こんにちは。これです。


いきなりですが、私は小規模映画が好きです。近代化されていない町の小さな映画館でコーヒーを飲みながら観る小規模映画が好きです。なぜなら観る人が少ないから。観る人が少ないと興収も上がらず作り手さんたちにお金が入らない。だから興収に少しでも貢献しようと、小規模公開映画を観に行って感想を書いたりするわけですよ。迷ったときには公開規模が小さい映画を選ぶことさえあります


でも、その小規模映画も大作と呼ばれる映画がなければ成り立たないんですよね。大作映画の興収で映画産業自体が潤って、その分を小規模映画に回せる。大作が不振に陥りパイが少なくなると、その煽りを受けるのってまず小規模映画なので、大作映画は大作映画でヒットしてほしいなという思いもあります。


ただ、日本じゃ大作映画が作りづらい。その最大の要因は予算でしょう。だって、ハリウッドの超大作と比べると日本映画の予算ってウン十分の一という話ですからね。今どき映画という意味のないものに大金を出してくれるスポンサーなんていないですよ。そして、それがオリジナル企画となれば尚更です。ヒットするかどうかも不透明なオリジナル企画にお金を出してくれるスポンサーとなればその数はさらに少なくなることでしょう。
 

そこに現れたのが『22年目の告白』の入江悠監督のオリジナル大作映画『AI崩壊』です。2030年の近未来を舞台にAIが命の選別を始めるというディストピアを描いたこの映画。日本のオリジナル企画でここまでの規模の映画はなかなかなく、それが初週で興収1位を獲得しているという事実は歓迎すべきものではないでしょうか。


というわけでこの波に乗り遅れないうちに観てきましたよ、『AI崩壊』…!観終わった後の感想を一言で言うなら凹んだですけどね...!まあそれは観る前から分かっていたことですけど…!


それでは感想を始めたいと思います。ただ、まとまっていないのはいつものことの上、かなりセンシティブなことまで書いています。それでもよろしければお読みいただけると幸いです。




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―目次―

・AIのリアリティは説得力十分
・テメェのケツぐらいテメェで拭くぜ!
・間引かれて当然の人間だよ私は





―あらすじ―

2030年。人々の生活を支える医療AI「のぞみ」の開発者である桐生浩介(大沢たかお)は、その功績が認められ娘と共に久々に日本に帰国する。英雄のような扱いを受ける桐生だったが、突如のぞみが暴走を開始――人間の生きる価値を合理的に選別し、殺戮を始める。警察庁の天才捜査官・桜庭(岩田剛典)は、AIを暴走させたテロリストを開発者である桐生と断定。日本中に張り巡らされたAI監視網で、逃亡者・桐生を追い詰める。桐生が開発したAIを管理していたのは、桐生の亡き妻でありAI共同開発者の望(松嶋菜々子)の弟、西村(賀来賢人)。事件の鍵を握る西村も奔走する一方で、所轄のベテラン刑事・合田(三浦友和)と捜査一課の新米刑事・奥瀬(広瀬アリス)は足を使った捜査で桐生に迫る。日本中がパニックに陥る中、桐生の決死の逃亡の果てに待っているものとは?一体、なぜAIは暴走したのか?止まらないAI社会の崩壊は、衝撃の結末へ――。

(映画『AI崩壊』公式サイトより引用)






映画情報は公式サイトをご覧ください。








※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。






・AIのリアリティは説得力十分


結論から申し上げますと、『AI崩壊』は昨今ないほどの大作ムーブを味わえる映画でした。やたらと人の多い状況での撮影。監視と追手をどうやって潜り抜けるという緊迫した展開(途中までは)。病気、爆発、海外ロケ。大仰さを増していく音楽に、最後は気合い。情緒的な主題歌に、30人規模の製作委員会(エンドロールもよかったら観てね)。ここまでの大作ムーブを全身に受けて、却って清々しい思いさえしました。


時は2023年、AI開発者の桐生浩介は新たな医療用AIの開発に成功します。ただ、そのAIの使用は国から認可が降りず、病気の妻を救うことができませんでした。正直「また病気か...」とちょっと辟易してしまった部分はあるのですが、動機づけのためには必要な要素なので、そこまでとやかく言うところではないですね。「いつかAIで病気に苦しむ人を救ってほしい」という思いは至極真っ当なものですし。


桐生は亡き妻の思いを糧にし、また関連法も成立したことで、医療用AI「のぞみ」は受け入れられ、稼働を開始。腕時計型の「のぞみ」により、人々の健康は管理され的確な治療が可能に。また、「のぞみ」は他AIとも連携し、移動や生活にも活躍の場を広げ、2030年には「のぞみ」は電気、ガス、水道に続く第4のライフラインとして人々の暮らしに根付いていました。(書いてて思ったけど、2030年ってまだガスは健在なのかな。電気や水道と並ぶほどの存在感はないような気もする)


