Subhuman

ものすごく薄くて、ありえないほど浅いブログ。 Twitter → @Ritalin_203

カテゴリ: 音楽



横浜は厚い雲に覆われていた。13時30分、新横浜駅で降りると、ピロウズTシャツやカーディガンを着ているバスターズを何人か確認することができた。彼らについていくように、横浜アリーナを目指す。着いた先は一面を窓に覆われた横浜アリーナだった。外国人カップルが記念撮影をしている。私は一人で来ていた。




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右の階段を上って、物販の待機列に並ぶ。並んだはいいもののやることがなくてひたすら本を読んだ。タイトルを言えば、ドン引かれること間違いなしの本を数冊読んだ。物販列は角を曲がり、階段を下り100メートル以上先まで伸びて折り返していた。後ろから話し声が聞こえる。一人で来ていた私には、話し相手がいなかった。


SNSを見ると、フォローしているバスターズが別のバスターズと会ったりしている。ピロウズが繋いだ縁というのは素晴らしいものだ。リアルでもSNSでも盛り上がる会話。私は、そのどこにも入れないでいた。ただ、本の読んでいて辛くなる記述に潜り込んで、たまに足を動かしたりするだけ。列は思いのほかスムーズに進んでいた。


物販は会場内で行われていた。入るとピロウズの曲が流れている。「No Surrender」が特に印象的だった。物販スペースに入ると、レジが12列に渡って並び、壁にはメンバー3人の写真が飾られていた。天井からぶら下げられていたそれは、災害救助で活躍した市民の栄誉を称えるような、そんな趣だった。




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物販では、「LOSTMAN GO TO YOKOHAMA ARENA」Tシャツと、黒とグレーのハイブリッドレインボウタオルを買った。さらに、「Happy Go Ducky!」に封入されていた引換券をチケットホルダーに替える。車に乗った3人のバスター君の周りを星が囲んでいる。全部黒だなと気づき、苦笑した。


今度は、書籍「ハイブリッドレインボウ2」を買うために、別の列に並ぶ。こちらも短くない列ができていた。BGMの隙間から微かに、リハーサルの音が漏れ聞こえてくる。「サリバンになりたい」と「雨上がりに見た幻」はどうやらやるようだ。あまりの行列に、売り切れることを危惧したが、「ハイブリッドレインボウ2」は難なく買うことができた。


時刻は15時30分。18時の開場までは、まだ時間がある。私は横アリを後にして、近くのネットカフェに入った。5時30分出発だったので、始まるまでに少し寝ようと思ったけど、ソワソワしてあまり眠ることができなかった。今日がその日なんだという実感が徐々に自分の中で大きくなる。


再び横アリに着いたのは17時だった。天気予報通り小雨が降り出している。私は、雨を避けるために、屋根の下に入り、また本を読んでいた。空はどんどん暗くなる。一人で本を読む私を傍目に、あちらこちらでバスターズが集まって会話をしている。入場を待っている間も後ろの二人はずっと話していた。


裏切られた気分だった。バスターズはみんな人と喋ることができないファッキンコミュ障だと思っていたのに。それが普通に話しているではないか。やはり私は一人なのだと感じた。100人のライブハウスでも1万人のアリーナでも関係ない。一人で来ている以上、誰とも話さなければ、ずっと一人ぼっちのままなのだ。自分の生来の性格を恨み、これまでのぼっち人生を恥ずかしんだ。死にたいという思いが、脳裏をよぎった。


開場する。入ってすぐのところにお祝いの花輪があった。Mr.Children、GLAY、BUMP OF CHICKEN。様々なバンドから贈られた花の束だ。スマートフォンで撮影する人たちでごった返していた。コインランドリーに荷物を預け、指定席に向かう。会場内はたくさんの人が行き交っていた。軽食を求める人たち。久しぶりの再会を喜ぶ女性。トイレにも列ができている。多くの人がピロウズのTシャツを着ていた。でも、私はそこでもやはり一人だった。こんなにバスターズがいるのに、言い知れない疎外感を感じてしまう。お祝いムードにふさわしくない感情は、封じ込もうとすればするほど顔を出して、留まるところを知らなかった。


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指定席を探して、映画館みたいな席に座る。赤い緞帳がステージを隠している。なるほど、スタンディングエリアに比べて一段高いところにあるから遮るものは何もない。ストレスなく見ることができるだろう。ただ、ステージから距離があることは否めない。物理的な距離感が心理的な距離感に換算されるとすると、果たして私はライブを十分に楽しむことができるのだろうかと不安に感じた。スタンディングエリアでより近く見ることができる彼らを羨ましいと思った。


スタンディングエリアは前の方から徐々に埋まっていく。それは開演の時間が近づいてくることを示していた。指定席も賑やかさを増す。熱気と固唾を飲む緊張感の中で、私の頭には入場前に読んだ「ハイブリッドレインボウ2」の一節が何度もリフレインしていた。


ー音楽的にちゃんとしたライヴをやるのが…
「これで最後だと思ってる」



これからもピロウズは続くとはいえ、こんな大規模なライブはもうない。ピロウズの一つの終わりとともに、私の中の何かが終わってしまうような気がして、始まってほしくないとさえ思った。でも、早く観たいという自分も確かに存在していて、石を投げられた水面みたいに私の心は揺れていた。




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19時からどれだけ時間が経ったのかは、スマートフォンの電源を切っていたので分からない。会場が暗転した。歓声が上がり、ステージの両側にあるビジョンに映像が映し出される。白黒の子供の写真だ。年配の女性のナレーションがついている。それがシンイチロウさんだと分かったときに、客席から少し笑いが起きていた。メンバー3人の生い立ちが、彼らの母親の優しい語りによって紹介される。どれも最後はファンについて言及していて、思い返せばこの時点で泣き出す準備が整えられていたような気がする。


さわおさんのお母さんが「メンバーは家族のようなもの?」と聞いたときに、さわおさんが「そうだよ」と答えたエピソードを最後に映像は終わった。赤い緞帳がパッと照らし出される。


聴こえてくるのは キミの声
それ以外はいらなくなってた



さわおさんの歌声が横浜アリーナに轟く。演奏が始まると緞帳が開いて、メンバーの姿があらわになる。ああ、いよいよ始まるのだ。たぶん、バンドで鳴らされた最初の一音を聴いたときから泣いていたと思う。映画「王様になれ」での最初のセリフ。そして、最後の演奏。映画を観ながら号泣した思い出が蘇る。長い長い助走を取って、大きくジャンプした瞬間。「溢れる涙はそのままでいいんだ」という歌詞にも後押しされ、私は拭うことなく涙を流した。


MY FOOT」「Blues Drive Monster」。泣くような曲じゃないのに泣いていた。有江さんも加えた4人が無事にステージに立てて、そして私も無事にここにいることが嬉しかった。ステージは遠くて、あまり大きくは見えなかったけど、横のビジョンよりもメンバーを見るように努めた。目に焼き付けようと思ったからだ。憂鬱な世界を踏み潰してくれる彼らを。


30年間、バンドを続けてきたんだ。俺たちの音楽を受け取ってくれよ


そう言ってさわおさんが弾き語り始めたのは「アナザーモーニング」だった。15周年でも20周年でもライブDVDを見るたびに、私はこの曲に涙していたのだから、泣かないはずはなかった。アリーナを暖かい手拍子が包む。シャッフルの軽快なリズムが、どうしようもなく胸に響いた。


そこからの「スケアクロウ」は、前半での私の涙のピークだったように思う。柔らかいイントロが始まった瞬間、泣き崩れるかと思った。エモーショナルな間奏も「一人じゃない」の繰り返しも、大きなうねりとなって私を襲う。これだけ泣いていて、後が大丈夫なのだろうかと心配になる。


しかし、その後に続いたのが「バビロン 天使の詩」「I know you」だったのは少し意外だった。もちろんやるとは思っていたし、嬉しかったのだけれど、しんみりするパートだと思っていたので、不意をつかれた。ライブ特有のアレンジは、掛け値なしに盛り上がったし、突き抜ける感じで気持ちよかったのだけれど、この日のピロウズは落ち着くパート、盛り上がるパートを分けずに曲を投入してきたのが特徴的だと感じた。おかげで感情の振れ幅が大きい。ジェットコースターにでも乗っている気分だった。


俺は今でもサリバンになりたい!!


という掛け声で始まった「サリバンになりたい」は、間奏がいつもより長い特別バージョンだった。真鍋さんがステージの右側に設けられた花道の先で演奏している。近くで見られて羨ましいと思ったが、彼らは彼らで見え辛かっただろうから、ちょうどトントンになっていたのかもしれない。腕を振り回しているのが心地よかった。


次の「LAST DINOSAUR」が終わると、少し間が取られて、さわおさんのギターが掻き鳴らされた。CDにはない前奏で始まったその曲は「Please Mr.Lostman」。アニバーサリーライブでは必ず演奏される曲だが、ここで演奏されるとは。膨らんでいた期待は、歌が始まるとさらにその体積を増す。バックのビジョンには夕焼けに照らされた枯れ木が映し出されていた。サビを迎えると、その枯れ木に文字通り「星が咲く」。彼らが30年積み重ねてきたものを象徴しているかのような演出に、もう何度目かも分からない涙が出た。ピロウズを聴いたときの思い出が一気に溢れてきた。ほんの9年くらいだけれど。


だが、そのままの感動ムードでは終わらない。「1,2,3,4,5,6,7,8」と天を衝くようなコール。「No Surrender」だ。急激なモードチェンジに少し戸惑ったものの、今思い返せばこの曲順で良かったと思う。歩みを噛みしめておいて、未来に思いを馳せるという流れには感動したし、「また会おう!」というさわおさんのシャウトにはやはり勇気づけられた。個人的にも幾度となく聴いた思い出の曲であり、アリーナで聴く「No Surrender」はまた格別のものだった。




「永遠のオルタナティブ・クイーン」に捧げられた「Kim deal」。30年もの時を経て演奏され続ける「ぼくはかけら」。初めて聴く「1989」から、最新盤の「ニンゲンドモ」まで、マスターピースは続けられる。無邪気に楽しむことができたが、どこか変な感じがあった。そして、その違和感は「10年ぶりにやるよ」と演奏された「雨上がりに見た幻」で、決定づけられる。


泣けなかったのだ。前半あれだけ泣いておいて、急に泣けなくなったのだ。もちろん演奏は最高で、「楽しそうに笑っていたいけど、もう一人の自分が邪魔をする」や「必要とされたい」、「雨上がりに見た幻を今も覚えてる」など歌詞も刺さるものばかり。特に「雨上がりに見た幻」のシャウトはさわおさんの気迫が伝わってきて、心を揺さぶられたけど、それでも泣けなかった。


