こんにちは。これです。


近年すっかり影が薄くなってしまっているJホラー。最近でも『来る』や『地獄少女』『貞子』など少しずつ製作されてはいるものの、どれも話題になったとは言い難いです。さらにJホラーには小規模公開のものも多く、地方である長野にはあまり届いてきません。怖いものは苦手ですし、Jホラーもほとんど観てはいませんが、Jホラーが嫌いでない私は少し飢えていました。


そんななか今年に入って公開されたのが『犬鳴村』です。言わずと知れた『呪怨』の清水崇監督の最新作であるこの作品。長野でもタイムラグなしで公開されたので、観に行ったところ、意外なことが起こりました。なんと地方のミニシアターではあまり見ない若い人たちが20人ほど観に来てくれたのです。中には「来るの『ドラゴンボール』ぶりだわー」という人まで。一年ぶりですよ。その若い人のあまりの多さに「あれ?『犬鳴村』ってこんな映画だったの?『コナン』ぐらい来てない?」と思ってしまったほど。まだまだJホラーに需要があることを知って、観る前から非常に嬉しくなりました。


そして、映画が終わった後には「めっちゃ怖かったわー」という男性の声が漏れてました。もうこの時点で内心ガッツポーズですよね。他のお客さんの反応が知れるというのは、家で映画を観るときには味わえない感覚です。Jホラーを楽しんでくれたようで本当に良かったです。


でも、正直なことを言うと、私は『犬鳴村』はあまり怖くはなかったんですよね。別に強がりではなくて、レイティングも全年齢対象であることと相応だなって。ココイチでいったら普通~1辛レベルだと思います。つまり全然いけます。ホラー映画でこんな勧め方は良くないのかもしれませんが、『犬鳴村』は、怖いのが苦手な人でも楽しめる入門的な映画なので、よかったら映画館に足を運んでみてください。 


なんかもうまとまった感ありますが、本編の感想はここからです。拙い文章ですがよろしくお願いします。




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―目次―


・導入は良かった
・ツッコミどころもあるけど楽しめた前半
・日常から逸脱していて怖くなかった
・胸糞悪いのは好き






―あらすじ―

臨床心理士の森田奏の周りで突如、奇妙な出来事が起こり始める。「わんこがねぇやに ふたしちゃろ~♪」奇妙なわらべ歌を口ずさみ、おかしくなった女性、行方不明になった兄弟、そして繰り返される不可解な変死…。

それらの共通点は心霊スポット【犬鳴トンネル】だった。「トンネルを抜けた先に村があって、そこで××を見た…」突然死した女性が死の直前に残したこの言葉は、一体どんな意味なのか?全ての謎を突き止めるため、奏は犬鳴トンネルに向かう。しかしその先には、決して踏み込んではいけない、驚愕の真相があった…!

(映画『犬鳴村』公式サイトより引用)




映画情報は公式サイトをご覧ください。






※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。











・導入は良かった



とはいえ、全体的には怖くないという評価になってしまったものの、序盤の撮り方はかなり秀逸なものだったと思います。この映画のスタートはYoutuberの撮影という形で始まるんですよね。この撮影している男性の主観目線と、荒い映像が恐怖を煽るのに最適だったと思います。目の前で起こっていることをダイレクトに映し出す恐怖がありました。客観的な映像ではこうはならない。


それに、この段階ではまだ何が起こるか分からないという怪異があったわけですよね。緊張を煽っておいて何もないという緩和が効いていて、観ているこちらの関心を煽ります。落差は大きければ大きければいい。この手の主観的映像は、POVというらしいですが、こういった潜入モノとしてはベタですが、やはり使われ続けるのには訳があるということを実感させられますね。


あと、単純にYoutuberの明菜役の大谷凛香さんが可愛い。なんですか、あの背伸びをしない身近な可愛さは。特に懐中電灯で自分の顔を照らすのは最高でしたよね。あのシーンでこの映画が一気に好きになりましたもん。『ミスミソウ』にも出演されていたみたいですが、また好きな俳優さんを見つけてしまいました。


