Subhuman

ものすごく薄くて、ありえないほど浅いブログ。 Twitter → @Ritalin_203

カテゴリ: 感想



こんにちは。これです。


いきなりですが、今回のブログも映画感想になります。今回観た映画は『パラサイト 半地下の家族』。去年『万引き家族』も受賞した、カンヌ国際映画祭最高金賞パルムドールに輝いた韓国映画です。今年の公開に先駆けて、去年先行上映が行われていましたが、観た人たちからは絶賛の声が続々。否が応でも期待値は高まります。


ただ、この映画ネタバレ禁止令が出ているんですよね。そのなかで感想を書くのは慣れていないので難しいんですけど、でも、感じたことをつらつらと書いていきたいと思います。拙い文章ですが、よろしくお願いします。




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―目次―

・格差社会をエンタメとして描く
・鏡みたいな映画




―あらすじ―

過去に度々事業に失敗、計画性も仕事もないが楽天的な父キム・ギテク。そんな甲斐性なしの夫に強くあたる母チュンスク。大学受験に落ち続け、若さも能力も持て余している息子ギウ。美大を目指すが上手くいかず、予備校に通うお金もない娘ギジョン… しがない内職で日々を繋ぐ彼らは、“ 半地下住宅”で 暮らす貧しい4人家族だ。

“半地下”の家は、暮らしにくい。窓を開ければ、路上で散布される消毒剤が入ってくる。電波が悪い。Wi-Fiも弱い。水圧が低いからトイレが家の一番高い位置に鎮座している。家族全員、ただただ“普通の暮らし”がしたい。

「僕の代わりに家庭教師をしないか?」受験経験は豊富だが学歴のないギウは、ある時、エリート大学生の友人から留学中の代打を頼まれる。“受験のプロ”のギウが向かった先は、IT企業の社長パク・ドンイク一家が暮らす高台の大豪邸だった——。

パク一家の心を掴んだギウは、続いて妹のギジョンを家庭教師として紹介する。更に、妹のギジョンはある仕掛けをしていき…“半地下住宅”で暮らすキム一家と、“ 高台の豪邸”で暮らすパク一家。この相反する2つの家族が交差した先に、想像を遥かに超える衝撃の光景が広がっていく——。


(映画『パラサイト 半地下の家族』公式サイトより引用)





映画情報は公式サイトをご覧ください。








※ここからの内容は映画のネタバレを含むかもしれませんし、含まないかもしれません。
 ストーリー及び結末についてはあまり触れていませんが、どうしてもネタバレが嫌ならば、この先は読まないことをお勧めします。















・格差社会をエンタメとして描く


それではここからは感想です!といきたいところなのですが、この映画はポン・ジュノ監督からネタバレ禁止のお願いが出ているんですよね。なんでも「兄弟が家庭教師として働き始めるところ以降の展開を語ることは、どうか控えてください」とのことです。なので、そのお願いに従うのならば、あらすじ以上の展開は書けないということになりますね。まぁこの感想を誰かが読むとはあまり思いませんけど、一応ここではそのお願いに従ってストーリーへの言及は基本的に避けることにします。


まず、ネタバレのない範囲で言うと、俳優さんたちは全員好演を見せていたと思います。ソン・ガンホの無骨だけど、嫌いになれない父親像や、チャン・ヘジンの母親と家政婦の切り替え。長男・ギウを演じたチェ・ウシクのあどけなさの残る表情とは反対に、長女・ギジョン役のパク・ソダムの大人びた仕草。キム家の4人とも余裕のある演技を見せていたのが印象的でした。また、パク家の面々もよくて、個人的には母親役のチョ・ヨジョンのストレートな感じがツボに入りました。これら俳優さんたちの演技だけでも観る価値があると思います。


あとは、格差社会という社会問題を取り扱っているのにもかかわらず、大エンターテイメントをしていたことも好きでした。家庭教師から、タイトル通りパク家に「寄生」するキム家の作戦は、意外なほど頭脳的で見ていてワクワクします。また飲んだくれるシーンでは、いつ事態が動くかとはらはら館を感じながら見ていました。テンポもいいですしね。また、前半は笑えるシーンも多く、集中力のない私でも、飽きることなく見ることができました。やっていることはエグイのですが、コメディカルに見せるポン・ジュノ監督の手腕に脱帽です。




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ただ、ベースとなっているのは格差社会です。現代はますます富裕層と貧困層の格差が拡大傾向にあり、世界の富豪の上位26人と貧困層38億人の資産はほぼ同額だというデータもあるほどです。格差は開く一方でなかなか縮まることはありません。それは韓国でも同じようでした。


キム家は半地下住宅で貧しい暮らしを送っています。全員失業中で、内職で生計を立てる日々。冒頭の数々の描写は彼らが恵まれていないことを強く印象に残します。一方、IT事業で成功したパク家は、坂の上の広い邸宅に住み、家政婦や運転手を雇う余裕もあるほど裕福な生活を送っています。この映画では、この物理的な高低差が、そのまま貧富の差を表していました。富裕層は高台に、貧困層は低地に。


その傾向は日本でも変わりません。南麻布や白金台などといった高級住宅街は、その多くが坂の上にありますよね。高台の上から貧困層を見下ろしているわけですよ、富裕層は。貧困層は見上げるしかないんです。実は、それをより象徴するものがあるんですけど、また後ほど。


さて、富裕層は坂の上に住んでいるから、不況の波だってなんのそのです。だってお金があるから。波は彼らのもとまで届かないのだから。国の富裕層優遇の政策に守られているのだから(消費税とか)。『パラサイト』の劇中にあった〇〇の描写は、コントロールできない不況の波に飲み込まれる貧困層を私は連想しましたね。絵面とも合わさって、目を背けたくなるほど辛いシーンでした。


ただ、高いところに住んでいれば必ずしも安全というわけではなく。反対に、高いところに住むことが仇となる場合もあるんですよね。実はそのことは去年の日本で、既に実証されてしまっていると私は考えます。



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・鏡みたいな映画


いきなり話は変わりますが、去年10月の台風19号は、特に東日本に甚大な被害をもたらしました。私の住んでいる地域でも大きな被害があり、いまだに復旧作業が続いている状態です。自宅にまだ帰ることができない人もいることでしょう。亡くなった方の冥福を祈るとともに、被災地の一日でも早い復旧を願っています。


さて、この台風の話をしたのは偶然ではありません。台風19号で被害を受けたのは低地だけではありません。某所(ご存じでしょうが地名は伏せておきます)のタワーマンションで、断水や停電といった被害が起こりました。エレベーターが使えず、トイレが使用できず、駐車場は浸水。住人の方は困り果てました。


言うまでもなく、タワーマンションとはお金を持っている人が場所でしょう。地価も高いですし、上階に行けば行くほど家賃も上がります。高台の高級住宅街と一緒ですね。でも、タワーマンションは今回の被害によって、台風にはあまり強くないことが明るみになりました。お金を持っていて、高い場所に住んでいたとしても、それなりのリスクはあるということです


タワーマンションの被害が報道されたときに、皆さんはどう思ったでしょうか。心を痛めたでしょうか。私はというと、本当に本当のことを言うと、少しだけ「ざまあみろ」と思ってしまったんですよね。生活にあえぐ貧困層の気持ちが分かったか!と感じてしまったんですよね。もちろん、タワーマンションに住んでいる方々は大きな努力をして、一生懸命お金を稼いで、暮らせるようになったというのは分かっています。日々を無為に過ごしている私よりも、正しく価値のある方々です。でも、いい気味だと感じてしまった。これってめちゃくちゃ醜い気持ちだと思うんです。


貧すれば鈍するじゃないですけど、貧乏だと心もだんだん貧しくなっていくじゃないですか。人を羨ましがり、やっかむようになりますよね。貧乏暇なしで余裕がない。金銭的余裕=精神的余裕ですよ。金銭的な貧富の差がなかなか埋まらないように、心の貧富の差も同じくらい、もしかしたらそれ以上に埋まらないものかもしれないですね。この映画を観て、そこが貧困層と富裕層の一番の違いであるとさえ思えました。




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この映画では、キム家がパク家に「寄生」していく様子はスピーディーかつポップに描かれています。貧困層が富裕層によってたかる姿をエンターテイメントとして映し出しています。問題は、私たちはそれを楽しんでいいのかということだと思うんですよ。傍から見ると醜い「寄生」を、エンターテイメントとして楽しむ心自体が醜いのではないかと


最後の展開で勘違いされがちなんですが、この映画って、貧困層の味方の映画!というわけではないと思うんですよね。もしそうするんだったら、あの展開なんてもっと大願成就の爽快感を出すようにしていると思いますし。つまりは富裕層は富裕層で醜いし、貧困層は貧困層で醜い。そういう人間の醜さを浮き彫りにした映画なんじゃないかと思います。


まとめると、この映画って鏡みたいな映画だと感じました。今自分がどこにいるのかを映し出す鏡。着飾っていても内面は醜いことを照らし出す鏡。私は手取り10万円以下ということもあり、貧困層よりの見方となってしまいましたが、俗に富裕層と言われている方が、この映画をどう見たのかは気になるところです。単に恐怖以外のものを受け取ってほしいなぁと。多くの方に観ていただきたい映画ですね。




とまあ、『パラサイト 半地下の家族』。凄い面白かったんですけど、正直、期待し過ぎた部分はあったのかなと……。先行上映で観た人たちがとにかく煽ってきていたので、それに応じてハードルが高くなっていたんですよね。普段を10とすると、この映画は15ぐらいはあるんですけど、事前のハードルが20くらいに上がっていたので、そこには届かなかったかなと……。今年のベスト10にもたぶん入るかどうか……。もっとまっさらな状態で観たかったです。




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以上で感想は終了となります。映画『パラサイト 半地下の家族』。最後は不満になってしまいましたが、間違いなく面白いので、興味のある方は観てみてはいかがでしょうか。ああだこうだ言いつつも、お勧めできる作品です。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 





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こんにちは。まだ年が明けた実感が湧かないこれです。箱根駅伝を見ても、初詣に行っても、何かが変わった気がしません。これから徐々に感じていくんでしょうね。


さて、今回のブログも映画の感想になります。今回観た映画は『国家が破産する日』。実際にあった韓国の経済危機を題材とした映画です。政府のかなり深いところまで切り込んだ、ドがつくほどの社会派映画でした。日本じゃこういうのなかなか作れなさそう……。


では、感想を始めたいと思います。拙い文章ですが、よろしくお願いします。




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―目次―

・三者の視点で描かれる韓国の経済危機
・何を疑い、何を信じるか





―あらすじ―

経済が右肩上がりの成長を遂げ、好景気が続くと信じて疑わなかった1997年。韓国銀行の通貨政策チーム長ハン(キム・ヘス)は通貨危機を予測するが、政府の対応は遅れ、さらには国民には公示せず非公式の対策チームを立ち上げる。同じ頃、危機の兆候を独自にキャッチした金融コンサルタントのユン(ユ・アイン)は、一世一代の大勝負に出る。一方、何も知らない町工場の経営者ガプス(ホ・ジュノ)は、大手百貨店からの大量発注を、手形決済という条件で受けてしまう。自国通貨の価値が加速度的に下落する中、彼ら、そして国家は生き残ることが出来るのか―。

(映画『国家が破産する日』公式サイトより引用)




映画情報は公式サイトをご覧ください。











・三者の視点で描かれる韓国の経済危機


この映画は1997年の韓国のIMF経済危機を題材にしています。当時の韓国は経済成長の真っただ中。国民の所得は1万ドルを超え、OECDにも加盟。しかし、1997年に入ってからは大きな鉄鋼会社が倒産したり、有名な自動車会社が不渡りを出したりと、少しずつ成長にも陰りが見えてきていました。アメリカの証券会社が「韓国から手を引いたほうがいい」というほどです。