おそらく涙が枯れたのだと思う。前半で涙を使い果たしてしまって、ダムにはあまり水が残されていなかった。我慢しているわけでもなく、心では泣いているのに涙が流れないというのは初めての体験だった。でも、泣けないことイコールライブを楽しめていないということではないので、この辺りから泣くのはやめてもう純粋に楽しもうという気持ちになった。そして吹っ切れた後の「サードアイ」と「Advice」は何もかも忘れて、ただ音に身を任せることができ、とても気分が良かったのを覚えている。


MCでメンバー紹介があると、いよいよ終わりが近づいてきたなと思う。有江さんはこの場で弾けることの感謝を、シンイチロウさんは母親とのおとぼけエピソードを喋っていた。真鍋さんは、スタッフ・関係者への感謝を述べる。いつもあっさりとしたMCをするから、これには少し驚いた。さわおさんも照れくさそうに笑っている。


「もう少しやるか」と言って、演奏が再開された。が、ここでハプニングが起こる。うまく合わせられずに演奏が中断してしまったのだ。「Swanky Street」は私もコピーしたことがあり、出だし、特に二回目の音を合わせるタイミングが難しいなとは常々感じていた。でも、まさか本人たちが失敗するとは。でも、ステージ上では雰囲気が悪くなるでもなく、むしろその逆でメンバーも思わず笑っていた。雰囲気はかえって良くなった気がする。ライブハウスに引き戻されたような感覚を味わった。


この辺りからだろうか。私が客席にも目が向くようになったのは。アリーナはステージを除いた270度、1万2000人のバスターズで埋め尽くされている。そして、手を上げたり体を揺らしたりして、思い思いにピロウズの音楽を楽しんでいる。「Swanky Street」で歌われた「僕ら」。それは当初はメンバーのみだったと思うが、徐々に範囲は拡大していき、今では横アリに来た1万2000人、いや全てのピロウズを聴く人間を包括しているように感じられる。そのことに気づいたとき、また涙がこぼれるのを感じた。


今夜もロックンロールの引力は万能で
裸足のままで走り出していたんだ



ピロウズのロックンロールの引力に引き寄せられた人間がこんなに集まっている。不敵なメッセージを受け取って笑って騒いでいる。私はピロウズに多くの場面で救われたが、彼らの多くもそうなのだろう。歌い出しから泣いていたのは、きっと私だけではなかったのだと思いたい。手を上げているバスターズの多さがその答えであってほしい。


LITTLE BUSTERS」では、多くのバスターズが立って腕を上げていた。2階席もそうだ。黒いリストバンドが見える。シンプルな曲調は盛り上がるのに最適だ。1万2000人のアリーナなのに、狭いライブハウスのような熱気が迸る。


そのまま「Ready Steady Go!」へと雪崩れ込む。アップテンポでスタンディングエリアは我を忘れて盛り上がっている様子だ。「Go!Go!Ready Steady Go!」の合いの手も完璧に差し込まれている。「Busters!」での解放感はもの凄いものがあった。そのまま最高潮を更新したまま、演奏は終了し、メンバーはステージから引き上げていった。拍手は鳴り止まない。




幾ばくかしてメンバーがステージに再び登る。MCもなしに演奏されたのは「ストレンジカメレオン」だった。この曲は「私一人」の曲である。そう思っていた。周囲にピロウズを知っている人間はいない。勧めても軽く流される。そもそも私には友達がおらず、職場にも溶け込めているとは言い難い。まさしく「周りの色に馴染まない出来損ないのカメレオン」なのだ。そして、それは私一人だけと思っていた。私一人が世界から疎外されていて、孤独を痛いほど味わっているのだと。


でも、違った。ステージ上ではメンバーが万感の思いを込めて演奏している。それを1万2000人が総じて聴き入っているのだ。周囲を見渡すと、誰もが自分のこととして真摯に受け止めているようで、孤独を味わっているのは私一人ではないことを思い知った。今思い返せば、ここが私の感情のピークだったと思う。枯れたと思っていた涙も訳が分からないほど流している。1万2000人から贈られた拍手は、共感と祝福の拍手に違いなかった。


静かにギターが鳴らされる。「Can you feel?」とさわおさんが問いかける。声高く反応するバスターズ。噛みしめるかのように「ハイブリッドレインボウ」が始まった。もう一言一句が涙腺を刺激してくる。口を開けて声なき声で歌ってみると、余計に胸に迫るものがある。心が叫ぶのを声にして解放させたかったけど、代わりに思いっきり息を吐くことで対処した。思いっきり泣きながら口をパクパクさせていて、みっともないように思えたけど、会場を見渡すとそれでいいのだと思うことができた。


昨日まで選ばれなかった僕らでも明日を持ってる


演奏が終わったとき、アリーナをこの日一番の拍手が包んだ。苦しい時にも寄り添ってくれるピロウズに出会えた喜びを、胸に抱いて拍手という手段に替えて伝えた。大歓声の後にメンバーが引き上げていく。でも、さわおさんは一人残っていた。


俺は音楽業界は信用してない。けど、君たちのことは信じたいよ


さわおさんから「信じたい」なんて言われて、また泣きそうになった。ピロウズを聴いていて良かったと、心の底から感じた。私も、世界も人間も信用していないけれど、ピロウズのことは信じたいし、信じていれば報われる瞬間はこれからも訪れそうな気がする。


さわおさんが帰っていったあと、アリーナ内には「Thank you, my twilight」が流れた。1万2000もの手拍子とともに聴く「Thank you, my twilight」は、とても心地よかった。サビの最後でバスターズが声を揃えて歌っている。私も今度は精一杯「Thank you, my twilight」と歌った。何度も何度も歌った。バスターズからピロウズへの感謝を伝えるにはこれ以上ない選曲だったと思う。欲を言えばステージで演奏してほしかったけど。


ダブルアンコールで、メンバーはビール缶を持って現れた。両側の花道で挨拶をして乾杯をする。いつものピロウズのライブの光景だ。さわおさんは「Swanky Street」でミスったことを笑いながら振り返っていた。本人たちからすれば、DVDになるときはカットしたいと思うだろうけれど、私はカットしないでそのまま収録してほしいと感じる。なぜならひたすら愛おしかったから。


いつもなら長く話しているところだが、今日は早々に切り上げ演奏する準備に入った。いくつかのとんちんかんなコールをスルーし、真鍋さんのリフが炸裂する。「Ride on shooting star」は短いながらも、ピロウズ曲で屈指の盛り上がりを見せる。正直やらないことも覚悟していたので、このタイミングでやってくれたのは嬉しかった。演奏に合わせて体を前後に揺らす。ステージ上のメンバーと一体になったようだ。


そして、「Ride on shooting star」が終わると、シンイチロウのドラムが鳴り響く。ここで演奏される曲と言ったら一つしかない。そう、「Funny Bunny」だ。最近また脚光を浴びだしたこの曲。そのストレートな応援歌的な使われ方には首を傾げるところもあるものの、こうしてライブで演奏してくれると単純に嬉しい。なんだかんだ言って曲自体の良さには抗えるはずもない。


曲はサビに突入する。さわおさんは歌うのを止めた。その代わりにバスターズが歌う。初めて聴く1万2000人の「Funny Bunny」。合唱は、不揃いででこぼこしていたけれど、可塑性の高い粘液みたいにどんな心にもすっぽりと形を変えて入り込んでしまう。アリーナの全方向から歌声が聞こえてきて、爽やかな大気に包まれているようだった。端的に言えば、またとない機会に感動した。


好きな場所へ行こう
「僕らは」それができる



それは、他の誰でもない自分に向けて歌われた曲だった。おそらくは1万と2000の「自分」に。


ダブルアンコールも終了し、ちらちらと返り始める人も出てきている。ただ、20周年の武道館の時はトリプルアンコールがあったはずだ。祈るような気持ちで拍手を続ける。あちらこちらから拍手が聞こえる。帰ろうとしている人が立ち止まるのが見えた。そして、三度メンバーがステージに姿を現す。


新しいも古いもない世界!それがロックンロールだ!!


最後の曲として選ばれたのは「Locomotion, more! more!」。私はこの曲が最後で良かったと切に思う。それは当然盛り上がるからというのもあるが、この曲が25周年の後の5年の間に作られた曲だからだ。過去に縋るのではなく、新しめの曲で終わったところに、今もなお活動を続けるピロウズの矜持を見たような気がした。もちろん、アリーナはぶり返したような熱気に包まれ、横浜シティは大いに揺れ、最高潮のうちに"LOSTMAN GO TO YOKOHAMA ARENA"は幕を閉じた。


セットリストを見返してみると、人気曲、キラーチューンばかりで、まさにピロウズの30年の集大成と言った感じがする。横アリのロビーは確かな満足感で満たされていた。人の波に流されながら、外へ出ると雨がすっかり強くなっていた。傘を差しながら新横浜駅へと帰っていくバスターズ。私もその一員として、街灯が照らす夜道へと一歩歩き出した。




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さて、一夜明けてみてどうだろうか。あれほど忘れないと強く思っていたライブの内容は、少しずつ忘れてきているし、寝不足で仕事でも軽くしくじった。部屋に戻っても相変わらず一人で、自分の社会不適合者ぶりに軽く死にたくなる。そんなとき、私はピロウズを聴く。そして、足りない頭で思い出すだろう。あの日、ピロウズの集大成を1万2000のバスターズと、間違いなく目撃したことを。ピロウズの30年を目の当たりにして流した涙がとても暖かったことを。


これからも、ピロウズの音楽とともに生きていく。
その事実だけで、素晴らしい。











2019.10.17
"LOSTMAN GO TO YOKOHAMA ARENA" 


セットリスト



01.この世の果てまで
02.MY FOOT
03.Blues Drive Monster
04.アナザーモーニング
05.スケアクロウ
06.バビロン 天使の詩
07.I know you
08.サリバンになりたい
09.LAST DINOSAUR
10.Please Mr.Lostman
11.No Surrender
12.Kim deal
13.ぼくはかけら
14.1989
15.ニンゲンドモ
16.雨上がりに見た幻
17.サードアイ
18.Advice
19.Swanky Street
20.About A Rock'n'Roll Band
21.LITTLE BUSTERS
22.Ready Steady Go!

En1.ストレンジカメレオン
En2.ハイブリッドレインボウ

En3.Ride on shooting star
En4.Funny Bunny

En5.Locomotion, more! more!





