こんにちは。これです。今回のブログも映画の感想です。


今回観た映画は『』。かの中島みゆきさんの同名曲を映画化した一作です。今回は8月12日の先行上映で観てきました。あまり大きくないスクリーンでしたけど、お客さんがいっぱいで期待値の高さを感じましたね。


それでは感想を始めたいと思います。拙い文章ですが何卒よろしくお願いします。




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―あらすじ―

平成元年生まれの高橋漣と園田葵。
北海道で育った二人は13歳の時に出会い、初めての恋をする。
そんなある日、葵が突然姿を消した。
養父からの虐待に耐えかねて、町から逃げ出したのだった。
真相を知った漣は、必死の思いで葵を探し出し、駆け落ちを決行する。
しかし幼い二人の逃避行は行く当てもなく、すぐに警察に保護されてしまう。
その後、葵は、母親に連れられて北海道から移ることになった。
漣は葵を見送ることすらできないまま、二人は遠く引き離された…。
それから8年後。
地元のチーズ工房で働いていた漣は、友人の結婚式に訪れた東京で、葵との再会を果たす。
北海道で生きていくことを決意した漣と、世界中を飛び回って自分を試したい葵。
もうすでに二人は、それぞれ別の人生を歩み始めていたのだった。
そして10年後、平成最後の年となる2019年。
運命は、もう一度だけ、二人をめぐり逢わせようとしていた…

(映画『糸』公式サイトより引用)




映画情報は公式サイトをご覧ください










※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。







映画『糸』。基本的には上手くまとまっていましたし、悪くない映画だったと思います。ラスト付近で漣と葵のストーリーが交差する展開はシンプルに感動しましたし、全体を通して見ても大きな破綻はしていません。ですが、個人的には上手くまとまりすぎていて、予定調和にも感じてしまいました。


この映画は北海道・美瑛。漣と葵が13歳のころから始まります。漣はサッカー少年で、友達と花火大会に出かけます。自転車で転倒してしまいますが、葵からばんそうこうを渡される。二人はこうして出会いました。そこからは漣のサッカーの試合に葵が弁当を持って行ったり、漣が葵に告白してみたり。そして、ある日漣は葵が父親から虐待を受けていることを知り、二人で一緒に逃げようとします。


ここで、どこかのロッジに二人が泊まるシーンがあるのですが、ここおっさんが通りがかってロッジの明かりがついているのを不審に思いながらも見逃すというシーンがあるんですよね。まあその後で通報したことによって二人が見つかったのかもしれないですけど、ここちょっとご都合主義を感じてしまったんですよね。この映画って漣と葵以外のキャラクターがどうも舞台装置的に見えてしまう部分があったんですが、思い返せばこの時から怪しいなという感じはありました。


二人は警察に見つかり引きはがされます。ここでかかるのがなんと表題曲である「糸」。この演出にはびっくらこきましたね。もう切り札切っちゃうんだって。早い段階で観客を引きつけたいという工夫ですかね。映画の最後の決めるところで流すとばかり思っていたから、かなり意外でした。




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それから時は流れ、7年後の平成20年。漣の友だちの竹原が結婚することになります。そのために美瑛のチーズ工場で働く漣は上京。この辺りはうすら寒い馴れ初めのビデオを見せられ、成田凌さん演じる竹原の軽薄なキャラクターもあってなかなかにキツかったのですが、ここで漣と葵は再会を果たします。


少し話す二人ですが、なかなか会話はかみ合いません。ここの菅田将暉さんの空回っている感じと、小松菜奈さんの秘密を抱えている感じは両者良かったですね。しかし、葵は年上の男・水島と一緒に式場を去ってしまう。ようやく意中の相手と会えたのに引きはがされる。二人は涙を流します。


ですが、この映画はウェットな演出が目立っていて、こういった泣かせにかかろうという姿勢が、個人的にはあまりハマりませんでした。涙を流す以外の表現ももうちょっと見せてほしかったかなと思います。特に香関連はちょっとやりすぎている感じさえしましたね。


