こんにちは。これです。今回のブログも映画の感想になります。
今回観た映画は『his』。『愛がなんだ』『アイネクライネナハトムジーク』『mellow』の今泉力哉監督の最新作です。ウチの地域では本当はGWに公開予定だったのですが、コロナ禍で延期に。今回、公開から5か月が経ってようやく観ることができたという次第です。
そして、観てみたところ、期待を遥かに超える大傑作でした。見逃さないで良かったと心から思えます。ドラマ版は未見でしたが、問題なく楽しむことができました。私の上半期ベスト10には確実に食い込んでくる映画です。
それでは、感想を始めたいと思います。拙い文章ですがよろしくお願いします。

―目次―
・キャラクターが中央にいないのが特徴
・人物間の距離でも心情を表す
・額を合わせるシーンの静かな爆発力
・本音の裁判に感動した
・ラストシーンの清々しさよ
―あらすじ―
春休みに江の島を訪れた男子高校生・井川迅と、湘南で高校に通う日比野渚。二人の間に芽生えた友情は、やがて愛へと発展し、お互いの気持ちを確かめ合っていく。しかし、迅の大学卒業を控えた頃、渚は「一緒にいても将来が見えない」と突如別れを告げる。
出会いから13年後、迅は周囲にゲイだと知られることを恐れ、ひっそりと一人で田舎暮らしを送っていた。そこに、6歳の娘・空を連れた渚が突然現れる。「しばらくの間、居候させて欲しい」と言う渚に戸惑いを隠せない迅だったが、いつしか空も懐き、周囲の人々も三人を受け入れていく。そんな中、渚は妻・玲奈との間で離婚と親権の協議をしていることを迅に打ち明ける。ある日、玲奈が空を東京に連れて戻してしまう。落ち込む渚に対して、迅は「渚と空ちゃんと三人で一緒に暮らしたい」と気持ちを伝える。しかし、離婚調停が進んでいく中で、迅たちは、玲奈の弁護士や裁判官から心ない言葉を浴びせられ、自分たちを取り巻く環境に改めて向き合うことになっていく――。
(映画『his』公式サイトより引用)
映画情報は公式サイトをご覧ください。
※ここからの内容は映画のネタバレを含みます。ご注意ください。
・キャラクターが中央にいないのが特徴
映画は迅と渚が添い寝をしているシーンから幕を開けます。お互いにセーターを着せ、微笑み合う二人ですが、渚は迅に「別れよう」と告げます。この二人が愛情を深める過程はドラマ版で描かれていたのでしょうか。映画では二人が付き合っていたシーンは、わずか2分ほどで終わってしまいました。
それから8年。迅は田舎町で慎ましく暮らしています。農業をしたり、薪をくべてお風呂を沸かしたりと、田舎暮らしにやや苦戦しながらも、日々を過ごしている様子。迅を演じた宮沢氷魚さんは、表情もそうでしたけど、一つ一つの言葉に真摯さが感じられて良かったです。
そこに渚が6歳の娘、空を連れて現れます。渚は妻の玲奈と離婚調停中で、玲奈が海外で仕事をしている間、空の面倒を見ていました。迅は戸惑いながらも、二人を拒まず、三人での生活がスタートしました。渚を演じた藤原季節さんは、少しワイルド目な見た目でしたけど、口調は穏やかで弱々しさをそれとなく匂わせる塩梅が絶妙でした。空を演じた外村紗玖良さんは、迅と渚のキスを目撃した時の演技が震えるほど最高でしたね。
映画を観ていてすぐに気づいたことがあります。それは画面の中央が空いているということです。映画に限らず映像では、画面の中央に人物を置いて出来事を展開させるのがセオリーだと聞いたことがありますが、この映画は、前半はそのセオリーに則っていないんですよね。迅は多くのシーンで、中央よりも左右に偏った位置にいますし、渚も迅ほどではないにせよ、あまりど真ん中にいるということはありません。
ここに私は、本当のことを言えない彼らの後ろめたさや、居心地の悪さを感じました。映画でも、子供がゲイカップルのもとで育ったらどうなるか、今の日本ではまだ母親が子供を育てるという考え方が根強い、など旧来の価値観に基づくセリフがいくつか見られました。渚の弁護人もゲイカップルということが不利に働くかもしれないと言っていましたし、迅は過去にゲイであることを揶揄されています。