お読みいただきありがとうございました。


おしまい


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2017年12月24日。ふくろうずが解散した日。内田万里さん、安西卓丸さん、石井竜太さんからなるこの3ピースバンドの解散は私に大きな衝撃を与えました。石井さんはソロや他バンドのサポートで音楽活動を続けているのはすぐ確認できましたが、内田さんと安西さんはその後音沙汰無し。しかし、今年の4月に二人でライブを行うと、そこでミニアルバム「POM-pi-DOU」を会場限定で発売しましたね。その後「POM-pi-DOU」は七夕に数量限定で再販売され、私も購入。もう内田さんの音楽は聴けないと思っていたので、素直に嬉しかったのを覚えています(その時の感想がこちら)。


そして、その「POM-pi-DOU」は無事完売。内田さんの予想以上の反響があったようで、約5か月という短い期間で今度はファーストアルバム「何億光年のラブレター」が発売されました。発売日の12月24日はちょうど昨年ふくろうずが解散した日。この日に内田さんの新しい、それも素晴らしすぎるアルバムが聴けるなんて感慨深いものを感じます。


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「何億光年のラブレター」はソロ名義ですが、ふくろうず時代、そして前作に引き続きバンドサウンドを継承。ピアノやシンセだけでなく、ギターやベース、ドラムも入って賑やかさや華やかさを感じます。今回ギターとベースを弾いたのはふくろうずの元メンバーである安西さん。内田さんの曲の世界観に大きく貢献しています。さらに、安西さんはコーラスとプログラミングとレコーディングも担当したようで、一人5役をこなしています。すごい。


さらに、「キラーストリート」「プール」「恋わずらいだった」でドラムを叩いているのは上村竜也さん東京カランコロンのドラム、かみむー氏その人です。打ち込みのドラムが多い今作において、生ドラムでメリハリをつけて、アルバム全体を引き締めていますね。


そして、「何億光年のラブレター」では、これらのバンドサウンドが内田さんのピアノやシンセと合わさって、素敵なハーモニーを奏でています。内田さんのピアノも切実で胸に迫ってきていいですが、今作で特徴的なのがシンセの多用。多くの曲でシンセが曲自体の持つ表情を強調していて、強い印象をアルバムを聴いている私たちに与えてきます。それでいて曲の邪魔も全くしていないですし、使い方がとても上手いなあと思います。


また、これはふくろうず時代から続く内田さんの作る曲に共通して言えることですが、とにかくメロディーがとてもいいんです。明るさと悲しさの両面が同居する内田さんのメロディーは私たちの耳にしっとりと入ってきますし、アルバム全体に切ない雰囲気を持たせることに成功しています。こんなにもしっくりくるメロディーを作れる内田さんはやっぱり天才ですね。





アルバムは「リトル・テンポ」で幕を開けます。出だしの英詩からしてもう最高ですよね。舌足らずな内田さんの歌声で歌われる英語は、人懐っこくて不思議な魅力があります。間奏の突き刺すようなギターソロもとても好みです。


2曲目はこのアルバムのリード曲でもある「何億光年のラブレター」。別れ際の切なさを歌っています。「沈みかけた太陽が 青い月になれるかしら?」が詩的でいいですね。こちらも感想の引き裂かれるようなギターソロが魅力です。


3曲目は「キラーストリート」。アップテンポで「嫌い、嫌い、嫌い、大嫌い」と歌う半ばヤケクソみたいな曲です。他にも「うざい」や「あのやろう」など攻撃的な言葉が歌われていますね。このアルバムの中でベースの存在感が一番ある曲で、そこが好きです。最後にすっと終わるのも虚を突かれた感じでいいですね。


4曲目は「プール」。ダウナーな曲調で、這い寄るシンセとベースがプールの浮遊感を醸し出していますね。「あーあ」の連呼が投げやりで好きです。最後、切なそうにささやくのもいいですね。すごくきゅんとします。


5曲目は「シンドローミィ」。明るい曲調に鮮やかなシンセがマッチしていて、アルバム一爽やかな曲です。それに反して歌詞は切実。「さよなら」や「GOODBYE」が多く登場する別れの曲ですね。サビで入るドラムのカウントがいい味出しています。



6曲目は「恋わずらいだった」。ここまでバンドサウンドを聴かせてきてからの、いきなりのピアノとシンセのみ。引き算が上手く機能しています。最後の錆びの盛り上がりはアルバムのなかでもピカイチ。奥が深くてハッとするような歌詞も合わさって、個人的にはこのアルバムで一番好きな曲です。


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ここからは推測になるんですけど、このアルバムでこの「恋わずらいだった」が一つのターニングポイントになっていると思うんですよね。5曲目のタイトル「シンドローミィ」。これは「症候群」を意味する英語「Syndrome」に「~のような」という意味がある「-y」をつけて形容詞化したものなんですよね。で、この症候群のもととなっている病気が何かっていうと「恋わずらい」なんですよ。ここで5曲目と6曲目が繋がっていることが示唆されています。


「恋わずらい」という言葉は手元の電子辞書によると「ある人を恋い慕う気持ちから募ったあまり病気のようになること。こいのやまい」という意味だそうです。恋わずらいになるとその人のことしか考えられなくなって大変です。その思いを伝える方法は様々ありますが、そのうちの手段の一つがそう「ラブレター」です。


見返してみると、このアルバムには全曲に二人称が登場しています。「あなた」「君」「YOU」と形は様々ですが、どの曲の歌詞にも想い人を想起させる言葉が挿入されています。これはどういうことか。ラブソングに「君」を登場させるのはセオリー通りですが、私はタイトル通り「ラブレターを書いている」という体になっていると思うんですよね。


私はラブレターを書いたことがないんですけど、好きっていう気持ちを伝えるのって難しいじゃないですか。対象のどこが好きなのかについて熟考しなければならず、しかもそれを言葉にしなければいけない。上手く書けずに苦労して、気分も乱高下することでしょう。それを「何億光年のラブレター」では「好き 好き 好き」(何億光年のラブレター)、「嫌い 嫌い 嫌い」(キラーストリート)、「君のことが好き うそ」(プール)などの言葉で表現しています。イメージとしては2~5曲目が6曲目につながっているイメージですね。一つの大きな流れになっています。




そして、アルバムは7曲目の「トリケラトプス」に続きます。前々からあったらしいこの曲はスローテンポでじっくりと聴かせてきます。内田さんの「心がちぎれそうだよ」には、本当にちぎれそうな切実さがこもってますね。


アルバムを締めくくるのは「ファ・ラ・ウェイ」。「ファラウェイ」とは「遠く離れた」という意味。遠くに離れてしまった君を歌った曲です。乾いたベースとディストーションの効いたギターが葛藤している感じが出ていて好きですね。


さらに、この「ファ・ラ・ウェイ」では「君は死んじゃった」と種明かしがなされます。このことを思うと、「トリケラトプス」の「トリケラトプス=絶滅=死」や「冷たい頬にキスをして」などは伏線だったことが分かりますね。また、「君は死んじゃった」ということを念頭に置いて、もう一度アルバムを最初から聴き直してみたらどうでしょう。おそらく違った印象を受けるのではないかと思います。無理して明るく振舞おうとしていたことも分かり、ラブレターは届かないことを思うと、切なさがさらに増幅されていきます。「何億光年のラブレター」はアルバム全体で一つのストーリーを物語っていますね。それもとても切ない。この切なさが個人的にはばっちりハマりました。




また、これは穿った見方かもしれませんが、「ファ・ラ・ウェイ」の死んじゃった「君」とは、「ふくろうず」のことなんじゃないかなと思います。前作もそうでしたけど、内田さんはふくろうずの解散に対して明らかに未練たっぷりで、まだ尾を引いている感じが受け取れます。そもそもふくろうずは本人たちの意に沿っての解散じゃなかったみたいですしね。ふくろうずに届かないラブレターを書いていると思うとこの上なく悲しいですね。


しかし、それでも前を向こうとするのが一曲目の「リトル・テンポ」。「POM-pi-DOU」に続き、内田さんは一曲目から決意表明をしてきています。「私は今、本当の自分を知りたい」「孤独な旅路にさあ行こう」。イントロのピアノから始まって内田さんの優しい歌声で、必死に乗り越えようとする様を歌われると、もう涙腺がやられますね。他にも「それでも行こうぜドリーマー」や「でも今は信じてみたい」など前向きな歌詞が眩しいです。ここでの「リトル」はおそらく「弱々しい」とか「かすかな」という意味だと考えられ、そこにもグッときます。一曲目にこの「リトル・テンポ」を持ってくることで、「何億光年のラブレター」から始まったストーリーが「ファ・ラ・ウェイ」を経て「リトル・テンポ」で完成している感じを受けますね。なかなか独特な構成で、面白いなと思います。


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以前、このブログで私は「ふくろうずとは『だめな人』のためのバンドである」と書きました。それは内田さんのソロになっても変わっていません。「何億光年のラブレター」もクリスマスイブの発売ですけど、パーティでウワーと騒いでいる人よりかは、部屋で膝を抱えてうずくまっている人に向けたアルバムなんじゃないかと感じます。周りに馴染めないストレンジャー。だめな人に何も言わず寄り添ってくれる。内田さんの良さは何も変わっていません


そして、世に「だめな人」はもっともっと多くいるはず。そういった多くの「だめな人」にとって、すっぽりとハマる内田さんの音楽がもっと評価されてほしい、広まってほしいなと切に思います。私立恵比寿中学に楽曲提供するなど、活躍の場を広げていこうとする内田さんの音楽が、このアルバムを通してもっと知られてくれますように。月並みな言い方になりますけど、「何億光年のラブレター」はめちゃくちゃいいアルバムです。下に販売URLを貼っておくので、皆さんぜひ聴いてみてください。


内田万里 1st Full Album「何億光年のラブレター」販売URL
https://store.shopping.yahoo.co.jp/hkt-tsutayabooks/mujp20181201b.html


お読みいただきありがとうございました。


おしまい





※このブログの内容はセットリストのネタバレを含みます。ご注意ください。








11月23日、NAGANO CLUB JUNK BOX。ここでthe pillowsは「REBROADCAST」ツアーの初日を迎える。記念すべき最初の会場に地元のライブハウスを選んでもらえて、なんだか体がこそばゆい。さっそく、入り口左にあった物販で、今年のアメリカツアー「MONO ME YOU SUN TOUR」のDVDと、「Safety Buster」Tシャツを購入して着替える。階段を上がると、そこにはすでに大勢の人が入場の瞬間をドキドキしながら待っていた。自分のメールが読まれるかもしれないラジオリスナーのように。


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Safety Buster Tシャツ


17時30分になり入場開始の時間を迎えた。ドリンクチャージの500円をミネラルウォーターに代えて、夢の空間へと誘われていく。すでに5枚ぐらいの層ができていて、特に考えもなく中央付近で立ち止まった。前に背の高い人がいて少し失敗したなと思った。周囲の人たちの待ちきれないという話し声が、私の心を急かした。そんな私たちの緊張を和らげるかのように、会場内には緩やかにビートルズが流れていた。







確か「Don't let me down」だったと思う。いきなり曲がぶつぎられ、代わるように2週間前にも聴いたSALON MUSICの「kelly's duck」が流れた。ステージ上ではメンバーが登場しているらしかったが、私が低身長なのと、前の人たちの腕がブラインドになって絶妙にステージが見えない。歓声がひときわ大きくなったことで、さわおさんがステージに入ってきたことを知った。


一瞬の静寂の後、一斉に音が鳴る。ニューアルバムの表題曲「REBROADCAST」だ。映画のエンディングのようなイントロが演奏された瞬間、会場の雰囲気が変わった。前へと吸い寄せられるように動き、隣人との距離も一気に縮まった。ツアーが楽しみで仕方がないといったバスターズの感情がいきなり爆発して、思いっきり曲に乗り始めたので、私はもみくちゃにされた。サビがいきなり大合唱されて、下から突き上げてくるような熱気が、会場を素早く覆った。あまり広くない会場だけにその速度も速くて、ライブはロケットスタートを切った。


続く「I think I can」で盛り上がりをキープしたのちに演奏されたのは「Freebee Honey」。映画「フリクリ オルタナ/プログレ」でも印象的な使われ方をしていたこの曲。ハイテンションな曲調につられて、バスターズも高揚していく。シンイチロウさんの威勢のいいドラムがさらに会場を盛り立て、それに呼応するように3人の演奏も勢いを増す。来年には30周年を迎えるバンドとは思えない若々しさがほとばしっている。


俺らがなぜここに来たか分かるか?
途轍もない良いアルバムができたからだ!!