ざっくりと見てきましたが、この導入は本当に良かったんですよね。これが続いてくれるなら...という期待はあったんですが、残念ながらこの導入が『犬鳴村』の怖さのピークとなってしまったように感じられました。逆に言えば、ここさえ乗り切ることができればあとは大丈夫です。最初にだけツンとするワサビみたいなものです。なので身構えることなくどうぞふらりと観に行ってください。



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・ツッコミどころもあるけれど楽しめた前半



本編に話を戻します。明菜は普通に家に戻ってきます。死んでるのかと思った。が、不思議な歌を口ずさんだり、サイコな絵を書いたりと、どうも心の調子がおかしい様子。そして、放尿しながら歩き、挙句の果てには鉄塔から飛び降りて死んでしまいます(ここが序盤の瞬間最大風速だったかな...)。そして、次々起こる変死。全く無関係の他人まで巻き込まれるのは少し可哀想でしたね。


一方、この映画の主人公である森田奏は臨床心理士をしていて、一人の子供・遼太郎を診ています。その子供はある夢を見るといいます。しかし、その夢は奏に話されることはありません。言っても「もう一人のお母さんが…」くらいです。そして、その子に近づく奏にはいるはずのない女性が見えるという怪奇現象が起きていました。鏡に映っているはずなのに、隣にはいない女性。これまたベタな脅かし方ですが、着実に恐怖心を煽っていきます。


この森田奏を演じたのは、昨年『ダンスウィズミー』での活躍も記憶に新しい三吉彩花さん。今作は全く違った役柄ですが、じわじわと来る恐怖にやられていく奏を上手く演じていたと思います。何が何だかわからない中盤の演技が良かった。まあ公式サイトにある「最叫ヒロイン」というほどには叫んでいませんでしたが、三吉さんのスタイルを考えるとそれも妥当でしょう。ただその恵まれた体躯(こう書くとスポーツ選手みたい)を生かした逃げ惑うシーンも見たかったような気がします。


さて、物語ですが明菜の彼氏であり、奏の兄である悠真は、明菜がおかしくなった犬鳴トンネルに友達と出向きます。この犬鳴トンネル、結構な奥地にひっそりとあるのかなと思いきや、なんと同じ市内の車で行ける距離にあるではありませんか。意外と身近なところにあるのにまず驚きました。しかし、トンネルには以前訪れたときにはなかったバリケードが敷かれていて、落書きも書かれている状態。まあこのバリケード、どうぞ登ってくださいと言わんばかりに段差があって、楽にトンネル内に入ることができたのは笑いましたけどね。そして、隠れてついてきた奏の弟、康太もトンネル内に入ってしまい、行方不明になってしまいます。


さらに、遼太郎の容態が一変。また、明菜の検死をした医師も危篤状態に陥ってしまいます。奏の周りで次々と起こる怪奇現象。ここで心霊が奏たちを襲うわけですが、あの心霊の動き、超面白くなかったですか。変なところでスムーズでしたよね。特に電話ボックスから退散するシーンなんて思わず笑ってしまいましたよ。映画としてはどうなんだと思わなくはないですが、個人的には楽しかったです。


医師も溺死してしまい、奏の兄弟は戻らないまま。不審に思った奏は、父親(高嶋政伸さんという謎の豪華さ)に何が起こっているのかを聞きます。まぁ父親はわりとはっきりと「お前の血筋に問題がある」と言ってしまうんですけど。「交わるんじゃなかった」とも。じゃあなんで離婚せずにいるんだって話ですけど。ともかく、ここから物語は奏が自分のルーツを探っていくという方向にシフトしていきます。ただ、残念なことにここから徐々に恐怖は薄れていってしまうんですよね。



