こんにちは。これです。今回のブログも映画の感想になります。


今回観た映画は『映画ドラえもん のび太の新恐竜』。毎年春休み恒例のドラえもん映画ですが、今年はコロナ禍の影響もあり、夏に延期に。観れなくてやきもきもしましたが、しかし、これが夏休みにぴったりの気持ちいい映画となっていたのだから驚きです。ドラえもん映画でも屈指の"夏"感がありました。


それでは、感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いします。



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―あらすじ―

のび恐竜博きょうりゅうはく化石かせき発掘はっくつ体験たいけんつけた1つの化石かせき絶対ぜったい恐竜きょうりゅうのたまごだ! としんじたのびが、ドラえもんのひみつ道具どうぐ“タイムふろしき”で化石かせきもと状態じょうたいもどすと…まれたのは双子ふたご恐竜きょうりゅう! しかも、未発見みはっけん新種しんしゅだった。

のびてちょっとたよりないキューと、おてんばなミュー。個性こせいちがいに苦労くろうしながら、おやのように愛情あいじょうたっぷりにそだてるのびだったが、やがて2ひき現代げんだいきていくには限界げんかいがきてしまう。

キューとミューをもと時代じだいかえすことを決心けっしんしたのびは、ドラえもんや仲間なかまたちとともに6600万年まんねんまえへと出発しゅっぱつ! キューやミューの仲間なかま恐竜きょうりゅうたちをさがたびがはじまった。

ドラえもんのひみつ道具どうぐ恐竜きょうりゅうたちのちからりながら、恐竜きょうりゅう足跡あしあとってすすむのびたちが辿󠄀たどいたのはなぞしま恐竜きょうりゅう絶滅ぜつめつしたとされる白亜紀はくあきける、キューとミュー、そしてのびたちの運命うんめいとは──!?

(『映画ドラえもん のび太の新恐竜』公式サイトより引用)





映画情報は公式サイトをご覧ください。












前作の『のび太の月面探査記』の後に流れた予告映像。そこには恐竜が映っていました。『のび太の恐竜』および『のび太の恐竜2006』が既にあるのに三本目は……と少し不安に思ったのですが、今作『のび太の新恐竜』は、そんな心配を吹き飛ばしてくれるような映画でした。今までの二作品とははっきりとした違いがあり、思うところがないわけではありませんが、多くの人が楽しめる良作であったと思います。


さて、結論から申し上げますと、『のび太の新恐竜』は主に3つの点で新しいドラえもん映画になっていると私は感じました。それは、


1.恐竜のCG作画
2.のび太たちが一見間違った行動を取ること
3.のび太が目に見える成長をする



という3点です。では、それをここから簡単に見ていきたいと思います。




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『のび太の新恐竜』。その導入はぶっちゃけて言えば、『のび太の恐竜』と大体同じです。博物館の恐竜博を訪れたのび太たち。レプリカのティラノサウルスにビビるのび太をスネ夫とジャイアンは笑います。化石を発掘するコーナーでもからかわれたのび太は、スネ夫たちに本物の恐竜を連れてくることを宣言します。もしできなかったら目でピーナッツを噛んでやるとも。のび太が恐竜の卵の化石を拾い、タイムふろしきで復元。生まれたのが双子の恐竜、キューとミューであることを除けば、ほとんど一緒と思われるかもしれません。


しかし、この映画では今までの二作と大きく異なっている部分があります。それは恐竜の描き方です。今回、恐竜はなんとCGで描かれています。特にオープニングは背景までCGで作り込まれ、まるで違う映画を観ているのではないかと驚いてしまうほど。未知の生き物であるという印象を与えてきて、迫力も大きく増しています。ここが今までとは大きく違う、というかドラえもん映画でも初めての試みではと思える部分で、これだけでも2020年に「恐竜」を描いた意味があったのではないかと。これは観なければ分かりませんね。


キューとミューを育てるのび太とドラえもん。『のび太の恐竜』の大きな魅力の一つとして、ピー助がかわいいということがありますが、今作のキューとミューも負けず劣らずのかわいさを発揮。好奇心旺盛で活発なミューは軽々と飛んだり、ひみつ道具の玉子を口に入れてしまったりとおてんばなかわいさを。少し臆病だけれど頑張り屋さんのキューは、慎重な姿勢と飛ぶために何度も練習を繰り返す健気なかわいさを。二匹を演じた釘宮理恵さんと遠藤綾さんの力もあって、観る者を惹きつけて放さないかわいさを振りまいていました。気に入らない人はそうそういないんじゃないかと思うほどです。お子さんも親御さんも楽しめますね。













※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。











育ったキューとミューは、のび太の部屋では飼うのが難しいほどの大きさになります。そこでドラえもんはひみつ道具のジオラマセット(正式な名前は失念)を出して、スモールライトでキューとミューを小さくし、そこで遊ばせます。ミューは簡単に飛べるようになる一方、キューは体が小さかったり、しっぽが短かったりして、なかなか飛べるようになりません。(ここで大事なところでキューが飛べるようになるんだなということは薄々分かってしまうのですが、しっかりとやってくれたので私は感動しました)


ここからが過去二作と違うところなんですが、この映画ってのび太の成長をも描いているんですよね。キューとミューの成長に被せる形で、のび太の学校生活が描かれていて。テストは3点、かけっこでは転倒とお決まりのダメっぷりを発揮していますが、その中でも何度も描かれたのが逆上がりができないということ。この映画はキューの飛翔とのび太の逆上がりを、両者が超えるべき壁として重ね合わせていて。キューと同時にのび太にもスポットライトが当たっているんですよね。ここまでのび太に光を当てるのって、全部のドラえもん映画を観ているわけじゃないんですけど、ありそうでなかったなと感じました。