そうして演奏されたのは「Binary Star」。the pillowsには珍しい変拍子の曲で、さすがのバスターズもノるのに苦労する様子が見受けられた。これもライブを重ねるごとに改善していくのだろうか。


さわおさんがスピーカーに足をかけて、ギターを丁寧に弾いた。その怪しげなイントロにフロアは歓声をあげる。映画「フリクリ プログレ」の主題歌「Spiky Seeds」だ。「REBROADCAST」には入っていないこの曲がこれだけの浸透度を誇っているということは、みんな映画を見たか、それともサントラを買ったのだろうか。有江さんのベースで不穏感を煽っておいて、サビで振り切れたかのように突っ走る。意味のない言葉の羅列が耳を通り抜けていく度に快味を感じる。間奏のシンガロングも歌っていて清々しかった。


シンイチロウさんのカウントから始まった次の曲は「Skim Heaven」。アルバム「Smile」の収録曲で、こういっちゃなんだけど影はあまり濃くない。演奏される曲を予想しようとしても、候補からスリ落ちてしまうような曲なのだ。久し振りに披露された曲はフロアに驚きをもって迎えられた。脱力感のある調子に、これまた意味の少ない歌詞。フロアはいい感じにクールダウンした。


落ち着いたフロアに真鍋さんのクールなフレーズが響き渡る。「王様になれ」は前アルバム「NOOK IN THE BRAIN」から唯一今回も演奏された曲だ。フラフラしたオルタナにさわおさんの鋭い歌声が刺さる。そのギャップがたまらない。







「王様になれ」を終えたさわおさんは、上機嫌に「サングラスがない今、(暑いからといって)カーディガンまで脱いだら、俺と判別できなくなるのでは」「ステージにサングラスとカーディガンを置いて、楽屋で歌っても成立するんじゃないかな」などとジョークを飛ばしている。フロアは和やかな空気に包まれた。


街に出れば多くの人間で溢れてるけど、今日ここにいるのは全員俺の味方のニンゲンドモだろ!!


真鍋さんのギターが軽やかなフレーズを奏でる。「REBROADCAST」のリード曲「ニンゲンドモ」が始まった。noodlesのYOKOさんや、Base Ball Bearの関根さんが担当していたハミングは誰がやるのかが気になっていたが、消去法で有江さんが歌っていた。ごつい体に見合わない高くてかよわいハミングに何だか笑ってしまう。ただ、さわおさんのボーカルや真鍋さんのコーラスと合わさって抜群のハーモニーを醸し出していたし、CDとは違う良さがあるすごくライブ映えする曲なんだと感じた。サビでは周りの人はほとんど腕を上げていたし、30周年を迎えるthe pillowsが打ち出したネオオルタナはお客さん受けも上々だ。


ぼくのともだち」「箱庭のアクト」と「REBROADCAST」からの曲を立て続けに演奏し、そろそろまたMCタイムだろうかと思った矢先、真鍋さんが聴いたことのない謎のフレーズを弾き始めた。フロアがキョトンとするなか、さわおさんから告げられた曲名は「プライベート・キングダム」。「Wake Up」ツアーから実に10年ぶりぐらい(たぶん)に引っ張り出してきた曲のコールに、一部のバスターズから嬌声が漏れた。


「プライベート・キングダム」は私も好きな曲で、周囲とあまり話すことのない私はいつも自分の殻に閉じこもっている。星新一のショートショートで「マイ国家」という話があるが、ちょうどそんな感じだ。世界が滅亡した後に一人残された人間のことを歌っているのに、とても共感してしまう。一人残されて彷徨い歩いたり、空を見上げるといった情景が頭の中に浮かんできて、泣きそうになってしまった。私はライブのときに歌を口ずさみながら演奏を聴くことが多いのだが、その歌う声にも力が入る。もしかしたら周りの人は迷惑に感じたかもしれない。でも、湧き出る感情を抑えることは出来なかった。さわおさんの最後のシャウトが、真に迫ったものに感じられた。






「プライベート・キングダム」を終え、水を飲んだり、チューニングしたりして休憩するとともに体勢を立て直すメンバーたち。さわおさん、真鍋さん、有江さんの3人の準備が一通り済んでも、シンイチロウさんはマイペースに準備を続けていた。前の人でよく見えなかったが、さわおさんに「え?自宅?」と突っ込まれているところを見るに相当ゆっくりとしていたのだろう。シンイチロウさんの準備も終わり、再び曲を始めるにあたってそれは起こった。さわおさんのタイトルコール中に、シンイチロウさんがドラムをたたき始め、演奏がスタートしてしまったのだ。少し続けたのちに、いややっぱりダメだと仕切り直すメンバーたち。あまり見ることのできない光景を見ることができて、少し得した気分になった。






気を取り直して演奏された曲は「眩しい闇のメロディー」。映画「純平、考え直せ」の主題歌にもなった曲だ。さわおさんと真鍋さんが情感を込めてギターを鳴らし、それに有江さんのベースとシンイチロウさんのドラムも応え、エモーショナルな空気にフロアは染め上げられていく。するとどうだろう。映画自体はそれほどいいものではなかったのに、苦い記憶が綺麗にコーティングされて、なんだか途方もない名作のように感じてしまった。映画のシーンが次々に思い出されて、また泣きそうになった。映画に主題歌が占める割合というのはかくも大きいのだ。


そして、この次の曲がこの日のライブで一番の驚きだったかもしれない。披露されたのはなんと「MARCH OF THE GOD」。「MY FOOT」収録のインスト曲だ。ここ最近インストをやっていないthe pillowsが実に10年以上の時を経てインストを演奏する。これは予想しようと思っても予想できるものではない。「眩しい闇のメロディー」の重い空気を反転させるかのような、爽やかな曲調。私の心に一筋の清涼な風が吹き抜けた。「Yes, more light!!」の合唱はフロアとステージが一体となった瞬間だった、気がする。これからツアーを見る人にもこの爽快さを味わってほしいなと思う。


Bye Bye Me」でホッと一息つかせてから、鳴ったのはピコピコという「Thank you, my twillight」にも使われたあの電子音。8小節ほどなった後にシンイチロウさんの合図で「Starry Fantango」の演奏がスタートした。「Starry」には星の多い、星のように輝くという意味があるが、まさに脳内にそんな、満天の星空のような情景が浮かぶ輝かしい演奏だった。最後余韻を残して終わる感じもとても心地いい。








15曲目が終わってメンバーのMCタイムに入る。さわおさんはタオルで頭をわしゃわしゃしていて「30曲分の汗をかいてる」と笑った。


有江さんMC→新幹線で切符をなくしそうになった話。
シンイチロウさんMC→新幹線の客が軽井沢でほとんど降りたと長野を軽くディスってさわおさんに咎められる。
真鍋さんMC→家で練習してるのとみんなの前で演奏するのは全然違う。体と心が違う。


さわおさんが前に出てギターをかき鳴らす。だが何も聞こえてこない。どうやらエフェクターの電源を切ったままにしていたようで、照れくさそうに戻っていた。そして、仕切り直されて始まったのは「WALKIN' ON THE SPIRAL」。階段を上がるようなリフが鳴らされ、フロアも横揺れを起こしていて楽しそうだ。


シンイチロウさんがどこかで聞いたことのあるリズムを叩く。頭上で手拍子が鳴る。「I know you」が始まる、と思いきや始まったのは「BOON BOON ROCK」。疾走感のある曲にフロアもこの日屈指の盛り上がりを見せる。中央では狂喜で押し合いへし合いが起こっていて、想像を超えてライブ映えする曲なんだと感じた。さわおさんもこの後で「BOON BOON ROCKは会場が一体となった」と語っていたぐらいには山場だった。


その勢いそのままに投下されたのは「No Surrender」。the pillows、さわおさんなりの「辛いことがあっても生きる」というメッセージが炸裂して、私の感情も爆発した。「Don't cry prisoner」の大合唱も、いろんなものをすり抜けてダイレクトに胸に伝わる。「どんなに悲しくても 生き延びてまた会おう」とさわおさんが語気を強めたところで、高校時代辛かったときにこの曲に支えられた思い出がよみがえってきて、私はとうとう泣いてしまった。


そういえば、さわおさんはインタビューで今回のツアーについて、「(REBROADCASTの)楽曲の持ってる感情がシリアスなものが多いので、そこに並べる以前の曲もそうなるかもしれないですね」と語っていた。これを踏まえると、この日演奏された既存曲も「プライベート・キングダム」、「WALKIN' ON THE SPIRAL」、「No Surrender」とシリアスなものが多かったように感じる。「MARCH OF THE GOD」だって「もっと光を!」と切実に訴えるシリアスな一面がある。困難や苦悩は現実にある。でも、負けずに何とか生きていくという前向きなメッセージが存分に感じられて、ライブが終わった後は救われた気持ちになった。そういう一筋縄ではいかず、ひねくれてはいるけれども、前に向かうエネルギーをくれるのが私がthe pillowsを好きな理由なのだ。


「No Surrender」を歌いきって、さわおさんがギターを置いてマイクを手に取った。どよめくフロア。本編最後の曲として鳴らされたのは「Before going to bed」。「今回はこのアルバムから全曲やります」という公約は守られた。前の「NOOK IN THE BRAIN」ツアーでは「She looks like new-born baby」と「pulse」が演奏されなくて(この2局は今後演奏される機会はあるのだろうか)、個人的には少し寂しい思いをしていたので、「REBROADCAST」から全曲演奏されたのはとても嬉しかった。