この香というのは、漣が働くチーズ工房の先輩で、徐々に漣と仲を深めていくというキャラクターです。ただ、この香関連は車いすに乗っている予告編を見たときから少し嫌な予感がしていたんですよね。まさか令和になったこのご時世に難病ものやる気じゃないだろうなって。


でも、観てみたところその悪い予感が的中。榮倉奈々さん演じる香は妊娠しますが、検査で腫瘍が見つかってしまいます。しかし、香は産むと宣言。実際に娘の結を産みますが、その次のシーンでは病床に臥せっているんですよね。そして、漣といくつかの(ありがちで)感動的なやり取りを交わした後、亡くなってしまいます。正直、この一連のシーンは感動じゃなくて、引きました


ここで両親がえんえん泣くのがちょっと演出が過ぎるなって思いました。分かりやすすぎる感じがしたんです。まあ「泣いている人がいたら抱きしめてあげなさい」という香の教えを見せるという意味のあるシーンなのですが、それにしてもいかにもすぎて、もう少しどうにかならなかったのかという感じはします。











でも、無理やり良いように解釈すれば、この映画には平成史を振り返るというコンセプトもあります(表層的なものですが)。平成のエンタメで顕著だったのが、携帯小説などにも見られた難病ものブーム。映画も『世界の中心で、愛をさけぶ』から始まり、雨後の筍のように難病もの映画が作られました。榮倉奈々さんは『余命一ヶ月の花嫁』で一躍有名になりましたし、瀬々敬久監督も『8年越しの花嫁』を監督しています(ちなみにプロデューサーも同じ方)。だから、平成の映画を振り返るうえで難病要素は欠かせないと思って挿入されたのかもしれません。それでも私は食傷気味でしたけどね。


というか、そもそも論をしてしまえば、この平成史を振り返るというコンセプト自体がどうなんだろうという気はします。9.11やリーマンショック、オバマ大統領就任、地デジカなど平成の諸要素を取り上げていましたが、どれも表面をなぞっただけで大きく取り上げられることはありません。何年か後に見てこういうこともあったんだと実感するように、記録する目的もあったのかもしれませんが、それにしては東日本大震災の扱い方が気になります


劇中でも、東日本大震災が起こります。津波による被害を映すニュース映像(これも画面は見せる必要あったのか疑問だけれど、記録として残すと考えれば何とか)を見る登場人物。竹原の二人目の妻(一人目とは一年で離婚している)の利子は、震災の影響で性格が変わってしまったところが描写されていますが、これが物語に影響を与えることはないんですよね。


いや、そのあとの「ファイト!」は胸に来ましたよ。でも、東日本大震災を単なる演出の一つとして使うのは、どうなんだろうかとも感じてしまったんですよね。イマイチ扱い方が中途半端というか......。どうしても必要じゃないというか......。単なる記録以上の意味はあったんだろうかと疑問に感じてしまいました。


というか、年号って日本独自のものですし、年号が変わったからって生活は何も変わりませんでしたよね。役所で書類を記入するときに少し気を遣うようになったぐらいで。人の人生を無理やり年号で区切るっていうのが、ちょっと不気味に感じたりもしました。もう最後、改元の瞬間に花火上げさせたかっただけなんじゃないかとさえ思ってしまいます。




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あと、漣がチーズ作りにあんなに執着する理由も描かれていませんでしたし、二人が美瑛で再会したシーンで都合よくサッカーボールがあったことも謎なんですけど、この辺にしておいて、葵サイドの話に行きたいと思います。この葵サイドは漣サイド以上に問題がたくさん。ですが、それは葵以外のキャラクターが舞台装置としてしか機能していなかったということに集約されると思います。


葵は年齢を偽って、キャバクラで働いていました。そのキャバクラの社長である水島に気に入られて、一緒に暮らすようになり、大学まで行かせてもらっています。ですが、水島はリーマンショックによる不況から沖縄に逃げます。浜辺で水島が釣りをしているところを見つける葵。そんな浅瀬で魚釣れへんやろというツッコミは置いといて、なぜか民謡を踊った水島は、次のシーンではお金を置いて葵の元から去ってしまいます。ここ本当に唐突だったんですよね。ちゃんとした理由もなく。葵を一人にしたいという作劇上の都合が透けて見えてしまいました。