この映画はそんな韓国の経済危機を三つの視点から描いています。まず、韓国銀行の通貨政策チーム長のハンの視点です。この映画はハンの視点が最も多く、実質的に彼女が主人公といえるでしょう。そのハンを演じたキム・ヘスの、自分を曲げない力強い言動が印象的でした。無言の時の演技が、忸怩たる思いを表していて引き込まれましたね。


ハンが言うことには海外の投資家が返済期限の延期を取りやめていると。韓国は彼らにお金を返さなくてはならず、自らの手持ちのお金は減ってしまいます。このお金のことをこの映画では外貨準備高と言っていましたが、この外貨準備高が不足すると、輸出入ができなくなる。つまり国家が破産してしまうと


少し違うかもしれないですが、日本でも財政破綻した自治体というのは過去にありましたし、それが国家レベルとなると、あながち絵空事ではないように感じてしまいます。なお、ハンの予測では国家が破産するまで残り7日ということでした(実際は7日以上持っていましたけど)。




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また、この経済危機を予測していた人物は他にもいました。それが金融コンサルタントのユンです。ユンは経済危機を利用して一儲けしようと、勤めていた銀行を退社します。この後、ユンが自分の顧客を募り現状を説明をする場面があるのですが、だいぶ噛み砕いて説明してくれたにもかかわらず、専門用語の応酬で経済に疎い私にはちんぷんかんぷんでした。簿記の資格を取るときに少し勉強したのですが、すっかり忘れてしまっていたようです。映画に出てきた金持ちのボンボンと同じくらいのあほらしさ。もっと勉強しなきゃと感じましたね。


経済危機を予測したユン。一番最初に影響が出るのは通貨だと考えました。ユンいわく、ウォンの価値が現在の三倍まで下がると。だから今のうちにドルを買っておいて、ウォン安になってから売れば大儲けできるという訳なんですね。この映画は、ユンの企みがどこまで上手くいくかといったサスペンス的な要素もあり、それを楽しみに見ることもできます。全くの不謹慎ですが。なお、この映画でユンを演じたのは『バーニング 劇場版』のユ・アインで、彼の自信たっぷりな笑顔はとても不気味でゾクゾクしました。


ユンは、政府は経済危機の事実を隠すはずだといいます。その(もっともらしい)理由は、国民が混乱することを防ぐため。もうどうしようもないとしても、事実をちゃんと伝えるのが誠実なあり方だと思うんですけどね。私は。透明性がないと信用してもらえないですよ。


そう思ったのかどうかは知りませんが、ハンも経済危機を国民に知らせるべきだといいますが、財政局次官や首相に却下されてしまいますこの財政局次官を演じたチョ・ウジンが実に憎たらしくて良かった。圧倒的に上の立場にいることからくる余裕が鬱陶しく、映画の敵役として最適でした。


この映画の主な構造は、ハン率いる通貨対策チームと権力との戦いです。ハンの訴えは何度も却下され、なかなか聞き入れてもらえません。ハンの主張は弱者である一般市民のことを思ってのことだったので、この映画は一般市民vs権力という図式でもありましたね。強大な権力に抗う弱者たち。これって見たことないんですけど、『半沢直樹』に似てるなと思います。この映画は国家レベルの『半沢直樹』だと、あくまで私は感じました。しかも、ハンたちはチーム戦ですからね。通貨対策チームが協力して、隠蔽を暴こうとするシーンはなかなか熱かったです。




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さて、政府が隠そうとしても、現実として通貨危機は来てしまいます。株価は暴落し、銀行には人が殺到し、不渡りを出して倒産する企業が続出してしまいます。この映画の三つ目の視点として用意されていたのは、この一般市民の代表であるガプスです。


ガプスが経営する町工場は、もともと現金取引しかしていませんでした。しかし大口の取引先である百貨店との契約で手形決済を迫られ、やむを得ずサインしてしまいます。大口の発注があったと喜ぶガプスですが、そこに訪れるのが経済危機。取引相手の百貨店も例外ではなく、経営難に陥ってしまい、手形は返済されず、紙くず同然に。政府の対応の不味さが一般市民を傷つけたという象徴として描かれていて、胸が苦しくなりました。


このガプスを演じたのは、ホ・ジュノでしたが、顔に刻み込まれた皴が情けなさを醸し出していて、とても役にはまっていると感じました。夜の街でOECD加入の幕を見上げるシーンの背中で語るやるせなさや、自殺を試みるシーンでの迫真の演技は強く印象に残っています。彼がいたことで、政府の露悪さが浮き彫りになっていて、この映画をより重大なものにしていたと考えると、この映画のMVPといってもいいのかもしれません


そして、経済危機を迎えた三者の行きつく先は―?それは映画を観てのお楽しみです。




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※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。










・何を疑い、何を信じるか


この後、映画はIMFに援助を求めるかどうかで揺れ、IMFの植民地支配的な要求を受け入れるかどうかで揺れ、IMFとアメリカの関係にも切り込むなど攻める展開が続いていましたが、個人的に一番来たのはラスト手前のシーンです。ちょっと記憶にないくらいのバッドエンドでした。


端的に言ってしまうと、ハンは負けます韓国はIMFからの援助を受けることを決意しかし、その煽りを受けて失業者、自殺者が増加。国民は韓国再建のために巨額の募金を集めますが、それは韓国再建ではなく、企業の借金の返済に使われたと。一人車の中で、初めて涙を見せるハン。その涙は悔しさややりきれなさが結晶となったもので、こんなに報われないことがあっていいのかと思うほどです。


でも、この映画に限ってはそれでよくて。こういったタイプの映画って気づきを与える映画だと思うんですね。そして、その気づきは、勝ったねよかったねよりも、負けてしまったという方がより強烈に受け止められると思います。この映画が与えた気づき。それは「疑い、考える」ということでしょう。


この映画で、政府は嘘をついていましたその嘘を疑わなかった一般市民は、苦境にあえぐことになります。しかし、最後まで政府を疑ったユンは巨万の富を得ています。疑う者が勝つことは残酷なことですが、この映画ではそれが現実となってしまいました。終盤のユンの笑い声に代表されるように、たとえ得た富は空しいものであったとしてもです。疑うことの重要性をこの映画は訴えかけてきました




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この映画で、韓国がIMFの援助を受けた最大の理由。それは、大企業優先、富裕層優先の政策が根底にあったからです。現代では貧富の差はますます拡大していますし、それは日本も例外ではありません。日本も消費税が上がって貧困層の負担は増しているのに、法人税は下がって大企業の負担は減っています(そういえばIMFは「消費税を15%にしろ」って言っていたような)。日本も、貧困、または中間層である私たちが政府を疑わなければ、何も言わなければ、ますます格差は拡大していくことでしょう。


ただ、誤解してほしくないのは、私はあくまで現政権は退陣しろと言っているわけではないということです。最近は、桜を見る会などで安倍政権もだいぶ怪しくなってきて、疑う人も増えてきたように思えます。ただ、大事なのは他の党に政権が変わったからといって、疑うことをやめてはいけないということでしょう。ぶっちゃけ私はどの党が政権をとっても、絶対何かしらの隠蔽はあると思っていますし。そのくらいには政治を信頼してないですし。


それに、「疑い、考える」ことが大事と言われたら、この映画だって疑われてしかるべきだと思います。大企業や富裕層に視点を変えてみれば、政府こそがヒーローでハンたちがヴィラン的な見方もできるわけですよ。ハンたちが正義であるなんて確証はどこにもないんです。


でも、そうやって疑い続けているとキリがないですよね。頭がオーバーヒートを起こしてしまいますよね。多分、何を疑うのかと同じくらい、何を信じるのかが重要だと思うんですよ。疑って疑って考え続けた先に何を信じるか。政府を信じるならそれもいいでしょうし、野党を信じるならそれでもいいでしょう。大事なのは一人一人が何を信じて、選択するかだと私は思います。


この映画は最後、20年後、つまり現代に時間が飛びました。危機は繰り返します。20年前の危機はバッドエンドに終わりました。現代の危機を今度はハッピーエンドで終わらせるか、それともまたバッドエンドで終わらせるかは、私たち一人一人に託された。この映画を観てそんなことを感じました。




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以上で感想は終了となります。


映画『国家が破産する日』。良いか悪いかはともかくとして、観ておいて損はない映画だと感じました。日本でも似たようなこと起こっていますからね。興味のある方はぜひ観てみてはいかがでしょうか。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 





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あけましておめでとうございます。これです。旧年中はたいへんお世話になりました。今年もできる限り映画を観て、ブログに感想を書いていきたいと思っていますので、2020年も何卒よろしくお願いします。がんばります。


さて、時は去年の11月。映画界に彗星のごとく現れた『映画すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』。様々な方面から称賛する声が相次ぎ、公開初週の興行収入ランキングでも3位にランクイン。SNSでも実質ジョーカーだの、攻殻機動隊だっただの、様々なパワーワードが飛び交い、トレンド入りするなど大きく話題になりました。


ただ、長野県では公開は松本のイオンシネマのみ。長野から松本までは電車で一時間以上かかるので、距離的な面倒くささがハードルになって、なかなか観ることはできませんでした。しかし、この度、新年になって長野市でも上映が開始。公開初日に観に行くと、座席は8~9割が埋まっているという盛況ぶり。もちろん親子連れがメインでしたが、ヒットの噂を聞きつけたのか大人だけのお客さんの姿もちらほらと。私の隣は、両隣とも10~20代の女性でした。言うまでもなく私は一人です。


そして、観てみたところ、泣きました。その優しい世界にとても泣きました。両隣の女性もグスングスン泣いていましたし、新年一発目からとてもいい映画を観ることができて、清々しい気持ちです。話題になるのも納得の面白さでした。観てよかった……!最高……!


では、感想を始めたいと思います。拙い文章ですが、よろしくお願いします。




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―目次―

・初心者の私でも問題なく観られた
・思っていたより笑えて楽しかった
・誰にだって居場所はあるという優しい世界に泣いた





―あらすじ―

いつもの喫茶店、いつものすみっこ。
その地下室に隠された、不思議な絵本とは・・・?