さわおさんがスピーカーに足をかけ、解き放たれたかのように歌う。「Life is only once」を人差し指を立てながら歌うさわおさんが印象的だった。最後のシャウトには、これまで関わってくれた人たちへの感謝、万感の思いが感じ取れて迫力あってかっこよかった。興奮状態を保ったまま本編は終了した。






ただ、フロアの熱気は冷める様子を見せない。度重なる拍手に迎えられて、メンバーが再び姿を現した。次にやる曲はなんとなく予想がついていた。


真鍋さんがゲームスタートといったギターを鳴らす。「Star Overhead」。映画「フリクリ プログレ」の主題歌でもあるこの曲をさわおさんが懐かしむように歌う。しみじみとした空気がフロアに流れて、経験したこともないのに、懐かしさにやられてしまう。


そして「POISON ROCK'N'ROLL」でアンコールは締めくくられる。有江さんのベースが、私がthe pillowsの曲の中でも一二を争うくらい好きなリフを弾き、疲れた体を勝手に揺り動かしてくれる。歌が終わった後に延長されたセッションは、照明が頻繁に切り替わったのもあって、とても眩しかった。


真鍋さん、シンイチロウさん、有江さんが下がった後に一人残されたさわおさんは、まずフロアに感謝を告げて、続けた。

「来年30周年じゃないか」
「今は会場の取り合いで大変だけど、916にこだわって(渋谷の)クワトロでやるんじゃなく、ピロウズが好きな人が1人でも多く来れる会場を押さえる」
「そのときはチヤホヤしにこい、コノヤロー」

1人でも多い会場というのはひょっとしたらドームやアリーナだったりするんだろうか。期待が高まる。さわおさんのバスターズに対する熱い思いが感じられてホロリときた。






フロアに「REBROADCAST」が響く。帰る気配はない。メンバーはそこにいないのに大合唱が巻き起こって、私もそのうちの一人だった。まだ何かあるかもしれないという期待が私を底に留まらせていた。


しばらくして、4人がビール缶を手に再々登場した。シンイチロウさんだけが先に開けてしまっていてさわおさんにツッコまれている。4人はライブが成功に終わった祝杯を挙げた。曲に入る前にMCがあって、真鍋さんがそばを食べた話から、さわおさんの愚痴に入っていった。さわおさんはお店で天もりそばを頼んで、冷めたてんぷらを単品で出されたらしい。さわおさんは冷めたご飯が大嫌いだそうで、そのことにイラついて、お会計のときにごちそうさまを言わなかったらしい。ということはいつもはごちそうさまを言うということか。いい人だ。


真鍋さんが鳥取の中華料理店で店番をさせられた話で、会場がほんわかしたムードに包まれて、シンイチロウさんがツアーの初日を長野にした理由を「七味唐辛子がもらえるから」と言って笑いを誘っていた。ヘッドホンをかけたドクロマークが描かれた缶がもらえるらしく、それを全国のご飯にかけるんだと息巻いていた。それはおそらく八幡屋磯五郎さんの七味で長野の名産の一つだから、なんだか誇らしくなった。


終始和やかなMCを終えて、最後に披露されたのは「EMERALD CITY」。全く予想だにしない選曲に私の心は躍った。「EMERALD CITY」をやるのも「HORN AGAIN」ツアー以来8年ぶりくらいのことではないか。荒々しいメロディーにフロアが揺らされて、大盛況のうちにライブは幕を閉じた。












この日は前の人に隠れて、4人の姿は顔ぐらいしか見えなかったけれども、それでもやっぱりthe pillowsはかっこよかった。さわおさんの冴えたボーカルに、真鍋さんの独創的なギター。有江さんの存在感のあるベースに、それらすべてを引き立てるシンイチロウさんの抜群のドラム。30周年を迎えるバンドとは思えないほど、若々しくエネルギーに満ちていて、活力を貰うことができた。


また、JUNK BOXの手ごろな大きさもこの日はプラスに作用した。ステージから発せられた音は隅までまんべんなく届き、フロアの熱気は閉じ込められて渦を巻いていた。初日ということで熱気の温度も密度も高かったし、the pillowsが好きという気持ちで溢れた空間は居てとても居心地がよかったし、ライブハウスならではの質感を持った最高のライブだった。


最後に思えば、この日the pillowsは黄金期の曲を演奏しなかった。私が思うthe pillowsの黄金期というのは「Please, Mr.Lostman」から「HAPPY BIVOUAC」のあたりなのだが、いつもはライブの定番とされる曲たちがこの日はなかった。それは単純に、最近「RETURN TO THIRD MOVEMENT」ツアーで、さんざやったから今回は別の曲をやりたいと思ったのかもしれないけど、それだけが理由ではない気がする。さわおさんはアンコール終わりのMCで、


「いつも俺たちはアルバムが最高だと思って世に出してるんだけど、もし君たちが持っているthe pillows像、山中さわお像があるとしたら、それにばっちりハマるような、黄金期に近い感じでできた」


という趣旨のことを語っていた。ライブでいつも演奏している黄金期の曲がなくても「REBROADCAST」と素晴らしい既存曲があれば十分に盛り上げられるという判断だったのだろう。長いキャリアを経てきた自信と、これからさらに先に向かうエネルギーがビシビシと伝わってきて、やっぱりthe pillowsは最高だと、そんなことを思った一夜だった。











~セットリスト~

01.REBROADCAST
02.I think I can
03.Freebee Honey
04.Binary Star
05.Spiky Seeds
06.Skim heaven
07.王様になれ
08.ニンゲンドモ
09.ぼくのともだち
10.箱庭のアクト
11.プライベート・キングダム
12.眩しい闇のメロディー
13.MARCH OF THE GOD
14.Bye Bye Me
15.Starry Fantango
16.WALKIN' ON THE SPIRAL
17.BOON BOON ROCK
18.No Surrender
19.Before going to bed

20.Star Overhead
21.POISON ROCK'N'ROLL

22.EMERALD CITY






おしまい


REBROADCAST 初回限定盤
the pillows
DELICIOUS LABEL
2018-09-19






11月11日。ポッキーの日。いい買い物の日。そしてBase Ball Bearの結成記念日。彼らが通っていた高校の文化祭でライブをしたのが17年前のこの日。そこからBase Ball Bearは始まった。


そして、2018年11月11日、名古屋ダイアモンドホールで彼らはライブを開催した。タイトルは「LIVE IN LIVE 〜I HUB YOU〜」。東京、大阪と2公演続けてきた対バンツアーの最後に、彼らは先輩であるthe pillowsをゲストに招いた。


the pillowsは私が一番好きなバンドだし、Base Ball Bearも私にとって大切なバンドだ。しかもこの日限りでthe pillowsのサポートベーシストに、BaseBall Bearのベーシスト関根さんが入るという。行かないという選択肢は最初から無かった。朝早く起きて、高速バスに乗り込み長野から名古屋に向かう。実に2年ぶりの名古屋だった。


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暑い。フロアにいる1,200人の熱気で、頭上を見ると湯気が昇っていた。今か今かと開演を待つ人たちの口は忙しない。あちらこちらから声が聞こえた。街の喧騒と何一つ変わりがない。ミニチュアのコミュニティができていた。 




18時を少し過ぎたころ、会場が暗転し、SALON MUSICの「Kelly’s Duck」が流れた。the pillowsがいつも使っているおなじみのSE。安心感と期待感で私の胸は包まれた。真鍋さん、佐藤さん、さわおさんの後に続いて、関根さんがそろりと入ってくる。待ちに待った瞬間が始まろうとしていた。


さわおさんが大きなストロークでギターをかき鳴らす。「I think I can」。そして「Ride on Shooting Star」。軽快なリズムに乗せて意味の少ない歌詞が歌われる。会場の空気も大盛り上がりとまではいかなかったが、さわおさんの機嫌を損ねない程度の盛り上がりを見せる。サビで関根さんが「I think I can」とコーラスしているのを聞いて、早くも目的が半分果たされたような晴れやかな気持ちになった。「Ride on  ShootingStar」では、イントロで関根さんもさわおさんと真鍋さんに合わせて前後に揺れているんだろうな、と思った。「Ride  on Shooting Star」はthe pillowsの中でも屈指の盛り上がりを見せる曲だ。何度も聞いているので、体が自然に動く。小刻みに前後に揺れた。何回聞いても盛り上がるものは盛り上がるのだ。

「いつもよりキラキラしたピロウズでお送りします」


さわおさんもなんだか上機嫌だ。



「11月11日、ベースの日」

「ベーシスト界のファイターガール、関根史織!」


関根さんが頭を下げると大きな拍手が飛び交った。

そのあとさわおさんは「関根ちゃん」と言ってしまい、すぐ「史織ちゃん」に訂正していた。そこに大きな意味があるようには思えなかったけど、本人たちにとっては大事なことらしい。


「本日は史織ちゃんのリクエストも交えてお送りします」



そう言って次に演奏された曲は「Carnival」だった。ベースがとにかくシンプルで、なんならほとんどルート弾きしかしないような曲だ。関根さんは忠実に演奏していて、シンイチロウさんのいつもの決してリズムが崩れない、テンポキープの鬼のようなドラムと合わせてとても安心感があった。フロアのBase Ball Bearを見にきたお客さんも少しずつthe pillowsに慣れてきたことだろう。



たが続けられた曲は、そんなthe pillowsをあまり知らないBase Ball Bearファンをある種突き放すような曲だった。関根さんのベースが不穏な雰囲気を醸し出す。the pillowsのワンマンライブでもあまりお目にかかれない曲「STALKER」だ。歪んだギターからオルタナが溢れ出る。the pillowsをあまり知らないBase BallBearファンから見たらどう思っただろうか。これも関根さんのリクエストなんだろうか。だとしたらずいぶん大胆だなあと思う。



オルタナは続く。真鍋さんの耳に残るギターリフで始まったのは最新アルバム「REBROADCAST」のリード曲「ニンゲンドモ」。ピロウズの原点であるオルタナに立ち返ってさらに先に進んだような曲で、初見に優しいとはあまり言えない。ただこれからのツアーでやるであろうこの曲を一足早く聞けたのは嬉しかった。真鍋さんと関根さんのツインコーラスもこの日限りのレアものだ。主に真鍋さんがフレーズを、関根さんがハミングを担当していて、どちらも甲乙つけがたく良かったのだ。





