こんにちは。これです。今回のブログも映画の感想になります。


今回観た映画は『のぼる小寺さん』。最初はその存在を知らなかったのですが、『聲の形』や『若おかみは小学生!』の吉田玲子さんが脚本を担当されていると知り、俄然見なくちゃという気に。公開から1か月以上経ちましたが、ようやく長野でも公開されたので観に行ってきました。


それでは、感想を始めたいと思います。拙い文章ですが、よろしくお願いします。




hba





―あらすじ―

――彼女がなぜのぼるのか、僕には“まだ”わからない。
教室。ひとりぼっちの近藤は、暇つぶしに携帯をいじっている。

体育館。
卓球部の近藤が隣をみると、小寺さんが上を目指している。
近藤は小寺さんから目を離せなかった。

放課後。
教室に小寺さん、近藤、四条、ありかが残される。
「進路調査票、白紙なのお前らだけだぞ」担任の国領が紙を広げる。
不登校気味の梨乃が遅れてやってくる。
「お前、めちゃくちゃ遅いよ!」あきれる国領。

クライミング部の隣で練習する卓球部の近藤、クライミング部の四条、ネイルが趣味で不登校気味の梨乃、
密かに小寺さんを写真に収めるありか。
小寺さんに出会った彼らの日常が、少しずつ変わりはじめる――

(映画『のぼる小寺さん』公式サイトより引用)






映画情報は公式サイトをご覧ください







※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。








『のぼる小寺さん』、良い青春映画でした。観終わった後にじっくり咀嚼できて、小さな勇気をもらえるような良作でした。個人的に今まで観てきた青春映画とは少し印象が違ったんですけど、それも含めて良かったですね。




この映画は終盤のシーンを先に見せるところから始まります。「小寺さんはどうして登るんだろう」というナレーションとともに、クライミング部の小寺さんが大会に出場しているシーンが描かれます。何かを言いたげな近藤、というところでタイトルが映し出され、物語は始まっていきます。


近藤は、休み時間に誰とも喋らず、スマートフォンを見て、騒いでいる人間を馬鹿にしているような、実にありがちな高校一年生です。卓球部の練習にも身が入らず、クライミングに勤しむ小寺さんを眺めてばかりいます。この近藤を演じた伊藤健太郎さんは、微妙な表情や視線の変化で、何をがんばったらいいのか分からない等身大の学生像を見事に表現していました。やっぱり若いながら、安定感がありますね。


さて、とある日、近藤と小寺さんは教室に残されます。とはいったものの二人だけではなく、同じクライミング部の四条や、カメラを持っているありかも同じく残されています。この四人は進路調査票を白紙で提出したことで、先生からやり直しを命じられていました。「とりあえず書けば、三年間どっかで考えながら過ごすことになる」という先生。


すごくベタな始まり方ですが、高校生は将来の選択を否応なしに迫られる時期ですからね。15歳の若者に一生なんて決められるわけないのに。不満足そうに進路調査票を受け取る4人と、遅れてやって来た梨乃。この5人がメインとなってこの映画は展開していきます。


この映画は近藤、四条、梨乃、ありかの4人が小寺さんを見て"とりあえず"がんばれるものを見つけるというストーリーなのですが、ポイントとなるのは小寺さんを理想的な人物として、特別扱いしていないことなんですよね。小寺さんはクライミング一直線すぎて、進路調査票にも「クライマー」と書いてしまうキャラクター。ですが、周囲からは不思議ちゃんと呼ばれ、授業では顔面にバレーボールがぶつかって鼻血を出してしまいます。


この映画では、画面に名前が出て、それぞれのキャラクターの性格や置かれた環境を描くという演出があるのですが、それでさえ小寺さんは5人中4番目でしたし。小寺さんも他の4人と同じラインに立っているというこの映画のスタンスは好きです。演じた工藤遥さんも、基本的には自然体なんですけど、天性の引力みたいなものがあって、気づいたら見入ってしまっていました。クライミングもモーニング娘。で培った運動能力を生かして、しっかり自分で挑んでいましたし、好印象です。他の映画でも見たいなと感じました。




hbb






黒い画面に白い文字で名前が出るこの映画の演出。一番最初に名前が登場したのは近藤です。ここは先ほど説明した通りなので割愛するとして(やる気のない卓球が見どころ)、二番目に登場したのはありかでした。このありかは丸眼鏡を掛けていて、その見た目から友達もおらず孤立しているのかなと思いきや、普通に友達はいる様子。


ありかはカメラを構えていますが、ただ趣味で撮っているだけで、どこにも出せていません。彼女を演じたのは小野花梨さんは、風貌からして言いたいことが言えない雰囲気をすごく醸し出していて、誰かに声をかけるときのぎこちなさが良かったです。


次に名前が出たのは梨乃。しかし、梨乃は不登校気味で、学校外の知り合いとバーべーキューをしたりして、遊んでいます。それでも、小寺さんと話すことで、徐々に学校にも顔を出すようになるんですよね。小寺さんにネイルを施すシーンは、この映画でも数少ないキラキラしたシーンでした。彼女を演じたのは、吉川愛さん。こういった少し派手目な役柄にぴったりの華と、その裏にのぞかせる影を併せ持っていて、嫌味ったらしくなく観ることができました。


