こんばんは。これです。今回のブログは映画「旅猫リポート」の感想になります。
ヒット作家・有川浩さんの”一生に一本しか書けない物語”と銘打たれたこの映画。私は映画「阪急電車~片道15分の奇跡~」を観てからの有川さんのライトファン(3,4冊しか読んでいない)なので、少し期待をしながら観に行きました。
ただ観終わった後の感想としては申し訳ないですが正直期待外れかなと。首をひねりたくなる映画でした。そう感じた理由をいつものごとくダラダラと書いていくのでよろしければお付き合いいただければと思います。では始めます。

目次:
・あらすじ
・映画について
・「責任」というテーマ
・「旅猫リポート」と「ビッグ・フィッシュ」
・疑問点とか
~あらすじ~
野良猫として誇り高く、タフに生きてきたナナ(声=高畑充希)。
人間は信用ならないし、なれ合うなんてまっぴら。
でも定期的に美味しいものをくれる優しい青年・悟(福士蒼汰)のことは、ちょっと気に入っている。
ある日、一瞬のタイミングのずれで車に轢かれ大けがを負ってしまったナナ。
薄れゆく意識の中、ナナが必死で助けを呼んだのは悟だった。
この日からナナは悟の猫になり、二人は家族になった。
いつもナナのことを一番に考えてくれる、優しい悟。
それなのに、ある事情で悟はナナを手放す決心をする。
ナナの新しい飼い主を探すため、悟はナナを愛車に乗せ最初で最後の旅に出た。
だがこれっぽっちも納得していないナナは、旅先で出会う悟の友達に心を開かない。
小学校時代の友人(山本涼介)のところではゲージから出ようとせず、
高校時代の友人夫婦(広瀬アリス、大野拓朗)の先住犬には喧嘩を売り、大騒ぎになる始末。
困り果てた悟は、小さいころからお世話になっている
叔母(竹内結子)のもとを訪ねるのだが…。
(映画「旅猫リポート」公式サイトより引用)
※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。
・映画について
この映画は「一人と一匹のロードムービー」と公式サイトでは紹介されています。悟と飼い猫のナナがナナを引き取ってもらうために、車で旅をします。小学生時代の友人・幸介は悟が以前飼っていた猫・ハチを通じて出会い、高校時代の友人・修介と千佳子は犬を助けて仲良くなるなど、動物を通じて友情が生まれた相手に預けてほしいと頼みますが、上手くいきません。そして叔母さんのもとを訪ね、ストーリーが大きく展開していきます。
主演を務めた福士蒼汰さんはとにかく優しい癒される笑顔の持ち主でした。とても性格がよくまさに好青年といった役柄ですが、かなり進んだ病気を持っているという影の部分もあってその二面性が魅力でした。その人懐っこい雰囲気にキュンと来る女性の人も多いと思います。個人的には特に序盤のナナ視点から見たシーンで恐怖を感じたんですけど。
次に同じく主演を務めた猫のナナ。正直猫の演技なんてよく分かんないんですし、よく躾けられてるな―ぐらいにしか思わないんですけど、それでもかわいらしさと気の置けなさが同居していて愛らしかったです。全く映画の邪魔をしていませんでした。でも声を当てた高畑充希さんは個人的にはちょっとどうかなとは思いましたけどね。少し明るすぎるかなって。
あとは脇を固める竹内結子さんや山本涼介さん、広瀬アリスさんや大野拓朗さんは概ねよかったとは思うんですけど、不満を挙げるとするならば福士さんとともに広瀬さんや大野さんが高校生役を演じたことですかね。それぞれ25歳、23歳、29歳なんですけど正直こちらもちょっときつかったです。一番若い広瀬さんが最も年取って見えてたのが悲しかったです。ハーフで大人びてますし高校生はミスマッチかなと。
逆に素晴らしかったのは子役の田口翔太さんと二宮慶多さんの二人。子供ならではの思い込みの強さと存在の小ささを上手く表現していました。特に葬式で田口さんが泣いたシーンは胸が締め付けられるようで、この映画のなかでも好きなシーンです。
この映画のいいところとして景色がきれいだったことがあります。雪を湛えた雄大な富士山や日光を反射して輝く海面、黄色一色の鮮やかな菜の花畑など、バラエティに富んだ景色を悟とナナは目にします。ロードムービーというだけあって様々な景色が映し出されお客さんを引きつけ飽きさせない工夫がなされています。
次によかったのが音楽を務めたコトリンゴさん。映画の最初には軽やかな楽曲で気分を盛り立ててくれましたし、終盤には優しく寄り添ってくれる楽曲で涙を誘ってくれました。声も柔らかで映画の温かい雰囲気に遭っていましたし、「奇跡は気まぐれ」という歌詞も見事にマッチしていました。コトリンゴさんがいなければ、私はこの映画にもっとひどい評価を下していたであろうことを考えると、やっぱり音楽の力は偉大です。今回の「旅猫リポート」の個人的MVPです。