少しずつ、LGBTQの方々の存在が世間に浸透してきたとはいえ、まだ恋愛はヘテロセクシャル間でなされるべきという考えが支配的で、ゲイカップルは偏見のまなざしを向けられています。迅はゲイであることを隠して生きてきましたし、渚も妻帯者です。後ろめたい気持ちもあったのかもしれません。それが微妙に中央からずらす人物配置で表現されていると感じました。
反対に人物が中央にいるときには、その人物が一人で映っているシーンが多かったですね。一人でいるときは本当の自分でいられたとでもいいましょうか。それでも、完全なクローズアップショットにしないで、少し引いて周囲の景色も一緒に映していて、これは集中しきれずに、不安になるような効果を狙っているのかなと思ってしまいます。

・人物間の距離でも心情を表す
また、人物配置と一緒に気になったのが、人物間の距離です。この映画では誰かと誰かが対面して話をするときに、画面の両端に二人が配置されていることが多く、中央はまたしても空いています。まるで聖域、もしくは境界線のように。この映画では、人物間の距離がそのままその二人の心の距離を表しているように感じました。
迅対渚。迅対美里。渚対玲奈。最たるものでは手紙でしょう。迅や渚が読んでいた絵本に手紙が登場したのも、偶然ではありません。視覚的に二人がどれほどの関係かが一目で分かるようになっていて、その居心地の悪さに、心がガリガリと削られていきました。同じ今泉監督の作品でも、『mellow』や『アイネクライネナハトムジーク』はずっと浸っていたいと思ったのに、『愛がなんだ』や『his』では、今すぐに席を立ちたい居心地の悪さに駆られます。同じ恋愛映画でも振り幅が大きいですね。
さて、前半は半ば聖域化していた画面中央ですが、そこに立てる存在が一人いました。空です。この映画では比較的、空が画面の中央にいるシーンが多かったように感じます。きっと空はまだ幼い子供だから本音が言えて(実際の子供はどうか分かりませんが)、気まずい二人の境界も超えていける存在なのでしょう。
迅と渚との三人の食事のシーンや、クリスマスのシーンなど空が二人の中央に入っていたことがその証左であると感じます。だからこそ、玲奈が空を連れて帰っていってしまった後の迅と渚の間は、テーブルとクリスマスツリーで大きく隔てられていたのでしょう。玲奈は玲奈で娘といたかっただけなんですけどね。玲奈を演じた松本若菜さんは、表情は力強いんですけど、心の奥底で葛藤していて、弱さを見せられないシングルマザーを演じるのが抜群に上手かったです。
このシーンで渚は、自分勝手だったと迅に思いを打ち明けます。男が良いんじゃない、迅じゃなきゃダメなんだと。強制的に渚は境界線を飛び越えて、迅と体を重ねるわけなのですが、ここでもこの二人は画面中央から少し右に配置されているんですよね。この時点では、まだまだ迅が渚のことを許しきれていないことが表されているように感じました。
さらに、そのことを表していたように思うのが、このシーンの編集で。渚が迅と話すシーンと、渚が玲奈と話すシーンを交互に織り交ぜてくるんですよ。ここ、迅のときは渚の後頭部が映らないのに対して、玲奈のときには渚の後頭部がうっすらと映っているんですよね。これは、迅は渚を維持でも意識しない、認めないようにしているのに対し、玲奈はしっかりと渚を意識している差なのかなと感じました。お互いが相手である渚をどう思っているかが、端的に表れていたように思えます。
ちなみに、この後頭部が映り込む映り込まない問題は、他のシーンでも多く取り入れられていて。個人的に痺れたのが、美里が迅に告白してフラれた後のシーンですね。このシーンは迅や渚視点では、美里の姿がバッチリと画面に入っているのに対し、美里視点では二人の姿は全く入ってないんですよ。美里が迅を諦めざるを得なかったことや、渚との関係を勘づいたことなどを、一瞬で表現していて、凄いなってなりました。美里を演じた松本穂香さんの微妙な表情のバリエーションも多彩でしたし。

