こんばんは。これです。GWですね。GWということで今日も映画を観に行ってきました。「レディ・プレイヤー1」です。


結論から言っちゃうともう最高でした。今年観た映画の中で一番面白い。


今回はその感想となります。語りたいことがいっぱいあったので気づいたら今までの映画感想の中で一番長くなっちゃいました。読みづらい文章ではありますが何卒よろしくお願いいたします。









※ここからの内容は映画のネタバレを含みますので十分ご注意ください






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~ お し な が き ~

・オタクでいて良かった!
・新しい、けど懐かしい
・友情・努力・勝利
・ボーイミーツガールと成長
・「市民ケーン」とかスティーヴン・キングとか
・見る前に跳べ!
・虚構と現実






















・オタクでいて良かった!

まず、この映画の予告編をご覧ください。



こちらの予告編からも分かる通り、「レディ・プレイヤー 1」には多くの映画・ゲーム・アニメ・漫画のキャラクターが登場します。(それぞれの説明についてはこちらをご参照ください)それをいくつ見つけることができるかがこの映画の楽しみ方の一つとなっています。あまりに仕込みが多岐にわたりすぎて全部を見つけられる人っていうのは流石にいないと思うんですけど。


序盤のレースシーンからもうテンションぶち上がりまくりですからね。まず主人公のパーシヴァルが乗っている車がかの名作「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の「デロリアン」ってとこが最高です。もうめっちゃスピルバーグ。3が公開されたのが1990年ですから実に28年ぶりですね。私生まれてないですよ。2の舞台が2015年だったのでいつの間にかもう3年も過ぎちゃってますよね。どうしましょうかこの気持ち。


まあそれは置いといて「デロリアン」登場で上がったテンションをさらに上げてくれるのが「ジュラシック・パーク」登場のティラノサウルスと「キング・コング」。私はどっちも見てないんですけどそれでも存在ぐらいは知ってるので出たときはテンションが上がってすんごい前のめりになってました。横の人迷惑だっただろうなあ。ごめんなさい。


さらに「レディ・プレイヤー1」には日本のキャラクターも多く登場します。予告でも「AKIRA」(大友克洋)のバイクが登場してますし、また別の予告では日本が生んだ「メカゴジラ」が登場します。このメカゴジラ登場の時に流れるのがあの伊福部昭さん作曲の「ゴジラのテーマ」のアレンジバージョン。知ってる有名な曲が流れただけでもう「うわああああああああ」てなもんですよ。


そして、プレイヤー達を蹴散らすメカゴジラに対抗するのがあの、あの「機動戦士ガンダム」なわけですよ。「俺はガンダムで行く!」との掛け声でガンダムが出てきたときには「うわああああああああああああああああ」と大興奮。ガンダムvsメカゴジラというロボアニメと特撮の垣根を超えた夢の対決。もう落ち着けって言う方が難しいですよね。


他にもアイアン・ジャイアントが親指を立てながら溶鉱炉(じゃなくてマグマ)に沈んでいくシーンとかパーシヴァルがストⅡの波動拳を出したシーンとか「うわああああああああああああああああああああああああああああ」となるシーンがいくつかあったのでもう満足度極めて高い。より多くのネタを知っている所謂オタクと呼ばれる人たちほど楽しめる作品ですよね。主人公もオタクですし。ただゲームをクリアするだけでは飽き足らず、隅々までやり込んで裏技を見つけ出そうとするその根性とか。


私はまだそんなオタクじゃないんですけど「オタクでいて良かった!」と思えるような映画でした。いいよ良すぎるよこの映画。










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・新しい、けど懐かしい

この映画のキャッチコピーとして「最高の、初体験。」というものがありました。たしかにこんなVR体験誰もしたことがないですし、最高の初体験であったことには間違いないんですけど、でもそれと同時にどこかというかかなり懐かしさも感じたんですよね。