一人残された葵は、友人の伝手を頼ってシンガポールへ。最初は地元のネイルサロンで働いていましたが、友人である玲子がトラブって辞めると、一緒に辞めて、日本人のネイリスト派遣事業を始めます。まあまあその事業は上手くいって、なんと7年も続いています。凄ぇ。ですが、ここでまたもトラブル。玲子が勝手に投資して、詐欺にあって、葵は借金を抱えてしまいます


玲子がそんなことしてる素振りなんて一切なく、こちらも唐突。葵を苦境に立たせるためだけの舞台装置と化してしまっています。一緒に事業をしていた冴島という男も、葵に飛行機のチケットを渡す以外の役割は果たしていませんでしたし、人間っぽさがあまり見えません。ここは観ていて引っ掛かるポイントでした。


何とか借金を返しますが、一人になってしまう葵。日本食の食堂でまっずいカツ丼を涙ながらに食べるという謎のシーンがあるのですが、ここでもまた「糸」が流れるんですよね。今度はスピーカーから流れているという違いはあるのですが、これで二回目。おそらくこの後決め場で、もう一度流れるであろうことを考えると三回です。さすがに流し過ぎではと思いました。ここの「糸」は節約しても良かったのではないかと感じてしまいました。だってこのシーン無くても物語は成立してしまうんですもの。


というか、この映画って想像以上に中島みゆきさんの曲が流れていたんですよね。中国語カバーの「時代」も有線で流れてきていましたし、「ファイト!」なんて二回カラオケで歌われます。一回目も二回目も「ファイト!」を歌う理由なんて、正直全くないのに。まるでこの世界の音楽は中島みゆきさんしかないかのよう。曲のパワーはありましたが、疑問が先に出てしまいそこまで感動することはできませんでした。













ウェットな演出と中島みゆきさんの乱用。とにかく泣かせてやろうという感動の押し売りがバリバリに伝わってきて、それが私は逆に嫌でしたね。だから泣いている葵に結が抱きつくシーンも良いシーンなんですけど、それまでの演出のせいで偽善にさえ感じてしまいました。その後はベタなすれ違いのつるべ打ちで、どうせ二人が再会しておしまいなんでしょと鼻白んでしまいました。


というか、昔の意中の相手に会おうとする漣という構図は、香との日々はなんだったのと少なからず感じてしまいましたし。それに「縦の糸はあなた 横の糸は私 織りなす布は いつか誰かを暖めうるかもしれない」という「糸」の歌詞からすれば、布は結のことを指しているかもしれません。となると、糸は漣と香で......って葵は?漣と葵の話じゃなかったの?と少し不思議に感じてしまいます。


でも、俳優さんは良かったんですよ。菅田将暉さんは、キャリアハイとまではいかなくても、諦めかけた漣の悲哀と哀愁、父親になった喜びと責任を上手くブレンドしていましたし、小松菜奈さんも個人的ベストアクトである『さよならくちびる』には及ばずとも、振り回される葵の切なさと空元気さ、そして受容されたときの柔らかさなど折々の表情を見せてくれました。他の俳優さんも与えられた役割を忠実に演じていて、大きな不満はありません。


だからこそ、演出をもう少し抑えめにしてほしかった。もっと感動の押し売り感がない方が私は好きなんですけど、後ろの席からすすり泣く声が聞こえていたので、これで良かったのかもしれません。素直に感動したい方にはお勧めできる作品になっていると感じました。




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以上で感想は終了になります。映画『糸』、私にはあまりハマらなかったのですが、悪い映画ではないと思います。話自体は上手くまとまっていますしね。興味のある方は観てみてはいかがでしょうか。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 


映画「糸」オリジナル・サウンドトラック
オリジナル・サウンドトラック
SMM itaku (music)
2020-08-19







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