試合の記事はこちら↓
【雨中で見せた新生パルセイロの片鱗】2019明治安田生命J3リーグ第1節 ロアッソ熊本 vs AC長野パルセイロ【雑感】





2019年、AC長野パルセイロはJ3で6年目のシーズンを迎えた。開幕戦の相手はロアッソ熊本。J2昇格への挑戦が始まる。


ただ、全員が全員開催地の熊本に行けるわけではない。そんなサポーターのために用意された救済措置がパブリックビューイング。去年までは長野Uスタジアムでの開催だったが、ビジョンは遠く、なにしろ風が吹くと身震いがするほど寒い。これを解決するために長野は、映画館でのパブリックビューイングならぬライブビューイングに踏み切った。映画館のスクリーンでサッカーの試合を見ようという、J3では画期的な取り組みである。




J1、J2の試合を指をくわえて眺めるしかなかった2週間が過ぎ、3月10日。長野のシーズン開幕の日がやってきた。開場の10分ほど前に、グランドシネマズに到着する。二層になっている自動ドアをくぐった瞬間、奥の方にかすかにオレンジ色が揺らめくのを見た。ロビーはほどほどに空いている中で作られた密集。普段真っ先に向かうチケットカウンターを通過すると、そこには長野のコーナーができていた。いつもは公開中、もしくは公開予定の映画のリーフレットが置かれている場所に、長野の幟が立ち、グッズが売られ、シーズンチケットが引き換えられていた。


IMG_9989

IMG_9992




グッズ売場の横で、うさ耳をつけたドラえもんが三日月に座っている。シーズンチケット引換所の後ろには、紫とオレンジのグラデーションに染められた幕。「ボヘミアン・ラプソディ」だ。映画とサッカーがめったに見ることのできないコラボレーションをしていて、思わず拍手を送りたくなる。


いつもは空いているロビーのベンチもこの日は座る場所を見つけるのに一苦労。人と人との距離が近く目眩がしそうで、でも、多くの人がサッカーの話題で盛り上がっているのはなんだか楽しそうだ。誰もが口の端を上げ、柔らかな目をしていた。母親に抱きつく子供も、着ている服はオレンジ。スタジアムの風景を一足先に味わっているかのようだ。


開場時間が近づく。入場口から伸びる列は50人ほど。しかし、オペレーションがいいのかスムーズに人々がゲートの中へと吸い込まれていく。入場口で貰ったチラシはDAZNのQRコードとホーム開幕戦の告知のリバーシブルになっていた。


IMG_9995



エスカレーターを上り、シアター4の入り口は手前側にある。入ろうとすると、なんとサニクリーンさん提供のカーペットが敷かれているではないか。普段選手入場時に花道を作るように敷かれているカーペットが、こんなところでお目にかかれるとは。否応にもテンションが上がってしまう。普段映画のポスターが貼ってある小窓にも、トップチームのポスターが貼られていて、完全な長野仕様だ。


IMG_9998


きっと、このカーペットは純粋に映画を見に来た人の目にも止まることだろう。視認して頭の中に「AC長野パルセイロ」がインプットされる。大事なのはこの刷り込みだ。頭に刷り込んでおくことで、また何かの機会で長野を目にしたとき、「あのときの」と思い出すトリガーになってくれる。長野という存在が身近に感じられ、チケットを買ってくれる可能性だってあるのだ。スタジアムにお客さんを呼ぶには、露出の機会を様々な場所に設けることが必要だ。これだけでもグランドシネマズでライブビューイングを開催した価値があるとさえ思う。提案した人に賛辞を送りたい。ありがとうございます。




IMG_9999




開かれたままのドアをくぐり、劇場内に入場する。全体を覆う黒い壁。リノリウムの床に赤い座席が規則正しく並ぶ。灰色のスクリーン。暖房のまったりとした温かさ。観客の期待を集めて高揚する空気。自分がいつも入るシアターそのままで、その変わらなさに安心する。