このAI関連の描写は三名の専門家に監修してもらっただけでなく、入江監督自身も「人工知能学会」というアカデミックなところに入会して1年に渡る取材を続けたそう。その甲斐もあってAIの描写は限りなくリアルに近づいていましたね(本当かどうかはまだ体験していないので何とも)。買い物から運転、エアコンの温度設定までいたるところでAIが主導権を握っていて、もはや体の一部。それがいきなり切り落とされるのですから、あそこまでのパニックも頷けます。警察の捜査用AI「百眼」による捜査も凄く怖かったですし、AI関連の説得力は観客を騙すには十分すぎるほどの説得力があったと思います。




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2030年、桐生とその娘のはシンガポールで暮らしていました。千葉に「のぞみ」の新たなデーターセンターが完成した記念に(ついでに総理大臣賞も)、再び日本に帰ってくる二人。ただ、久しぶりの日本は少子高齢化と過疎化によってそんなに大きくは変わっていない様子。新設されたデーターセンターの前では、産業革命時よろしく(ちなみに今は第4次産業革命の真っただ中。詳しくは調べて)、AI反対のデモが盛大に行われていました。ここ個人的には少しうるさすぎたかな。というかデモのシーンは全体的に音量を少し下げてほしいと感じました。


さて、映画は桐生の記念スピーチの最中。そこにAI反対派の記者が乗り込んできます。「AIが人を選別することはないのか」と。当然桐生は笑顔で否定。車に乗り込んで総理官邸に向かおうとしますが、心が家族の思い出の写真をどこかに落としてしまいます。後から追いつくからと桐生と別れ、地下13階のデーターセンターにまで探しに行く、心とHope(「のぞみ」の管理会社)の社員たち。


しかし、ここで何者からの外部アクセスによって「のぞみ」が暴走。制御不能の状態に陥ってしまいます。そして、データーセンターに一人閉じ込められる心。何者かに攻撃を受けたと判断した「のぞみ」は自らを冷却するために室温を下げ続けます。心はみるみるうちに低体温症に。このままでは24時間も持たないと宣告されてしまいます。ここで、この映画に一つのタイムリミットが設定されました。


一方、Hopeは外部アクセスの発信源を特定。その発信源は桐生が持っているデバイスでした。しかし、桐生は身に覚えがありません。それでも機動隊が到着し、桐生を取り囲みます。でも、「のぞみ」暴走の余波による事故で、桐生は機動隊からいったんは逃げ出します(機動隊ザルじゃない?とも思ったけど、ここで捕まったら話が終わってしまうので仕方ない)。ここから桐生の逃走劇が幕を開けました。


この逃走劇、前半は文句なしに面白いんですよね。桐生を追い詰める警察の捜査用AI「百眼」はその名の通り、あらゆる監視カメラやAI技術を用いて桐生をパパッと特定します。個人のドライブレコーダーやデバイスまで使っていて、プライバシーもへったくれもない違法捜査ですが、逃げ場のない緊迫感はありました。


さらに、逃げる場所も街中、地下水路、船の中など多彩。特に地下水路と船の閉鎖感はいつ捕まるんじゃないかと観ていてドキドキさせます。場所選びが上手いですね。BGMを抑えめにして緊迫感を出していたのも良きでした。あと、桐生を演じた大沢たかおさんが無駄にムキムキだったのも良かった。開発者だってジムに行くし、筋トレもするだろと言われたらそこまでなんですが、このムキムキさが一般的な開発者のイメージとギャップがあって面白かったです。追われている必死な感じも増していましたしね。演技自体も迫真のものでした。




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・テメェのケツぐらいテメェで拭くぜ!



ただ、前半はとても面白かったし、没入できたんですが、後半になると少し冷めてしまったんですよね、私は。正直に言うと、途中でゴールが見えてしまったんです。


具体的には副総理が再登場して、総理大臣になったシーンぐらいですかね。「あっ、こいつが黒幕だ」って気づいてしまったんですよ。まぁ大体の人は初登場時の「国民仕分け法」の時点で気づいたと思うんですけど。副総理が国家維持のために主導しているって。その構図が見えてしまって、言ってしまえば途中でどうでもよくなってしまったんですよ。「はいはい、こいつが黒幕でしょ」って。まあ展開を追う必要もなくなって、俳優さんたちを追えたのはよかったんですが、心が少し離れてしまったのは正直なところです。


でも、期待はしてました。「衝撃の結末と謳うからには、きっとこの簡単な予想を超える展開があるはずだ」って。でも、予想通り普通に副総理が黒幕で。国家維持のために人間を選別していて。この映画って公開一週間前くらいに重大なネタバレが出回って、ちょっとした騒ぎになったじゃないですか。まあ私はそのネタバレを踏まずに観にいったんですけど、これならネタバレされててもあまり変わらなかっただろうなという気はしました。ぶっちゃけそろそろ「衝撃の結末―」と宣伝するのは控えてほしいですね。衝撃じゃなかったときの落胆が後を引いて映画の評価を下げてしまうので。