曲が終わってさわおさんが第一声。


「仲良くしてくれるじゃないか」


さわおさんは出番の前に、マネージャーから「ピロウズが目当ての人20人くらいって」と言われていて危惧していたらしい。


「俺が確認できるピロウズの人が全員、史織ちゃんを見てる」とジョークなのか事実なのかよく分からないことを飛ばすさわおさん。


「小出に名古屋のお客さん盛り上がりますよって言われた」嘘だったら傷つくぞ」



一度タオルのところまで戻り、頭を拭くさわおさん。それを見て「(頭わしゃわしゃするの)見れてよかったです」と関根さんが笑っていた。関根さんはこの日次のREBROADCASTツアーで発売する「FIGHTER GIRL」Tシャツを着ていた。白い布地に黒い細い字でシンプルに「FIGHTER GIRL」と書かれているだけのTシャツがよく似合っていた。真鍋さんはBase BallBearの「I HUB YOU」Tシャツを着ていた。さわおさんは洒落たTシャツにカーディガンで、シンイチロウさんはよく見えなかった。



「なんでも特別な日(結成記念日)なんだって」

「そうだったらこんな攻めたセトリにしなかったのにな」



さわおさん、真鍋さん、関根さんの3人がギターとベースを縦に掲げる。この独特な弾き方をするのはthe pillowsの中でも1曲しかない。さわおさんが英詞で「Calvero」を歌い始めた。2分ちょっとの短い曲。これも関根さんのリクエストだったらしい。最後に一斉にベースとギターを戻すのだが、少しずれていて、そこがかえって愛おしかった。



映画「フリクリ プログレ」の主題歌「Spiky Seeds」で、フロアを盛り上げた後は小休止。MCが入った。





「ベース、関根史織」


「私、好きなこと公言するのあまりしないんですけど、ピロウズめちゃくちゃ好きで」

「結構ピロウズのライブにも行ってるんですよ」

「いつもはそっちにいるんで、そちらの心持ちというか、わかりますよね?」


微妙な語尾が笑いを誘う。


「三人がかっこよすぎて直視したら鼻血出そう」

「浮かれないよう必死でがんばってます」


「ドラム、佐藤シンイチロウ」


「ピロウズ29年やってきてよかった!」

「おじさんこんなに嬉しい日はありません!」 


デレデレで浮かれている。


「ギター、真鍋吉明」


「私、リハーサルのときに準備とか色々あって、いつも早めに行くんですね」

「初めてのリハーサルのとき行ったら既に史織ちゃんがいた」

「心意気というか、男気を感じた」


ベタ褒めだ。




MCとメンバー紹介が終わり、「サードアイ」が演奏された後、ステージが一瞬暗くなった。白熱灯の光がさわおさんを照らし出す。

「Can you feel?」

シンイチロウさんのドラムのカウントを合図に「ハイブリッド レインボウ」が演奏された。the pillowsのなかでも随一の人気曲だ。


Can you feel?
Can you feel that hybrid rainbow?
きっとまだ限界なんてこんなもんじゃない
こんなんじゃない


曲はエモーショナルな感想へと突入していく。ステージでは照明が頻繁に切り替えられ4人の姿はよく見えない。でも、そこに鳴っている音で十分だと思った。フロアが一体となって演奏に聞き入っていたから。感情の高まりは最後のサビでさらに増幅される。泣きそうになったが堪えた。でも堪える必要もなかったような気もする。




息もつかせぬままにさわおさんがスピーカーに足をかけてギターをかき鳴らす。予感があった。今回、関根さんがthe pillowsのベースに入るということで、見てみたい曲が1曲だけあった。さわおさんが関根さんを指差す。予感は当たった。関根さんが攻撃的なリフを繰り出す。「Sleepy Head」。ベースから始まるこの曲が、関根さんによってどうなるのか今回どうしても見てみたかったのだ。乾いて歪んだ、でもどこか丸みのある関根さんのベースに私は射抜かれた。そして、たぶん誰にとっても。激しさを増す間奏では、連続で照明が激しく焚かれた。ときおり映る4人の姿はシャッターで切り取られたようだった。


「いつだってロックンロールだ!時代を突き抜けろ!!」


最後はthe pillowsのライブの新定番「Locomotion, more! more!」で締めて、関根史織 in the pillowsのステージは終わった。関根さんという新しい血が入ったことで、3人の演奏もまた違って見えたエキサイティングなステージだった。やっぱりthe pillowsは私の心のバンドだ。Base Ball BearのTシャツを着た人からも「ピロウズかっこよかった」と聞こえて、無性に嬉しくなった。




<the pillows セットリスト>

01.I think I can
02.Ride on Shooting Star
03.Carnival
04.STALKER
05.ニンゲンドモ
06.Calvero
07.Spiky Seeds
08.サードアイ
09.ハイブリッド レインボウ
10.Sleepy Head
11.Locomotion, more! more!













転換は20分ぐらいだっただろうか。ローディーの人たちがはけた後に、SEが流れた。知らない洋楽の曲だった。堀之内さんが入り、関根さんが入り、最後に小出さんが姿を現した。the pillowsのときは関根さんは下手側にいたのに、Base Ball Bearだと上手側に立っていて、あっ違うんだなと感じた。



小出さんの静かなギターにフロアが聞き入る。弾き語りで始められた1曲目は「ドラマチック」。小出さんのエモーショナルなギター、関根さんの確かなベース、堀之内さんの大胆なドラム、いずれをとっても楽しい。いきなりのフルスロットルの入りに、Base Ball Bearファンで埋め尽くされたフロアのテンションも上がる。手を上げる人数はthe pillowsのときよりも増えていた。


「ドラマチック」が終わって、次に演奏されたのは人気曲である「PERFECT BLUE」。イントロの小出さんのギターから既に爽やかさが半端じゃなく、暑苦しかったフロアに、清涼な風が吹いた。よく馴染みのある曲の連発にスッとBase Ball Bearの世界に入り込むことができた。




「PERFECT BLUE」が終わり、最初のMCタイム。右から野太い声の「堀之内ー!」、左から黄色い声の「堀ちゃーん!」。声援の8割ぐらいが堀之内さんへの声援で占められていたように思う。小出さんも「名古屋のこの局地的な堀之内人気はなんなんでしょう」と微笑していたほどに。


MCの話題はやはり関根史織 in the pillowsについて。小出さんは一回だけthe pillowsのコピーバンドをしたことがあるらしく、「僕なんてコピーバンド止まりですよ」と関根さんのことを本気で羨ましがっていた。


赤と青の照明が点けられ、ステージ上が紫に変わる。堀之内さんのカウントから演奏されたのは、アルバム「光源」から「SHINE」。「青春は1,2,3 ジャンプアップ」という歌詞が私たちを飛ばせる。何かを求めるように手を上げさせる。間奏で小出さんと関根さんが向かい合って演奏するときがあって、大体どのバンドもやることだけど、やはりいいなと感じた。


流れるように「LOVE MATHMATICS」へと続く。バスの中でシャッフル再生をしたときに、この曲がかかったので、今日やってくれるかなと淡い期待を抱いていたものが、現実となって嬉しかった。関根さんのベースもますます躍動している。サビで歌詞に合わせて、カウントアップをする手が多くて、それはまるで初春に生える土筆のようだった。


「LOVE MATHMATICS」が終わると、何気なく、ご飯茶碗から味噌汁のお椀に持ち替えるように、関根さんはベースをチャップマンスティックに持ち替えた。ベースの音もギターの音も出せる楽器らしい初めて見たそれは「スティック」の名に恥じない、まっすぐな棒だった。指で、不穏で妖艶なフレーズが奏でられる。「君はノンフィクション」というこの曲を恥ずかしながら私は知らなかった。でも、その掴みどころのなさがいい曲だと思った。手からするっとこぼれ落ちてしまうような。




終わって再びMC。今度のMCはさっきより長めだった。まずは結成記念日について。小出さんが振り返る。


「僕ら17年前の11月11日結成したんですよ」

「その頃はスーパーカーのコピーバンドで、まだBase Ball Bearって名前もなくて」

「関根さんが男装してたんですよね。髪もベリーショートにして。波平に毛が生えたみたいな、海平みたいな髪型で」


関根さんが笑ってごまかしていた。かわいらしかった。


「関根さん、どうですか17年間やってきて」


「ここまで続いてるってことで感慨深いものがあります」

「自分なんてクソだと思ったこともあったけど、辞めずに続けてきてよかったです」



話は続く。


「で、そのとき本当は解散ライブの予定だったんですね」

「前日、僕と堀之内さんがエラい喧嘩をしまして、それでこんなバンドもうやめるってなって、解散ライブの予定だったんですよ」

「で、そのライブが終わって俺はすごい楽しかったから、またやりましょうってメールしたら、熱い手のひら返しで、はい(ニコッ)って。それで続いてるわけなんですけど、堀之内さんどうですか、17年間やってきて」


「続いてるなーって思いますよ」

「だってもうバンドやってる時間の方が長いわけですからね」

「下手すれば親よりも一緒にいる」


「俺は親の方といるけどね」


「俺が親を大切にしてないみたいじゃねーか」


会場に笑いが起きた。ジョークを言いあえるって信頼関係が熟成してるなあって思う。





そしてMCの話題はツアータイトルにすげ変わった。


「今回のツアータイトル『I HUB YOU』。HUBっていうのはパソコンと外部データをつなぐものみたいな意味なんですね」

「で、どうしてHUBにしたかっていうと、俺が中1のとき、ハブられていたからなんですね」

「いや、だからギターも始めて、音楽も始めて、この2人とやっているわけなんですけど」

「それで、僕たちの音楽を通して、HUBになって、皆さんが出会ってもらったり、音楽ってそういう力があると思うんですね」(この辺り曖昧。要旨はこんな感じだったと思う)

「今回、ピロウズのめちゃくちゃカッコいい音楽を知ってもらって、ベボベファンとバスターズのHUBになれたらなって」



「僕らが下北沢で下積みをしてたころ「12月8日」っていうバンドがいて」

「次の曲はその時期のものなんですけど、僕らは歌い続けることで、12月8日の思いを引き継いでHUBになっていきたい」





そうして演奏された曲は「short hair」だった。堀之内さんのドラムがさらに勢いを増している。



たくさん失う

色も褪せていく

それでも僕は君を待ってる



MCを受けてサビ前のこのフレーズが胸に響いた。おそらく続けていくなかで、多くのバンドの解散や完結を目にしたのだろう。小出さんのボーカルからは経験から来る重みが感じられた。




「short hair」が終わった。すると小出さんがクラプトンのような泣きのギターを奏で始めた。この時点では何の曲かなんて分からないし、聞き入るしかない。カッティングギターが鳴らされたときに「Tabibito in the dark」だと気がついた。私がBase Ball Bearで一番好きな曲だ。



「この街に必要ない存在」「いつまでも愛されない存在」だとよく思う。いつも思う。「Tabibito in the dark」はそんな私を「なにもかも忘れて踊」らせてくれる。鬱から躁へと切り替わるエクステンション。実際にはなにも解決していないけど、片時でも忘れさせてくれる。それが好きなのだ。