さて、のび太はスネ夫たち三人にキューとミューを認めさせようとしますが、その過程でドラえもんのミスにより二匹の存在が近所にバレてしまいます。もう現代では二匹は暮らしていけないと、のび太は二匹を白亜紀に帰すことを決意。いつもの5人で白亜紀に向かいます。『のび太の恐竜』ならここで敵の妨害があったのですが今作ではなし。その代わり、のび太のせいで、5人はジュラ紀に着いてしまいます。


ジュラ紀で一悶着ありながらも、なんとか白亜紀に辿り着いた5人と二匹。キューとミューの仲間を探す旅に出かけます。CGの恐竜たちは迫力満点。プテラノドンの大群には懐かしさを覚え、タヌキと同化したドラえもんには笑わされます。


桃太郎印のきびだんごやキャンピングカプセルなどの『のび太の恐竜』に登場したひみつ道具は極力使わないという頑張りも覗かせつつ、5人は二匹と同じ種類の恐竜の足跡を辿って崖に到着します。ここで名前のない巨大翼竜に襲われ、飛べないキューは崖から落ち、助けようとしたのび太と一緒に海に落下してしまいます。


しかし、なんとか一命をとりとめたのび太とキューは謎の島に到着。そこではキューとミューの仲間の新恐竜たちが群れを作って暮らしていたのでした。すぐに馴染むミューとは対照的に、飛べないキューはなかなか仲間に入れてもらえません。爪でひっかかれるシーンは、こんな痛々しいシーンドラえもん映画で出すんだと思ってしまいましたね。




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話は変わるんですけど、この映画の予告には謎の猿や怪しそうに企む女性が登場しました。まあ明らかに敵と思わせているんですがこれはミスリード。実はこの二人はタイムパトロールだったんですよね(ネタバレ)。白亜紀末期に隕石が衝突して恐竜が絶滅する。その歴史を改変させないようにのび太たちを見張っていたんです。


『のび太の恐竜』にはじまり、けっこうな数のドラえもん映画は、止めるべき敵や悪役がのび太たちの前に立ちはだかりました。でも、『のび太の新恐竜』ではそういった悪役は登場しません。それどころか、のび太は絶滅する恐竜を救おうと、ある種の歴史改変さえ叫んでしまいます。いつもは止める側ののび太たちが、今回の映画では止められる側に回っているんです。正しくない、間違った行いをしようとしていると言ってもいいかもしれません。こういう間違った行いを堂々とするというのは、個人的にはなかなか新鮮でしたね。正しくないことしていいんだって。挑戦的とさえ思いました。


見ごたえのある隕石の落下や熱風のアニメーションが危機感を煽り、制限時間は一時間もありません。まあ言ってしまうと、丁寧に前振りしていた通り、窮地のところでキューは飛べるようになり、ピンチは救われるという展開が待っているんですが、ここで注目したいのが、のび太たちの行動ありきで歴史が作られていることなんですよね。


翼を広げて滑空する他の新恐竜に対し、キューは羽をはばたかせなければ飛ぶことはできません。でも、これが鳥類の先祖になっているんですよ。恐竜が鳥類に姿を変えて生き残っているという説は有名ですし、のび太たちがいなければ人類だって生まれていなかったかもしれないんです。少し変わった存在が、間違ったように思える行動が歴史を作る。帰ってきた後の電線に止まるスズメの描写が心憎いです。


予告編の「歴史は変えられないんだ!」というドラえもんのセリフが最高のフリになっていたことに、観終わった後気づきました。『のび太の恐竜』さえフリにしているようなこの解釈はけっこう新鮮で、正直観ている最中は受け止めきれなかったんですけど、今は好意的に捉えています。だってこれ以上ないくらい前向きなんですもの。









先ほど述べたように、この映画ではキューとのび太が似た存在として描かれています。周囲に馴染めず、能力も足りないストレンジャー。でも、キューが飛んだことに勇気づけられて、映画の最後ではのび太も逆上がりを成功させるんですよね。この逆上がりの出来ても何の役にも立たないところが最高で。踏み出す一歩は大きな一歩じゃなくてもいいんですよね。でも、一歩を踏み出したらその後の歴史も変わるわけで。入道雲が浮かぶエンディングは、図らずしも夏にぴったりの終わり方でした。


でも、初めて観たときはこの終わり方にも驚いたんですよね。「のび太、成長しちゃうんだ」って。そりゃ『のび太の恐竜』でも精神面での成長はありましたよ。でも、ここまで目に見える成長をするっていうのは年を取らないドラえもんのような作品では、あまり見られないじゃないですか。成長しないことが最大の特徴(もしくはしてもリセットされる)と言えると思います。


だから、主人公が未知の存在と出会って、なんだかんだありつつ、最後には成長するっていう単作夏休み映画のフォーマットを、ドラえもんでやるのってけっこう珍しいなって思ったんですよ。でも、ちゃんと感動しましたし、お子さんのみならず、大人の方にもエネルギーを与えていて、この新しい試みは成功していると感じました。ドラえもん映画の枠がまた一つ広がった瞬間を目にした幸福感が胸に残りましたし、私はこの映画好きです。




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以上、『のび太の新恐竜』の新しいポイントを主に3点に絞ってみてきました。どれをとっても「新」恐竜の看板に偽りなしの作品になっていると思いますし、今年のドラえもん映画もどなたでも楽しく観ることができます。コロナ禍で一席空けての鑑賞というのは、親子連れには不安な部分もあると思いますが、よろしければ映画館でご覧ください。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 





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