、すみっコぐらしはサンエックスのキャラクターです。子供から大人まで幅広い支持を獲得していますが、私は映画になって初めてすみっコぐらしを知ったぐらいのビギナー。分からなかったら嫌だなと、映画の公式サイトで予習をしてから見たのですが、この映画では、そんなすみっコぐらしを知らない人にもわかりやすいように、ちゃんと冒頭にキャラクターの説明がなされていました


寒さに耐えきれずに来たからやってきたしろくま。自分探し中のぺんぎん。恥ずかしがり屋のねこ。食べ残されてしまったとんかつえびふらいのしっぽなどなど。そして彼らは部屋の隅っこが大好き。井ノ原快彦さんの穏やかな声とともに説明がなされて、すみっコぐらしを知らない人にも楽しめる親切設計となっていました。あまりに隅っこが好きなので縦一列になってしまうのは笑いました。


しかし、これを人間に置き換えてみるとどうでしょう。場の中央にいることができず、常に隅っこにいる人たち。彼らを総称すると陰キャと呼ぶことができるでしょう(なお、ここには仕事がない、収入がない等社会的弱者も含みますが、ここでは陰キャのみを扱います)。


この陰キャが隅に固まって話している姿は、あまり見てくれが良いとは言えません。周囲から見ればその姿は、傷の舐めあいのようにも映るでしょう。淡いパステルカラーのアニメーションと、つぶらな目のキュートなキャラクターに隠されていますが、すみっコぐらしがやっていることはけっこうエグイと私は思います。


この映画のキャッチコピーは「きみも、すみっコ?」でしたが、観る前から答えは、私もすみっコだと決まっていました。だって、私はコミュニケーションが絶望的に苦手で、友達も一人もおらず、飲み会(もう呼ばれなくなったけど)に誘われても、隅の席で一人スマホをいじっているような人間ですからね。大晦日や正月の親戚の集まりでも一言も話せなくて、自分が嫌になりましたよ。


それで、映画の前に公式サイトのキャラクター紹介を見ていたんですけど、自信がない気が弱いのこりものにせものといったネガティブな言葉がずらりと並んでいて、そのどれもにこれ私じゃんって感じたんですよね。


先の年間ベストの記事で、「昨日まで選ばれなかった僕ら」(©the pillows)という言葉を使わせてもらったんですけど、すみっコたちにもこの言葉がぴったり当てはまるなと思ったんです。「昨日まで選ばれなかった僕ら」の映画が好きな私は、観る前からこの映画は自分に合うんじゃないかと思ってたんですけど、その予感は的中しました。「昨日まで選ばれなかった僕ら」を癒して、肯定してくれる映画だったんです。

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・思っていた以上に笑えて楽しかった


映画の話をするはずが、すっかり自分語りになってしまいました。誠に申し訳ありません。ここからはちゃんと映画の話をしたいと思いますので、なにとぞご容赦を。


お腹がすいたと喫茶店に行くすみっコたち。そこにはまめマスターおばけというキャラクターが働いていました。おばけは掃除好きなキャラクター。埃たちを払おうと追いかけて、古い部屋に入ります。そこには地下室に通じる階段があって、その地下室には飛び出す絵本がありました。そして、おばけはその絵本の中に吸い込まれ、おばけを探しにきたすみっコたちも同じく吸い込まれてしまいます


絵本の中はなんと桃太郎の世界。とんかつとしろくまがおじいさん、おばあさんになって、桃を拾います。割ってみると、中には桃太郎の格好をしたねこが入っていました。あまりの急展開に戸惑うすみっコたち。お供の犬、サル、キジもすでに用意されています。そして、その中にいたのが迷子のひよこ


すみっコたちはひよこを匿い、話を聞きます。自分探し中のぺんぎんは、迷子であるひよこを自分と似た者同士と考え、ひよこが元いた世界を探すことを決意します。困っている存在に手を差し伸べる優しい世界です。


しかし、どこを探せばいいか途方に暮れるぺんぎんたち。そんな折、絵本の仕掛けが作用して、すみっコたちはさまざまな世界に飛ばされてしまいます。マッチ売りの少女、人魚姫、赤ずきんちゃんにアラビアンナイト。それぞれの世界に飛ばされたすみっコたちの苦難の始まりでした。


とはいっても、この映画はその苦難を面白おかしく見せていて、あまりすみっコたちの大変さを感じさせないように心がけていました。やたらと大きい桃や、「開け!きゅうり!」、食べてくれるの?と喜ばれ、逆に引いてしまうオオカミなど笑えるシーンが満載。また、すみっコたちのある種のボケにナレーションの井ノ原さんがツッコミを入れていて、そちらも可笑しかった。テンポもよかったですし、飽きることなく見ることができました


それに、ページをまたいで移動するなど、絵本でしかできない展開が多かったのも嬉しいポイント。ひよこの正体も、最後の展開も絵本ではなくてはできないもので、脚本の妙を感じました。あの展開は熱い。


あとは、やっぱり優しい世界ですかね。この映画って明確な悪役がいないんですよ。オオカミは引かせることでバランスを取っていましたし、鬼もご飯を貰ったことに礼を言うなど、とにかく優しい。その優しさに癒されましたし、すみっコたちがひよこにすみっコを譲るシーンは、優しさに溢れていて、胸が暖かい気持ちになりました。