そこにいつも後ろで鳴っていたあのギターはなかった。CDと比べると味気ない部分も正直ある。でもそれでいいと思った。小出さんがコードとメロディーを弾いて、関根さんがフレーズを弾いて、堀之内さんがリズムを作る。それだけでも「Tabibito in the dark」は、Base Ball Bearは成立することを知った。失ったものは大きいが、それを埋めてありあまるほどのエネルギーが今の3人には満ちている。サビで暗かったステージが一気に明るくなった。手を思いっきり突き上げてみる。掴んだものはなかったけど、ただただ気持ちがよかった。跳ねる。手を振る。不恰好でも自分なりの振り付けで踊った。





小出さんが観客を煽る。コールアンドレスポンスは最近見たあの映画のようだ。「俺達なりのロックンロール」と演奏されたのは「The Cut」。CDではラップパートをRHYMESTERが担当していたが、ライブでは小出さんがラップ部分も歌っていた。関根さんが近づいてくる。ベースを弾く関根さんに向けてラインを炸裂させる姿にあちらこちらから歓声が上がった。2番ではギターを弾きながらもラップをこなしていて、凄すぎて逆に軽く引くほどだった。「Tabibito in the dark」に続いてフロアを踊らせる。私たちは3人のなされるがままだった。





MCを挟まず曲は続く。聞こえてきたのはくぐもるような独特のイントロ。「yoakemae」だ。フロアの熱りは冷めることはない。小出さんが「明日はどこだ」からの「ここだ」を大いに溜める。そのぶんサビの高揚が増していた。



そして早くも本編最後の曲に。最後はもちろんこの曲。ここでやらなければいつやるのと言わんばかりに「17才」が投入された。会場にいる全員が、この曲が演奏されることを予期していたのだろう。蛇のように待ち構えて、手拍子で一気に飛びつく。空気が泡のように弾けた。小出さんも関根さんも堀之内さんも、実に楽しそうに演奏していた。曲終わりの「Base Ball Bearでした!ありがとうございました!」がとても眩しく聞こえた。





会場ではアンコールを求める拍手がこの日も起こった。ぶっちゃけ惰性でやる日もあるのだが、この日は違ったように感じる。再びステージに登場した3人は「IHUB YOU」のロングTシャツに着替えていた。



「いや、こんなめちゃくちゃアンコール期待されたら、並大抵のアンコールというわけにはいかないでしょう」

「というわけで、スペシャルゲスト、山中さわおさんです」


さわおさんが手にビールを持ついつものスタイルで登場した。



「お先にビールいただいてます」

「3人になったBase Ball Bear初めて見たけど、めちゃくちゃギター上手いのな」

「それと、ドラムはどのバンドでもああいったポジションなんですね」

「うちのおじいちゃん枠」

「でも、おじさんになるかと思ったらおばさんになってることもあるからね」


「ある、それめっちゃある」


「僕も最近それは感じます」


会場が柔らかなマイルドな雰囲気になった。



「さて、これからやる曲みんな知ってるかなー」

「いや、知ってるだろう」

「このTシャツにちょっと見覚えがあるはず」


そういうさわおさんが来ていたのは、25周年での対バンツアーでの「ROCK AND SYMPATHY」Tシャツ。ということはあの曲しかない。


Funny Bunny」だ。


the pillowsのオリジナルバージョンとは、コードもビートも大きく変え、ダンサブルになったBase Ball Bearのカバー。そのアレンジに乗せてさわおさんが歌う。夢を見ているようだった。



1番はさわおさんが歌って、2番は小出さんが歌う。小出さんが歌っている間に、ビールを呑むのがなんともさわおさんらしい。サビはさわおさんと小出さん、それに関根さんも加わって3人のボーカル。感動とそれを上回る楽しさがあった。



間奏の間、手持ち無沙汰になったさわおさんは堀之内さんのところまで行ってシンバルを叩いていた。子供みたいでかわいらしかった。最後のサビももちろん3人で歌っていた。



君の夢が叶うのは

誰かのおかげじゃないぜ

風の強い日を

選んで走ってきた



大盛況のまま夢のセッションは幕を閉じた。関根さんがthe pillowsのサポートをしたのもそうだけど、こういうコラボレーションがありえるのが対バンの大きな魅力だと思う。さわおさんが帰っていったあと、小出さんが「やってて思ったけど、めちゃくちゃいい曲ですね」と嬉しそうに語っていたのが印象的だった。





そして、最後の1曲へ、という前に告知の時間。小出さんにカンぺが渡される。



「バンドのさらなる進化を捉えたBase Ball Bear、1年9ヶ月ぶりの新作が新たに立ち上げたGDPレーベルより発売決定!」


歓声が、嬌声が上がった。


「GDPはゴリラ・ドラム・パークの略」

「30分くらいで考えたけど真剣」


「バンドの新たな姿を捉えた新曲4曲に、4曲だよ!?すごくない!?」


興奮して話す小出さん。マテリアルクラブのあとにすぐ作ったらしい。



「バンドの最新の姿を収めたライブ映像、あ、この前の日比谷ノンフィクションね、disc2も収録したスペシャルEPとして、2019年1月30日に発売!近い!あと2ヶ月だよ!」


「そして、この新EPを引っさげて、2月3日から全国18カ所を巡るツアー、『LIVE IN LIVE 〜17才から始めて17年になりました〜』が開催決定!名古屋は3月10日、ダイアモンドホールで」


東名阪3公演かと思っていたら、予想以上に多くてびっくり。ただ、長野には来ないようだ。



「そして、今公演終了後に物販でチケットを4,500円で最速販売!そんな急に言われてもーという方、僕らにはベボ部があるじゃないですか。本日21時からベボ部で先行販売開始!18日までの受付となります。※会員登録がないと利用できません」



「関根さん、抱負をどうぞ」

「すごいいい感じになってると思うので、頑張ります」

「堀之内さん」

「言えることは一つ、今日は楽しんで帰ってください!」



「今回は光源ともまた違って、光源は打ち込み入れてたりしたんだけど、今回は3人だけの音で、ダビングもほとんどしてない感じ」

 

「名古屋の頭のおかしいお客さんなら盛り上がってくれるだろうって急いで仕上げた」

「この名古屋が盛り上がりの基準となる」



そこまで言ったところで、小出さんがタイトルを叫ぶ。


試されるーー!!



紫の妖しい光に乗って新曲が始まった。3人のみのソリッドなサウンド。芯の強さ。ストレートなロックンロールと言える。フロアも初めて聞いた曲なのに、もうノリノリで手を挙げていてなかなかどうして適応力が高い。そしてサビの


試される 試される やたらと僕ら試される


のリピートが印象的な一曲だ。やっぱりあの一件以後、色々な苦労や試されるシーンがあったのだろうか。いや、確実にあったんだろうな。そんなことを窺わせる新曲だった。





演奏を終えて3人が下がった後も、拍手は鳴り止む気配を見せない。期待と渇望が入り混じっている。3人が三度ステージに姿を現すと、フロアが興奮に包まれた。


ダブルアンコールで演奏されたのは「祭りのあと」。東京、大阪、名古屋と3都市を回った「LIVE IN LIVE ~I HUB YOU~」という祭りを締めくくるにはこれ以上ない選曲だ。初めてライブで聞いた「祭りのあと」はCDで聞くそれよりもテンポが速くなっていて、切迫感を駆り立てる。シリアスに歌う小出さんと対照的に、関根さんは右へ左へ大きく動いていた。堀之内さんがジャンプしてドラムをたたいて終わる様がダイナミックだった。最後まで大きな盛り上がりを見せたまま、この日のライブは終了した。最高の夜だった。




当たり前のことだけれど、それぞれのバンドにはそれぞれの人生、というかバンド生がある。それぞれのペースで製作を行い、ライブを行っている。そのバンド生が交差するのが対バンというものなのだ。今回、Base Ball Bearとthe pillowsのバンド生が交差した結果は、最高のライブパフォーマンスという結果になって表れた。the pillowsに関根さんがサポートとして加入したのも、さわおさんとBase Ball Bearが「Funny Bunny」をセッションしたのも、そうやすやすと見れることではない。一夜限りのステージが終わった後、私ははるばる名古屋まで来てよかったと、素直に思えた。周りの人も晴れやかな表情をしていて、誰にとっても楽しい夜になった11月11日のことだった。


さわおさんはライブの最中にこう言った。


「気が早いけれど、関根史織 in the pillows、またやります」


私は、その言葉が現実となる日が、なるべく早く訪れるよう願ってやまないのである。







<Base Ball Bear セットリスト>

01.ドラマチック
02.PERFECT BLUE
03.SHINE
04.LOVE MATHMATICS
05.君はノンフィクション
06.short hair
07.Tabibito in the dark
08.The Cut
09.yoakemae
10.17才

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01.Funny Bunny (with. 山中さわお)
02.試される(新曲)

en2
01.祭りのあと
 










おしまい



光源(初回生産限定盤)(DVD付)
Base Ball Bear
ユニバーサル ミュージック
2017-04-12





こんにちは。これです。

いきなりですが、このブログで何回か言っているように私はthe pillows(以下ピロウズ)が好きです。出会った時から今まで世界中のバンドの中で一番好きです。

そして今日9月19日、the pillowsが22枚目のアルバム「REBROADCAST」をリリースしました。およそ一年半ぶりのニューアルバムで、ピロウズの30周年イヤーの始まりを告げるアルバムでもあります。

今回のブログはそんな「REBROADCAST」の感想になります。拙い文章ですが何卒よろしくお願いいたします。




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前作「NOOK IN THE BRAIN」から1年半ぶりのリリースとなった「REBROADCAST」。フラゲ日である昨日に買ってさっそく聴いてみました。変わらない安心できるロックンロールがそこにはありました。


さわおさんの歌声は年を重ねているにもかかわらず、ここにきてキレを増し、29年という積み重ねたキャリアの分だけコクも感じられます。真鍋さんのギターは変わらずピロウズの音楽を牽引する存在であり、「REBROADCAST」でも耳に残るギターリフやエモーショナルなギターソロが輝いていました。シンイチロウさんのドラムも安定感が抜群で、ピロウズの音楽をぎゅっと引き締めていましたし、サポートである有江さんのベースも、3人の音を包み込むようにまとめ上げていて、ピロウズにはもうなくてはならない存在です。4人の演奏は年を取っても衰えることはなく、20代のようなエネルギーがほとばしっていました。


そして、それぞれの曲も素晴らしい。「Rebroadcast」でぶちかましたかと思うと、「Binary Star」で繋ぎ、「ニンゲンドモ」「ぼくのともだち」で感情が解き放たれます。その次の「箱庭のアクト」で勢いそのままに繋いで、「眩しい闇のメロディー」「Bye Bye Me」「Starry fandango」でダークサイドを見せたかと思えば、「BOON BOON ROCK」でそれを吹き飛ばすように歌う。最後の「Before going to bed」まで飽きさせない構成でアルバムとしてのまとまりも出色の出来です。今までのピロウズが好きな人ならかなりの高確率でハマる。そんなアルバムに「REBROADCAST」はなっていると思います。