スクリーンの下にはお立ち台。そして、その下にはパイプ椅子が四脚。シートの色はオレンジだ。その隣にDAZNと長野の幟が2枚ずつ。三角形のスピーカーが両隣に立てられ、ミキサー台が隅っこにぽつんと置かれている。お客さんが半分から三分の二ほど入った十二時十分。この日のプログラムが開始された。


IMG_0003




まず、登場したのは大橋営業担当と、FMぜんこうじのパーソナリティ宮島さん。軽快なトークが繰り広げられる。段取りはプロ並みとはいかないが、実際の舞台挨拶もこんな感じなのかなと思いを巡らせる。


IMG_0004




二人が少し話した後に、ゲストの選手が呼び込まれた。この日登場したのは#15西口選手#21立川選手。ユニフォーム姿での登壇に、サポーターも浮足立つ。拍手で迎え入れられ、椅子に座った二人の顔は少し浅黒く、太い筋肉質な足がサッカー選手であることを物語っている。足を広げてリラックスした様子だが、顔はガチガチに強張っていて、出てくる言葉もどこかたどたどしい。#21立川選手は「試合よりも緊張します」と語っていたが、そう話す顔の筋肉は硬直していた。


IMG_0007




話題はキャンプについて。和歌山キャンプ(#21立川選手の地元は和歌山だそう)は、多くの日程が二部練習だったようで、「今までで一二を争う厳しさ」だったらしい。トークが進んでいても硬さは取れないまま。その空気はサポーターにも伝播する。大橋営業担当が質問コーナーを設けようとするが、誰も手を挙げなかった。いつもとは違う神妙な空気に抗うのはとても勇気がいることだった。


サポーターを交えてフォトセッションを行われた後も、トークショーは続けられる。いつの間にかパイプ椅子がもう一脚増えている。呼び込まれたのはKIRINの長野支社支店長の椎谷氏。髪型は中央で分けられており、背がスラっと高い。スーツの前ボタンは外されていて、少しラフな印象を受ける。


IMG_0008




椎谷氏が登場した瞬間、#15西口選手の背筋がピンと伸びた。実は、椎谷氏は京都産業大学卒業で#15西口選手の先輩にあたる。#15西口選手とは大学の繋がりで、度々食事に行く間柄だそうだ。椎谷氏が登場してからというもの#15西口選手は明らかに委縮していて、視線も定まらない。そんな#15西口選手に椎谷氏は関西弁でつっこんでいく。新婚生活や去年の成績をいじられて#15西口選手はタジタジ。まさに蛇に睨まれた蛙。でも、椎谷氏が入ったことで硬直した空気も少しは緩まり、トークも滑らかに回り始めたので、結果としてはよかったのかもしれない。#15西口選手には少し気の毒だけれど。




トークショーも終わり、いよいよDAZNの中継が画面に映される。いつもならまず善光寺の表参道が映され、これでもかと結婚式場の広告が続き、「エイブルで契約した人数はスロバキアの人口よりも多い」というよく分からない情報が流れるが、この日はいきなりDAZNの中継画面が映し出された。いつもウォーミングアップの役割を果たしてくれる映画泥棒も、この日はご無沙汰で寂しい。心のどこかで映画泥棒が流れたら面白いなと思っていたが、まあ当然だ。


DAZNの中では雨が降りしきっていて、多くのサポーターが合羽を着て、雨に打たれながら声を出していた。あの場所に行きたかったという後悔と、ぬくぬくしながら見られるという優越感が心の中でせめぎあう。入場時のチャント「sky」に合わせて、劇場内のサポーターもタオルマフラーを掲げる。高揚感が高まっていく。


東日本大震災の犠牲者に黙とうが捧げられ、劇場内が暗転した。いよいよ始まるという空気が劇場を包んだ。手拍子とAC長野コールが巻き起こる。スタジアムのそれよりは控えめだったが、応援しようという確かな意思が感じられた。気が付けばほとんどすべての席にサポーターが座っている。満員の劇場にキックオフの笛が鳴った。