そんな少し心が離れた状態でも、映画はお構いなしに続きます。「のぞみ」は人間の指示に従わず、何かを学習中。そして学習をコンプリートし、社会に必要な人間と不要な人間の選別を始めました。その選別が完了するまでは6時間。ここで、この映画に二つ目のタイムリミットが設定されました。



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その後は、桐生の義弟である西村が撃たれたり、車が爆発したり、なんだかんだありつつ、桐生は心が閉じ込められている千葉データーセンターに到着します(6時間過ぎてない?とは思いつつもない。何故か東北自動車道空いていたけど)。ただ、そこに待っていたのは警察庁の理事官でサイバー犯罪対策課を指導する桜庭ら警察の面々。桐生万事休すか―と思いきや、持ち前のプログラミング技術を駆使し、桜庭が犯人であることを突き止めます。


桜庭は言いました。


働ける人間は国民の50%、未来を担う子供は10%未満、残り40%は老人と生活保護者。日本は破綻している
国家を維持するためには生産性のない人間には退場してもらうしかない
これからは合理的なAIで合理的に進めなくては


正直一理あると思います。国家を維持するだけなら正しいとさえ思います。まあとうてい受け入れられるものではないですけどね(これについては後述します)。


罪を認めた桜庭。しかし、桐生によってその供述は全世界に配信されていました。逮捕される桜庭。その前に桐生がこう言いました。


AIにできなくて、人間にしかできないことがある。責任を取ることだ


これは耳が痛い言葉です。だって、AIに全てを任せておけば何かあったらAIのせいにすればいいんですから。自分で責任を負わなくて済んで楽ですからね。でも、責任を手放して、自分の命の綱を他人に握らせておいた結果が、あの大パニックです。命の選別です。どんどんAIが進歩していって、権利や責任を委譲する人間への警鐘なのかもしれないですね、この映画は。痛い目見るぞっていう。


これはたぶん分からないと思うんですが、昔「世界まる見え!テレビ特捜部」だったかな。世界の面白CMを紹介するコーナーがあったんですよ。そこでペーパーレス社会をイジったCMが紹介されていて。どんなにペーパーレス社会になっても、トイレットペーパーは変わらず必要だよというものだったんですけど、それを思い出しましたね。というか覚えている人います?ネットを検索しても出てこないんですけど。


まあなんでこれを思い出したかと言うと「テメェのテメェぐらいてめえで拭くぜ!」ってことなんですよね。自分の責任は自分で負うという。昔のヤンキー漫画の精神よ今再び。普段から責任を他人に押し付けて逃げてばかりの私ですけど、もうちょっとしっかりしよう。じゃないといつ殺されるか分からないなと思い知らされましたね。AI以前に人間として大事なことです。まあ自己責任論も行き過ぎると自分を刺す刃になってしまうので、そこはほどほどにですけどね。


それと桜庭関連で気になったのが、最後。「遅かれ早かれAIは人間を選別しますよ」って言ってたじゃないですか。取調室で。あれ誰に向かって言ってたんですかね?いや映画を観ている私たちにだとは思いますけど、なんか「世にも奇妙な物語」のタモリさんみたいになってませんでした?シンギュラリティが来るよって警告したかったんでしょうけど、ほら、今結構有名じゃないですか、シンギュラリティ。「仮面ライダーゼロワン」でも取り上げられて。知名度が上がった分、最後の桜庭のシーンはちょっと蛇足に感じてしまいました。桜庭を演じた岩田剛典さん自体はあまり見ないクールな役どころでよかったんですけどね。




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えっと、まだもうちょっと書きたいことあるんですけど、これ書いていいですかね…?結構センシティブな話題なんですけど…。






分かりました。書きます。ただ、石は投げないでくださいね。あくまで個人の感想であり、何らかの意見を代弁するものではないですから。それだけは留意してもらえるとありがたいです。

















※ここからは非常にセンシティブな内容を含みます。不快な表現も多々あります。もしかしたら気分を害されるかもしれませんが、それでもよろしければどうぞ。












・間引かれて当然の人間だよ私は


桜庭は言いました。


国家を維持するためには生産性のない人間には退場してもらうしかない


この思想、ナチスドイツの優生思想にも似た危険な思想ですが、正直分かってしまいます。というか、この映画の予告編を見て「あっ、真っ先に私殺されるわ」と思ったぐらいですから。はっきり言えば、私はこの世から、社会から退場すべき人間なんですよ。


