こんにちは。これです。今回のブログも映画の感想になります。


今回観た映画は『ラストレター』。岩井俊二監督の最新作です。この映画を観るにあたり、原作は既読。岩井監督の映画もゼロのところから『リリィ・シュシュのすべて』『Love Letter』『スワロウテイル』の三作を鑑賞するなど、ちょっとだけ予習をして観に行きました。


そして観たところ、とても好みの映画でした。では、どこがどう好きなのか、感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いします。




fga




―目次―

・キャストについて

・ロマンティックってなんだ
・印象に残った色の使い方





―あらすじ―


裕里(松たか子)の姉の未咲が、亡くなった。裕里は葬儀の場で、未咲の面影を残す娘の鮎美(広瀬すず)から、未咲宛ての同窓会の案内と、未咲が鮎美に残した手紙の存在を告げられる。未咲の死を知らせるために行った同窓会で、学校のヒロインだった姉と勘違いされてしまう裕里。そしてその場で、初恋の相手・鏡史郎(福山雅治)と再会することに。

勘違いから始まった、裕里と鏡史郎の不思議な文通。裕里は、未咲のふりをして、手紙を書き続ける。その内のひとつの手紙が鮎美に届いてしまったことで、鮎美は鏡史郎(回想・神木隆之介)と未咲(回想・広瀬すず)、そして裕里(回想・森七菜)の学生時代の淡い初恋の思い出を辿りだす。

ひょんなことから彼らを繋いだ手紙は、未咲の死の真相、そして過去と現在、心に蓋をしてきたそれぞれの初恋の想いを、時を超えて動かしていく

(映画『ラストレター』公式サイトより引用)





映画情報は公式サイトをご覧ください。









※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。









・キャストについて


まず言ってしまうと、この映画はキャストの方が全員良くて。優れた演技を見ることができて引き込まれて、時間があっという間に感じました。


松たか子さんが演じた裕里は、死んだ未咲のことをずっと引きずるのかなと思いきや、意外とコメディカルな演技も見せていたのが好きで。お風呂のシーンとか神社のシーンとか。思わず微笑んでしまう感じ。それでいて要所要所はしっかり締めるという。貫禄すら感じさせる演技でした。


広瀬すずさんは、未咲の娘の鮎美と回想での未咲という一人二役をこなしていましたが、その演じ分けが見事でした。最初の鮎美は母を失ったことで沈んでいるんですが、徐々に明るくなっていくんですけど、その明るさを取り戻した鮎美と未咲のキャラクターがこれまた微妙に違うんです。未咲の方が奥ゆかしいといいますか。それをさりげなく見せてくれるので好きでした。


『天気の子』で一躍脚光を浴びた森七菜さんも、同じように裕里の娘の颯香と、回想の裕里の一人二役を演じています。はしゃぐ颯香のキャラクターが凄くはまっていた印象でした。スーッと廊下を滑っていくの好き。それでも、こちらも回想の裕里とはまた違った演技、具体的に言えば喋り方が柔らかくなっていたりとか、を見せていてそのポテンシャルの高さをうかがい知れます。


実は私がこの映画で一番好きなのが、この三人が未咲の仏壇の前で座っている冒頭のシーンでして。ここ三者三様の座り方をしているんですよね。裕里は正座。鮎美は体育座り。颯香は崩して座っていて、何もしゃべらなくても性格や未咲の死の受け止め方が違うのが伝わってくるんですよね。さらには、終盤にはこれと対比になるシーンもありましたし、そういう絵で語る演出が上手いなぁと感じました。


裕里の文通相手で、未咲のことを思い続ける乙坂鏡史郎を演じたのは福山雅治さん。落ち着いた演技で場を支配していましたね。常に眼鏡をかけていて髭もはやして、一般的な福山雅治さんとは違った表情を見せていました。完璧じゃなくて、こういう少し情けない役を演じた方が、ギャップがあっていいなと感じました。


あとは、回想での乙坂を演じた神木隆之介さんはさすがの安定感でしたし(でももうそろそろ高校生はきつくなっている気がする)、『Love Letter』で共演した中山美穂さんと豊川悦司さんも、この映画には出演し、的確な演技を見せています。二人ともやさぐれ感が凄かったですね。でも、個人的に印象に残ったのはあまり映画に出ないであろう庵野秀明さんなんですよね。


あまり演技に慣れていないところはどうしてもあるのですが、そこが一周回ってかわいかったです。あのごつそうな風貌から出る声が意外なほど柔らかく、飾らないことによる良さみたいなものを感じました。最後の「おかえり」が特に好きですね。広瀬すずさんや森七菜さんを抑えて、この映画での一番の癒しキャラでした。まさかこんなことになるとは、映画を観る前は思いもしませんでしたよ。




fgg














・ロマンティックってなんだ


さて、岩井俊二監督の作品によく付随する言葉といえば、ロマンティックだと思います。確かに『Love Letter』は、亡くなった好きだった相手に手紙を送ると、返るはずのない手紙が返ってきて……というロマンティックなストーリーでしたし、この映画の予告編でも新海誠監督の「岩井俊二ほどロマンティックな作家を、僕は知らない。」というコメントを引用するなど、ロマンティック推しが激しいことになっています。


