こんにちは。これです。コロナウィルスの影響で公開延期の映画も増え、映画館も閑古鳥が鳴きつつある状態。東京の方じゃ休館している映画館もあるみたいですからね。厳しい状況です。


まあそんなことは関係なく、むしろそんな状態だからこそ今日も映画を観に行ってきました。今回観た映画は『劇場版 SHIROBAKO』。2014年10月~翌3月までテレビシリーズが放送されていた同名アニメの映画化です。普段、TVアニメをあまり見ない私ですが、実はこのアニメにはちょっとした思い出があるんですよね。


というのも私、大学時代は東京の大学に通っていたんですけど、住んでいた部屋の最寄り駅が武蔵境だったんですよね。だからアニメを見ないにしても、武蔵境を舞台にしたアニメがあるらしいというのはなんとなく聞き及んではいました。


というか、実際にすきっぷ通りと『SHIROBAKO』はコラボしてましたからね。2015年あたりに。すきっぷ通りの真ん中にキャラクターの看板が立てられていましたし(アニメが終わっても半年ぐらいはそのままだった)。早朝、駅近のパン屋さんに行列ができていたのも覚えてますから。駅から少し西に行ったところにあるセブンイレブンの向かいにあるパン屋さんなんですけど、あれって今思えば宮森たちが食べていたドーナツを買うための行列だったんですね。


で、今回映画が公開されるにあたって、初めてテレビシリーズを見てみたんですけど、本当に武蔵境を舞台にしてるんだなって実感して変なところで笑ってました。駅の改札とか、武蔵野プレイス(図書館)の前のベンチとか、あとたぶん小金井公園とか見覚えがあるところばっかりで。本多が転職した「ウルリン」ってケーキ屋さんもたぶん知ってますし、特に高梨と平岡が行ってた日高屋とか、私東京にいた頃、めちゃくちゃ行ってましたからね。野菜たっぷりタンメンばっかり食べてた。だからもう爆笑してましたね。そのシーンは。(ちなみに今のすきっぷ通りは、アニメ当時と少し変わってます。具体的にはゲートの左にあったスロット屋さんが潰れて、セブンイレブンになってたり)


あと、私今長野に住んでるんですけど、テレビシリーズで小諸アニメーションとか少し長野の地名が登場してたじゃないですか。最終話には上高地線が出てきて、そのまんまアルピコカラーの車両に渕東なぎさ(鉄道むすめの一人)が描かれていたりとか、緊迫したシーンなのに手叩いて笑っていました。


そして、今回の映画にも実は知っている場所が登場しまして。桜橋っていう交差点で、宮森が膝から崩れ落ちるシーンがありますよね。浄水場が近くにあったんですけど、あの武蔵境通り、私4年間ずっと通ってました。坂を上ったところにあって、あのまま行くと井の頭通りにぶつかるんですよ。で、その交差点にはいなげややサイゼリヤがあって。浄水場にはよくパトカーが停まっていて、無灯火の自転車を取り締まったりしてるんですけども...。


って、こんなことどうでもいいですよね。何人が分かるんだって話ですし。すみません。リアルで話す機会がないからここで発散してるだけなんです。許してください。ともかく、自分のよく見る光景がアニメになるとこんな不思議な感覚を味わうんだなというのが、テレビシリーズを見て抱いた感想です。いや変な話、まさか東京にいた頃は『SHIROBAKO』が映画になって、しかも私がそれを観に行くなんて全く想像もしてませんでしたよ。人生何が起こるか分からないものですね。


まあ駄文はこれくらいにして(ここからも駄文ですけど)、映画本編の感想に移りたいと思います。最近趣味で軽めの創作を始めた私には、より深く刺さった作品です。終わってちょっと動けなかったですもん。いやはや、ごっついの観せられました。


では、感想を始めたいと思います。拙い文章ですが、よろしくお願いします。




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―目次―

・序盤は夢だと思いたかった
・ミュージカルやアクションなど工夫が満載
・ジタバタし続ける。足掻き続ける





―あらすじ―

いつか必ず何としてでもアニメーション作品を一緒に作ろうと、ひょうたん屋のドーナツで誓いを立てた上山高校アニメーション同好会の5人。卒業後それぞれがそれぞれの場所でアニメーション制作に携わっていく。宮森あおいは「えくそだすっ!」「第三飛行少女隊」の制作を経て、少しずつ夢へ近づきつつ、徐々に自分の本当にやりたいことを考え始めていた。