それは懐かしのキャラクターが続々登場することに要因があります。ガンダムやメカゴジラ等々あのころ夢中になっていたキャラクターが続々登場するわけですからね。ファミコンのようなハードも映画の中には登場しますし。でも、それ以上に懐かしさを感じるのってストーリーの部分だと思うんですよ。一言で言えば「ドラゴンクエスト」「ポケットモンスター」のようなRPG、ロール・プレイング・ゲームだったんです。


これは笑ってもらって構わないんですけど、私「ドラクエ」やったことないんですよ。でも「ポケモン」は最近までメッチャやってました。別に対戦とかはしてなかったんですけど。あれ、対戦ガチでやってる人ホント凄いですよ。すごい根気のいる作業ですもんアレ。私にはとてもできない。


話を戻します。「レディ・プレイヤー1」のストーリーは大まかに言うと「3つの鍵を発見し、隠された宝物を見つけ出す」というものなんですけど、これまんま「ポケモン」ですよね。3つの鍵なんてジムバッジそのものですし、3つの鍵で宝物部屋への扉の鍵が開くというのもポケモンリーグがダブります。さらにはIOI社という「ポケモン」でいうところの「ロケット団」に相当する悪の組織もいる。ここまで来れば「レディ・プレイヤー1」はもう日本的RPGそのものと言えるんじゃないでしょうか。


「ドラクエ」シリーズも「ポケモン」シリーズももう国民的ゲームになってますし、サンタさんに「新しいドラクエがほしい」「新しいポケモンがほしい」と願った子どもたちも決して少なくないはずです。これらのRPGで遊んだ子どもたちにはRPG的文脈というのが築かれ、それは大人になっても心の中に残っているものだと私は考えています。「レディ・プレイヤー1」はまさにこのRPG的文脈に添って物語が展開されるので、それによって私たちの心の奥底にあるRPG的文脈が呼び起こされ、懐かしさ・ノスタルジーを感じるようになっているのではないでしょうか。かつてのゲーム少年なら目をキラキラさせながら観ることができること間違いなしです。










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・友情・努力・勝利

えー、そこのあなた。「週刊少年ジャンプ」をお読みになったことがありますでしょうか。え、今も読んでる?ありがとうございます。来週のジャンプは水曜に出ますので何卒お気をつけください。


読んだことがない?そうですか。ではジャンプ3本柱もご存じないですよね。ジャンプ3本柱というのは「友情・努力・勝利」のことでありジャンプに連載されている漫画にはこのうち2つ以上の要素を含めることが半ば義務付けられてるんです。


なんでこの話をしたかっていうと今回「レディ・プレイヤー1」を観て、私が「友情・努力・勝利」というものを強く感じたからです。


まずは「友情」。これはサマンサが「3つの試練の鍵となっているのは”絆”なの」(こんな感じのセリフじゃなかったと思うけど大体こういう意味)というようにこの映画のメインテーマの一つでもあります。試練は一人でクリアすることは不可能で、パーシヴァルがクリアできたのも、パーシヴァル、アルテミス、エイチ、ダイトウ、ショウの5人が協力したからですからね。特に最後の3つ目の試練なんて、ガンダムでの助太刀や橋になるアイアン・ジャイアントなどそこにたどり着くまでの友情があってこそクリアできたものでしたから。


反対に今回敵となったIOI社はボス・ソレントのワンマンだったわけで、手駒は星の数ほどいましたけど、ソレントは誰とも友情を結んでなかったですからね。それが勝負の分かれ目になったんじゃないかなと。友情が勝負を制す。まさにジャンプ。


さらに友情について言うと「オアシス」をともに作ったハリデーとモローは仲違いをしてしまいます。ここで二人の友情は壊れてしまったわけなんですけども、そのことについては後述するのでここでは割愛します。


で、続いて「努力」です。これは一見ないように見えますけど、主人公のウェイドはちゃんと努力をしてました。それはハリデーのことについてです。5000億ドルを手に入れるためにウェイドは誰よりもハリデー年鑑に入り浸り、ハリデーの研究をしていたわけです。見えないところで。そういった無駄に思えるようなウェイドの努力は知らず知らずのうちに本人に蓄積されており、5000億ドル争奪戦でついに開花。大きな勝因の一つとなります。私たちが普段してるオタク的努力もいつか何かの役に立つかもしれない、そう思わせてくれたウェイドの努力でした。


