こんにちは。これです。今回のブログも映画の感想になります。


今回観た映画は『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』。毎年恒例のしんちゃん映画が、今年はこの時期の公開です。見てきた感想をまず言うと、今年も一定以上のクオリティがあり、観てよかったなと感じました。たまに一次創作をしたりする私のパーソナリティ的にも響きましたしね。


それでは感想を始めたいと思います。何卒よろしくお願いします。




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当初は例年通り今年4月に公開が予定されていた今年の映画クレヨンしんちゃん。しかし、コロナ禍で公開が9月に延期。マスクをつけながらようやく観に行ったのですが、観て驚きました。ラクガキと言う今日日あまり見られない題材を扱っていながら、すごく現代的なお話だったのです。それは単にSNSやタブレットが登場したというだけではありません。意図せずコロナ禍の状況さえも反映しているように私には思えました。


さらに、この映画は今までのしんちゃん映画にないくらいオタク的でもあります。現実に虚構が立ち向かうという図式もそうですが、大切なのはラクガキと言えども立派な創作であるという点。さらに、しんのすけが行う一次創作だけでなく、あるジャンルのオタク特有の二次創作という文化が、この映画では重要な意味を持つという点が挙げられます。この映画はそういったオタク文化を肯定しているんです。少なくとも観終わって私は感じました。





※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。






では、映画について見ていきましょう。この映画は偶然にも今年のドラえもん映画と同じこども科学館から始まります。オープニングに合わせて登場したのはまさかのマサオくん。VRで空中に絵を描くというかなり現代的な始まり方です。しかし、しんのすけは旧来的に床に直接マジックでラクガキ。当然よしなが先生にたしなめられますが、上空からそれを見ていた者たちがいました。


彼らの名はラクガキングダム。自由なラクガキから生まれるラクガキエナジーで成り立っている王国です。しかし、現代では町はきれいに整備され、学校の授業もタブレット(ここ大事です)に。崩壊しつつあるラクガキングダムの防衛大臣は、子供たちに無理やりラクガキをさせるウキウキカキカキ作戦を発案。他の大臣の承認も得て、作戦を実行に移します。地上には近衛兵が降り立ち、大人は特殊なカメラで撮られて壁や道路に磔に。子供たちは無理やりラクガキを描かされます。最初は良かったものの、だんだんとラクガキエナジーは低下。創作は強制的にやるものではないことが、ここで示されます。


この事態を重く見たラクガキングダムの姫。描いたものを実体化させるミラクルクレヨンを宮廷画家に託し、地上へと送ります。宮廷画家は迷いつつも、しんのすけと出会う。その前のボーちゃんでは使えなかったミラクルクレヨンですが、しんのすけはいとも簡単にひろしの靴下を描いて出現させます。その匂いは本人そのもの。


ここがポイントなのですが、しんのすけはラクガキという一次創作を実体化できる選ばれし者になったんですよね。これは現実で言うと、一次創作を商品化して世に送り出すことができる作家にしんのすけがなったということではないでしょうか。一次創作をするワナビーは数多くいますけど、その中で本やCDなど触ることのできる形として世に送り出せる者は、まさしく一握りです。しんのすけはその数少ない存在として、この瞬間に特別になったのだと思います。




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宮廷画家に先のカメラで撮られて、スケッチブックに閉じ込められたしんのすけ。そのまま紙飛行機にされ、追手から遠くへと逃がされます。辿り着いた先は富士山の見える、おそらく相模湖周辺。どこまで飛んでんだと思わなくもないですが、ミラクルクレヨンで対象の人物を囲めば磔を解くことができると聞かされていたしんのすけは、その言葉通り脱出。さらにブリーフ(二日目)ぶりぶりざえもんニセななこをミラクルクレヨンで生み出し、ななこお姉さんを救い、春日部を奪還するために一路春日部を目指します。


ブレーキのない車で逃げたり、すぐさぼるぶりぶりざえもんに手を焼いたり、はちゃめちゃな旅をしながら、町へとたどり着くしんのすけ一行。カレーの匂いを嗅ぎ付け定食屋に入ると、そこにはタブレットを片手にした6歳児・ユウマがいました。彼の母親は春日部にいる祖母を訪ねていったきり帰ってきいません。


この予告には一切登場せず隠されていたユウマが、実はこの映画では重要なキャラクターで。ユウマはタブレットを眺めている現代っ子そのものなキャラクター。ラクガキもせず、ミラクルクレヨンももちろん使えません。その一方で、ミラクルクレヨンで絵を生み出すしんのすけを勇者だと半ば崇めたりもしています。私はユウマは作品を受け取るだけで何もしない、私たち消費者や読者を象徴しているキャラクターだと感じました。しんのすけを崇めることは、創造主である作者を崇めることと一緒なのです。そういう人いますよね。











さて、ユウマのアシストもあって春日部に辿り着いたしんのすけ一行は、ミラクルクレヨンを使い近衛兵に立ち向かいます(結構ちゃんとした自衛隊も登場するのですが、霧に囲まれた春日部には入れないのです)。おならの出る尻型兵器を武器に近衛兵を撃退したり、ミラクルクレヨンで囲むことで大人たちを助けたりするしんのすけ一行+カスカベ防衛隊。しかし、使い過ぎたことによりミラクルクレヨンの残量は残りわずかに。さらに、そのちびかすになったミラクルクレヨンを裏切ったぶりぶりざえもんが持っていってしまうという二重のアクシデントに見舞われます