あれから、4年。日々の仕事に葛藤しながら過ごしていたあおいは朝礼後、渡辺に呼ばれ新企画の劇場用アニメーションを任されることになる。しかし、この企画には思わぬ落とし穴があった。今の会社の状況で劇場用アニメーションを進行できるのか?不安がよぎるあおい・・・新たな仲間・宮井 楓やムサニメンバーと協力し、完成に向けて動き出す。果たして、劇場版の納品は間に合うのか――!?


(『劇場版 SHIROBAKO』公式サイトより引用)





映画情報は公式サイトをご覧ください









・序盤は夢だと思いたかった


この映画は、宮森のイマジナリーフレンドである人形のミムジーロロが観客に語り掛ける形でスタートします。SDキャラ化したムサニの面々を、宮森が励まし(?)ていく童話調のストーリーで、軽くテレビシリーズのおさらい。といっても実際にテレビシリーズを見てないと、正直なんのこっちゃか分からない部分もあり、ただでさえキャラクターも多いので、把握するためにもテレビシリーズはあらかじめ観ておいたほうがいいかと。キャラクターの成長に感慨を覚えることもできませんし、特に遠藤周りの話はテレビシリーズを観ておいたほうがより楽しめます。Netflixで観れますのでぜひ。


テレビシリーズが終わってから4年。2019年になってアニメバブルは弾け、制作本数は減少傾向。ムサニの車にもところどころガタが来始め、手入れされていない社屋は雑草が生い茂り、屋内はより雑然と。テレビシリーズ終了時にはあれだけいた社員も一人二人といなくなり、精魂込めて作った『三女』は別の会社に元請けが移り、ムサニの一期とは全く違うお色気アニメになる有様。『三女』二期を見る前の宮森が見た賑やかな頃の幻が悲しいです。


この序盤はハッピーエンドで終わったテレビシリーズとは、対照的に徹底して辛い現状を見せてきます。なので受け入れたくないという気持ちが働いて、「どうせこれ夢オチなんでしょ。目が覚めたら元の活気あるムサニに戻ってるんでしょ」と考えている自分がいました。でも、観ていくうちに「あ、これ夢じゃねぇな」って。元・上山高校アニメーション同好会の5人は、安原が作画監督になってたり、坂木がリポーターになったりと、4年前からは誰もが成長していますが、『七福神』をまた一緒に作るという夢にはあまり近づいていない様子。他にも、ちょこちょこテレビシリーズのキャラクターが出てきますが、あまり上手くいっているとは言い難い。テレビシリーズの最後で理想をぶち上げられたところに、現実を突きつけられて、退出したいとさえ思ってしまいました。


でも、なんというかこの辺、フリが効いてるって思ったんですよね。テレビシリーズの1話だってそうだったじゃないですか。夢ばっかりの高校時代が終わって、すぐに映されたのは宮森のうつろな目。そのまま劇的なことが起こるわけでもなく、辛い現実のまま1話目は終了。初めて見たときは、大事な1話目でこれって…と思わず笑ってしまったのですが、考えてみれば理にかなってるなと思ったんです。


だって、テレビシリーズの『SHIROBAKO』をリアルタイムで見る方って、ほぼ100%アニメ好きじゃないですか。アニメに夢を見ている方たちじゃないですか。言い方悪いですけど。だから、アニメのきらびやかな部分を描写しなくても、もうフリはできているわけで。その夢をぶっ壊すような1話が、効果を発揮したと思うんですよね。それは今回の映画でも同じで。むしろテレビシリーズがハッピーエンドで終わったがゆえにフリも大きくて、受けるショックは段違いだと感じました。やっぱりテレビシリーズは見ておいた方がいいです。




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・ミュージカルやアクションなど工夫が満載


さて、先細る一方のムサニに劇場用アニメーションの話が舞い込んで、いや、たらい回されてきます。『空中強襲揚陸艦 SIVA』でしたかね。前のスタジオが全然進められていなかった企画が、ムサニに押し付けられた形で、制作期間はわずか10ヵ月(通常の劇場用アニメーションは2年はかかるらしい)。テレビシリーズ以上の無理難題を吹っ掛けられた宮森。決断を保留します。