そしてそういった友情と努力が両翼となりウェイドは勝利を掴むことができました。これらが「レディ・プレイヤー1」で私が感じた「友情・努力・勝利」です。こういった昔ながらの「友情・努力・勝利」を感じることができたのも懐かしさを覚えた理由の一つになってますね。










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・ボーイ・ミーツ・ガールと成長

パーティで女の子に話しかけるには」の感想でも書いた通り、私は「ボーイ・ミーツ・ガール」が好きです。もう「ボーイ・ミーツ・ガール」さえやっときゃ外さないって思うくらいに。で、今回「レディ・プレイヤー1」を観てて、思っていた以上に「ボーイ・ミーツ・ガール」要素が大きかったのがすごい嬉しかったですんよね。


きっかけを掴めずにウジウジしている少年ウェイド。そしてそこに現れた謎の少女アルテミス。ウェイドはアルテミスと冒険していくうちに徐々に勇気を得ていく。ボーイ・ミーツ・ガールのド王道を往ってます。


もう最初はボーイはどうしようもなければどうしようもないほどいいわけですよ個人的には。ヤクやるようなどうしようもなさじゃなくてウジウジしてるって感じのどうしようもなさが。その点ウェイドは現実世界に居場所がなく、「オアシス」に居場所を求めるどうしようもない奴だったので最高です。最初がどうしようもない奴であればあるほど成長後が映えるってもんです。


そしてそんなウェイドを引っ張っていく少女アルテミス。このアルテミス、勇気があってガンガン行く性格だったのがよかった。その方がどうしようもないボーイとのギャップが際立ちますからね。第2の試練とかとても象徴的でしたよね。ああいうの好き。容姿も「オアシス」と現実のどっちも可愛かったし。


勇気を持ったアルテミスと行動を共にしていくうちにウェイドもまるで彼女に分け与えてもらったかのように少しずつ勇気を持ち始めます。そんな矢先、アルテミスが敵のIOI社に攫われる。どうするウェイド?


ここでウェイドは今まででは考えられなかったような勇気を持ってIOI社のボス・ソレントにカチコミをかけるんですよね。それは同居人が殺されたっていうのも大きかったとは思うんですけど、やっぱりアルテミスに勇気をもらったのがとても大きかったんじゃないかなって。どっちにしても燃える展開ですが。


そう燃える展開だったんです。「ボーイ・ミーツ・ガール」を通したウジウジボーイ・ウェイドの成長。これに燃えなくて何に燃えますか。最後には向こう側に飛んで行ったウェイド。「レディ・プレイヤー1」は冴えないウジウジボーイが一人の漢になるまでの、虚構にしか居場所のなかった一人の少年が現実世界に居場所を得るまでの成長物語でもありました。青春だよなあ。










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・「市民ケーン」とかスティーヴン・キングとか


そこのあなた!漫画家・島本和彦先生をご存知ですか!「アオイホノオ」や「炎の転校生」などの作品で知られるあの島本先生ですよ!もちろんご存知ですよね!


その島本先生が先日「レディ・プレイヤー1」を観に行ったようなんです。その感想が
というものでして、さらに
と仰っていたんです。


というわけでどんなもんかなと私も昨日「市民ケーン」を観てみました。感想としては正直よく分かんなかったんですけど。白黒の画面に白文字の字幕は分かり辛いんじゃ。


そんなよく分かんないまま「レディ・プレイヤー1」を観ていたらパーシヴァルがあるシーンで”バラのつぼみ”って言ってたんですよ。これか!と。島本先生が仰ってたのはこの事だったのか!と。