一方、母親を探しに行ったユウマはラクガキングダムの姫と出会い、病院で母親を見つけ出します(この母親もわりと現代的な見た目だった)。そこではミラクルクレヨンを持ったぶりぶりざえもんが、防衛大臣との取引を持ち掛けていました。まあここでぶりぶりざえもんが義を見せるというお約束もあり、母親は助かりますが代わりにミラクルクレヨンは使い切ってしまいます。


つまり、しんのすけはもう何も生み出せなくなってしまいました。さらに、ラクガキをし続け子供たちは疲労困憊。ラクガキエナジーが足りなくなったラクガキングダムは崩壊一直線です。落ちてくるラクガキングダムを食い止めようにも、ミラクルクレヨンはもうありません。何もできないしんのすけを一般市民たちは責めるんですよ。気味の悪いことに。「なんてことをしてくれたんだ」みたいに言って。


現実にもいますよね。自分の気に入らない展開になると作者に凸する人。現代はSNSをやっている人も多いですし、そういった声はより可視化される時代になっていると感じます。久保帯人先生じゃないですけど、読者に作品の展開を変える権利はないわけですよ。独り言で呟いているか、それとも読むのを止めるのか。でも、実はもう一つ選択肢があるんです。


それは自分で書いてしまうということです。私が望む展開は私が書いたるわ!の精神です。つまりは二次創作です(別に一次創作でもかまいませんが)。みさえも文句に対して「自分たちでなんとかしなさいよ」みたいなことを言っていたと思いますし、ここは自ら創作することの重要性を訴えかけているように感じましたね。私は。




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落ちてくるラクガキングダムという現実に逃げ惑う市民たち。ラクガキエナジーを集めようと呼びかけるネームドキャラの声にも全く応じてくれません。姫がサトーココノカドーからアナウンスするもこれも効果なし。もうダメかと思ったところで、ユウマが堰を切ったように発します。


助けてもらったのに、逃げんのかよ!


この言葉に私は『ちはやふる』の末次由紀先生のコラムを思い出したんですけど、これを受け取ってばかりだったユウマが言うのが熱いわけですよ。しんのすけが生み出すラクガキという作品に助けてもらったユウマが。きっと、色んな人が色んな作品に助けられて生きているんだと思います。私だってそうですし。で、その作品に助けてもらったのに、現実から逃げるのかよというね。オタクじゃなくてもハッとする言葉です。


そして、この言葉に気づかされた市民は、まず子供から一人ずつラクガキをするんですよね。それはまさしく二次創作そのもの。ほらよく聞くじゃないですか。作家が読者のファンアートに励まされたみたいな話は。それと同じことがこの映画では起こっているんですよ。一次創作をするしんのすけを二次創作たちが勇気づけているんですよ。オタク的に見ればここまで熱い展開はそうないですよね。そうして生み出された虚構に声援を送るシーンは、感動して泣きそうになりました。











こうして一次のみならず、二次創作の素晴らしささえも描いた後の着地点がもう最高で。まず、ユウマがタブレットで線を描いているんですよ。姫もタブレットにラクガキをして、しかも大事なのがそれをネット上に保存することができるということ。この映画では、そうして同じように書かれたラクガキがいくつも画面上に出てきまして。これはもうPixivじゃんってなりましたね。


こうして見ると、ラクガキの精神は現代も受け継がれているわけで。現代ではクレヨンはタブレットに代わって、スケッチブックはPixivに代わっているんですよね。しかも、序盤にサラッとラクガキを奪ったと説明されていたタブレットが、ラクガキを生み出すものとして真逆の意味に捉えられていて。きっとこれからも人に創作意欲がある限り、ラクガキは形を変えて残り続けるんだろうなということがひしひしと感じられて、現代的だなと思うのと同時に普遍的だなと感じました。


さらに、最後のタイトル回収が見事。ユウマの家に置いてかれたスケッチブックには、しんのすけたち一行と一緒にユウマも描かれていたんです。また、しんのすけはブリーフ、ぶりぶりざえもん、ニセななこ、さらにユウマを並べて、彼らは勇者であると言っています。作品からパワーを受け取って簡単な二次創作を始めたユウマを、一次創作のキャラクターと同じ立場にあるとみなすことは、もはやここ50年の二次創作文化、オタク文化の肯定と同義ですよ。素晴らしい。もう物を作る喜びと、創作物への愛に溢れていて、一次二次問わず物を創るオタクは観たらいいんじゃないかと思いますね。


それに、このコロナ禍で外出できず、家にいる時間が増えた。やることがないから、本や漫画などの作品に触れることが多くなった人も、少なくないと思うんですよね。ツイッターでも学校が休校になって暇になった子供が『鬼滅の刃』に影響されて絵を描き始めたみたいな話題を目にしましたし、そういった創作物に触れる期間が長くなった今だからこそ、この映画はより大きな効果を発揮しているんだとも私は感じました。



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以上で感想は終了となります。『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』、一次二次問わず創作が現実に立ち向かっていく、とても私好みの映画です。他の人はどうか分かりませんが、少なくとも私は興味があるなら観てみてと勧めたいですね。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 






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