そこから、5人で集まって現状を確認して凹んだり、宮森は丸川元社長の食堂に行ってカレーを食べたりとストーリーは進み(この辺りの丸川めっちゃいいこと言ってたけど、全然覚えてない…。記憶力…)、自分の原点を見つめ直した宮森は『SIVA』の企画を受け、アニメーションを作ることを決意します。ミュージカルと言う意外な見せ方を交えて。


このミュージカルシーンは意外性に満ちていて良かったですよね。ミムジーとロロが人間ほどに大きくなって。今まで見てきたり、作ってきたアニメが原動力になるというシーンで、アンデスチャッキーの歌に繋がったときには、少し鳥肌が立ちましたもん。なにより感動したのが、ぷる天がちゃんといたこと。失敗作でも黒歴史でも歴史の一部で、排除することはしないという姿勢が凄く好きでした。ぷる天だって木下監督らが精魂込めて作った作品なんですよね。あんなことになっちゃいましたけど。


『SIVA』を作ると決意したものの、絵コンテは4ページしか上がっておらず、何から手を付けたらいいのかは未知数な状態。決まっているのは宇宙を舞台にしたSFということだけ。ここで、ムサニが縮小した経緯が明かされます。元々はムサニオリジナルの作品『タイム・ヒポポタマス』が決まっていたものの、諸事情により制作は中止に。大打撃を受けたムサニは、規模が縮小。元請けができなくなり、今に至るということでした。でも、『タイマス』もSFということで、設定を何とか生かせないかと宮森が提案。突破口が徐々に開けていきます。




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そして、そこからは監督、演出、脚本家。作監に原画に制作など、かつての仲間が集結していく展開に。分かっていた展開ですけども、かつての仲間が集結してくるというのはやっぱりアツいものがありますね。高梨の調子のいい感じですら懐かしかったですし、矢野らの監督の扱いっぷりは見ていて可笑しかったですもん。成長したメイン5人が絡んでいくのも、実に自然でワクワクしながら観てました。


この辺の流れで言うと、遠藤のエピソードが一際アツかったですよね。『タイマス』に誰よりも入れ込んでいて、制作中止になって自棄になって仕事をしないようになってしまって。苦手にしている瀬川や、近い存在の下柳から発破をかけられたりするものの、態度はあまり良化せず。ただ、『タイマス』のリベンジができる機会が訪れ、内心喜んでいるところを、奥さんに見透かされていて。あの缶ビールのキャップを開けるシーンは、静かなシーンの中ではこの映画屈指の名シーンだと思います。私もああいうシーン書きたい。


さて、制作期間は短く、いくつかのトラブルがありつつも、『SIVA』の制作はなんとか進行。ただ、元々の『SIVA』の元請け会社が、『SIVA』を自分たちの手柄にしようと、ムサニに迫ってきます。クッソムカつきますね。ただ、向こうに強く出てこられると、ムサニは何も言えないという状況。これを解決するために、宮森と映画の新キャラ宮井が会社に出向きます。契約関係の面倒くさい話なんですけど、ここで集中の糸を途切れさせないために、この映画ではアクションという見せ方を選択するんですよね。


このアクションが映画クオリティということもあってまた良くて。剣客たちを二人がタップで、なぎ倒していくのは単純に見ていて楽しいですし(リーチ差とかは気にしない)、落とし穴を避けて走るシーンも面白かった。そして、最後は遠山の金さんばりの桜吹雪、ではなく『SIVA』のキャラクターを出して解決と。本当、集中力的に一番しんどいシーンでも楽しく観ることができました。他にも飽きさせないために色々な工夫がなされていて、エンタメ性高いなって感じます。




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・ジタバタし続ける。足掻き続ける



さて、最近読んだ本に、こんなことが書いてありました。


フィクションは嘘だ。その嘘を通して私たちは真実を語る」― アルベール・カミュ


カミュは『カリギュラ』(今度WOWOWで菅田将暉さん主演の舞台版やるらしいぞ)等で知られるフランスの作家なんですが、それは置いといて。思い返してみると、この言葉がテレビシリーズから続くテーマの一つなんじゃないかなって感じます。