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・日常から逸脱していて怖くなかった


最初に言った通り、私はJホラーをあまり見る人間ではありませんが、一応好きなJホラーはありまして。『残穢―住んではいけない部屋―』という映画です。


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『残穢』の何が好きかと言うと、登場人物たちがあるマンションの一室で起こる怪奇現象の理由を解明していくところなんですよね。怪奇現象そのものではなく。次から次へと点が現れて、その点と点が線で繋がっていく快感が気持ちいい映画です。謎解き要素が良いんですよね。ワクワクしながら観れて。


なので、『犬鳴村』のこの展開自体は好きだったんですけど、考えてみると謎解きあまりしてないなって。奏が得る情報って全てが与えられた情報なんですよ。孫可愛さに話す祖父はともかく、都合よく幽霊が登場して、都合よく記録映像を見せてくれて、さらにはナビゲートまでしてくれる。奏があまり主体的に動いてないんですよね。『残穢』では登場人物たちが主体的に動いていたのと比べると大違いです。ここは消化不良な部分ではありますね。




それと怖くないと思った理由は他にもあって。ここで紹介したい論文があるんですけど、といっても大学生の卒論ですけど、「ホラー映画の日本作品と欧米作品の違い」という論文があるんです(URL→http://www.edu.utsunomiya-u.ac.jp/sociology/2017saitou.pdf。40ページくらいあるので、暇なときにでも読んでください)。


この論文によるとJホラーの恐怖というのは、「日常の中において幽霊を描くことがJホラーにおける恐怖」とあります。確かに日本独自の怪談文化は、私たちの暮らしの中に怪異を紛れ込ませることで発展していきました。稲川淳二さんの怪談や、学校の七不思議と呼ばれるものはその代表でしょう。『リング』や『着信アリ』などは、ビデオテープや携帯電話といった日常に潜む恐怖を描きヒットしました。


そして、同論文には「Jホラーの根幹には実話を基にしていることがあり、それに幽霊を絡めたことが、Jホラーの大きな特徴といえる」という記述があります。これは実在する旧犬鳴トンネルを題材にしている『犬鳴村』にピッタリと当てはまっています。ここで大事なのはあくまで日常の範疇にあるということ。この映画では、後半にかけてどんどん日常を逸脱していくんですが、それが凶と出てしまったように感じられました。


まあこれはネタバレになるんですけど、森田家は犬鳴村の生き残りの血筋なんですね。犬を殺して売買することで生計を立てていた犬鳴村は、電力会社に騙されて今はダムの底。被害者がどんどんと溺死していったのはその祟りというわけです。令和の時代にもなって、ダムに沈んだ村ですよ。一周回って胸熱でしたね。


ただ、物体も触れるリアリティラインがあやふやな幽霊a.k.a.のおかげで、この映画は日常からはどんどんとかけ離れていきます。奏がその子孫という設定自体はいいんですが、ダムに沈んだ村の住民は今となってはごく少数でしょう。失礼を承知で言えば、多くの人には共感できない設定なんですよね。つまり、多くの人の日常とはここで隔離されていきます。現実感は薄まっていってしまいます。




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そして、決定的にマズかったのが終盤の奏が犬鳴村に足を踏み入れる展開。映画の最大の盛り上がりどころなのですが、ここ一応、在りし日の犬鳴村にタイムスリップしているんですよね。つまり完全に現実ではないわけですよ。もちろん実話ではなく、映画でしか描けない展開ではあるんですが、「日常において幽霊を描く」Jホラー(に見られる傾向)とは完全に離れてしまっています。私の好きなJホラーはあくまで日常を基盤にしたものが多いので、もう自分事とは思えず、さながらお化け屋敷といったアトラクションのような感覚で観ていました。鍵を取って来いとか、走って逃げろとかいかにもお化け屋敷って感じです。