試合開始直後から、長野は選手が足を滑らせてしまう。いきなりのピンチに悲鳴が上がり、劇場全体がほっと息をつく。その後の長野のシュートシーンには、「よし」という声援が上がる。いけいけと声がもれる。少しのプレーで拍手が起こり、ため息が出る。思い思いに喋っている人の存在に、ここは自宅なのかと錯覚する。シートはスタジアムの椅子と違い、体の重みを吸収してくれることも、リラックスして見られる要因だった。劇場のよそいきな空気が、少しずつアットホームなものへと変わっていく。


ただ、そこは映画館の大スクリーンで見るサッカー。当然自宅とは違う。スクリーンのあまりの大きさに、固まった視界では全てを捉えきれない。目をあちらこちらに配らせる必要がある。5列目という前列よりの席ならなおさらだ。その迫力に圧倒されて、口の中が乾いてくる。事前に買ったコーヒーが著しいペースで減っていく。


しかし、画面はどうだろう。大画面に映されたDAZNの中継は明らかに画質が悪い。テレビやPC、スマートフォンで観られることを想定した映像は、映画館の大スクリーンに耐えうるものではなかった。選手の動きも旧世代のゲームのようにどこかぎこちない。引き延ばされて粗くなった映像と、滑らかでない選手の動きは臨場感があまり感じられなかったのが正直なところである。


それは例えるならば30年代の映画。白黒で画素数は低く、人物の輪郭はぼやけている。フィルムの繋ぎ目で、ときおり画面に黒い線が現れるあの感じ。5秒前からのカウントダウンによく似ていた。この日の熊本は雨が強く打ちつけていて、画面が少し暗い。それでも大体の映画よりは明るいのだが。ふとした瞬間に白い雨が画面を流れる。それがいい塩梅で映画的な雰囲気を醸し出していて、スマートフォンで撮影したかのようなハンドメイド感があった。


それに、いつも見ている映画とは何かが決定的に違う。臨場感が感じられない。なぜだと少し考え込む。そして分かった。音だ。音がいつもと違うのだ。普段の映画だったら、壁に取り付けられたいくつものスピーカーから音が流れてくるはずだ。多層的な音の波で観客を飲み込み、映画に臨場感を与え、没入させる。それが映画館の音なのだ。


しかし、このライブビューイングは違う。音が出てくるのはスクリーンの両脇にある2つのスピーカーからだけ。壁に取り付けられたスピーカーはただの飾りだ。音は単層的で、観客を飲み込むだけのパワーが感じられず、どこか冷めてしまう。私が想像していた映画館でサッカーを見るというイメージからは程遠かった。もっと迫力のある音で見られると思っていたのに。ここはもし次回があれば一番に改善してほしいポイントである。


それでも救いだったのは画面で展開されていたサッカーが面白かったことだ。枷が外れたかのように勢いよく走る。前線から守備をし、球際も激しい。攻撃の際もペナルティエリアに入る人数が明らかに増えている。人の心を動かせるようなサッカーがスクリーンでは展開されていた。生まれ変わろうとする意志がうかがえる。


前半は0-0で終わった。劇場内が明転する。15分のハーフタイムという名の休憩だ。スタッフからは「再入場の際はチケットの半券をお持ちください」と映画館には似つかわしくないアナウンスも聞こえる。トイレに、売店に外に出る人の多さは驚くほどで、今回のライブビューイングの特殊性が感じられた。









15分の休憩が終わり、再び劇場が暗転する。後半がキックオフ。


後半立ち上がり、長野にゴールが生まれる。#18内田選手のクロスに#14東選手が合わせて先制。ボールがゴールに吸い込まれた瞬間、目の前が上げられた腕で埋め尽くされた。今シーズン初ゴールを優勝候補の熊本から上げたのだ。これが嬉しくないはずがない。劇場内は叫声に包まれた。ハイタッチをしている人もいる。普段映画を見ているときには決して味わえない体験。周囲と一体となって感情を表現できるのはライブビューイングの大きな魅力だ。