・額を合わせるシーンの静かな爆発力
さて、迅と渚は再び、擬似的にでも付き合い始めます。しかし、肌を重ねた直後のシーンでは、二人は画面の右下で目を覚ましたことを考えると、まだまだ背徳感がある様子。しかし、そこから徐々に距離を縮めていき、ついには画面中央でキスをするまでに至ります。まあこのキスを空に見られてしまって、空が集会所でそのことを言ってしまって、周囲は気まずくなってしまうんですけどね。まだまだ二人は理解を得られていない様子です。
そして、渚と弁護士の話し合いなどいくつかのシーンを経て、迅は猟友会?の老人と狩猟に出かけます。老人は解放的な考えを持っている様子で、「誰が誰を好きになろうとその人の勝手」と迅に諭します。しかし、その次のシーンでは老人は死亡。葬式のシーンへと移ります。やや急な展開に少しびっくりしてしまいましたが、その老人の言葉や空との会話もあり、お斎の席で迅は自分がゲイであることをカミングアウトします。
ここの迅の立ち位置に注目していただきたいのですが、迅は画面中央に立っているんですよ。ようやく彼が本音を言えるようになったことを、言葉とともに映像でも見せています。そして、参列者は迅のカミングアウトを受け入れるんですよね。現実ではこうはいかないかもしれませんが、今の時代にあった描き方だなと感じました。
そして、次のシーンが個人的なベストシーン。葬式から帰って、空を寝かしつけて、迅と渚は二人きりになります。渚を画面中央に座らせて、コーヒーを淹れる迅。迅の顔を映さないの心憎い演出だなと思っていると、迅は渚と別れたときに着ていたセーターを着て、再登場します。そして、渚と空と三人で暮らしたいと言い、渚と額を重ねます。ポスターにあるシーンがこれですね。
もうここのエモーショナルが凄くて。中央を空けている今までの演出から、ポスターの構図はそういうことかーと思っていましたが、実際に見せられると想像以上。二人の物理的距離がゼロになったということは、精神的距離もゼロ。さらに、聖域も境界線も取っ払って額を合わせる。迅と渚が心から分かり合えた。今まで溜めていた分が一気に爆発して、掛け値なしに感動しました。観てよかったなと感じました。

・本音の裁判に感動した
映画はここから一気に裁判のシーンへと飛びます。ご存じの通り、裁判は原告と被告が向かい合って行われます。ここの渚と玲奈の距離は今までにないほど開いており、二人の心の距離を感じさせるとともに、直前までの迅と渚のシーンとのギャップにやられます。
さらに、裁判は正直な発言をする場。いわば本音で話さなければならず、証人喚問など人物が中央に配置されるシーンは格段に増えます。渚が思いの丈を告げ、それを玲奈が聞くシーンも二人は比較的中央に映されて、本心で話している・受け止めていることが描写されているように感じました。
裁判は、空の親権が焦点。検察官は、男性同士のゲイカップルで育てられたら、多感な子供にどんな心配が出るかと危惧します。迅と渚は特殊なケースだと。裁判官もおおむねそれに同調。あの、玲奈は玲奈で自分の母親と一緒に子育てをしようとしていて、そこは女性同士なのですが……。それに、父親と母親が揃っていても問題のある家庭はありますし、どちらか一人に育てられても良い人間(が何を指すのかは知りませんが、ここは便宜的に)に育つ子供もいるでしょうし、そこはケースバイケースなのではないでしょうか……。当然、弁護人も反論します。
この映画が優れているところって、迅と渚の二人を持ち上げてLGBTQ推進!としていないところなんですよね。玲奈には玲奈の苦労があることもきっちりと描いているんです。シングルマザーで空を養うためには仕事で稼がないといけないし、かといって仕事ばかりをしていると、空の面倒は見られないしというジレンマにも言及しています。