言ってしまえば、映画やアニメーションなどといった創作物や物語って全部嘘なんですよ。いくら感動の実話!なんていってもどこかに脚色は入っているものですし、ドキュメンタリーでさえ編集で意図にそぐわないシーンを削除することで嘘をつくことは可能です。でも、今井のように物語を必要としている人や、創作物に救われてきた人だっているわけですよ。それは嘘が真実を語っているからに他なりません。


この映画及び、劇中作『SIVA』が提示した真実は「ジタバタし続ける。足掻き続ける」というものでしょう。あの『SIVA』のラストシーンは感動して、本当に一本の映画として観てみたいなと感じたんですけど、そう思ったのもジタバタしないと人生はどうにもならないという真実が語られていたからだと思います。手を動かしてないと何にも当たりませんから。で、それを伝えるのが創作物という嘘であると。


テレビシリーズでも映画でも『SHIROBAKO』で描かれたのは、その嘘をつくためにどれだけの労力が必要かということだと私は思います。今映画館にあったチラシをざっと見てみたんですけど、アニメ制作にはざっと13工程ほどかかるそうなんですね。それだけかかる人数も時間も大きいですし、テレビシリーズ最終話のラストの打ち上げなんてざっと100人はいましたからね。さらに、アニメにも歴史があって、綿々と受け継がれていき、また受け継いでいく。数多の魂の結晶なんですよね。アニメに限らず創作物全般って。


そして、その結晶を完成させるためには、ジタバタし続けるしかない、足掻き続けるしかない。『SIVA』のラストシーンのキャラクターたちのジタバタし続ける宣言って、宮森をはじめとしたムサニの決意表明のように私には聞こえたんですよ。ムサニもラストシーンをより良くするために、ギリギリまでジタバタしてましたし。




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さらにそれは現実にも適用できて。水島監督のツイッターでしたかね。公開4日か5日前にようやく『劇場版 SHIROBAKO』が完成したとあったの。そんなにギリギリのスケジュールで進行してたんだとビックリしましたけど、これも水島監督やスタッフ、制作会社のP.A.WORKSやその他関わった全ての方々がジタバタし続けて、足掻き続けた結果ですよね。あのラストシーンは3つぐらいの意味が一気に襲ってきて、ちょっと泣いてしまいました。


もっともっと言えば、この「ジタバタし続ける」というのは、人生にすら適用できるんじゃないかとすら私は思います。やっぱり自分から動かないと何も掴めないですからね。それに、完全な満足のいく作品がないように、完全に満足のいく人生もない。人生は永遠に「おれたた」エンドなんですから。戦いに勝つためには、ジタバタして足掻き続けなければならないというメッセージが、この映画には込められていると私は感じましたね。


もうなんか「お前はどうする?」みたいに言われている感じがしたんですよね。「お前はどう生きるんだ?」という問いです。まあぶっちゃけた話、私も趣味で少し小説もどきを書いているので、ジタバタし続ける作り手の姿を見て、私ももう少しジタバタしなきゃなと。今度投稿する話はもう書き上がっているので、あとは推敲だけなんですけど、少しでもいいものにできるようジタバタしたいと思います。


とりあえずは、キーフレーズがゲームからの借り物の言葉なので、それを自分の言葉にしなきゃいけないのと、あとラスト。今の話の最後の一文が「頭上には、中途半端に欠けた、名前のない月が出ていた」というものなんですけど、ラスト被っちゃいましたね...。そこ被るかぁ...。パクったと思われないように書き直さなきゃ…。他にも方言とか修正箇所いっぱいあるぞ…。はぁ...。


まあ、もう少し頑張りますよ。ブログも創作も。そう決意を新たにさせてくれた『劇場版 SHIROBAKO』には改めて感謝ですね。良い映画をありがとうございました。



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以上で感想は終了となります。『劇場版 SHIROBAKO』。テレビシリーズを見ていないと、分からないシーンもいくつかありますが、創作しているしていないにかかわらず、ぜひとも多くの方に観ていただきたい映画です。おススメです。どうぞ、コロナウィルス対策を万全にして、映画館に足をお運びください。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい





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