この”バラのつぼみ”っていうのは、新聞社を興し大富豪になった主人公ケーンが死の間際に言った言葉なんですよね。この”バラのつぼみ”をキーワードにそれぞれの登場人物が述懐する形で映画は進んでいくんですけど、この主人公ケーンって孤独のうちに死んでいってしまうんです。


この”バラのつぼみ”っていうのは結局ケーンが子供の時に遊んでいたソリなわけだったんですけども、その裏に隠された意味っていうのは結構いろいろな推測がなされてるんですよね。恋人だったり、友情だったり、童心だったりですね。


そして「レディ・プレイヤー1」では終盤でウェイドがモローに「あなたが”バラのつぼみ”か」かと問います。さっきも少し書いたんですけど、ハリデーとモローは仲違いをしてるんですよね。それでハリデーは孤独のうちに死んでしまった。ケーンと同じです。ケーンも巨万の富を築きながら最期は一人だった。ここに「市民ケーン」と「レディ・プレイヤー1」をつなぐ橋がありますね。


私が考えるここでの”バラのつぼみ”の意味は”友達”です。ハリデーは最期に大切な友だったモローのことを思っていって死んでいったんじゃないかと。この言葉に対してモローは答えを濁しました。でもやっぱりそうだと思うんですよ。そう思ってなきゃハリデー年鑑の案内人なんてやってませんよ。モローがハリデー年鑑の案内人をしてたのはハリデーに対する後悔の念があったからなんじゃないかと私は考えてます。



次にスティーヴン・キングです。これは劇中にも彼原作の映画「シャイニング」が出てますが、ここで注目したいのはそこじゃないんですよね。


それはハリデー年鑑で案内人がウェイドに25セント硬貨を渡したシーン。この25セント硬貨のおかげでウェイドは一命をとりとめるわけなんですけど、ここで私は思ったんです。「なんで25セント硬貨だったんだろうか」と。「25セント硬貨に何か特別な意味があるのか」と。


そこで調べてみたところ、分かりました。スティーヴン・キング原作の短編小説に「幸福の25セント硬貨」という本があったんです(あらすじはこちら)。「オアシス」での出来事は夢での出来事と変わらないけど、現実は確実に変わってきているというのがこの映画の結末を暗示していたのかなって調べてみて感じました。これ初見で気づく人いないでしょ。どんだけネタ仕込んでんだ。すごいな。


あとは「レディ・プレイヤー1」のWikipediaには「ブレード・ランナー」がどうこうっていうのも書いてありました。これについてはよく分かりません。「ブレード・ランナー」も一回観ただけですし。ここは皆さんの想像にお任せしたい。頑張って。










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・見る前に跳べ!


”Leap before you look"

これは英語のことわざで直訳すると「見る前に跳べ」といいます。意味は「失敗を恐れるな」とか「ウジウジ考える前にやってみろ」っていう意味になるんですけど、この言葉が「レディ・プレイヤー1」のテーマの一つでありました。


かつてのハリデーにはガールフレンドがいまして。それは後にモローの妻となるキーラという女性でした。ハリデーはキーラを映画デートに誘いますが結局そこから先は行くことができなかった。そのことが忘れられなかったのかハリデーは生涯伴侶を得ずに死んでいくんですが、ハリデーは後にこのことについて「跳べなかった」と暗喩で後悔をしてるんですよね。


跳べないのはウェイドも同じです。ウェイドも勇気がなく自らのいる場所から向こう側へと跳ぶことのできないウジウジボーイでした。アルテミスに出会うまでは。


第2の試練で怖気づくウェイドを余所に跳んでみせたアルテミス。そのヒロイックな姿。繰り返しになりますがウェイドはそんなアルテミスの姿を観て勇気が芽生え始めます。


勇気を持って勝負に勝ったウェイド。ここからが好きなところなんですけど終盤ウェイドがサマンサにキスをするんですよ。「僕はハリデーと違う」って言って。ここに「ボーイ・ミーツ・ガール」で勇気や現実の恋を知ったウェイドの成長が表れてましたね。ウジウジボーイから卒業して恐れずに向こう側に跳ぶことができたわけです。ラストシーンで二人が一緒になってたのもハリデーやケーンとの鮮やかなたい肥になっていて感動するシーンでした。