裁判が終わった後、渚が「弱いのは自分だけだと思ってた」と語っていましたが、LGBTQの人だけでなく、その周囲の人にも辛いことはあると描いたのは、LGBTQ賞賛の新ステレオタイプにはまらず、進んだ描き方だと感じました。
弁護人は裁判で勝つため、執拗に玲奈を責めます。それを見かねた渚はもういいと止めに入ります。そして、弁護人を通して、和解による解決を望みます。実は、この前に渚と空のシーンがあって、空は渚に「ママにごめんなさいって謝って仲直りして。パパとママと迅くんとみんなで暮らそうよ」といった趣旨のことを言っていて、渚はその空の思いを汲んだ発言をしたんですよ。玲奈も苦労していることを知って、自分の勝手だったと謝って。ここの渚と玲奈は前述したように画面中央にいて、本心から出たであろう渚の言葉と、玲奈の涙に私は泣きそうになりました。

・ラストシーンの清々しさよ
裁判は和解により閉廷。親権は玲奈に移り、一か月の時間が経ちます。空が学校に馴染めなかったり、母親との折り合いもよくなかったりと、玲奈は子育てに苦労している様子です。以前の玲奈なら意地を張って、自分一人で頑張ろうとしていたのかもしれませんが、離婚調停は玲奈にも変化を促しました。迅と渚に連絡をして、4人が会うシーンでこの映画は幕を閉じます。ここもですね、子育ては親だけが行わなくてはならないという、日本の既存の価値観に囚われていないんですよね。困ったら人を頼っていいんだよっていう。
そして、もうラストシーンがこれ以上ないもので。まず、迅と玲奈が横並びになる場面があるのですが、ここで二人は画面両脇に配置されているんですよね。それにもかかわらず、玲奈は「自分は自転車に乗れない」と迅に打ち明けるんですよ。最後の最後で映画のルールを破ったこの演出からは、既存の価値観からは外れていても本音を言える、大丈夫というメッセージを感じられて、玲奈が吹っ切れたのと同時に、私もどこか世界が広がった気がしました。
でもって、この映画は引きの画で幕を閉じるのですが、これが最高でして。何が最高かって、4人を同時に画面中央に収めることができることなんですよ。空を中心として、迅、渚、玲奈が画面中央で三角形を作るという構図がありましたが、これがこの物語の成果なんだと思います。4人が本音で語れるようになった。それでも、少しの隠し事はある。この映画としては最適な着地点だと思います。素晴らしい。

以上で感想は終了となります。
映画『his』は人物の配置や距離感という構図にこだわっていて、観終わった後には「映画観たなぁ」と感慨にふけってしまいました。小説じゃできない、映像ならではの要素を感じまくって、気持ちよく映画館を後にすることができました。ドラマ版を見ていなくても大丈夫なくらい(見ていたらもっと楽しめるんでしょうけど)、一つの映画としていて完成されていて、個人的には今年屈指の傑作だと感じます。延期になったりしたけれど、観れてよかったです。
もう映画館ではあまり上映していないですけど、8月5日にBluray&DVDが発売、そしてレンタル開始されるそうなので、ぜひご覧になることを強くお勧めします。世界が広がりますよ。
お読みいただきありがとうございました。
おしまい
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コメント
コメント一覧 (1)
物語に出てくる一人ひとりすべての人が口にする言葉を聞き逃せない映画で、何回巻き戻したことか。結果、一つひとつの言葉がどれも大切で。遊びの部分が全く無く、息を止めて見てました。村のおばあちゃんが空ちゃんに盲牌を教えるシーン。唯一の微笑ましいシーンでしたが、ひっくり返して見るばかりでなく、感じることが大切だよというメッセージかなとさえ思ってしまいました。
なかなかパワーがいる映画でした。
でも、よく作りましたよね。これは大変だったのではないかと思いました。