ただ、映画全体としてはちょっと良くなかったかなと。途中までかなり淡々と単調に物語が進むんですよね。それで後半になって観客に隠されていた事実が明らかになって盛り返しては来るんですが、それでもまだ冗長で。海で悟とナナが触れ合うシーンが2回あったんですけど、個人的には1回でよかったんじゃないかなって思います。
さらにきついのが「ここで感動させたい」っていうのが見え透いているところ。「ほらここ泣き所ですよ。泣いてください」と言わんばかりのオーバーな演技とお誂え向きな悲しい音楽。感動を押し付けられているようで、もっと自由に楽しみたいのに楽しみ方を限定されているようで、私はあまり物語に入り切ることができませんでした。
あとは個人的になんですが、最後まで猫が喋るということが受け入れられない。別に本当に喋ってるわけではなく心の声なんですが、それにしてもナナのあの高圧的な態度。野良猫として誇り高く生きてきたナナはかなりズバズバいうんですが、それがみていてあまり気持ちいいものではない。そういうキャラだと分かっていてもきつい。もっとこう想像させてほしいんですよ。今の「ニャー」にはどういう意味がこもってるんだろうとか。でもナナはそれを許さず思ってることを全て言葉にするのが少しか条かなというのは感じました。

・「責任」というテーマ
ちょっと映画の話からは外れるんですけど、ここで個人的な話をしたいと思います。小学生時代、私は飼育委員会に入っていた時期がありました。私の通っていた小学校ではウサギとニワトリを数匹飼っていて、飼育委員はその世話をしていたんですね。顧問の先生は普段は優しいんですけど、世話を忘れてしまい鶏を死なせてしまった生徒のことはこっぴどく叱っていました。
そして先生はその次の委員会で「学校の中で一番責任が重い委員会って何だと思う?」と聞いてきました。生徒たちはやれ学級委員会だ美化委員会だと口にしますが、先生はこう続けます。「ある子に聞いたら『私は飼育委員会だと思う』と。なんでかって聞いたら『生き物の命を預かっているから』と」。どこか飼育委員会の仕事を軽く考えていた私は身が引き締まる思いがしました。生き物を飼うということは命を預かっているという「責任」を負っているわけです。この「責任」というのがこの映画の大きなテーマの一つになっていました。
映画の序盤で悟は小学校時代の友達である幸介と会います。幸介は親の写真館を継いでいますが、継いだことを後悔しているといいます。親から心にもないことを言われたせいで妻との関係が気まずくなり別居していることが原因でした。「たまに死ねばいいのにって思うよ」と幸介は悟に口走ってしまいます。そのとき悟が返した言葉がこの映画で重要な意味を持っていました。
それは「親になる資格がない人間っているんだよ」という言葉。これはペットでも同じことが言えると思います。つまり「飼い主になる資格がない人間っているんだよ」ということ。最近「黒い犬はインスタ映えしないから」というアホみたいな理由でせっかく飼い始めた犬を捨ててしまう人がいるということが話題になりました。ペットを飼う以上は最後まで面倒を見るという責任が伴います。それを途中で捨ててしまうということは責任を放棄しているということ。とても許せることではありません。