いったんはバラバラになったものの、なんとか再び集まることに成功したすみっコたち。ここで、おばけが先に元の世界に戻れる方法を見つけ、一人帰っていってしまいます(ここも伏線が張られていましたね)。そして、そのスイッチを見つけてすみっコたちが辿り着いたのは、みにくいアヒルの子の世界でした。ひよこはみにくいアヒルの子の世界から来た白鳥のヒナでした。ひよこは白鳥に囲まれて、自分の世界に帰っていきましたとさ。めでたしめでたし。


とは、この映画はなりません。ここからもう一つ捻りの利いた展開がこの映画には用意されていました。そして、ここからが私の涙腺崩壊ポイントになります。




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・誰にだって居場所はあるという優しい世界に泣いた


ハッピーエンドになるかと思われましたが、ここで本当の白鳥のヒナが登場。ハクチョウたちはいずこへと去っていってしまいます。ひよこの世界はみにくいアヒルの子の世界ではなかったのです。


なら、ひよこはどこから来たのか。答えは白紙のページからでした。ひよこは絵本を読んだ子供が描いた落書きに過ぎず、最初から故郷などなく一人ぼっちだったのです。まず、この悲しさに胸を締め付けられるような思いがしましたね。私も世界で一人ぼっちだと感じてますから。陽キャの集まりには入れませんから。


ならば、陰キャ同士、すみっコ同士で固まればいいじゃないかと思うかもしれませんが、現実はそうはいきません。陰キャは基本的にぼっちです。なぜぼっちかと言うと、自らは陰キャであるという自覚はあるものの、他の陰キャと一緒にされたくない。あいつよりはまだマシだという屈折した感情が働いてしまうからなんですね。だから、陰キャ同士はあまり話しませんし、どんどんと孤立していきます。本当の陰キャは傷を舐めあう相手さえいないのです。傷口は開き続けます。


でも、すみっコたちにはそんなよこしまな気持ちなどなく、すみっコ同士素直に固まっています。そして、一人ぼっちのひよこにも「一緒に来ない?」と手を差し伸べる。こんなものは理想ですよ。現実はこうはいきませんよ。でも、フィクションだからこそ描ける優しい世界に私はやられてしまったんですよね。一人ぼっちになんてしないという優しさに、自分まで救われたようで気がついたら泣いていました


すみっコたちはひよこも一緒に自分たちの世界に連れて帰ろうとします。絵本ならではの方法で、帰るところまであと一歩のところまで迫るすみっコたち。しかし、絵本の中の存在であるひよこはすみっコたちが暮らす世界に行くことはできません。すみっコたちはここでひよこと別れを余儀なくされてしまいます。


正直に言うと、この展開は予想通りでした。だって、クレヨンしんちゃんの映画『夕陽のカスカベボーイズ』を観てますから。この映画でしんのすけはツバキという女の子に恋するんですけど、そのツバキは映画の中のキャラクターに過ぎず、現実世界には出てこれないんですね(超絶ネタバレ)。その切なさが大好きな映画なんですけど、この映画を観ている途中、ずっと『カスカベボーイズ』が頭をよぎっていました。だから、この映画も別れるんだろうなと。


ただ、それでも私は泣いてしまったんですよね。それはひとえに演出によるものです。この映画は子供にもわかりやすいようにナレーションによる説明が多かったのですが、この別れのシーンはナレーションがないんですよ。また、感傷的な音楽が泣かせますし(この映画ずっと劇伴がよかったです)、あんな熱い展開をされたら好きに決まってるじゃないですか。ひよこがすみっコたちとの思い出を振り返るのはベタな演出ですけど、胸に迫りますし、その後の終わり方も含めて、誇張なしで涙が止まりませんでした。とてもいい映画を観たという満足感がありましたね。




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観ていて思ったんですけど、この映画って居場所がテーマなのかなと思います。隅っこというのは相対的なもので、中心がなければ隅っこもありません。人として望ましい居場所は中心に決まっています。なので、隅っこにいる人は後ろめたく思うのも当然ですし、私ももう死のうかなと思いながら、日々を生きています。だけれど、自分がこの世界の中心だと思っている人はどれだけいるのでしょうか。きっと少ないと思います。多くの人が少しずれた感覚を持ちながら生きているのではないかと思います。


でも、この映画、ひいてはすみっコたちは隅っこにいることを肯定するんですよね。隅っこでも居場所があればいいじゃないか、みたいに。誰にでも居場所はある。隅っこだって居場所の一つ。隅っこに集った者たちは、外からだと傷を舐めあっているように見えるけど、それは励ましあいであり、助けあいである。いるだけで助けになり、救いになっている。「昨日まで選ばれなかった僕」ではなく、「昨日まで選ばれなかった僕」。そういった優しいメッセージをこの映画は発信しているように思えて、そこに一番私は泣いてしまったんですよね。


それで言うと、この映画の終わり方は本当に最高で。居場所のないひよこに、すみっコたちが居場所を作ってあげるという終わり方をしているんですけど、生きて居る場所を、励ましあい助けあえる仲間を
提供するという優しさに、とどめを刺された
んですよね。『カスカベボーイズ』のその先の展開を見せてもらった気がして。それは絵本でなければできなかったことで。最後まで涙を流しながら、気持ちよくみることができました。これはあれだけ話題になったのにも納得ですね。新年の最初から傑作を観させていただきました。本当にありがとうございます。




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以上で、感想は終了となります。『映画すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』。去年話題になったのもうなずける作品でした。まだまだ拡大上映中とのことなので、機会があれば、ぜひ観てみてください。オススメです。


お読みいただきありがとうございました。

おしまい
 





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