まあ個人的には、岩井監督がロマンティックな作家だとは全然思ってないんですけどね。あくまで3作を見た印象ですが、『リリィ・シュシュのすべて』はロマンティックとは程遠い鬱映画でしたし、『スワロウテイル』もなかなか陰惨なムードの映画です。『四月物語』や『花とアリス』は違うのかもしれませんが、私が抱いていた岩井監督作品のイメージはそこまで明るいものではありませんでした。


だからこそ、この作品のロマンティックなムードに少し面食らったところもあったんですよね。初恋だの甘酸っぱい衝動が何のためらいもなく飛び出す世界観は、死を扱っているという重さをあまり感じさせません。いい意味でも悪い意味でも。回想のシーンなんてロマンティックの集合体で、観ていて気がどうにかなりそうなほどです。


きっと、この映画を観た人の多くが、口を揃えてロマンティックということでしょう。でも、待ってください。そもそもロマンティックとは一体何なのでしょうか。何をもってロマンティックというのでしょうか。


手元の電子辞書を引いてみます。


ロマンチック―
現実離れしていて甘美なさま。空想的で波乱に満ちたさま。情熱と理想に溢れたさま。

(三省堂 スーパー大辞林3.0)


なるほど、確かに現代では、文通というのは現実離れしているでしょう。波乱こそありませんでしたが、乙坂の書く手紙の内容は現実に即していながら、どこか空想的でもありますし、情熱を帯びていました。それに、裕里のこの言葉。


「お姉ちゃんのフリして手紙を書いていたら、なんかお姉ちゃんの人生がまだ続いているような気がちょっとしました。誰かがその人のことを思い続けたら、死んだ人も生きてることになるんじゃないでしょうか」
(岩井俊二『ラストレター』p180より引用)



はっきり言ってしまえば、こんなものは理想ですよ。これは自信を持って言えますが、私が死んだとしても、誰も私のことを思い続けてはくれません。みんなそんなに暇じゃないです。人は死んだらそれまでです。


でも、この映画の多くのキャラクターたちは、未咲が死んだことを完全に受け入れられていません。なんとかして思い出だけでも現世に留めようとしています。理想に溢れたロマンティックな雰囲気がこの映画には充満していました。




fgd




では、未咲を生きていることにしたいというロマンティックな思想を持つ彼ら彼女らはロマンティストということができると思います。


ロマンチシスト―
①ロマンチシズムを主張する人々。浪漫主義者。
②ロマンチックな人。空想家。夢想家。

(三省堂 スーパー大辞林3.0)


②の意味は見た通りです。問題は①。ロマンチシズムってなんじゃらほいですよね。ロマンチシズム及びロマン主義は、手元の電子辞書で次のように説明されています。


ロマン主義―
一八世紀末から一九世紀の初めにかけてのヨーロッパで、芸術・哲学・政治などの諸領域に展開された精神的傾向。近代個人主義を根本におき、秩序と論理に反逆する自我尊重、感性の解放の欲求を主情的に表現する。

(三省堂 スーパー大辞林3.0)

(前略)17世紀以来の古典主義を人間精神の内奥の力を否定したものとして攻撃、なによりも個性や自我の自由な表現を尊重し、知性よりも情緒を、理性よりも想像力を、形式よりも内容を重んじた。
(ブリタニカ国際大百科事典)


まあ要するに、何にも縛られずやりたいようにやろうぜみたいなことなんだと思います。この映画では感情に一番の重点が置かれていたように感じます。「人は死んだら終わり」という論理の影は薄く、「死んだ人も生きてることになる」という感情の赴くままにストーリーは動いていました。そう思った理由は、この映画の色の使い方。具体的に言えば、白と黒の使い方です。




fgb















・印象に残った色の使い方


いきなりですが、小説と映画の大きな違いは、文字通り映像があるかどうかでしょう。小説では描写されていなければ、便箋の色は赤かもしれないし、青かもしれない。ペンの色は黄色かもしれないし、緑かもしれない。でも、映像になると便箋の色は白、ペンの色は黒と限定されます。この映画ではほとんどのシーンでこの図式が崩されることはありませんでした。


白い便箋はまっさら。何も書いてありません。そこに黒いペンでしたためるわけです。じゃあ何をと言えば、それは意思エゴといったものでしょう。キャラクターたちが書いていた手紙は、未咲と偽っていたとしても、未咲を生かしていたいという彼ら彼女らの意思表明、エゴです。それはスマートフォンでのやり取りも変わっていませんでした。


