こんにちは。これです。もう8月になってしまいました。マスクをつけたままの夏は暑くて少し憂鬱ですね。なんとか耐え抜いていきたいと思います。


さて、今回のブログも映画の感想です。松本まで遠出をして観に行った今回の映画は『君が世界のはじまり』。『おいしい家族』のふくだももこ監督の新作です。『おいしい家族』が好きだったので、この映画もぜひ観たいと思っていたんですよね。松本で上映されていて良かったです。


それでは感想を始めたいと思います。拙い文章ですが、よろしくお願いします。



B50BE091-7303-42DC-89D4-B7897FFD1D8B




ーあらすじー

希望と絶望を爆発させる夜が幕を開けるー。

大阪の端っこのとある町で、高校生による殺人事件が起きる。その数週間前、退屈に満ちたこの町では、高校生たちがまだ何者でもない自分を持て余していた。授業をさぼって幼なじみの琴子と過ごすえん、彼氏をころころ変える琴子は講堂の片隅で泣いていた業平にひと目惚れし、琴子に憧れる岡田は気にもされず、母親に出て行かれた純は東京からの転校生・伊尾との刹那的な関係で痛みを忘れようとする。皆が孤独に押しつぶされていたその夜に事件は起きたー。

(映画『君が世界のはじまり』公式サイトより引用)




映画情報は公式サイトをご覧ください。












『君が世界のはじまり』、一言で言うなら息が詰まりそうな映画でした。普通であるがゆえの苦しみに満ちていて、そこから抜け出せない緩やかで穏やかな地獄。でも、抜け出してもより辛い境遇になってしまうという思春期特有のもどかしさが空気中に蔓延していました。観ていて胸が苦しくなりましたね。


この映画は真夜中のシーンで幕を開けます。救急車のサイレンが鳴り響き、四十代の男性が刺されて亡くなったというショッキングな始まり方です。加害者は息子でした。


時間は巻き戻って、ある秋の日の朝。舞台は大阪のとある街。工場のタンクの前で、女子高生・えんが自転車を押しています。このタンクの錆びたネズミ色がなんとも言えぬ切なさを醸し出していて好きでしたね。黙って登場人物を見守っているかのような。


そこにやってくるのが、えんの友人の琴子。あっけらかんな性格をしていて、えんと一緒に二人乗りをする様子は若々しさと痛々しさを同時に感じました。学校中を琴子が走り抜けるオープニングも疾走感があって良かったですね。


群像劇的な性格が強いこの映画において、名目上の主人公であるえんを演じたのは松本穂香さん。ふくだ監督とは二度目のタッグですが、前作『おいしい家族』とは異なる表情を見せていました。一見幸せな家庭で成績も学年一位なんですけど、どこか満たされていないというか。目の奥に密かな不満が滲んでいるかのような。そこに取り繕った感じは全然なくて、あくまで自然体な感じが良かったです。


一方、琴子を演じたのは中田青渚さん。『もみの家』や公開延期になってしまいましたけど『街の上で』などの作品に出演している若手女優さんですが、より主役に近い役どころを与えられた今作では目が覚めるような好演を披露。サバサバとした性格で、口もあまり良くないですが、好きな人をデートに誘うなど根は純粋な琴子を細かな口調の違いで表現。タバコを吸う姿も絵になっていました。



23FF4809-4C9F-4A1A-B8D7-042C588E935D




授業をサボって学校の講堂にたむろする二人。未来だの希望だのポジティブが押しつけがましい校長の話をクソだと評して盛り上がります。しかし、倉庫には見知らぬ男子が。それはサッカー部員の業平でした。琴子は業平に一目惚れをしてしまいます。


業平を演じた小室ぺいさんはこれが映画初出演ということですが、華といい意味での平凡さを兼ね備えたルックスが業平というキャラクターに合っていましたね。


ここで物語は別のシーンへ。とあるマンションの一室。父と娘が二人で暮らしています。父親は食事を用意するも、娘は食べずに出ていってしまう。親子仲は良好とは言えません。


この父娘の娘である純を演じたのは片山友希さん。今までもいくつかの映画でお見かけしていましたが、ちゃんと意識してみたのは初めてかもしれません。母親に出ていかれた純の孤独、寂しさ、怒り、やりきれなさ、そういった属性全てを混ぜ合わせたような表情と挙動が印象的で。その口調はすり寄るかのような突き放すかのような。終盤夜の駐車場で感情を爆発させるシーンは圧倒されました。観ている最中でも注目度がどんどん上がっていってましたね。自分の中で。


間もなく閉店になるショッピングモールで、友達とだべる純。しかし、その友達は別の友達と去っていってしまい、純は苦痛を抱えてしまいます。「気が狂いそう」とスマホに向けて発した瞬間にかかったのは、ブルーハーツの「人にやさしく」。パンキッシュなメロディに引き上げられるかのように、純は元気(空元気だけど)を取り戻していきます。


そして、たどり着いたのは屋上の駐車場。その車の中で一組の男女が逢瀬を重ねていました。その男はかつての純の顔見知り。親が再婚して東京からやってきた伊尾は非常階段に純を連れ出します。純と伊尾の会話は寂しげに瞬く白熱灯と共にアンビバレントな雰囲気を与えてきました。