熊本は空中戦に強い#11三島選手を投入する。さらにクロスが得意な#24高瀬選手も投入し、#11三島選手の高さを徹底して使う攻撃にシフト。長野は押し込まれていく。#3大島選手を投入し守備固めを狙うが、状況は変わらない。劇場の雰囲気も祈念が増える。迎えた後半三十四分。#3大島選手が裏に抜け出した#9原選手を倒してしまった。このプレーで熊本にはPK。そして#3大島選手にはレッドカードの提示。


ボールの近くに立つのは#9原選手だ。絞り出されるような祈りが支配する劇場内。胃が縮むようだ。しかし、その祈りも届かず、#9原選手は落ち着いてPKを決めて、熊本が同点に追いついた。


そこからは一人多い熊本が押し込む。ロングボールを入れて一気にフィニッシュに結びつけようとする。じわじわと追い詰められていく長野。それはまるでホラー映画で、怪物に襲われる主人公たちのようだ。暗闇の中から飛び出してきて、主人公と観客に恐怖を与える。どこから襲ってくるか分からない緊迫感。


さらに、大スクリーンが感情を増幅する。間近に大画面があることによる心理的な圧迫感。暗い空間ということも相まって、テレビやスマートフォンとは段違いの説得力を生んでいる。目を反らしたくなるけど、画面での攻防に釘付けになってしまう。手に汗を握り、コーヒーはいつの間にかなくなっていた。この説得力は映画館でなければ決して味わえない。


後半41分。劣勢だった長野がセットプレーを獲得する。もし決めるならここしかないという場面。#29山田選手がミドルシュートを突き刺した。怪物に追い詰められていた主人公の反撃に、劇場内は大きく沸く。今までの鬱積されたフラストレーションが一気に解放されたかのようで、一点目よりもその反応は大きい。興奮が劇場内を駆け巡る。この日一番の盛り上がりだった。


ただ、怪物も諦めてはいない。獲物を捕食しようと鋭い牙を剥き出しにする。熊本は長野が勝ち越した直後に#9原選手の2点目ですぐさま同点に追いついた。劇場内から嘆息が漏れるが、ムードが盛り下がることはない。サポーターが固唾を飲んで試合の行方を見つめている。


試合は最終盤に突入する。怪物と主人公のギリギリのせめぎあい。怪物の赤い舌が主人公の眼前まで迫る。映画だったらクライマックスで、最も盛り上がるシーンである。足が小刻みに震える。心臓がきゅっと締め付けられる。喉元からコーヒーがせり上がってくるかのようだ。今、後ろから肩に手を置かれれば、きっと腰を抜かしてしまうことだろう。ロングボールを入れる熊本と跳ね返し続ける長野。4分のアディショナルタイムがその何倍にも感じられた。


試合終了の笛が鳴る。試合は2-2でドローに終わった。主人公は捕食されることなく、逃げることに成功したのだ。劇場内にはなんとか負けなかったという安堵と、勝てた試合だったのにという悔しさの2つの感情が吐き出される。後者の方が支配的に感じられたのは、これからに対する期待の表れだろうか。健闘を称えるようにAC長野コールが送られた。明転した劇場内には清々しい空気が立ち上っていた。試合が終わってもサポーターの数はなかなか減らない。まるで激闘の余韻を噛みしめるかのように。









今回、初めて長野グランドシネマズ様で行われたライブビューイング。想定していたより臨場感はなかったが、大スクリーンでの強い説得力に圧倒され、終わった後には素直に来てよかったと思うことができた。ぜひ第2回を開催してほしい所存だ。そのときはさらに大きいスクリーン1で、ライブビューイングを行ってほしい。多くの人数が集まるとより一体感が高まるから。


最後に今回のライブビューイングを開催してくれたクラブ、そして長野グランドシネマズ様に改めて感謝の意を述べて、結びの言葉としたい。


本当にありがとうございました。


おしまい





☆よろしければフォロー&友だち登録をお願いします☆