『AI崩壊』を観て、私はある事件を思い出しました。2016年7月26日、神奈川県相模原市で起きた戦後最悪の大量殺人事件(当時)。「津久井やまゆり園事件」です。


相模原障害者施設殺傷事件(さがみはら しょうがいしゃしせつ さっしょうじけん)は、2016年(平成28年)7月26日未明に神奈川県相模原市にあった神奈川県立の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」にて発生した大量殺人事件。元施設職員の男A(犯行当時26歳)が施設に侵入して所持していた刃物で入所者19人を刺殺し、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせた。


(相模原障害者施設殺傷事件-Wikipediaより引用)



今年に入って公判が行われたことも記憶に新しいこの事件。もう二度と繰り返してはならない事件ですが、この男Aは犯行前に当時の衆議院議長にこのような手紙を宛てています。



私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。

(参考:http://wwwave.net/blog/arok/ishihara/sagamihara-2016.html



男Aは手紙の中で障害者を「不幸を作ることしかでき」ない存在とみなし、「障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます」と誤った思想を平然と正当化しています。これは「価値のない人間を選別して間引く」という『AI崩壊』で描かれたAIの暴走と何ら変わりのないものではないでしょうか。これは間違いなく唾棄すべき思想です。あってはいけません。少なくとも道義上ではです。


ただ、勘違いしてほしくないのは、私はこの点を以って『AI崩壊』をあってはならない反道義的な映画だと弾劾しているのではありません。むしろフィクションの中でしか描けない(と私たちは思いたい)思想であり、その恐怖を突きつけたこの映画は、個人的な拒否こそすれ、誰に否定されるものではありません。思想の自由は保障されるべきもの。ただただ私だけが落ち込んでいるということです。


それは、おそらく私自身が障害者であるからでしょう。私は発達障害当事者であり、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けています。また、障害基礎年金の給付も受けています。私は皆さんの税金で生かされています。いつもありがとうございます。


ただ、それと同時に申し訳なさも感じるわけですよ。生きていてごめんなさいという。だって私が死ねば、その分の障害年金をまた別のところに回せますからね。それで助かる人もいるでしょうし。本当発達障害程度で障害年金の給付を受けていてごめんなさいですよ。もっと重度の障害を持つ方で、障害年金の給付を受けずに頑張っている方はいくらでもいるわけですし、その方々に顔向けができないです。


それに、私は障害年金の給付を受けていながら、映画やサッカーに行っているんですよ。一応障害者雇用で契約社員として働いてはいますが、その収入は生活費に消えていきます。映画鑑賞やサッカー観戦といった趣味の費用は障害年金から捻出しているのが実情です。どうですか?腹立ちません?金返せと思いません?生活保護でパチンコに行く人は叩くくせに、私を叩かないのっておかしくないですか?パチンコと映画やサッカーでは何が違うんですか?だから、映画を観るときはいつも申し訳なさを感じているわけですよ。皆さんの税金で映画を観てごめんなさい。1000円の割引を受けていてごめんなさいって。


まあ私は生きていても何の役にも立ってませんし、誰も幸せにしてませんし、間引かれて当然の存在
というわけです。私がいなくなれば皆さんの税金をちょっと有意義に使うことができるわけですからね。だから「退場してもらうしかない」と言われたら、ごめんなさいごめんなさいですよ。まあ好んで刺されに行った部分もあるんですが、想像通り刺されて凹んでます。これで、この映画に文句を言ったとすれば、それはいちゃもんと呼ばれるものでしょう。その事実が私をさらに落ち込ませるわけですよ。この気持ち分かるかなぁ。分かんないか。みんな経済的に自立してますもんね。


でも、だからこそこの映画を観て少しでも分かってほしいんですよね。間引かれる側の気持ちを。他の方は違うと思いますが、私は間引かれて当然だと思っているので。そして自らの倫理観を問い直していただければ幸いです。自分にも優生思想な部分がないかどうか。それを自覚して無くす努力をすることで、漠然とした言葉ですけど、より良い共生社会に近づくのかなって。そう感じました。




あぁ辛い。凹むなぁ。これは絶対『37セカンズ』観なきゃなぁ。


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脳性まひの女性が主人公の映画で、私のパーソナリティ的に観ないとダメな映画だと思ってはいたんですけど、より観たい思いを強くしました。私の落ち込んでいる気持ちを和らげてくれるはず。多分。とりあえず明後日観に行こうと思っているので、何事もなければこのブログにまた感想を書きますね。おそらく同じ話をすると思いますが、何卒よろしくお願いします。
















以上で感想は終了となります。最後の方、感想じゃなくて懺悔になってしまってごめんなさい。でも、『AI崩壊』自体は、近未来SFとして見どころの多い作品に仕上がっています。興味のある方は観てみてはいかがでしょうか。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 


AI崩壊 (講談社文庫)
浜口 倫太郎
講談社
2019-11-14



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