さて、このアルバムのタイトル「REBROADCAST」とは再放送という意味です。その名の通りに「REBROADCAST」には過去のピロウズの曲を思い出させる要素が多くあります。「ニンゲンドモ」はどうしても「Smile」の「クタバレニンゲンドモ」を思い出してしまいますし、「眩しい闇のメロディー」は「Fool on the planet」のような曲調です。「Starry fandango」の最初のピコピコ音は「Thank you, my twillight」を思い出さずにはいられませんし、「BOON BOON ROCK」にはアルバム「GOOD DREAMS」収録の「ローファイボーイ、ファイターガール」がそのまま歌詞として使われています。これはこのアルバムのコンセプトに基づいて意図的にやったものだと思われます。


そのコンセプトとして、私は「re」というものがあると思います。「REBROADCAST」ではいろいろな曲に「re」のつく言葉が歌詞として散りばめられているんですね。それは1曲目の「Rebroadcast」から明らかで、リタイア(retire)、redo、リターン(return)の3つが使われています。


「ニンゲンドモ」には「戻れるのか」で「return」。
「ぼくのともだち」「箱庭のアクト」では「remember」。
さらに「箱庭のアクト」では「生まれ変わりたくなるくらい」で「reborn」もあります。
「眩しい闇のメロディー」も「憶えてるか」で「remember」。
「Bye Bye Me」では「Rebroadcasting」。
「Starry fandango」では「再生」で「renaturation」。
「BOON BOON ROCK」では直接的には使われていませんが、「ローファイボーイ、ファイターガール」が「再登場」で「reappear」。


といったように、「re」のつく言葉が多くの曲に登場しています。「re」は動詞や名詞の頭につく語句で、後ろに、逆に、以前に、引き返すといった意味をその単語に付け加えます。どちらかというとマイナスの意味ですね。これはこのアルバムがどこか悲しげで暗い曲が多いことにも関係していると思います。









このアルバムは基本的に過去を回顧(retroscope)する形式で多くの曲がつづられています。「ニンゲンドモ」や「ぼくのともだち」「眩しい闇のメロディー」「Bye Bye Me」などがそうで、なかでも、その最たるものが1曲目の「Rebroadcast」やラストの「Before going to bed」です。「Before going to bed」は寝る前に今日を、今までを回顧する歌ですし、「Rebroadcast」では「振り返ったら」(in retroscope)とズバリそのままこのアルバムの姿勢を打ち出しています。振り返るという姿勢なので昔の曲の要素が多くなっているのです。


しかし、過去は回顧することはできても二度と戻ることはできません。「もう一度やり直しを望んでもいい?」といってもその望みが叶うことはありません。過去に戻りたくても戻れない、やり直したくてもやり直せない、そこから来る悲しみが「REBROADCAST」には漂っています。まあそこが私がこのアルバムを好きな理由の一つなんですけどね。









では、過去に戻れないならどうするか。その答えとしては今を生きて、未来に向かうしかありません。「re」には名詞や動詞の前について、「再び…する」「新しく…する」という意味を加えることもあります。これは未来志向でプラスの考え方です。「箱庭のアクト」の「reborn」や「Starry fandango」の「renaturation」がそうですね。


また、「REBROADCAST」には「再放送」という意味の他に「中継放送」という意味もあります。「REBROADCAST」はピロウズが今までの29年を振り返るアルバムというだけではありません。振り返り終わって前を向いて再度歩き出す。そんなピロウズの「今」を映したアルバムです。マイナスのようで実際暗い曲も多いですが、そんなプラスの意味も確かに込められていると思います。


ピロウズは29年を経ても、衰えるどころかまだまだ進化の途中であることを、「REBROADCAST」の39分17秒で見せつけました。そして最初の繰り返しになりますが、ピロウズは今年結成30周年イヤーです。「REBROADCAST」の次にはどのような進化が待っているのか。今から楽しみでなりません。とりあえずは11月から行われるREBROADCASTツアーを心待ちにしたいと思います。私の住んでる長野がツアーの初日ですからね。チケット確保して行きますよー。30周年イヤーを迎えるピロウズからはますます目が離せないなと「REBROADCAST」はそう思わせてくれるアルバムでした。間違いなく名盤ですので、聴いていない方はぜひ聴いてみてください。お願いします。





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以下、全曲感想(?)のようなものに続きます。前述した内容と被っているところもありますが大目に見てやってください。


1.Rebroadcast


このアルバムのタイトル曲にして始まりを告げる曲。最初の映画のエンディングのようなムードから一転、明るい曲調に変わります。ピロウズには珍しいサビで鳴るブラスが賑やかさを演出し、コーラスがそれを盛り立てる。とても楽しい気分になれる曲で、この後に控える曲の期待感を高めます。名曲ぞろいのピロウズの一曲目の中でも個人的にはかなり好きな部類に入りますね。個人的には「後悔しかけた崖っぷち」で「雨上がりに見た幻」を思い出しました。





2.Binary Star

歌詞に特に意味はなくその響きを堪能する曲です。次の曲ひいてはアルバム全体を盛り上げるという、「Waitting at bus stop」や「Give me up!」タイプの2曲目ですね。サビで四つ打ちになるのが今までのピロウズではそんなにない感じで新鮮です。歪んだギターとベースに意味のない歌詞が上手くハマっていて聴いていて心地いい。ちなみに「Binary Star」は「連星」という意味で、共通の重心の周りを公転する星々のことを言うらしいです。ピロウズという共通の重心の周りをまわる私たちみたいですね。





3.ニンゲンドモ

YoutubeでMVが先行配信されたこの曲。真鍋さんの一度聴いたら耳から離れないギターリフが特徴的です。ジャンルとしてはオルタナに入るのかな。第3期初期の黄金期と呼ばれたころにピロウズに回帰(recurrence)してる感じがします。noodlesのyokoさんをコーラスに迎え入れたことからもPIXIESっぽさがうかがえます。ブラック・フランシスの歌にキム・ディールが絶妙なコーラスを入れていたころのPIXIESみたいな。でもそこから戻ってきて今までのピロウズ式オルタナとは違う「ネオオルタナ」になった。そんな印象です。後歌詞がピロウズぽっくない。さわおさんってこんな生活に密着した歌詞書く人でしたっけ。30年目にしてもまだ新たな引き出しを残していてすごいなって思います。





4.ぼくのともだち

こちらもライブ会場限定CDでアルバムよりも世に出ていた曲。緩急をつけたシンイチロウさんのドラムがいいですね。最初は穏やかに入って、途中で急に激しく展開する構成が「Smile」を思い起こさせます。最後の「Please remember again」は「クタバレニンゲンドモ」に変えて歌えなくもないですし。でその後の好き勝手やってる感じはとても好み。それと初めてギターを抱いた時の高揚感ったらなかったですよね。なんでも弾けそうな気がして。聴いていてそんなことを思い出しました。





5.箱庭のアクト

一回通して聴いた時に個人的に一番気に入ったのがこの曲。速いテンポでキャッチ―な曲調で前の2曲のどこか悲しいムードをはねのけてくれるようです。この曲もシンイチロウさんのドラムが輝いてる。でも、歌詞を見てみるとこの曲もなかなか暗いですよね。「悲しい気分で仰ぐ空は」で始まりますし、「僕は何者でどこへ行くんだろう」というのが重く響きます。そうなると明るく聞こえていたこの曲もどこか哀愁を帯びて聴こえてきます。そういった一筋縄ではいかない感じが個人的には大好きです。





6.眩しい闇のメロディー

「REBROADCAST」の中でも抜群のエモさを誇るこの曲。一緒になりたいのに慣れない二人の悲しさを歌っています。もう最初からエモい。「Fool on the planet」を思い出せるような切ない曲調に有江さんのベースが今までにないほど動き回っていているのが本当にマッチしている。それにさわおさんの「Baby」という叫びが胸に迫ります。この曲が主題歌の映画「純平、考え直せ」は9月22日から全国の劇場で公開です。





7.Bye Bye Me

前曲の重たい雰囲気を和らげるための箸休め的な役割を果たしているこの曲。スーッと体に入ってくるような曲でリラックスして聴くことができます。サビも「Rebroadcasting」の繰り返しでシンプルですし。でも当然この曲にも力が入っていて真鍋さんのギターソロは「REBROADCAST」の中でも随一の長さを誇っています。最後の畳みかける感じもたまらない。




8.Starry fandango

レトロゲームのようなピコピコ音で重苦しい始まりを告げるこの曲。「Thank you,my twillight」を意識せざるをえません。どうしようもない現実から逃げるように踊るような、空元気のような雰囲気が悲しいです。サビでのさわおさんと真鍋さんのツインギターの掛け合いがより涙を誘う。Starryは「星の多い」とか「星をちりばめた」という意味で、fandangoはスペイン発祥の陽気な踊りで、それが転じて「馬鹿騒ぎ」みたいなニュアンスで使われることもあるそう。満天の星空のもと辛さから目を背けるように馬鹿騒ぎをしている姿を想像するとこれまた悲しい。どこまでいっても悲しい曲です。





9.BOON BOON ROCK

前曲の悲しい雰囲気をはねのけるように元気を振り絞るかのような曲。疾走感のあるシンイチロウさんのドラムに載せて、さわおさんと真鍋さんのギターが吠え、有江さんのベースが唸ります。「居心地の悪さに慣れてしまって」からの歌詞は第三期初期のピロウズぽっくて好きです。それに「GOOD DREAMS」収録の「ローファイボーイ、ファイターガール」をそのまま使ってくるとは思わなかった。あと正直タイトルがちょっとダサい。でも曲はかっこいい。





10.Before going to bed


曲名からもっと穏やかな曲を想像していましたが、そんなことは全然なかった。シンイチロウさんの雷みたいに鋭いドラムと、さわおさんと真鍋さんの滝のように激しいギター。こんな攻撃的なサウンドのラスト曲、「Advice」以来だと思います。歌詞はというと、最後めちゃくちゃ感謝してて笑いました。さわおさん、25周年のときは「20周年のときはうっかり世の中に感謝してしまった。本来俺はそんな人間じゃない」って言ってたのに。激しいサウンドももしかしたら感謝の照れ隠しかもしれないですね。そう考えるとなんかかわいい。余韻もちゃんと残りますし、このアルバムの最後を飾るにふさわしい曲だと思います。






























以上で感想は終了となります。

「REBROADCAST」は本当に素晴らしいアルバムなので、このブログにくるような方でいないとは思いますけど、まだ聴いていない方がいたら強くオススメしたいと思います。ぜひ、ぜひどうぞ。


お読みいただきありがとうございました。



おしまい





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