ある日すみっコたちは、お気に入りのおみせ「喫茶すみっコ」の地下室で、古くなった一冊のとびだす絵本をみつける。
絵本を眺めていると、突然しかけが動き出し、絵本に吸い込まれてしまうすみっコたち。
絵本の世界で出会ったのは、どこからきたのか、自分がだれなのかもわからない、ひとりぼっちのひよこ・・・?
「このコのおうちをさがそう!」新しいなかまのために、すみっコたちはひとはだ脱ぐことに。

絵本の世界をめぐる旅の、はじまりはじまり。

(『映画すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』公式サイトより引用)






映画情報は公式サイトをご覧ください。









・初心者の私でも問題なく観られた


まず、すみっコぐらしはサンエックスのキャラクターです。子供から大人まで幅広い支持を獲得していますが、私は映画になって初めてすみっコぐらしを知ったぐらいのビギナー。分からなかったら嫌だなと、映画の公式サイトで予習をしてから見たのですが、この映画では、そんなすみっコぐらしを知らない人にもわかりやすいように、ちゃんと冒頭にキャラクターの説明がなされていました


寒さに耐えきれずに来たからやってきたしろくま。自分探し中のぺんぎん。恥ずかしがり屋のねこ。食べ残されてしまったとんかつえびふらいのしっぽなどなど。そして彼らは部屋の隅っこが大好き。井ノ原快彦さんの穏やかな声とともに説明がなされて、すみっコぐらしを知らない人にも楽しめる親切設計となっていました。あまりに隅っこが好きなので縦一列になってしまうのは笑いました。


しかし、これを人間に置き換えてみるとどうでしょう。場の中央にいることができず、常に隅っこにいる人たち。彼らを総称すると陰キャと呼ぶことができるでしょう(なお、ここには仕事がない、収入がない等社会的弱者も含みますが、ここでは陰キャのみを扱います)。


この陰キャが隅に固まって話している姿は、あまり見てくれが良いとは言えません。周囲から見ればその姿は、傷の舐めあいのようにも映るでしょう。淡いパステルカラーのアニメーションと、つぶらな目のキュートなキャラクターに隠されていますが、すみっコぐらしがやっていることはけっこうエグイと私は思います。


この映画のキャッチコピーは「きみも、すみっコ?」でしたが、観る前から答えは、私もすみっコだと決まっていました。だって、私はコミュニケーションが絶望的に苦手で、友達も一人もおらず、飲み会(もう呼ばれなくなったけど)に誘われても、隅の席で一人スマホをいじっているような人間ですからね。大晦日や正月の親戚の集まりでも一言も話せなくて、自分が嫌になりましたよ。


それで、映画の前に公式サイトのキャラクター紹介を見ていたんですけど、自信がない気が弱いのこりものにせものといったネガティブな言葉がずらりと並んでいて、そのどれもにこれ私じゃんって感じたんですよね。


先の年間ベストの記事で、「昨日まで選ばれなかった僕ら」(©the pillows)という言葉を使わせてもらったんですけど、すみっコたちにもこの言葉がぴったり当てはまるなと思ったんです。「昨日まで選ばれなかった僕ら」の映画が好きな私は、観る前からこの映画は自分に合うんじゃないかと思ってたんですけど、その予感は的中しました。「昨日まで選ばれなかった僕ら」を癒して、肯定してくれる映画だったんです。

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・思っていた以上に笑えて楽しかった


映画の話をするはずが、すっかり自分語りになってしまいました。誠に申し訳ありません。ここからはちゃんと映画の話をしたいと思いますので、なにとぞご容赦を。


お腹がすいたと喫茶店に行くすみっコたち。そこにはまめマスターおばけというキャラクターが働いていました。おばけは掃除好きなキャラクター。埃たちを払おうと追いかけて、古い部屋に入ります。そこには地下室に通じる階段があって、その地下室には飛び出す絵本がありました。そして、おばけはその絵本の中に吸い込まれ、おばけを探しにきたすみっコたちも同じく吸い込まれてしまいます


絵本の中はなんと桃太郎の世界。とんかつとしろくまがおじいさん、おばあさんになって、桃を拾います。割ってみると、中には桃太郎の格好をしたねこが入っていました。あまりの急展開に戸惑うすみっコたち。お供の犬、サル、キジもすでに用意されています。そして、その中にいたのが迷子のひよこ


すみっコたちはひよこを匿い、話を聞きます。自分探し中のぺんぎんは、迷子であるひよこを自分と似た者同士と考え、ひよこが元いた世界を探すことを決意します。困っている存在に手を差し伸べる優しい世界です。


しかし、どこを探せばいいか途方に暮れるぺんぎんたち。そんな折、絵本の仕掛けが作用して、すみっコたちはさまざまな世界に飛ばされてしまいます。マッチ売りの少女、人魚姫、赤ずきんちゃんにアラビアンナイト。それぞれの世界に飛ばされたすみっコたちの苦難の始まりでした。


とはいっても、この映画はその苦難を面白おかしく見せていて、あまりすみっコたちの大変さを感じさせないように心がけていました。やたらと大きい桃や、「開け!きゅうり!」、食べてくれるの?と喜ばれ、逆に引いてしまうオオカミなど笑えるシーンが満載。また、すみっコたちのある種のボケにナレーションの井ノ原さんがツッコミを入れていて、そちらも可笑しかった。テンポもよかったですし、飽きることなく見ることができました


それに、ページをまたいで移動するなど、絵本でしかできない展開が多かったのも嬉しいポイント。ひよこの正体も、最後の展開も絵本ではなくてはできないもので、脚本の妙を感じました。あの展開は熱い。


あとは、やっぱり優しい世界ですかね。この映画って明確な悪役がいないんですよ。オオカミは引かせることでバランスを取っていましたし、鬼もご飯を貰ったことに礼を言うなど、とにかく優しい。その優しさに癒されましたし、すみっコたちがひよこにすみっコを譲るシーンは、優しさに溢れていて、胸が暖かい気持ちになりました。


いったんはバラバラになったものの、なんとか再び集まることに成功したすみっコたち。ここで、おばけが先に元の世界に戻れる方法を見つけ、一人帰っていってしまいます(ここも伏線が張られていましたね)。そして、そのスイッチを見つけてすみっコたちが辿り着いたのは、みにくいアヒルの子の世界でした。ひよこはみにくいアヒルの子の世界から来た白鳥のヒナでした。ひよこは白鳥に囲まれて、自分の世界に帰っていきましたとさ。めでたしめでたし。


とは、この映画はなりません。ここからもう一つ捻りの利いた展開がこの映画には用意されていました。そして、ここからが私の涙腺崩壊ポイントになります。




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・誰にだって居場所はあるという優しい世界に泣いた


ハッピーエンドになるかと思われましたが、ここで本当の白鳥のヒナが登場。ハクチョウたちはいずこへと去っていってしまいます。ひよこの世界はみにくいアヒルの子の世界ではなかったのです。


なら、ひよこはどこから来たのか。答えは白紙のページからでした。ひよこは絵本を読んだ子供が描いた落書きに過ぎず、最初から故郷などなく一人ぼっちだったのです。まず、この悲しさに胸を締め付けられるような思いがしましたね。私も世界で一人ぼっちだと感じてますから。陽キャの集まりには入れませんから。


ならば、陰キャ同士、すみっコ同士で固まればいいじゃないかと思うかもしれませんが、現実はそうはいきません。陰キャは基本的にぼっちです。なぜぼっちかと言うと、自らは陰キャであるという自覚はあるものの、他の陰キャと一緒にされたくない。あいつよりはまだマシだという屈折した感情が働いてしまうからなんですね。だから、陰キャ同士はあまり話しませんし、どんどんと孤立していきます。本当の陰キャは傷を舐めあう相手さえいないのです。傷口は開き続けます。


でも、すみっコたちにはそんなよこしまな気持ちなどなく、すみっコ同士素直に固まっています。そして、一人ぼっちのひよこにも「一緒に来ない?」と手を差し伸べる。こんなものは理想ですよ。現実はこうはいきませんよ。でも、フィクションだからこそ描ける優しい世界に私はやられてしまったんですよね。一人ぼっちになんてしないという優しさに、自分まで救われたようで気がついたら泣いていました


すみっコたちはひよこも一緒に自分たちの世界に連れて帰ろうとします。絵本ならではの方法で、帰るところまであと一歩のところまで迫るすみっコたち。しかし、絵本の中の存在であるひよこはすみっコたちが暮らす世界に行くことはできません。すみっコたちはここでひよこと別れを余儀なくされてしまいます。


正直に言うと、この展開は予想通りでした。だって、クレヨンしんちゃんの映画『夕陽のカスカベボーイズ』を観てますから。この映画でしんのすけはツバキという女の子に恋するんですけど、そのツバキは映画の中のキャラクターに過ぎず、現実世界には出てこれないんですね(超絶ネタバレ)。その切なさが大好きな映画なんですけど、この映画を観ている途中、ずっと『カスカベボーイズ』が頭をよぎっていました。だから、この映画も別れるんだろうなと。


ただ、それでも私は泣いてしまったんですよね。それはひとえに演出によるものです。この映画は子供にもわかりやすいようにナレーションによる説明が多かったのですが、この別れのシーンはナレーションがないんですよ。また、感傷的な音楽が泣かせますし(この映画ずっと劇伴がよかったです)、あんな熱い展開をされたら好きに決まってるじゃないですか。ひよこがすみっコたちとの思い出を振り返るのはベタな演出ですけど、胸に迫りますし、その後の終わり方も含めて、誇張なしで涙が止まりませんでした。とてもいい映画を観たという満足感がありましたね。




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観ていて思ったんですけど、この映画って居場所がテーマなのかなと思います。隅っこというのは相対的なもので、中心がなければ隅っこもありません。人として望ましい居場所は中心に決まっています。なので、隅っこにいる人は後ろめたく思うのも当然ですし、私ももう死のうかなと思いながら、日々を生きています。だけれど、自分がこの世界の中心だと思っている人はどれだけいるのでしょうか。きっと少ないと思います。多くの人が少しずれた感覚を持ちながら生きているのではないかと思います。


でも、この映画、ひいてはすみっコたちは隅っこにいることを肯定するんですよね。隅っこでも居場所があればいいじゃないか、みたいに。誰にでも居場所はある。隅っこだって居場所の一つ。隅っこに集った者たちは、外からだと傷を舐めあっているように見えるけど、それは励ましあいであり、助けあいである。いるだけで助けになり、救いになっている。「昨日まで選ばれなかった僕」ではなく、「昨日まで選ばれなかった僕」。そういった優しいメッセージをこの映画は発信しているように思えて、そこに一番私は泣いてしまったんですよね。


それで言うと、この映画の終わり方は本当に最高で。居場所のないひよこに、すみっコたちが居場所を作ってあげるという終わり方をしているんですけど、生きて居る場所を、励ましあい助けあえる仲間を
提供するという優しさに、とどめを刺された
んですよね。『カスカベボーイズ』のその先の展開を見せてもらった気がして。それは絵本でなければできなかったことで。最後まで涙を流しながら、気持ちよくみることができました。これはあれだけ話題になったのにも納得ですね。新年の最初から傑作を観させていただきました。本当にありがとうございます。




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以上で、感想は終了となります。『映画すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』。去年話題になったのもうなずける作品でした。まだまだ拡大上映中とのことなので、機会があれば、ぜひ観てみてください。オススメです。


お読みいただきありがとうございました。

おしまい
 





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こんにちは。これです。2019年ももう終わりが近づいてきた今日この頃。皆さんいかがお過ごしでしょうか。元気で映画を観れていますでしょうか。私の方は何とか元気でいます。幸いなことに映画もまだ観られています。ありがたいことです。


さて、今回のブログは年末のお楽しみ、2019年映画ベスト10になります。ツイッターでも大きな盛り上がりを見せるこの企画。いくら弱小で零細で稚拙とはいえ、一応は映画ブログをやっている私としては、参加しないわけにはいきません。何日も前からどの映画にしようと、考えるのはとても楽しかったですね。そして、考えに考えた結果今年のベスト10を決めました。当たり前ですが、個人的には満足のいくランキングになったのではないかと思います。


では、これからベスト10を発表していくのですが、今回はまず下半期、7月~12月に観た映画のベスト10を作成し、その後に上半期と合わせた年間の総合ベスト10を選出したいと思います。下半期は下半期でベスト10を作らないと映画が少し可哀想ですもんね。やっぱり一つでも多く選びたいですし。その思いで、今回も下半期のベスト10には入らないけど、推したい3作品を選出しています。そちらも合わせて楽しんでいただければ幸いです。




さて、その選出基準ですが、私の映画ベスト10の選出基準は以下の二つです。


・2019年の1月~12月に映画館で観た作品(下半期なら7月~12月)
・私自身の好きを最優先すること



まず、一つ目。私は地方に住んでいます。地方だと東京や大阪といった大都市で公開された、特にミニシアター系の作品は、2,3か月遅れで公開されることが普通です。なので、1月~2月に観た作品でも、公開自体は去年ということが結構あるんですね。でも、ここでは公開日に関係なく私が2019年に観たことを基準にさせていただきます


また、近年ではNetflixオリジナル作品が躍進を遂げています。今年も『アイリッシュマン』や『マリッジ・ストーリー』、『失くした体』などの作品が高い評価を得ていました。しかし、私はまだ映画館で映画を観ること自体が好きなので、Netflixまで手が回せないというのが正直なところ。なので、これらの作品は今回の記事からは外させていただきます。観たいとは思っているんですけどね。来年はもっとどうにかしたいと思います。