 
それはそれで悪いことではないのですが、ただお化け屋敷として見ても、正直パワー不足かなと...。まず、ガイドがいるって何ですか?現実のお化け屋敷は行ってこーいですよね?それに、この映画では摩耶という女性の村人が犬化して狂暴になるというのが終盤の見せ場(?)でしたが、摩耶さんもっと頑張ってくれよ…としか言いようがありません。何、男二人に抑えられてるんですか。主人公を襲いなさいよ、主人公を。唐突なパニックホラーでしたが、面食らうほどの迫力は残念ながらなかった印象です。そもそもパニックホラーが観たかったんじゃないし。


さらに、これが客観的な視点で撮られていることが、映画である、フィクションであるという印象を強く植え付け、恐怖を軽減させてしまいます。冒頭の主観的な視点は、個人の延長線上、日常の範囲に収まっているからこそ怖かったんです。それが映画であることが分かってしまうと、どこか他人事になって日常とはあまり感じられない。タイムスリップしているなら尚更です。全編POVで撮ったほうが良かったとまでは言いませんが、撮り方はもうちょっと工夫したほうが良かったんじゃないかなとも感じました。


このような理由で個人的には怖さはあまり感じられませんでしたが、その代わりにこの映画には胸糞悪さはあったんですよね。そこは大きな評価ポイントだと感じます。あと高島礼子さんのガチ犬演技も。




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・胸糞悪いのは好き


この映画における犬鳴村はダムに沈んだ村という設定でした。さらに、電力会社はいいように付けこんで村人を騙し、女性を隔離して犬と交わったという噂を流します。そして、沈められてしまう。村人の楽しそうな生活と、迫害される苦境を見せられただけに、その苦しさは胸に迫ってきます。たとえ他人事でも。


さらに、摩耶が放置されていた小屋には一緒に犬がいて、麻耶は子供を産んでいます。犬と交わったという噂が本当であると示唆されているわけです。真偽は分からないですが、異種姦行為とは何とも趣味が悪い。想像しただけで、苦虫を噛み潰すような顔になってしまいます。それを女性が強要されていたという事実も目を背けたくなるほどの苦痛です。


それに輪をかけてきついのが、その子供が奏たちの祖先であったことなんですよね。その行為がなければ奏たちは存在していないんです。そう仮定すると、奏の体にも......。これ以上は書きたくありませんね。自らのルーツに直結する生理的、根源的な嫌悪感はこの映画にはあって、そこは逆に好きなところですね。尾を引く気持ち悪さがあって。何も残らないよりは、何か残ったほうが良いですよ。蓋をしたくなる悪感情でも。


でも、この映画は「臭い物に蓋をしてはいけない」という社会的なメッセージも含んでいます。終わり方も嫌悪したくなる対象はまだ存在しているという終わり方で。後味の悪い幕引きではあるんですが、ホラー映画はこうでなくっちゃという終わり方で、個人的には好きです。最後でようやく現実に戻ってきた感じですね。まあその後の壮大な、物語を清算するような主題歌が全然映画に合ってなくて、ちょっとアレでしたけど。



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とここまで、『犬鳴村』について賛否両方(どちらかと言えば否が多かったけど)を語ってきましたが、こんなものは私がJホラーに付与する謎の加点+5000点の前では些末な問題ですよ。だって、単純にJホラーが作られてことが嬉しいですから。多くの人と観られたことに喜びを感じていますから。「めっちゃ怖かった」という感想にホクホクしてますから。


それに、『犬鳴村』を観て単純に楽しんだことで、俄然Jホラーに興味が湧いてきていますし、今度『呪怨』とか『仄暗い水の底から』とか借りてみようかなという気になってますもん。本当ですよ。いやあ、どんどんJホラー作ってほしいですね。もっと観たい。なのでJホラーのこの先のためにも『犬鳴村』、どうぞ映画館でご覧ください大丈夫、そこまで怖くないですよ(それはホラー映画としてどうなんだ)。


お読みいただきありがとうございました。


参考:

「ホラー映画の日本作品と欧米作品の違い」
http://www.edu.utsunomiya-u.ac.jp/sociology/2017saitou.pdf

おしまい 







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