子ども時代の幸介はハチを家で引き取りたいといいますが、両親特に父親は反対しています。悟は母親に「責任持って飼えるの?」と聞かれ、返す言葉で「責任持つよ。持てるよ」と言います。これに対して父親からは「そんなことは稼げるようになってから言え」という厳しい言葉が。幸介は言い返せず、結局ハチは引き取れませんでした。
子どもはとにかくペットを飼ってほしいものですよね。よく考えずに飼いたいという気持ちだけで勝ってよと親にせがんでしまう。でも親はペットを飼うということは最後まで面倒を見るという責任が伴うと分かっているわけです。子どもはそのことをまだ分かっていません。また飽きっぽく途中で面倒を見なくなり、親が世話をするということもしょっちゅうです。放り出すんじゃないかということを危惧して簡単には賛成できないわけです。
現在年間で殺処分されている犬猫は年間65,000匹に達していると言われています。やむを得ない事情の犬猫もいますが、その多くは「飼うのが面倒になった」など人間の勝手な都合によるもの。命を預かっているという感覚がないのです。一度買い始めたら死ぬまで責任をもって面倒を見なければならないのです。それができないならば飼うべき、育てるべきではありません。
この映画は一人と一匹のロードムービーという側面もありますが、その一方で現在のペット問題にも警鐘を鳴らしています。この映画は今ペットを飼っている人よりも、これからペットを飼う人の方が観た方がいいと思います。自分たちのしようとしていることがどれほど重大なことが思い知るべきだと思うのです。もっと慎重になるべきだと思うのです。そうやって飼われなくてペットショップで一生を終えるペットもいるので一概には言えませんが、自分は命を預かる責任を負えるのかともう一度自分に問いただしてみるべきなのです。
私もかつては魚を飼っていた時期がありました。しかし餌をやらずに放置していたため10日ほどで死んで、いや殺してしまったことがあります。この経験があるため、私はこれ以後ペットを飼うことはしませんでした。生き物の命を預かるという責任に耐えきれないだろうなと思ったためです。この映画を観て私はその思いをさらに強くしました。この映画では猫が魅力的に描かれていて、観ていて「猫を飼ってみたい」という人もいるにはいると思いますが、私はどうしてもそんな気分にはなれませんでした。
ここまでペットのことを言ってきましたが、これは人間にも同じことが言えると思います。例えばかつて社会問題になったコインロッカーベイビー。せっかくできた子供を育児が面倒だという理由で捨ててしまう人がいます。映画のなかでも言っていましたがとても同じ人間のすることだとは思えません。まさに「親になる資格のない人間」です。子どもを産み育てるということはその子の命を預かるということ。そのことが分からないのならば軽々しく子どもを作るべきではないと思うのです。子どもがかわいそうです。「旅猫リポート」はそういった「命を預かることの責任を問う映画」でした。

・「旅猫リポート」と「ビッグ・フィッシュ」
今回「旅猫リポート」を観終わって思い出した映画があります。それがティム・バートン監督作「ビッグ・フィッシュ」(2003)です。人生の最後を迎える主人公がこれまでの人生を回顧する形式や、それぞれは接点のなかった人たちが、主人公という共通の存在を介して集まってくるエピローグなどがそうですね。また、菜の花と水仙という違いはありましたが、黄色い花畑での印象的なシーンがあるということも共通しています。