続いて、二つ目。これは勉強不足もありますが、正直私は映画の出来がどうかについてはあまりよく分かっていません。一定のレベルを超えると、どれも良いと思ってしまう単純な人間です。なので評価も完全に主観的な評価になってしまいます。


でも、それでいいんだと思います。別に開き直るわけではありませんが、客観的な評価は評論家の方がしてくれるでしょう。しかし、近年のいわゆるバズる映画には、個人の好きという気持ちが触媒となって拡散されていっているのではないでしょうか。人を動かすのは「好き」という気持ちです。私はそのことを大切にしたいと思っています。ランキング自体も「好き」を優先して選んだほうが、十人十色、バラエティに富んだものになるでしょうしね。




それでは選考基準を説明して、ランキングに入る前に、参考として2018年のベスト10と、今年の上半期映画ベスト10を置いておきたいと思います。これを見れば、私がどんな傾向で映画を選んでいるのか少しお分かりいただけるかと。




2018年映画ベスト10

第1位:ペンギン・ハイウェイ
第2位:レディ・プレイヤー1
第3位:勝手にふるえてろ
第4位:志乃ちゃんは自分の名前が言えない
第5位:劇場版ポケットモンスター みんなの物語
第6位:万引き家族
第7位:僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ―2人の英雄―
第8位:アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル
第9位:ボヘミアン・ラプソディ
第10位:レディ・バード


詳しくはこちら↓





2019年上半期映画ベスト10

第1位:バジュランギおじさんと、小さな迷子
第2位:海獣の子供
第3位:翔んで埼玉
第4位:スパイダーマン:スパイダーバース
第5位:プロメア
第6位:メアリーの総て
第7位:女王陛下のお気に入り
第8位:さよならくちびる
第9位:居眠り磐音
第10位:小さな恋のうた


詳しくはこちら↓
















さらに続いて、こちらも参考までに下半期に観た映画を列挙していきます。これらの作品から下半期のベスト10を選びます。なお、少なくない数の映画が並んでいるので、面倒な方は読み飛ばしてもらっても構いません。




2019年下半期に観た映画一覧


・ホットギミック ガールミーツボーイ
・劇場版 FINAL FANTASY ⅩⅣ 光のお父さん
・ミュウツーの逆襲 EVOLUTION
・トイ・ストーリー4
・天気の子
・チャイルド・プレイ
・旅のおわり世界のはじまり
・アメリカン・アニマルズ
・ドラゴンクエスト ユア・ストーリー
・新聞記者
・ライオン・キング
・アルキメデスの大戦
・アマンダと僕
・イソップの思うツボ
・ダンスウィズミー
・ロケットマン
・ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
・ハッピー・デス・デイ
・月極オトコトモダチ
・ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝 永遠と自動手記人形
・いなくなれ、群青
・王様になれ
・無限ファンデーション
・台風家族
・いちごの唄
・ハッピー・デス・デイ 2U
・HELLO WORLD
・おいしい家族
・アイネクライネナハトムジーク
・見えない目撃者
・任侠学園
・よこがお
・蜜蜂と遠雷
・ディリリとパリの時間旅行
・JOKER/ジョーカー
・空の青さを知る人よ
・真実
・メランコリック
・楽園
・スペシャルアクターズ
・存在のない子供たち
・ジェミニマン
・IT イット THE END/"それ"が見えたら、終わり
・閉鎖病棟
・スタートゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて
・マチネの終わりに
・ひとよ
・エセルとアーネスト ふたりの物語
・影踏み
・地獄少女
・エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ
・ゾンビランド:ダブルタップ
・殺さない彼と死なない彼女
・決算!忠臣蔵
・ドクター・スリープ
・サンタ・カンパニー~クリスマスの秘密~/コルボッコロ
・ブルーアワーにぶっ飛ばす
・ホームステイ ボクと僕の100日間
・カツベン!
・屍人荘の殺人
・ぼくらの7日間戦争
・ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん
・宮本から君へ
・ボーダー 二つの世界
・僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ヒーローズ:ライジング
・羊とオオカミの恋と殺人
・ヒックとドラゴン 聖地への冒険
・ガリーボーイ
・この世界の(さらにいくつもの)片隅に





以上、下半期は合計で70本の映画を観させていただきました。上半期と合わせて、今年の鑑賞本数は124本になります。去年が52本だったので、その倍以上ですね。よく行ったものです。去年の今頃は来年は80本ぐらい観られたらなと思っていたので、目標達成ということになります。やった。独り身でよかった。




それでは、前置きもこのくらいにしておいて、いよいよ本題に移りたいと思います。果たして私はどの映画を選んだのか!?


まずは、下半期ベスト10には入らないけれど推したい特別賞3作品の発表です!




※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。









特別賞:月極オトコトモダチ



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―あらすじ―

「男女の間に友情は本当に存在する?」


アラサー女性編集者の望月那沙は、ひょんなことから、「男女関係にならないスイッチ」を持つと語るレンタル"オトコトモダチ"の柳瀬草太に出会う。
一方、那沙のリアル"オンナトモダチ"である珠希は音楽を通じて柳瀬と距離を縮めていき…。
仲良くなっても、「契約関係」の壁はなかなか越えられない。
恋愛と友情、夢と現実のはざまで悩む男女が織りなす、不思議な関係の行きつく先は……?

映画『月極オトコトモダチ』公式サイトより引用)



感想はこちら↓





男女間との友情という永遠のテーマに挑んだこの映画。その特徴は何といっても、「軽さ」にあると思います。この映画では男女の三角関係が描かれます。三角関係はドロドロになりがちですが、この映画の持つ空気はとてもサッパリとしたもの。主人公の那沙も恋愛や結婚に焦っているキャラクターではないですし、飾ったセリフもありません。実に気軽に観ることが、私がこの映画が好きな一番の理由です。


それに、那沙役の徳永えりさんと柳瀬役の橋本淳さんは20センチ以上の身長差があり、そのギャップも見どころの一つ。全く照れずにドキドキする行動を柳瀬がするので、ラブコメとしても十分に楽しむことができます。テーマに直結する音楽の使い方も上手い。


私は、この映画を観る前は男女間に友情はないと思っていたんですけど、観た後には男女間に友情はあるなと考え方が180度変わりました。小規模公開でしたが、観てよかったです。DVDも現在、発売&レンタル中、そしてAmazon Prime Videoでも配信中です。よろしければどうぞ。




月極オトコトモダチ
徳永えり
2019-12-18












特別賞:いちごの唄




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―あらすじ―

恋をした。七夕、親友の命日にだけ会える、僕たちの”女神”に。


コウタは不器用だけど優しい心を持つ青年。たったひとりの親友・伸二は、中学生の頃2人が“天の川の女神”と崇めていたクラスメイトの千日を交通事故から守り亡くなった。10年後の七夕、伸二の命日。コウタと千日は偶然高円寺で再会する。「また会えないかな」「そうしよう。今日会ったところで、来年の今日・・・また。」毎年ふたりは七夕に会い、環七通りを散歩する。しかしある年、千日は伸二との過去の秘密を語り「もう会うのは終わりにしよう」と告げる・・・。

映画『いちごの唄』公式サイトより引用)



感想はこちら↓





ぶっちゃけて言うと、人を選ぶ映画です。演技も過剰気味ですし、セリフで何でもかんでも説明してしまうという明確な欠点もあります。でも、私はこの映画超好きなんですよね。観終わった後ガッツポーズしたくなるくらいには。


この映画の何が魅力的かというと、まず主人公のコウタが挙げられるでしょう。演じたのは『ひよっこ』の古舘佑太郎さんなんですが、ピュアさが凄いんですよ。リュックの紐を触るちょっとした仕草からチェリー感も感じられましたし、とても共感したんですよね。そのチェリーのレンズを通して見た女優さんたち、石橋静河さん、清原果那さん、蒔田彩珠さん、岸井ゆきのさん、恒松祐里さんetc...が非常に魅力的で、それだけで好きと断言できるほどでした。


それに、映画の内容も好きでして。この映画って世間一般から見て「正しくない人」や「正しくない行為」が多く登場するんですよね。で、そんな彼らを肯定するのが、「正しくない」音楽であるパンクロックというのが最高なんですよね。銀杏BOYZの曲が溢れていて、特に「ぽあだむ」は泣きそうになってしまいました。「正しくなさ」が否定されないというのが、私がこの映画を好きな最大の理由です。


そんな『いちごの唄』、現在DVDが発売&レンタル中。Amazon Prime Videoでも観ることができるので、こちらもよろしければぜひ。



いちごの唄
古舘佑太郎
2019-12-04













特別賞:ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん




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―あらすじ―


 舞台は19世紀ロシア、サンクトペテルブルグ。
 14才の貴族の子女サーシャには悩みがあった。1年前に北極航路の探検に出たきり帰ってこない大好きな祖父。探索船は出たものの未だ行方が分からない。祖父と家族の名誉は失われ、祖父の名を冠する予定だった科学アカデミーの図書館も開館が危ぶまれている。ロシア高官の父は、そんな状況にあって、なんとかローマ大使の道を模索するが、そのためには社交界デビューの娘が皇帝の甥っ子に気に入られるしかないと考えている。
 社交界デビューの日、サーシャは祖父の部屋から航路のメモを見つけ、それが捜索船がたどったものとは異なる事に気付く。再び捜索船を出して欲しいとサーシャは舞踏会の場で王子に懇願するが受け入れられない。王子の不興を買い、父からの叱責を受けた娘は、自ら祖父の居場所を突き止めようと決意する。― サーシャが目指すものは、祖父との再会、それが叶わなくとも遭難した艦船ダバイ号の発見、そして何よりも真実を突き止める為の旅だった。
なんとか港までたどり着き、北方行きの商船ノルゲ号に乗せて貰おうと船長の弟に話しを持ち掛けるが、手違いもあり港に取り残される。食堂の女主人オルガの手助けにて、住み込みで調理や給仕といった未経験の仕事をしつつ船の戻りを待つ。その頑張りが認められようやく船に乗り込んだ後に待ち受ける多くの試練。船乗りの経験も無く、しかも女性であるサーシャには、想像を絶する困難が待ち受けていた。
 そして―

映画『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』公式サイトより引用)



感想はこちら↓





フランス・デンマーク共作のこの映画。特筆すべきは輪郭のないアニメーションでしょう。ベタ塗りのシンプルな画面には想像の余地があり、頭の中で補完することでイメージがリアルなものになります。実際、北極のシーンの迫力は鳥肌もので暖房がついているのに寒く感じてしまった自分がいました。
個人的には、ちぎり絵のような雪が降る描写が好きですね。


一方、話は直球勝負。奇を衒ったことを何もしておらず、王道展開が続きます。何よりいいのがサーシャが頑張っているところ。北極圏で行方不明になった祖父を探すんだという強い思いのもと、積極的に動いていて、やはり主人公は能動的じゃないとと思わされました。この映画ってけっこうご都合主義な場面もあるんですが、それは頑張った主人公にはご褒美をあげないと、という良いご都合主義で、物語のあるべき姿を見たような気がしました。


そんな『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』、まだまだ全国の映画館で上映中&上映予定ですので、機会がある方は観てみてはいかがでしょうか。

















以上、特別賞3作品でした。どれも小規模公開ではありますが、好きな映画です。よろしければどうぞ。


それでは、ようやく下半期のベスト10の発表です。今年話題をさらったあの映画から、小規模公開の隠れた名作まで。いったいどんな映画が並んでいるのでしょうか。


まずは、第10位~第4位の発表です!