そして、小寺さんの名前が画面に映されたのち、最後に登場したのが四条です。はじめはおどおどしていた彼ですが、小寺さんのアドバイスで髪を切ってからは少し積極的に変わっていく四条。彼を演じたのは鈴木仁さんです。『4月の君、スピカ。』や『小さな恋のうた』で何度かお見かけしたことはあったのですが、この映画でもその存在感は目を引きます。


最初のもっさりした印象があったのですが、後半は穏やかなイケメンに。それでも、根っこの部分は変わらないというバランス感覚が見事で、この映画で個人的に一番好きなキャラクターでした。鈴木仁さん自体もこの年代の俳優さんの中では一二を争うくらい好きですね。秋公開の『ジオラマボーイ・パノラマガール』も楽しみです(長野で公開されるかどうかは怪しいけど)。









前述したように、この映画は小寺さんを見ていた4人がそれぞれ小さな一歩を踏み出すストーリーです。小寺さんを含めた5人はさまざまに関わっていきますが、この映画の特徴として静かであるということが挙げられると思います。よくある青春映画だったら、もっと直接的なセリフやムード音楽を流したりして盛り上げそうなところを、この映画は自然な会話と俳優さんを生かす抑え目な演出で見せているんですよね。直接的なセリフなんて「僕も登らなきゃって思うんだ」ぐらいのものでしたし。


この映画って分かりやすさと分かりにくさの合間、微妙なラインをついていたと思うんですよ。私はバカなので分かりやすい方が好みなんですが、いい意味で分かりにくいのもいいかなって感じました。エモーショナルな場面が少なく、淡々と進んでいくんですけど、これはこれで好みだったりします。


でも、描写不足には決してなっていなくて。小寺さんと近藤の会話中に流れる蝉の声とか、近藤と伊藤の屋上での会話での焦点のあっていない景色とか。セリフだけでなく、画面の色々な角度から訴えかけてきていて、映画ならではの魅力を感じました。近藤が卓球に熱心に取り組んでいく過程も説得力がありましたし、だらだらやっていた仲間との決別を示す試合後のシーンには痺れます。


そして、小寺さんに触発されて、梨乃やありか、四条も小さな一歩を踏み出すんですよね。梨乃とありかが初めて喋るシーンは確かな感動がありましたし、小寺さんを好きだった四条がその恋心にケリをつけて、別の女子の告白を受け入れたのも好きでした。


特に梨乃の描写が個人的には好きで。劇中での梨乃は学校には来るんですけど、授業を受けるシーンはないんですね。そのまだ授業に入っていく勇気は出ないけど、小さな一歩ぐらいなら踏み出せるというこの塩梅はすごく良かったと思います。無理して押し付けない感じで。




hbc





この映画で「これ以上できないくらい挑戦していれば、必ず『ガンバ!』って言ってくれる」といったようなセリフがありました。確かに小寺さんは最大限挑戦していて、大会のシーンは私も思わず手に汗握って、登場人物と同じように「ガンバ!」と言いたくなったのですが、私は他の4人にも同じくらい「ガンバ!」って言いたくなったんですよね。彼ら彼女らは小寺さんほど一生懸命じゃない。でも、自分の道を見つけようと、水面下でもがいている姿に私は「ガンバ!」と応援したくなりました


そして、この映画の最大のポイントだと私が感じているのが、4人の見つけた道が、人生を捧げる道だとは限らないということです。繰り返しになりますが、そもそも15歳か16歳かそこらの若者に、自分の人生を決めさせるのは酷なことだと私は思います。だって、高校を卒業してから分かることの方がずっと多いから。近藤も、ありかも、梨乃も目指した道でプロになれるかどうかは分かりませんし、なれない可能性の方がずっと高いと思います。


でも、そんな先が見えない中でも"とりあえず"がんばることに価値がある。この映画では、小寺さん以外の4人の進路調査票は放っておかれたままです。何になれるかは分からないし、夢は変わるかもしれないけれど、"とりあえず"がんばって自分の決めた道を進む。今を生きる。だれもが夢を見定めているわけじゃない高校一年生の態度としては、とても現実的なものだと私は感じました。


この映画は小寺さんを見る4人というストーリーで展開していきました。しかし、4人が"とりあえず"の道を見つけるにつれて、小寺さんを見なくなっていくんですよね。がんばっている小寺さんを羨む必要は薄くなっているんです。


それを如実に示しているのが、ラストシーンでしょう。小寺さんと近藤が背中合わせになるという絵面だけでキュンとなるシーンなのですが、ここで近藤は小寺さんを見ていないんですよね。"とりあえず"卓球に打ち込むという自分の道(仮)を見つけて、まっすぐその道を見ている。もう小寺さんという道標に頼る必要がなくなったんです。蝉の声が消えているのも、近藤が一生懸命になれるものを見つけたことを表していて、オレンジの光とともにグッとくる終わり方でした。良作ですね。




hbe














以上で感想は終了となります。映画『のぼる小寺さん』、淡々としたムードながら、がんばっている、もしくはがんばろうとしているキャラクターたちを応援したくなる映画でした。興味のある方は観てみてはいかがでしょうか。お勧めです。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 





☆よろしければフォロー&読者登録をお願いします☆