この伊尾を演じたのは金子大地さん。何も変わらない退屈な街に嫌気が差し、東京に出ていきたいと語る伊尾を、まるで自分の気持ちに嘘をつくかのような抑えめの演技で表現していました。強がりと言い換えてもいいのかもしれません。だからこそ終盤の解放が刺さります。











映画はこの五人と、そこに琴子に憧れる岡田を加えた六人を軸に展開していきます。(岡田を演じた甲斐翔真さんは一番ニュートラルな立ち位置でしたけど、彼なりに苦悩している様子が良かった)。


そこで描かれるのは「普通」であるがゆえの苦しさ。そして、抜け出そうともがく高校生の息が詰まりそうな切実な姿でした。


そう彼ら彼女らはどこまでも「普通」なんです。純や業平は母親に出ていかれている、いわゆる片親の家庭ですが(ここで亡くなったとしないのがふくだ監督の作家性なのかな。希望を残す的な)、この映画はそれを特別視しないんですよね。側から見れば「特別」でも、当人たちにとっては「普通」という当たり前のことを当たり前のように描いていると言いますか。それはそれで枠に当てはめるようで、残酷なことではあるんですけど。


だから、彼ら彼女らはその残酷味を帯びた「普通」から抜け出したいわけですよ。そこで彼ら彼女らが逃げるのが、工場のタンクの前や、立ち入り禁止の講堂、閉店後のショッピングモールといったある種「特殊」な空間です。学校も家庭も普通。普通すぎて息が詰まりそう。そこからの解放を目指して、「特別」な場所に引き寄せられていたんだと私は思いました。


この映画は夜のシーンがとりわけ多く、明るい日中でも純と伊尾の二人は日の差さない非常階段で会話を重ねています。カラフルな昼の世界では目に見えるものが多すぎて、気圧されて言いたいことが言えない彼ら彼女らでも、洗練された夜の世界では自由になれるわけで。それは二度あった夜のショッピングモールのシーンに現れていると思います。

 


DD2F803A-354D-44B2-B69A-92B728906352



とりわけ重要だったのが二回目のシーン。交差しなかったえん、岡田、業平の三人と、純と伊尾のストーリーがここで交差します。そこでなされるのは大小さまざまな心情の吐露。それはまるでこじれた関係を清算するかのよう。


そして、お互いの気持ちをぶつけ合った五人は吹っ切れて楽器の展示スペースに集まります。そして、ブルーハーツの「人にやさしく」をエア演奏。あまりのやりたい放題っぷりに守衛の人は何してんだと思わないでもなかったですが、ここの解放感は凄かったですね。だってここまでの積み重ねが爆発したのですから。


その積み重ねとはこの映画に度々登場した赤色だと私は思います。琴子とえんが咥えるタバコの火。純がしまった口紅。琴子が着ていた服に、岡田のユニフォーム。果ては血の色まで。この映画では赤が何度か登場しました。これを私は大人になりたいという彼ら彼女らの背伸びの象徴だと考えます。あくまで赤を重ねるこの映画はまるで「青い春」と書く青春を拒絶しているかのようです。それは現状に満足できない彼ら彼女らの心象でもあったのでしょう。


でも、反対にブルーハーツは、バンド名に「ブルー」と入っているだけあって青いわけですよ。おそらく私の考えではこの映画の青は「今」の象徴。純と伊尾が感情をぶつけ合った車も青かったわけですし、青であるブルーハーツを歌うということはままならない「今」を受け止めるということ。それは彼ら彼女らが「今」の自分を受け入れたようで、それは抜け出せないという諦めにも似ているのでしょうが、吹っ切れた彼らにはどこか清々しさを感じます。


しかし、この演奏に参加しなかった琴子はいまだ自分を認められないという呪縛に囚われたままです。それでも、この映画はそんな琴子にも救いを用意しているんですよね。この映画のラストシーンには水たまりに青空が映っていました。ここに私は紆余曲折はあるかもしれないけど、琴子も「自分」になれるという希望めいたものを感じましたね。何かが解決したわけではないんですけど、気持ちの良い終わり方でした(そういえばブルーハーツにも「青空」って曲あるなぁ)。











もうですね、描かれていることはジワジワとキツいものがあるんですけど、終わってみればほんのりと暖かな気持ちになるんですよね。それはたぶん『おいしい家族』にもあったふくだ監督の優しい視線によるものだと思っていて。


だって「人にやさしく」では「がんばれ」と歌うんですよ。この「がんばれ」が6人だけじゃなく、この映画の全ての登場人物、父親を殺してしまった少年にすらも、捧げられる。誰の「普通」をも肯定する優しさですよね。最後のEDもそうですけど「あなたも普通で気が狂いそうになると思うけどがんばれ」というふくだ監督からのメッセージを私は感じました。綺麗事ですけど、綺麗事が人を救うことだってありますからね。このメッセージ、私は好きです。




6378A2A0-2438-4DBD-A9D3-D1A3A53B8037













以上で感想は終了となります。映画『君が世界のはじまり』、ジワジワと重たい雰囲気が支配していて、何か大きな事件も起こるわけではないので、合わない人もいるかと思います。でも、私は好きですし、小さな元気みたいなものをもらいました。興味のある方は観てみてはいかがでしょうか。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい

☆よろしければフォロー&読者登録をお願いします☆