第10位:JOKER/ジョーカー



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―あらすじ―

本当の悪は、人間の笑顔の中にある。

「どんな時も笑顔で人々を楽しませなさい」という母親の言葉を胸にコメディアンを夢見る、孤独だが心優しいアーサー。
都会の片隅でピエロメイクの大道芸人をしながら母を助け、同じアパートに住むソフィーに密かに好意を抱いている。
笑いのある人生は素晴らしいと信じ、ドン底から抜け出そうともがくアーサーはなぜ、狂気あふれる〈悪のカリスマ〉ジョーカーに変貌したのか?
切なくとも衝撃の真実が明かされる!

映画『JOKER/ジョーカー』公式サイトより引用)



感想はこちら↓





今年のベネチア国際映画賞で金獅子賞を受賞し、下半期最も話題になった映画といっても過言ではない『ジョーカー』。他の人はどうだか知りませんが、私は観ている最中はとてもノリノリでした。間違いなく私も虐げられる側にいるので、アーサーによって反旗を翻される様子が痛快だったんですよね。アーサーに深く感情移入しながら、とても楽しく観ることができました。「『ジョーカー』、最高!!」って親指を立てたい気分でしたよ。


でも、それは観ている最中の話で、観終わった後は、この映画を楽しんでいる自分に死にたくなったんですよね。アーサーは外的要因によって多くを失って、唯一残されたのが簡単な犯罪でした。私の境遇に近いところもあって、アーサーのように犯罪に走るのなら死んだほうがいいと思ったことが一つ。自虐ネタで自らの身を傷つけるアーサーにいたたまれなくなったことが二つ。


『ダークナイト』のジョーカーは理解できない絶対悪だと思うんですけど、この映画の「ジョーカー」は理解できる悪になっていて、私たちが引いている境界線を乗り越えてきたのが、この映画の特徴でした。現代ではアーサーのような人々が増えてきていますし、様々な議論を巻き起こした今年を代表する映画だと思います。なのでベスト10に入れざるを得ませんでした。まあ、これもジョーカーの手のひらの上かもしれませんけどね。


DVD/BDは1月29日に発売&レンタル開始。デジタル先行配信も1月8日にスタートです。








第9位:いなくなれ、群青




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―あらすじ―

 ある日突然、僕は〈階段島〉にやって来た。ここは捨てられた人たちの島で、どうして僕たちがこの島に来たのか知る人はいない。この島を出るには、失くしたものを見つけなければいけない。だが、疑問さえ抱かなければ、島の日常は安定していた。幼馴染の彼女に再会するまでは──真辺由宇。この物語はどうしようもなく、彼女に出会った時から始まる。「納得できない」と憤慨する真辺は、島から出るために、僕と周囲を巻き込みながら島にまつわる謎を解き明かそうとするのだが──。やがて明かされる真相は、僕らの青春に残酷な現実を突きつける。

映画『いなくなれ、群青』公式サイトより引用)



感想はこちら↓





隔離された離島・階段島を舞台にファンタジックな雰囲気が漂うこの映画。キャストは横浜流星さんや飯豊まりえさんなど、これから注目されるであろう若手俳優さんたちが出演しています。その誰もが好演を見せていて、映画もその若手俳優さんたちの魅力に行方を委ねているのですが、その采配は大成功していたように思えました。本当に全員好きで、思春期の迷いや諦めをこれでもかというほど感じられるんですよね。個人的には真面目な学級委員長を演じた松本妃代さんが特に好きでした。


そして、映画の内容を一言で表すならば「人間の悪い部分が沈殿した映画」だと思います。人間には様々な側面があり、大人は「良い人間」でいることを押し付けてきます。成長していくにつれて、自分の悪い部分は見ないように蓋をされる。でも、この映画ではその悪い部分にスポットライトが当たっているんですよね。私には悪い部分しかないので、これは私の映画だ!私も階段島にいる!と強烈に感じました。


しかし、長所は短所で、短所は長所。この映画では、悪い部分が反転して人を助けることに一役買っており、悪い部分もあっていいのかもしれないという希望を抱かせてくれます。だから、私はこの映画を下半期のベスト10に推したい。多くの人に見ていただきたいのですが、ソフト化や配信の予定は今のところないのが残念。出演した俳優さんたちが有名になり、いつかもっと広まることを望みます。










第8位:見えない目撃者



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―あらすじ―

日本中を震撼させる女子高生連続殺人事件。
唯一の手がかりは、目の見えない目撃者だった――

警察官として将来を有望視されながら、自らの過失による事故で視力も大切な弟も失い、失意の底にあった浜中なつめ(吉岡里帆)は、ある夜、車の接触事故に遭遇。なつめは慌てて立ち去る車の中から助けを求める少女の声を耳にするが、彼女の訴えは警察には聞き入れてもらえない。視覚以外の人並外れた感覚、警察学校で培った判断力、持ち前の洞察力から誘拐事件だと確信するなつめは、現場にいたもう一人の目撃者高校生の国崎春馬(高杉真宙)を探し出す。

事件に気づきながら犯人を見ていない目の見えないなつめと、犯人を見ていながら少女に気づかなかった高校生の春馬。
“見えない目撃者”たるふたりの懸命の捜査によって、女子高生連続猟奇誘拐殺人事件が露わになる。
その真相に近づくなつめたちに、犯人は容赦なく襲いかかる。絶命の危機を前に、彼女らは、誘拐された女性を助けることができるのか。

「わたしは、あきらめない」




感想はこちら↓





2011年公開の韓国映画『ブラインド』をリメイクしたこの映画。正直、説明しすぎな部分が目について、映画としての評価は必ずしも高くありません。この映画よりも高い評価の映画は、ベスト10外にもあります。ただ、私がこの映画を下半期の8位に推すのは、この映画が私にぶっ刺さったからなんですよね。


まず、何がぶっ刺さったかというと主演の吉岡里帆さんですよ。見えないのに見透かされているような目力の強さ。真犯人を突き止めようとする強い姿勢は、ある意味狂気的でもありました。今まで明るい役が多かった吉岡里帆さんのまさに新境地といったところ。コンビを組んだ高杉真宙さんも負けず劣らず良かったですし、この二人の演技は映画の大きな長所となっていました。


ただ、それ以上にぶっ刺さったのがストーリー。この映画ってインザダークの人の物語なんですよ。暗闇の中で光を求めてもがいている人たちの話なんですよ。私も先が見えない日々を送っていて、毎日挫けそうになるので、この映画はまさに自分事。そして、終盤に主人公のなつめが発したあるセリフにはめちゃくちゃ心を揺さぶられました。それでも生きるという強い決意表明ですよ。これが聞きたかった!もう色々と度外視して大好きです。


なお、DVDは来年の2月5日発売とのことです。

















第7位:エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ



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―あらすじ―

中学校生活の最後の一週間を迎えたケイラは、「学年で最も無口な子」に選ばれてしまう。不器用な自分を変えようと、SNSを駆使してクラスメイト達と繋がろうとする彼女だったが、いくつもの壁が立ちはだかる。人気者のケネディは冷たいし、好きな男の子にもどうやってアプローチして良いか分からない。お節介ばかりしてくるパパはウザイし、待ち受ける高校生活も不安でいっぱいだ。中学卒業を前に、憧れの男子や、クラスで人気者の女子たちに近づこうと頑張るが…。

映画『エイス・グレード 世界で一番クールな私へ』公式サイトより引用)



感想はこちら↓





SNS時代の新たな青春を描いたこの映画。主人公のケイラは再生回数0回の動画をYoutubeにアップし続ける毎日を送っています。まず、このケイラのキャラクターがよかったですよね。SNSでは笑顔になれるけど、現実ではうまく他人と関わることができないという。私もこんな弱小零細ブログをやっているので、ケイラにはすごく共感しましたし、それゆえプールのシーンは残酷で、目を背けたくなるほど辛かったです


これは分かるかどうか知らないんですけども、ケイラって「ストレンジカメレオン」なんですよ。the pillows(ザ・ピロウズ)の。周りの色に馴染まない出来損ないのカメレオンなんです。彼女も、私も。


でも、この映画が良かったのはそんなケイラが否定されないことですよね。ケイラのお父さんはケイラの動画にも理解を示してくれていますし。ケイラは多数からの承認を求めていたんですけど、お父さんからの承認だけで救われることができたという。まさに「拍手は一人分でいいのさ」(これもストレンジカメレオン)ですよね。SNSに居場所がある人も現代に入るはずで、その人たちもないがしろにしない優しい青春映画だと感じ、下半期の7位に選ばせていただきました。













第6位:劇場版FINAL FANTASY ⅩⅣ 光のお父さん




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―あらすじ―

「この人が死んだ時、僕は泣いたりするんだろうか」 ── 父親の背中を見ながら、心の中で呟くアキオ(坂口健太郎)。広告代理店に 勤めるアキオは、ずっと単身赴任中だった父の暁(吉田鋼太郎)のことを何も知らない。そもそもアキオが子供の頃から、典型的な仕事人間の父はいつも出張ばかりだった。たまに家にいる時も、ムスッと押し黙ってテレビを睨んでいる。そんな父が、突然会社を辞めて、家へ戻って来た。何があったのか一切語らない父に、母の由紀子(財前直見)も妹の美樹(山本舞香)も困惑するばかり。
父のことが知りたい、そう思ったアキオは、ある計画を閃く。すっかり忘れていたが、父と遊んだ思い出が一つだけあった。かつてゲーム「ファイナルファンタジーIII」で一緒に戦ったのだ。アキオは今自分がプレイしているオンラインゲーム「ファイナルファンタジーXIV」に 父を誘い、正体を隠して共に冒険へ出ようと考える。アキオは顔も本名も知らないからこそ、本音で語り合えるゲーム仲間たちに協力を依頼する。
さっそく、退職祝いの名目で、父にゲームソフトをプレゼントするアキオ。父は自分の“光の戦士”に、“インディ・ジョーンズ”と名付けてゲームを始める。父に気付かれないように、自室のパソコンから参加するアキオの名前は“マイディー”だ。数日後、思い切って“インディ”にフレンド申請してからは、父のもう一つの顔に驚くばかりのアキオだった。最初こそ、言葉づかいも 硬かったが、仲間と共に戦ううちに、「一人で冒険するより皆さんと一緒の方がずっと楽しいです! 」と、オンラインゲームの素晴らしさに目覚めたのだ。
そんな中、先輩の吉井(佐藤隆太)と重大なコンペに参加することになり、アキオを慕う同僚の里美(佐久間由衣)が心配するほど、 急に仕事が忙しくなるアキオ。ある夜、久々にログインすると、父はすっかりこの世界を楽しみ、アキオが「これ、本当に父さんだよな?」 と呆然とするほどはしゃいでいた。協力して強敵を倒し、また一歩心の距離が縮まった“インディ”に、“マイディー”は仕事で悩んでいることを打ち明ける。すると“インディ”は、自分の経験から的確なアドバイスをくれる。その言葉を活かしたアキオは、見事仕事を 獲得するのだった。
仲間たちと、さらに胸躍る冒険へと突き進む父とアキオ。「もっと、感動したいです」とコメントする“インディ”に、“マイディー”は 最強の敵への挑戦を持ちかける。アキオはこの勝負に勝ったら、自分の正体を明かすと決めていた。だが、約束の金曜日の21時、思いもかけない出来事が二人を待ち受けていた──。


映画『劇場版 FINAL FANTASY ⅩⅣ 光のお父さん』公式サイトより引用)



感想はこちら↓





この映画、公開自体は6月ですが、観たのは7月なので下半期の映画として扱います。そして、下半期に観た映画の中でも最も優しい映画でした。


この映画は、FFを通じた父子のコミュニケーションを描いているのですが、FFを知らなくても全然大丈夫。ゲームの画面は映画館の大スクリーンに耐えうるどころか、とても綺麗で圧倒される出来。吉田鋼太郎さん演じるお父さんがゲーム初心者あるあるを連発してくれるので、笑えるポイントも多かったのも個人的にはお気に入りです。身構える必要はなく、とてもありがたい映画でした。