ここで、黒を意思やエゴとすると、それに対する白は、上でいうところの秩序、論理、知性、理性、形式ということができると思います。制服が白いのは秩序を、裕里が白い服をよく着ていたのも知性的で、理性的な人物だということを表したかったのかもしれないですね。秩序の反対は混沌、カオスなんですけど、恋心なんてカオスなものじゃないですか。黒い文字で書かれた手紙は、秩序や知性を飛び越えた混沌とした強い気持ちを表したかったのかもしれません。




fgf




また、一般的に白は「生」を、黒は「死」を表すとされています。でも、この映画は未咲の死から始まります。葬式のシーン、おそらく白い棺桶の中の未咲は白装束を着ていたのではないでしょうか。さらに、未咲の仮の仏壇も白い布が掛けられています。この映画では、白=「生」がひっくり返って、白=「死」となっていると私は考えました。白い死から始まる。これは『Love Letter』を彷彿とさせますね。で、その反対の黒は「生」だと。だって喪服って生きていなきゃ着れないじゃないですか。鮎美と颯香だって、学生じゃなければ黒い喪服を着ていたはずですし。


そして、この白と黒のモチーフは、裕里と乙坂の着ていた服にも表れていると思います。手紙を書く裕里は大体白い服を着ていました。これは死んだ未咲のふりをしていたことを象徴していると思います。乙坂に正体がバレるシーンは全く違う服を着ていたこともなかなか暗示的。また、乙坂の服はグレーが多かった。黒と白がごちゃ混ぜになったこの色は、死んだ未咲を生きていると思っている乙坂の心情を表していているのではないかと。でも、未咲が死んでいると分かってからは一転、乙坂は黒い服を着るようになるんですよね。それは、未咲の死を受け止めて、それでも生きて前に進んでみようと思ったからではないでしょうか。


映画の終盤に訪れた図書館のシーン。ここでは裕里は白に白を合わせていますが、乙坂は白の上に黒を着こんでいます。これはまだ未咲の死から離れられない裕里と、受け入れて前に進む乙坂という構図を視覚的に明確にしていたのではないでしょうか。あのコントラストは美しいようで、その実残酷なシーンでもあると思います。


また、真っ白な便箋に黒いペンで手紙を書くこと。これも「生きる」という証明なのかなと思います。何も書かれていない便箋は「死」ではありませんが、黒字すなわち「命」がまだ存在していないことを考えると、「死」と似たようでもあります。そこに「生」を象徴する黒い文字を書き込んでいく。未咲を生かしていたいという意思を書き連ねていく。ここで、文通という設定が活かされていると私は感じました。


アナログである文通の最大の特徴は、筆跡が感じられることだと思います。SNSでのやり取りや、本になった小説は、既定のフォントが使われていて、そこに個人の特徴はあまり見られません。でも、この映画での文通は、それぞれに違う筆跡が描かれていて、人となりを感じさせます。便箋も乙坂はマス目がきっちり指定されたものを使っていますし、手紙から性格がにじみ出ていて、そこが好きなポイントの一つでした。


これは、黒=「生」を強調する効果があったと個人的には感じていて。自らの「生きている」筆跡で書くことで、未咲を生かしておきたいという意思がより強調されていたように思えました。また、劇中で乙坂が自らの本に、三度サインを書いていたのも象徴的ですね。生きていた証拠をより残せたとでも言いますか。お決まりのフォントでは得られない感動がありました。




fge





で、この映画は最後の図書館のシーンを代表するようにやたらと白と黒を強調してくるんですけど、それがラストシーンへのフリになっていたのがとても好きで。この映画の最後って、体育館に赤いパイプ椅子がずらりと並ぶカットで終わるんですよね。それまでの落ち着いた色合いから一転したこのラストシーンにはとてもインパクトがありました。


この映画には、ファーストシーンや上空撮影、裕里たちが通っていた高校のネクタイや川沿いなど緑色も多く登場します。緑は自然の色で、生命の息吹を感じさせます。ここで気持ちを落ち着けておくことで、目が比較的疲れることなく見ることができて、配慮がなされているなと感じましたが、これさえもラストシーンへのフリになっていました。


赤はメラメラ燃える色。活発な印象があり、緑とともに「生命」を象徴する色でもあります。劇中でも度々ポストが登場していましたが、これも未咲を生かしておきたいという裕里らの強い感情を表していたのだと思います。そして、最後の最後に画面を赤で埋め尽くす。ビジュアル的なインパクトもあり、希望に溢れた未咲と乙坂の感情を表しているようでした。確か『Love Letter』の最後でも、中山美穂さんは赤いセーターを着ていましたし、両作が「生と死」という共通したテーマを持っていることを感じさせますね。そして、最後は「生」に向かうという。いやー好きです。




fgc













まとめると、『ラストレター』はロマンティックでロマン主義な映画だと思います。この夢見がちさが合わない人もいそうですが、私はいい感じに酔えたので好きです。それに、フィクションてやっぱり理想を描いてなんぼと私は思っているので、「死んだ人も生きてることになる」という理想を真っすぐ信じたこの映画を嫌いになるはずがありません。俳優さんたちの演技もいいですし、機会があればみてみてはいかがでしょうか。


お読みいただきありがとうございました。


おしまい


ラストレター (文春文庫)
岩井 俊二
文藝春秋
2019-09-03



☆よろしければフォロー&読者登録をお願いします☆