それと映画の最初にあの有名なヴァン・ヘイレン「JUMP」が流れるんですけど、終わってから考えてみると「JUMP」=「跳べ」で初っ端から伏線になってるんですよね。気づいた時には鳥肌が立ちました。


オタクな人たちって感情を伝えられずに後悔してる人も多いと思うんです。引っ込み思案というか。ども個人的にはそっちの方が好きですね。人にガンガン行けるオタクっていうのは私はあまり魅力を感じないですし。そしてそんなオタクたちに向かって「恐れるな、後悔せずにとにかくやってみろ、見る前に跳べ」というメッセージで背中を押してくれる。「レディ・プレイヤー1」はそんな映画だと思いました。まる。















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・虚構と現実

もう先に行っちゃいますけど「レディ・プレイヤー1」の結論は「現実を大事にしろ」ってことなんですよ。


まず、「オアシス」っていうのは「憩いの場」っていう意味で、そこではどんなものにもなれるし、どんなこともできる。まさに夢の世界です。2045年の人類はこの虚構の憩いの場に入り浸って現実を疎かにしてたんですよね。


まあこれはよく言われることなんですけど、この状況って今の私達についてもいえると思うんですよ。今ってSNS全盛の時代じゃないですか。私も含めてSNSという世界に入り浸り、現実の人間関係を疎かにしている人がどれだけ多いか。リアルでのコミュニケーションが苦手になってきてる人もどんどん増えてきてるって話ですしね。まあ私はSNSを始める前からコミュニケーションは下手だったんですけど。そういう意味では「人との付き合い方が分からなかった」と言ったハリデーにいたく共感しました。


そりゃ現実は必ずしもいいものじゃないですよ。ハリデーが言うように「現実は苦しく、悲しく、そしていいことばかりじゃない」ですから。でも現実でしか味わえないものも確かにあるんです。「現実でしか旨いメシは食えん」のです。いくらVRが発達したとしてもそれでお腹いっぱいには決してならないですから。「現実だけが唯一リアルなもの」なんです。


虚構の中に居場所を見つけるのは簡単です。だって虚構の中にいる限りは人に傷つけられることはありませんから。でも所詮虚構は虚構です。どこまで行っても決して現実にはなりません。その虚構が失われてしまったら現実には何も残らないのです。内にこもってるのも悪くはないけど、外に向かっていけと発破をかけてくれるのがこの「レディ・プレイヤー1」という映画です。


映画はこう結ばれます。

オアシスを火曜と木曜を休みにした
現実を生きなきゃ

現実は確かに怖い部分もあります。でも悪いことばかりだけではありません。優しい人だってたくさんいますし、おいしいご飯も食べられます。そしていつか大切に思える人もできるかもしれない。「恐れるな、とにかくやってみろ、見る前に跳べ」です。私たちが生きることができるのは現実だけ。現実をもっと大事にしよう。いいことだってあるかもよ。さあ



以上、自戒も込めて書きました。なかなか説教臭い文章になってしまいました。反省。




















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以上になります。ここまで長ったらしく書いてきましたけど、一番言いたいことは「とにかく観て」という6文字です。かつて少年少女だった全ての大人に観てほしいなと思います。


さらにはGWですので家族連れで観に行くのもおすすめです。映画観終わった後に子どもが「あれ何ー?」って聞いて親が「あれは◯◯だよ」ということで会話が生まれますし、何よりそれで子どもをオタクの道へ引きずり込むこともできる。ようこそこちら側の世界へ。


まあそれはともかくとして「レディ・プレイヤー1」は誰が見ても楽しめる最高のエンタメ映画なので皆さんもぜひ劇場に足を運んでみてください。面白いですよ。



おしまい


ゲームウォーズ(上) (SB文庫)
アーネスト・クライン
SBクリエイティブ
2014-05-17