そして、この映画って「救い」の映画でもあるんですよ。ゲームってただ生きるだけには必要ないモノじゃないですか。でも、『エイス・グレード』もそうなんですけど、その必要のないモノに救われている人だって確実にいるんですよね。実際、この映画ではFFが二人を救ったわけですし、それが結実したお父さんの最後の台詞には泣いてしまいました。


私はこれを映画に置き換えて考えていて。映画もただ生きるだけなら必要ないですし、私は現実に向き合わずに映画にばかり逃げているので、このままでいいんだろうかというのは毎日思っています。でも、この映画は、そんな映画自体や私をも肯定してくれたようで、観終わった後には心がジーンと暖かくなりましたね。


なお、この『光のお父さん』、DVD/BDが現在発売中。レンタルもされており、Amazon Prime Videoでも視聴可能です。良ければ年末年始にご覧ください。


















第5位:王様になれ




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―あらすじ―

「もしかしたら必然かも、ピロウズと出会ったの。」

カメラマン志望の祐介(岡山天音)は、叔父の大将(オクイシュージ)のラーメン屋で働いている。
亡き父の影響で始めた写真にのめり込みプロのカメラマンを目指すも、夢を叶えるには現実は厳しく苛立ちと焦りにさいなまれながら過ごす日々。
初めて足を運んだthe pillowsのライブで、思いを寄せるユカリ(後東ようこ)をみかけ、話すようになる。
ユカリとの距離が近づくにつれて、祐介はthe pillowsの魅力にもどっぷりはまっていく。
カメラマンとして崖っぷちの自分を奮起させるべく、ライブ撮影を行うカメラマン虻川(岡田義徳)の存在を知った祐介は弟子入りを直談判し、仕事のチャンスを掴む。
微かな可能性に必死に食らいつこうともがく祐介と、応援しつつも自分の人生に不安を抱えるユカリ。
二人は未来に向かって一歩を踏み出していく――。

映画『王様になれ』公式サイトより引用)



感想はこちら↓





the pillows結成30周年のアニバーサリーの一環として制作されたこの映画。ベスト10に選出したのはもう完全なる偏愛です。


というのも、私が一番好きなバンドがthe pillowsなんですよね。高校2年の時に出会ってから今までずっと好きで。主人公じゃない人間の不完全な音楽にずっと支えられてきたんですよ。辛いときに聞いて何度も励まされて、今の私が生きていられるのもピロウズのおかげです。そんなピロウズの映画となれば、ベストに選出しないわけにはいきません。最初から最後までピロウズ愛に溢れていて最高でした。


ただ、これは単なる色眼鏡じゃなくて。何者でもない主人公が立ち上がる劇映画として良くできていたんですよ、この映画は。ただのドキュメンタリー映画でも好きと言っていたとは思うんですけど、このある種ベタともいえるライジングストーリーがめちゃくちゃ骨身に染みました。あと曲が使われるタイミングも完璧でしたしね。『ハイブリッドレインボウ』と『この世の果てまで』が特に良かったですね


ポスターに「昨日まで選ばれなかった僕らでも、明日を持ってる」とありますよね。『ハイブリッドレインボウ』のこの一節。ピロウズが歌ってきたのって、まさしく「昨日まで選ばれなかった僕ら」の歌なんですよ。その精神性がこの映画にも受け継がれていて、後半はもうずっと泣いてました。下半期だと一番泣いた映画です。だって私も昨日まで選ばれていませんし。世の中に多くいる「昨日まで選ばれなかった僕ら」に観てほしいと心から思えた映画でした

















第4位:ホームステイ ボクと僕の100日間



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―あらすじ―

「当選しました」その声で、死んだはずの“ボク”の魂が、自殺した高校生ミンの肉体に“ホームステイ”することになった。ミンの自殺の原因を100日間で見つけ出さないと、“ボク”の魂は永遠に消えると告げられ、手にはタイムリミットを告げる砂時計が残されていた。新生“ミン”として“ボク”はもう一度人生をスタートさせる。初めて訪れた街で見知らぬ家族や同級生に囲まれ、違和感だらけの学校生活を送る “ミン”。誰にも気づかれないように謎解きを始めるうちに、秀才の美少女パイと出会い一瞬で恋に落ちる。バラ色の日々もつかの間、1台のパソコンの存在を知り、自殺したミンを苦しめた残酷な現実と対峙することになる・・・。

映画『ホームステイ ボクと僕の100日間』公式サイトより引用)



感想はこちら↓





この映画も偏愛枠です。今、これを読んでいる方の中には「え?こんな映画あったの?」とお思いの方もいらっしゃるのではないでしょうか。実際あまり観られてはおらず、2019年ベスト10に上げる方もごく少数。でも、私はこの映画が大好きなんですよ。それは、フィクションとしての理想が完璧に描かれていたからです。


この映画は森絵都さんのベストセラー小説『カラフル』を、『バッド・ジーニアス』の制作陣がタイで実写化した作品です。『カラフル』はアニメ映画もありましたが、こちらはそれとはまったく違うタイ風のアレンジ。厳しい学歴社会や当たり前のように出てくるドリアンなど、タイのお国柄をビンビンに感じられる映画となっていました。


また、この映画では今時珍しいくらいのストレートな青春をしているんですよね。主人公の"ボク"とヒロインのパイが一緒に屋上で花火を観たり、良く分からない罰ゲームで笑いあったりしているんです。今日びキラキラ映画でも観ることのできない青春。正直ずっと観ていたかった。ここだけでもこの映画の評価は、私の中でうなぎのぼりです。


ただ、この映画の一番いいところは終盤の展開。詳しくは言えませんが、この映画は「死にたい」が「生きたい」に変わる瞬間を描いているんですよ。常々私はフィクションは生を肯定してナンボだと思っていますし、私が映画を観るのだって生きるためのエネルギーを受け取るためという理由もありますからね。だって毎日「もう死ぬべきだな」と思って生きていますし。なので、その「死にたい」が「生きたい」に変わる瞬間は涙しながら観ていました。あれはズルい。今年屈指の名シーンだと思います。


公開初週は『ジョーカー』の陰に隠れ、第二週は台風が直撃と、運に恵まれなかったこの映画。このまま埋もれさせるにはあまりにも悔しい。2/5にDVDが発売開始ですし、おそらくレンタルもされると思います。本当にお勧めなので、よろしければぜひ。




ホームステイ ボクと僕の100日間 [DVD]
ティーラドン・スパパンピンヨー
株式会社ツイン
2020-02-05

















以上、第10位~第4位の発表でした。いかがでしたでしょうか。『王様になれ』や『ホームステイ』といった映画は、ツイッターを見てもほとんど選出している方がいないので、少し意外に感じられたのではないでしょうか。私が選ばなければ誰が選ぶの!?といったテンションで選出させていただきました。また、選出した映画を観るとその傾向が浮き出てきますね。まあ、そういうことです。


では、ここからは下半期のベスト3を発表させていただきます。さあ、1位に輝いたのはどの映画なのか!?








第3位:空の青さを知る人よ




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―あらすじ―

山に囲まれた町に住む、17歳の高校二年生・相生あおい。将来の進路を決める大事な時期なのに、受験勉強もせず、暇さえあれば大好きなベースを弾いて音楽漬けの毎日。そんなあおいが心配でしょうがない姉・あかね。二人は、13年前に事故で両親を失った。当時高校三年生だったあかねは恋人との上京を断念して、地元で就職。それ以来、あおいの親代わりになり、二人きりで暮らしてきたのだ。あおいは自分を育てるために、恋愛もせず色んなことをあきらめて生きてきた姉に、負い目を感じていた。姉の人生から自由を奪ってしまったと…。そんなある日。町で開催される音楽祭のゲストに、大物歌手・新渡戸団吉が決定。そのバックミュージシャンとして、ある男の名前が発表された。金室慎之介。あかねのかつての恋人であり、あおいに音楽の楽しさを教えてくれた憧れの人。高校卒業後、東京に出て行ったきり音信不通になっていた慎之介が、ついに帰ってくる…。それを知ったあおいの前に、突然“彼”が現れた。“彼”は、しんの。高校生時代の姿のままで、過去から時間を超えてやって来た18歳の金室慎之介。思わぬ再会から、しんのへの憧れが恋へと変わっていくあおい。一方で、13年ぶりに再会を果たす、あかねと慎之介。せつなくてふしぎな四角関係…過去と現在をつなぐ、「二度目の初恋」が始まる。

映画『空の青さを知る人よ』公式サイトより引用)



感想はこちら↓





『あの花』や『ここさけ』の長井龍雪監督の最新作。予習として『ここさけ』を見たんですけど、思春期のアンビバレントな感情が描かれていて好きな映画でして、この感じでやってくれるのならこの映画も好きだろうなと思っていたんですよ。ただ、この映画はその期待を超えてきまして。中高生向けかと思ったら、今を生きる全ての大人たちへの応援歌だったんですよ。


子供は学校という狭い世界で生きている。でも、大人たちは社会という広い世界を生きている。狭い世界から広い世界に移るということは視野が広がったり得るものもある一方で、失うものもあるんですよね。それは身の程知らずの夢だったり、自分の可能性に対する期待だったり青い感情と呼ばれるものです。


この映画はそんな狭い世界にいたかつての自分が、広い世界にいる今の自分に発破をかけるという映画なんですよ。しんのが慎之介に「こうなりたいって思わせてくれよ!」と言うように。でも、出した結論は狭い世界に回帰するのではなく、広い世界で生きること。過去の自分というフィクションから力を貰って。最後の慎之介の「まだ諦めていない」という言葉は、彼を始めとした大人の前向きな変化を表していてグッときました。


で、この映画は確かに大人に響く映画なんですけど、私は学生にもこの映画を観てほしいと感じていて。なぜなら、進学するにつれて彼ら彼女らの世界は広くなっているはずですし、幼い子供のころの夢は捨てた人も多いと思うんです。学生だって悩んで失っている。だとすると、この映画で描かれたことは学生も共感できるはずで、全年代に向けた映画になっていると感じました。


吉沢亮さんや吉岡里帆さんを始めとした声優陣も素晴らしかったですし、あいみょんさんの主題歌が流れるタイミングも最高。主人公のあおいはベーシストで音楽映画としても好感度は高いですし、もっと観られてもよかった映画かなと思います。私は公開されてから3日で2回観ました。それくらい好きな映画です。













第2位:チャイルド・プレイ



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―あらすじ―

最先端テクノロジー企業・カスラン社の期待の新商品、“バディ人形”。
引っ越しをして友達がいない少年アンディは、誕生日に音声認識やセンサー付きカメラ、
高解像度画像認識などの機能が付いた高性能人形を母親からプレゼントされる。
自らを“チャッキー”と名乗る人形だが、実は欠陥品だと判明。
的外れな受け答えに最初はあきれるアンディだが、「君が一番の親友だよ」と話す
チャッキーに次第に夢中になる。
その後、“彼”が豹変することなど知らずに―。


映画『チャイルド・プレイ』公式サイトより引用)



感想はこちら↓





1988年公開の『チャイルド・プレイ』をリブートしたこの一作。私は「好きなホラー映画は?」と聞かれたら、『チャイルド・プレイ』と答えるぐらいにはオリジナル版が好きなので、この映画も公開されて初週に観に行きました。そして、観て驚きましたよ。単なるホラー映画ではなく、現代社会の問題を含んだ社会性のある作品として生まれ変わっていたのですから。


まず、オリジナル版よりもホラー要素は増しています。今度のチャッキーはAI搭載。オリジナル版ではほぼ包丁で刺すのみだったチャッキーが、この映画では芝刈り機、電動ノコギリ、自動運転車の暴走など実に多彩な殺し方をしています。特にドローンのシーンは、制作陣はドローンに何か恨みがあるのかというぐらいのおぞましいシーンでした。