私は「ビッグ・フィッシュ」がオールタイムベスト10に入ってくるぐらい好きな映画で、とても感動したんですけど、正直「旅猫リポート」ではそれほどの感動は得られなかったんですよね。いや「旅猫リポート」にも感動するようなシーンはあるんですよ。悟がナナを置いて入院するシーンや悟の最期、先にも挙げたエピローグなどがそうです。作中でも盛り上がるシーンですし、泣く人も多いだろうなと思ったんですけど、私は泣かなかったんですよね。
それはなんでかっていうと「ビッグ・フィッシュ」では父親と息子が対立していたんですけど、「旅猫リポート」は悟とナナは両想いだったことにあるんじゃないかと。今まで父親のことを知ろうとしなかった息子が最後に父親のことを知る、和解の物語だというのが「ビッグ・フィッシュ」の感動ポイントなんですけど(そういう意味じゃ今度ソフトが発売される「blank13」がより近い)、「旅猫リポート」では悟とナナが両想いだったので和解する時のカタルシスがなかったんですよね。
さらに「旅猫リポート」では語られることが全て本当だったのも大きい。「ビッグ・フィッシュ」は葬式に父親の話の中のキャラクターが集合して、嘘か本当かどうかが分からなくなっていたのがよかったんですけど、「旅猫リポート」は全部本当だと分かってるからそこの感動もないですし。ただこれはコンセプトの違いの問題で、どっちがいいなんてことはないんですけどね。でももしかしたら「旅猫リポート」は嘘のない「ビッグ・フィッシュ」をやりたかったのかもしれません。

・疑問点とか
それと感動できなかったといえば、悟の最期のシーン。ここで悟の死期を悟ったナナが病院に向かいます。そして看護師に悟の叔母・法子に「会わせたい人がいるなら早い方が」とアドバイス。ここでもう頭の中ではだれもが分かってるわけですよ。悟とナナが対面して亡くなるんだろうなって。実際その通りに法子は病院の外にいたナナを抱きかかえて、悟に会わせます。ここで私は思いました。
「いや、病室に猫を連れ込むなよ」
猫が一体何千匹のダニやシラミを飼っているか。そしてそのダニやシラミが媒介したウィルスで他の患者さんの様態が急変したらどうすんだって。そんなこと気にしているシーンではないんですが、やっぱり気にせずにはいられません。頭にひかかって素直に感動することができませんでした。気にするのが野暮だっていうことは分かってるんですけど、残念ながら私の許容範囲を超えてしまっていました。
引っかかったところはまだあります。まず「悟はナナにハチを重ね合わせているだけでは?」という点。なんというか悟はただハチに似ているっていう理由だけでナナを飼っていた気がするんですよね。悟にとってはナナでハチが死んでしまった傷を癒そうとしているだけで、個人的には「思い出の代替品」にしか見えなかったんですよね。そこは最初からずっとモヤモヤしてました。
あとそもそも「僕はサトルの猫なんだ」って何よ?これは私が個人的に人間に対して変に馴れ馴れしくしない、近づいてきたらすぐ逃げるような警戒心を持った野良猫が好きなだけかもしれないんですけど、軽々しく「僕は誰かの猫なんだ」って言ってほしくないんですよね。だって猫は猫でしょう。飼い主の物じゃなくて独立した生命ですよ。人間側が「私の猫です」っていうのもおこがましい。「私が飼っている猫です」なら分かりますけど、「私の猫です」っていうのはちょっと人間のエゴが過ぎるんじゃないかと。なんか少し離れた距離感を保っていてほしいんですよね、人と猫をはじめとした動物って。これって私がペットを飼ったことがないからなのかな。ペットを飼えばまた違うんでしょうかね。ええ。

全くまとまってませんが以上で感想は終了になります。「旅猫リポート」。悪くはないんですが、かといって良いと言われるとそれもうーんってなってしまう率直に言って微妙な映画でした。ただ楽しめる人も多いと思われますので、興味のある方は映画館に足を運んでみてもいいんじゃないでしょうか。映画の感想なんて人それぞれですしね。
お読みいただきありがとうございました。
おしまい


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