それに、孤独だったアンディの成長物語としてもこの映画は優秀で。アンディに友達ができて、彼の鬱屈した感情は無くなっているんですよね。最後の展開は『IT』や『スタンド・バイ・ミー』を観ているようでした。


ただ、この映画が重要なのはその社会性。オリジナル版ではチャッキーには連続殺人鬼の怨念が宿っていますが、この映画では、ただのしがない一工場員です。しかし、彼の社会的地位は低く、会社をクビになり、「誰も助けてくれない」という絶望の中で死んでいっています。誰かに認められたい。この映画のチャッキーの行動原理は承認欲求だと私は思います。しかし、アンディの承認は他者に向けられていて、チャッキーはその承認を自らに向けたかった。これがチャッキーの殺人の動機だと私は考えます。


そして、同じことは世界中で起こってしまっているわけですよ。もちろん日本でも。この映画って『ジョーカー』に通じるところがあると私は思います。私も社会的弱者なので、この映画は評価しなければならないという強い使命感を抱きました。年間の1位に選ばなければならないと思ったほどです。


現在、DVD/BDが発売中。またレンタルも開始されており、Amazon Prime Videoでも視聴可能です。よろしければご覧ください。




チャイルド・プレイ(字幕版)
オーブリー・プラザ
2019-11-20






このように私に大きな衝撃を与えた『チャイルド・プレイ』。ですが、その『チャイルド・プレイ』よりも強いインパクトを残した映画が、下半期に一つだけありました
















第1位:ホットギミック ガールミーツボーイ



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―あらすじ―

都内のマンションに住む女子高生・成田初は、優しい兄・凌、元気な妹・茜と両親と、ごく普通の家庭で暮らしていた。ある日、茜に頼まれて内緒で購入した妊娠検査薬を、同じマンションに住む橘亮輝に知られてしまう。バラされたくなければ"奴隷"になれ、という条件を突き付けられ、その日を境に初は亮輝の無茶な命令に振り回されるようになる。そんな時、小学校の時に突然転校してしまった幼馴染・小田切梓がマンションに帰ってくる。今や人気雑誌モデルとして第一線で活躍する梓が、昔と変わらず自分を守ろうとしてくれるその姿に初は自然と心惹かれ、2人は遂に付き合うことに。幸福感に溶けてゆく初だったが、ある夜、彼の本当の目的を知ってしまう。動揺し、深く傷ついている初を心配し、常に寄り添い愛情を注いでくれたのは兄の凌だ。昔から兄としての優しさも絶やさず、しかし凌も知られざる秘密を抱えていた。3人の男性との恋に揺れ動きながら、少しずつ自分の中に芽生える本当の気持ち。初は悩みながらも1つの答えに辿り着く。喜び、痛み、迷いの先にある、物語の最後に彼女が見出した、その想いとは―――。

映画『ホットギミック ガールミーツボーイ』公式サイトより引用)



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今年の下半期映画ベスト10、第1位は『ホットギミック ガールミーツボーイ』です。こちらも公開されたのは6月なのですが、観たのは7月だったので下半期のランキングに入れさせていただきました。『溺れるナイフ』『21世紀の女の子』の山戸結希監督の最新作だったこの映画は、観ている途中ずっと圧倒されっぱなしで、終わった後に思わず「凄い……」と呟いてしまう。語彙力を全て奪われてしまうほどの凄まじい映画でした。


この映画、一人の女の子に三人の男子が言い寄ってくるという、設定だけ見れば典型的なキラキラ映画のように思えます。しかし、山戸監督はこのキラキラ映画の枠をぶち破ってきました。カット数が異常に多く、カメラワークもバンバン切り替わるので圧倒的なスピード感があり、数本の映画を観たような情報量が頭に叩き込まれます。さらに、オープニングから静止画を多用するなど山戸監督の演出や、それを実現する編集も冴えに冴えていました。揺れ動くなんて甘っちょろい言葉じゃとても説明できない、初の激動がひしひしと伝わってきます


さらに、特筆すべきはその台詞回しです。私は山戸監督の映画の真骨頂は、テンポが異常なほどいい台詞回しにあると思っていまして。それは『21世紀の女の子』内の短編『離ればなれの花々へ』でも存分に発揮されていましたが(こちらもレンタルできるので見てほしい)、この映画ではさらにそれが進化。体言止めを多用し、歯切れのよい台詞回しで観ている人の脳みそを強烈に揺さぶります


また、山戸監督の映画の特徴として挙げられるのが、全編にわたって音楽が流れている時間が多いということ。これは観ないと分からないのですが、キャラクターが喋っているんじゃなくて歌っているんですよ。しかも音楽が流れていない時間帯でも、頭の中にはすっと音楽が流れていてキャラクターが歌っているという一種のトランス状態に私は陥っていました。


もう気がつくと泣いていたんですよね。そんな泣くようなシーンじゃないのに、その演出力のあまりの高さに。今観ているのは映画なのだろうか?もっと恐ろしい何かではないだろうか?そう感じて、途中で逃げ出したくなったんですよね。こんなこと初めてですよ。


ここまで外側の話ばっかりしてますけど、映画のストーリー自体も抜群に良いんですよね。山戸監督曰く、この映画は「主体性を得るための失恋」というものを描いているらしくて。今まではボーイミーツガールで、女子が男子に恋して自らを委ねて主体性を失っていったのに対して、この映画はその真逆をやっている。フェミニズム?やジェンダー論?みたいな難しいことは良く分かりませんが、私にとってはその演出の斬新さも合わせて、とても新鮮なものとして受け止めることができました。最後の初が主体性を獲得するシーンなんて、感情の爆発が凄かったですからね。途轍もなかったです。


以上、『ホットギミック ガールミーツボーイ』が下半期1位の理由とそのインパクトについて語ってきましたが、実際文章で読むよりも映画を観た方が早いでしょう今、この映画はNetflixで全世界に配信されています。山戸監督の演出にあまりハマらない方もいるとは思いますが、私はぜひ観ていただきたいです。強く勧めます。




2019下半期映画ベスト10一覧

特別賞:月極オトコトモダチ
特別賞:いちごの唄
特別賞:ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん

第10位:JOKER/ジョーカー
第9位:いなくなれ、群青
第8位:見えない目撃者
第7位:エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ
第6位:劇場版 FINAL FANTASY ⅩⅣ 光のお父さん
第5位:王様になれ
第4位:ホームステイ ボクと僕の100日間
第3位:空の青さを知る人よ
第2位:チャイルド・プレイ
第1位:ホットギミック ガールミーツボーイ



















というわけで、2019年下半期のベスト1は『ホットギミック ガールミーツボーイ』でした。インパクトという面では他の追随を許さない映画でしたね。山戸監督の次回作も楽しみです。




それでは、ついに!とうとう!2019年映画ベスト10を発表したいと思います!!


と、その前に注意事項。もうすでにこの記事は15,000字をオーバーしてしまっています。いい加減長い。なので、ここからはコメントはなしで、タイトルのみの発表とさせていただきます。上半期公開の映画でランクインした映画につきましては、や各映画の感想記事を参照ください。何卒お願いします。


では、2019年映画ベスト10の発表です!!!











2019年映画ベスト10





第10位:プロメア



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感想はこちら↓








第9位:王様になれ




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第8位:ホームステイ ボクと僕の100日間



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第7位:スパイダーマン:スパイダーバース



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第6位:空の青さを知る人よ



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第5位:翔んで埼玉



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感想はこちら↓













第4位:海獣の子供



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第3位:チャイルド・プレイ




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第2位:ホットギミック ガールミーツボーイ



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第1位:バジュランギおじさんと、小さな迷子



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感想はこちら↓













というわけで、2019年映画ベスト1は、『バジュランギおじさんと、小さな迷子』でした。いかがでしたでしょうか。


こうして見てみると、今年ベスト10に選出した作品には音楽が印象的な映画が多かったように感じます。『プロメア』、『王様になれ』、『空の青さを知る人よ』、『ホットギミック ガールミーツボーイ』、『バジュランギおじさんと、小さな迷子』。上半期だと『小さな恋のうた』、下半期だと『いちごの唄』と音楽が映画に占めるウェイトの大きさを改めて思い知らされた一年でした。音楽が良いとそれだけで満足度は上がりますしね。来年も映画に耳を傾けていきたいと思います。


また、私のランキングの特徴は、優しい映画が多いことだと思います。年間ベスト10でも、『チャイルド・プレイ』と『ホットギミック』の他はすべて優しい映画ですし、下半期の6,7位が『光のお父さん』と『エイス・グレード』であることにそれは顕著ですよね。というのも、これは私のパーソナリティに起因してのことです。


私って生きていちゃダメな人間なんですよ。映画を観ていちゃダメな人間なんですよ。給料も最低賃金で、コミュニケーション能力も低いから友達もいない。そのくせろくに努力もせず口をついて出るのは不平不満ばかり。こんな人間が生きていていいと思います?違うでしょう?


でも、私はやっぱり生きたいんですよ。生きるためには癒されなくてはならなくて、人とのかかわりの中で癒されない私は、映画などのフィクションに逃避するしかないんです。なので、そんなフィクションには私が求めているものって「生きていることを肯定してくれること」。生きていていいんだって思いたいんですよ。


もちろん現実に向き合わなければならないのは分かってますよ。でも、たまには逃避したっていいじゃないですか。このベスト10は言い方を変えれば、そんな私を癒してくれた映画です。生き延びさせてくれた映画です。すいません、ものすごく気持ち悪い理由で選んでしまって。でも、これが私の胸中です。切実な思いです。分かってくださいとは言いません。ただ、貶さないでください。お願いします。




湿っぽい話はこれくらいにして、ここからは未来の話をしましょう。ここで、他のブロガーの方がしているように大きな目標を掲げられたらいいのですが、あいにく私にそんな余裕はなく、現在で既にいっぱいいっぱいの状況です。そもそも飽きっぽい私が、ブログを2年続けているだけで奇跡的ですしね。なので来年の抱負としては、


・新作映画を100本観る
・そのうちのなるべく多くの映画の感想をブログに書く



この2点を目標に頑張りたいと思います。


最後になりますが、改めて本年中のご愛顧、誠にありがとうございました。弱小で、零細で、稚拙で、いつ突然終わるかも分からない不安定なブログですが、来年もこんなちっぽけな私の感想にお付き合いいただけるのであれば、これほど嬉しいことはありません。2020年も何卒よろしくお願いします。


一年間の感謝を込めて。


お読みいただきありがとうございました!!!


おしまい


バジュランギおじさんと、小さな迷子 [DVD]
サルマン・カーン
Happinet
2019-08-02



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こんにちは。これです。いよいよ年の瀬が迫ってきました。映画ファンにとって、この時期の楽しみといえば年間ベスト10の選定ですよね。私も今、少しづつ書いているところです。30日に出せればと思っていますので、そのときはまたよろしくお願いしますね。


さて、おそらく通常の映画の感想も、今年は今回が最後。今回観た映画は『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』。こうの史代さんの原作『この世界の片隅に』を2016年に映画化した一作が、250以上もの新規カットを加えて装いも新たに再登場です。私はリアルタイムでは見ていないのですが、NHKで放送されていたのは観たことがあります。高い評判も頷ける映画でした。


では、その『この世界の片隅に』からこの映画はどう変わったのか。感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いします。


なお、この感想では2016年に公開された『この世界の片隅に』を便宜上、オリジナル版と表記します。また、原作やドラマ版は未見ですので、ご承知おきを。




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―目次―


・すずさんの「戦い」は居場所を守るための戦い
・戦争も居場所を守るための戦い
・居場所を守るための戦いは現代も続いている





―あらすじ―

誰もが誰かを想いひみつを胸に 優しく寄り添う

広島県呉に嫁いだすずは、夫・周作とその家族に囲まれて、新たな生活を始める。昭和19年、日本が戦争のただ中にあった頃だ。戦況が悪化し、生活は困難を極めるが、すずは工夫を重ね日々の暮らしを紡いでいく。
ある日、迷い込んだ遊郭でリンと出会う。境遇は異なるが呉で初めて出会った同世代の女性に心通わせていくすず。しかしその中で、夫・周作とリンとのつながりに気づいてしまう。だがすずは、それをそっと胸にしまい込む……。
昭和20年3月、軍港のあった呉は大規模な空襲に見舞われる。その日から空襲はたび重なり、すずも大切なものを失ってしまう。 そして、昭和20年の夏がやってくる――。

(映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』公式サイトより引用)




映画情報は公式サイトをご覧ください。







※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。









・すずさんの「戦い」は居場所を守るための戦い


この映画はオリジナル版と同じ昭和8年から始まります。学校でのすずさんと哲の追加シーンを挟みつつ、物語の前半は基本的にオリジナル版と同じシーンが続きます。この映画独自の展開を見せるのは映画も中盤に差し掛ってから。すずさんと、遊郭で働くリンが再会するシーンからいよいよ追加シーンが多くなっていました。


基本的にこの映画の追加シーンというのはリンさんとのシーンが中心なのですが、他にもオリジナル版を補完するシーン(例:台風で土砂崩れが起きたシーン)も多数あり、この映画の魅力をより深化させていましたね。主演ののんさんも心なしか、オリジナル版よりも落ち着いた演技をしていた印象を受けました。


さて、この映画とオリジナル版の大きな分岐点である、すずさんとリンの再会シーン。ここで、リンはすずさんに、家庭におけるすずさんの役割を尋ねます。すずさんの答えは「出来の良い跡取りを産む」こと。それが戦いに出ることのできない女性の戦いだというんですね。今は違いますけども、戦時中はこのような意識がまだ残っていたという。


まあリンに追及されて、すずさんは答えることができなくなってしまうんですけども、この映画はすずさんの「戦い」というものが、オリジナル版よりもフィーチャーされていると感じました。その戦いとは「生活を守る」戦いです。この映画でのすずさんは戦地に赴くことはありません。やっていることといえば炊事や洗濯など一般的な家事ばかり。でも、それは戦争という脅威から自らの生活を守るための必死の戦いだったんですよね。すずさんも「暮らし続けるのが私たちの戦い」と言っていましたしね。戦地に赴いて戦うということが、戦争における戦いではないということです。


そして、どうして生活を守るのかと言うと、夫や父親が帰ってくる場所を守るためが一つ。自らが生活する場所を守るためというのが二つです。どちらも共通しているのが生活する場所、すなわち居場所です。この映画では「居場所」という言葉がキーワードの一つになっているように私には感じられました。


オリジナル版では、すずさんが北條家に嫁がされた理由は明かされないままでしたが、この映画では追加シーンによって、それが明らかになります。すずさんの夫・周作とリンは以前にも会っていました。周作は身寄りのないリンを、遊郭から連れ出そうとします。しかし、それを青い考えだと叔父と叔母はみなし、すずさんをあてがうことで身を落ち着けさせ、リンを諦めるように仕向けた。これがすずさんが北條家に嫁がされた真相でした。


きっと、すずさんは北條家に嫁いできたときに、自分が歓迎されていないような雰囲気を感じ、一人だと思ったのでしょう。実際、すずさんも後にそう言っていますし。つまり、北條家にすずさんの居場所はなかったのです。となると、すずさんは北條家に居場所を作る戦いをしなければいけません。


ただ、すずさんと北條家の人々は対立することはなく、変わっていったのはすずさんの認識だというのが、私がこの映画の好きなところ。すずさんは北條家のために倹約しながらも、一生懸命炊事などの家事を行い、一緒に食卓を囲むことで認められているという感覚を持てるようになっていて。劇的な出来事があるんじゃなく、徐々に徐々にというのは個人的には好みでした。



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北條家に居場所を得たすずさん。しかし、戦争の波は呉にも迫ってきていて、配給は減らされ、生活は苦しくなっていきます。すずさんは今度は生活を、居場所を守るために戦わなくてはならなくなりました。野草を取ったり、米をかさ増ししたり、ときには防空壕を掘ったりと、なんとかして生活を続けていきます。


ここで大切なのが、すずさんが他の人と助け合っていたことですよね。暮らしは皆苦しいのに、お互いに助け合うことで生活を守ろう、居場所を守ろうと。すずさんだけじゃなく、さらにいくつもの「戦い」が呉で、いや映画では描かれなかった日本中で行われていたんですよね。


オリジナル版でもあった哲の「すずは普通じゃのう」というセリフ。これも追加シーンを踏まえるとまた響きが変わってきます。私が思うに、すずさんが普通なのは戦っていたからだと思うんですよね。みんなと同じように戦争から居場所を守るための戦いをしていた。だから、「普通」なんだと。


さらに、哲がすずさんに一緒に行こうと誘い、すずさんが断るシーン。これもまた見方が違ってきますね。すずさんが周作を好きだったこともありますけど、今の居場所を失うことが怖かったという気持ちも、すずさんにはあったのではないかと私は感じました。至極「普通」の考え方ですね。


それに、この映画の追加シーンで、すずさんが子供ができないことに悩むというシーンがあります。すずさんには、子供を作らなけらばならないという無言のプレッシャーがあったと考えられます。子供を作れず、役割を果たせない自分は北條家に居場所がないという思考に、すずさんはなっていたのではないかと。これも現代からすれば非難ものでしょうが、当時の考え方からすると「普通」のことのように思えてきますね。




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・戦争も居場所を守るための戦い


これまで見てきたようにどこをとっても、すずさんはあくまで「普通」。それがオリジナル版から変わらないこの映画の最大の特徴なんだと思います。でも、戦争はこの時代に「普通」に暮らしていた人々の居場所を容赦なく奪っていくんですよね。空襲や原爆で街は焼け野原。家も壊され、人も死んでいきます。


それは、すずさんの身の回りも例外ではなく、径子は夫を亡くし、すずさん自身も父親や兄を亡くします。リンも、この映画に新たに登場したテルも、戦争により居場所を失って、遊郭で働かざるを得なくなっています。そして、やはり一番辛いのが晴美ですよね。すずさんの心の拠り所の一つになっていた晴美のシーンは、居場所というものを繰り返し描いてきたこの映画では、より重く受け止められました。そのシーンが来るの本当に嫌でしたからね。オリジナル版以上に辛かったですよ。


もちろん、戦争はダメですし、絶対になくなった方がいいに決まっています。でも、この映画は単なる反戦映画じゃないと思うんですよね。もし、反戦映画にしたいんだったら、もっと悲惨な描き方だって可能だったでしょうし。


この映画の優れているところというのは、生活も戦争も同じ線上にあることを示したことだと私は思います。戦争には相手が必要で、周作の父親の円太郎が言っていたように、相手には相手の生活があるわけですよ。「生活・居場所を守るための戦い」の延長線上に戦争があるとこの映画は描いていると感じます。


例えば、望まざる状況に身を投じられたすずさんの状況は、戦争によって苦しい生活を強いられる「普通」の状況のミニチュア版でしょう。望んで戦争に巻き込まれているわけじゃないでしょうし。「自分の居場所を守るため」という動機は同じで、それが大きいか小さいかの違いしかない。人と人とが暮らすうえで衝突は不可避なものですし、もしかしたら戦争というのは生活と同じくらいの人間の営みなのかもしれません。


でも、この映画で描かれた戦争の現実というのは、とても堪えるものでして。焼け野原になった呉や広島の街は当然のことながら、それに伴う遺児の問題。配球の停止によって苦しくなる生活。さらに追加シーンによって、リンは義務教育を満足に受けていないことが示されますし、新たに登場したテルに至っては博多弁で、生きるために遠くから連れてこられた背景が透けて見えて悲しい。


でも、戦争は人間の営みで止むことはないのだとすれば、文字通り「とてもやりきれない」ですよ。単に戦争はダメだというんじゃなく、戦争はあるものとして考えなければいけないという現実を突きつけられて、何が正しいのか分からなくなり、とても複雑な気分にさせられました。考えさせられる映画というのはまさにこの映画のことを言うんだと思います。本当に、定期的に見返されるべき映画ですね。せめて、年に一度、8月にでも。




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・現代も居場所を守るための戦いは続いている


ここまで見てきたのは、家や生活といういわば物理的な居場所です。これはオリジナル版でも描かれていたことですが、この映画ではさらに精神的な居場所というテーマが付与されているように感じました。


それを最も感じたのが、空襲の途中に追加された花見のシーンです。先の再会の後、離ればなれになっていたすずさんとリンですが、ここで三度、再会。リンは戦艦大和になぞらえて「人間死ぬときは一人かもしれない」と語ります。


確かに人間は死ぬときは一人でしょう。ただ、関わってくれた人たちに自分の思い出を残すことができます。葬式に来てくれた人の人数がその人の人生を表しているとはよく言われることです(私は決してそうは思いませんが。大事なのは人数じゃない)。人に思い出を残すということは、その人の心に自分の居場所を作ることでもあるんですね。そして、それは物理的に生活や居場所が奪われたからといって、決してなくなるものではないと。


追加されたシーンでは、すずさんにリンから口紅が手渡されます。オリジナル版では、周作が海軍に向かうシーンで、すずさんが口紅をつけているという謎の描写がありましたが、この追加シーンによって、その理由が明らかになっていました。そして、口紅が撃たれて壊れるというシーンは、オリジナルでは何ともなかったのに、この映画ではとても悲しく映りました。リンの物理的な存在証明が壊されてしまったのですから。


でも、すずさんはリンのことを忘れずに、焼け野原になった遊郭を訪ねるんですよね。すずさんの中にリンとの思い出が残っていたことの証明で、死んでもなお居場所は残るという描写に泣きそうになりました。焼け野原になった広島では誰もが誰かを探しているのも、故人の精神的な居場所がその人に残っていたからですよね。


この映画は新たに精神的な居場所もテーマにしている。そう思うと、リンの「この世界にそうそう居場所はなくなりゃせんよ」という言葉は、すずさんを励ましているようで、その実自らも勇気づけている。強い決意と希望の言葉だと感じました。




この「居場所」というテーマは現代にも通じるものだと私は思います。居場所を求めていて、彷徨う人たち。手にした居場所を守ろうと、日々の生活を送る人たち。誰かに自分の精神的な居場所を見出したいと、かかわりを求める人たち。現代も「居場所を守るための戦い」は続いているんですよね。個人レベルでも国家レベルでも。この映画は戦時中の話にもかかわらず、現代にも通じる普遍性を持っているのかなと感じます。


そのことを踏まえると、この映画の「それでも生活は続いていく」という終わり方は最高ですよね。だって、すずさんたちは戦争から生活を、居場所を守ることに成功したのですから。勝ってはいないけど、負けてもいない。負けなかっただけで十分ですよ。強く生き抜いたすずさんたちを見て、私たちも頑張ろうという気にさせてくれます。


そして、居場所のない子供にそのすずさんたちが、新たに居場所を与えるというのも実に良い。これもすずさんたちが負けなかったからこそできたことで、あの子も大きくなってまた別の子に居場所を与えるんでしょうね。物理的にも精神的にも。そうして人間の営みは続いていく。もちろん戦争は起こりますけど、そこから自分たちの居場所を守るための戦いの大切さや愛おしさを、この映画は教えてくれました。私たちの何気ない生活にも価値があるように思えて、励まされますね。オリジナル版でも感じましたけど、やはり私はこの映画が好きなようです。




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以上で感想は終了となります。映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』。少し長いですが、新規カットの数々によって、前作よりも深化した味わいが得られるので、オリジナル版を観ている方にもお勧めしたいですね。もちろん、まだ観たことないという方にも。ねんまつねんし、ぜひ観てみてはいかがでしょうか。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい 





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